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 盗賊の襲撃から一週間。

 俺は、自室の窓からアルミュナーレを見上げ続ける日々を過ごしていた。

 それと言うのも、全ては我が父から言い渡されたキッツイ罰のせいである。

 二週間の外出禁止。

 まさか、森への狩りどころか、家を出ることすら許されなくなるとは。村の中で俺は貴重な労働力のはずである。その俺を家から一歩も出させないとは、思い切ったことをしたものだ。

 まあ、他の村人からも一切反対が無かったことを考えれば、妥当な判断なのかもしれない。なんせ、もともと森に入りたかったのはアルミュナーレの下へ行きたかったからだし、今はそのアルミュナーレが村の広場にドンと置かれている。

 仕事が終わったら、毎日のように装甲を磨いたり、直せる部分を直すつもりだったからな。

 いや、改めて自分で考えても、全く反省してないな、俺。

 ちなみに、襲撃時に逃げることができず拘束された盗賊たちは、村の小屋に隔離されている。最低限の水と食料しか与えていないため、もう立っていることも困難なレベルのはずだ。まあ、自業自得だけど。


「さすがに暇だ」


 一日中家の中にいて、やる事と言えば飯の準備と掃除。洗濯すら庭に出るからと許してくれない。

 気分転換として庭ぐらいには出たかったのだが、母さんの笑顔が怖かった。

 正直、初めて母さんが怖いと思ったよ……

 と、部屋の扉がノックされる。


「はーい」

「エルド君、久しぶり」

「おう、久しぶりだな」


 やって来たのはアンジュだった。アンジュは一週間の外出禁止を言い渡され、晴れて今日その禁を解かれたのだ。


「仕事はもう終わったのか?」

「うん、今日は収穫だけだったし、午前中で全部終了」

「そっか。ああ、俺も早く外に出たい」

「後一週間だよ。今日からは私もここに来るし、少しは気が紛れるんじゃない?」

「まあな。この一週間は地獄だった」


 盗賊の襲撃を受けた当日。その場で完全に日が暮れるまで説教を受けた俺は、そのまま疲労によりぶっ倒れたのだ。

 そのまま丸一日眠り続け、目が覚めた時には、再び母さんに号泣され、父さんからは辛いなら辛いとちゃんと言えと、理不尽な説教を受けた。

 あの状態の父さんに「辛いから後にして」と言える者など、まずいない。

 翌日は、母さんの母性が爆発し、ベッドから一歩も出ることを許されず、窓の外にある木を見ながら、「ああ、あの葉っぱが全て落ちたら俺の命も尽きるんだろうな」などと病人ごっこをやるぐらいしかなかった。ちなみに、季節は春なため木の葉も青々と茂っている。

 そんな無意味な事をして時間を潰し、三日目にやっと外に出ようと思ったら、この罰である。

 やっとアルミュナーレに触れると思った矢先の外出禁止。俺の絶望感は凄まじかった。

 その場に膝から崩れ落ち、おいおいと涙を流したものだ。

 息子の涙が一切効かない父さんは、きっと冷血漢である。


「ああ、早くアルミュナーレに触りたい。というか、もう触れる機会ってあんまり無いかもしれないんだよな」

「どういうこと? エルド君の物なんだし、外出禁止令が解けたら自由に使えばいいじゃない」

「それがそうもいかない。たぶん、早ければ後一週間ぐらいであの機体は国に回収されるはずだ」

「え!?」


 盗賊の襲撃から一週間。これだけの時間があれば、この村に黒いアルミュナーレが現れた情報は王都にも伝わっているはずだ。そして、空いている機体やメンテナンスを終了させた機体を有した部隊がこっちに来るのに長くかかっても一週間はかからないはず。何せ相手はアルミュナーレを持った盗賊だ。国も本腰を上げて討伐に来るはずである。

 そしてこの村に来てみれば、あるのは壊れたアルミュナーレが一機だけ。それも南北争乱以前のフォートラン王国の紋章を付けた機体である。確実に回収されるだろう。その際、現所有者として何か言う機会があればいいのだが、下手すると問答無用で機体だけ回収されかねない。

 その部隊が来る予想期間が、来週ぐらいからの二週間だ。


「そんな!? あれはエルド君が頑張って直したのに!」

「まあそうなんだけどな。けど、元々の持ち主は国ってはっきりしちゃってるしな」


 俺は落ちていた物を勝手に直しただけで、所有権がどこにあるのかは、胸に描かれた紋章を見てもはっきりしている。


「だから、下手すると俺があれに触れる機会ってもう無いんだよな」


 と言っても、フェルツェとの戦闘で機体の燃料はほぼ底をついている。俺が今更乗った所で、自由に動かすことはできないんだよな。

 各部関節もまた真っ赤に戻っちゃってるし。直すのに、何年かかることか。


「じゃあ諦めるの?」

「それこそまさか」


 窓から見えるアルミュナーレを見上げ、俺は首を振る。

 せっかく見つけたロボットなのだ。諦められるはずがない。


「父さんたちには悪いけど、俺はアルミュナーレ乗りを目指すつもりだ。だから、俺は村を出る」

「エルド君、村を出ちゃうの?」

「そうだ。だからアンジュも自分の将来について少し考えておけ」

「どういうこと?」


 不安げに首を傾げるアンジュ。その眼はまるで捨てられようとしている子犬だ。

 俺はアンジュを安心させるように、優しく頭を撫でた。


「俺がいなくなれば、村でアンジュと結婚できる年齢の奴はいない。そうなればアンジュも結婚相手を探して村を出るか、お見合いすることになるはずだ」


 アンジュは村長の子孫なのだ。その血を絶やす訳にはいかない。と、なれば必然的にどこかから婿養子をもらってくる必要がある。

 それが、商人の息子か、それともどこかの村の少年かは分からないが、アンジュはその男との結婚を考えなければならない。


「そ、そんなのやだ! だって、だって私は!」


 アンジュは何かを言いかけると、その瞳に涙を溜めたまま部屋から飛び出していく。

 俺だって、アンジュが何を言おうとしていたのかだいたい分かる。伊達に十五年も幼馴染はやっていない。その気持ちも素直に嬉しい。

 だが、俺がなろうとしているアルミュナーレ乗りは、非常に危険が付きまとう。

 アルミュナーレは常に前線に投入され、戦場で一番危険な所を担当するのだ。そんなものになろうとしている人間が、嫁を貰っていいはずなど無い。

 戦争に行く前に、帰ったら大事な話があるなんて盛大なフラグを立てる奴は、きっとこんな気持ちなのだろうと、まさか現代日本に住んでいた自分が実感することになるとは思わなかった。

 貴重な体験ではあるが、あまり体験したい物じゃなかったな。

 俺はもう一度アルミュナーレを見上げ、軍の人をどう説得するか考えるのだった。



 五日後、予想よりも早くその時は来た。


「地震か?」


 今のテーブルで昼食を取っていると、カップの中の水が揺れ始めたのだ。その揺れはリズムよく刻まれ、すぐに地震ではないと気付いた。


「来たのか」

「エルドちゃん、何が来たの?」


 台所で作業をしていたためか、母さんは今の揺れに気付かなかったようだ。だが、にわかに外が騒がしくなることで、そちらを気にしている素振りも見せる。


「国のアルミュナーレ部隊だよ。そろそろだと思ってたんだ」

「アルミュナーレ……」


 母さんは、きっと黒い奴のことを思い出したのだろう。いつもは温和なその表情を硬くする。

 盗賊も、最初は国の軍を装って近寄って来たみたいだからな。まあ、警戒するのは当然だ。


「大丈夫だよ。今度は本物だ」


 今の窓から村の入り口近くまで来ている機体を見て、俺は答える。

 その機体は白銀に塗られ、その胸元にはしっかりと王国の紋章である双頭の獅子が絵描かれている。


「そうなの?」

「黒い奴が出たって情報を聞いて、駆けつけて来たんだろうね。時間的に間に合わないのは分かっていても、アルミュナーレが現れたら動かない訳にはいかないし」

「私はちょっと様子を見てくるわ。エルドちゃんは家から出ちゃだめよ」

「分かってるって」


 俺は苦笑しつつ、家から出ていく母さんを見送る。特に急がなくてもいい。話し合いになる可能性がある相手なら、必ず向こうからお呼びがかかるはずだ。

 ゆっくりと昼食を取り、窓から王国のアルミュナーレを眺める。

 やっぱり綺麗だよな。ちゃんと両腕が揃っているし、傷も汚れもほとんどない。

 おそらく整備したばかりの機体なのだろう。

 見た目は俺の機体とさほど変わらない。数十年たってもさほどアルミュナーレに関する技術はあまり進んでいないのだろうか?

 まあ、中身がどうなっているかは分からないが。

 そんな風に、アルミュナーレを観察していると、母さんが戻ってきた。


「お帰り。本物だったでしょ」

「ええ、村長さんも本物だって言っていたわ。今は村長さんのお家でお話ししてるの」

「そうなんだ。俺の機体のことは何か言ってた?」

「その事で軍人さんがエルドちゃんとお話ししたいって」


 勝った。

 俺は心の中でガッツポーズを作る。


「今から?」

「そう。本当は罰の途中だからダメなんだけど、軍人さんに呼ばれちゃったからね。特別よ」

「分かった。じゃあ行ってくるわ」

「まって、私も行くから」


 一人で行こうとすると、母さんも付いて来た。まあ、父さんは狩りに出かけちゃってるし、母さん一人だけ残るのも心細いのだろう。

 久しぶりに吸う外の空気は美味い。つっても、窓は開けられるから、普通に空気の入れ替えぐらいはしてたけどな。

 けどやっぱり、天井の無い場所ってのはそれだけで気持ちのいいもんだ。

 俺がグッと伸びをしていると、母さんが急ぐように催促する。まあ、軍人さん待たせるのもダメだろうしな。

 俺たちは、やや速足で村長の家へとやってきた。

 そう言えばアンジュは元気だろうか。俺が村を出ると言って以来会っていない。俺が家から出られない以上、アンジュが家に来ない限りは会えないからある意味当然なのだが、なんか喧嘩別れみたいで嫌なんだよな。

 村長の家には他の村人も集まり、興味深げに中を覗いている。といっても、しっかりと扉は閉じられているため、中の様子は見えない。何かの用事で中に入った人から様子を聞いているのだろう。

 俺は、ノックしてから応接室へと入る。

母さんは呼ばれている訳ではないので外で待機だ。

 応接室と言っても、辺境の農村では豪華な調度品や立派なソファーなんてものがあるはずもない。必死にかき集めた調度品と、並ぶ本。行商が持ってきた安い絵が飾ってあり、後は中心に大きめのテーブルがあるだけだ。

 そのテーブルに座っていた人たちの視線が俺達に集まる。

 向かって右側が村長。そして左側の二人がやってきた軍人だろう。白を基調とした学ランのような制服だ。前に来た盗賊たちの鎧とは大違いである。


「村長、お呼びですか?」

「おお、よく来たね。こっちに座りなさい」

「はい」


 言われるままに村長の隣へと座る。


「この子があのアルミュナーレを操縦していたエルドです」

「初めまして。エルドと申します」


 村長の紹介に合わせて、俺もぺこりとお辞儀をする。こういうのは第一印象が大事だ。国の顔とも呼ぶべきアルミュナーレの部隊に入りたいのならば、礼儀もしっかりとしていなければならない。

 ここで、不快な印象を持たれては計画がパーになる。


「君がエルド君か。なるほど利発な少年だ。私は第31アルミュナーレ隊隊長のログヴェル・ボドワンだ」

「同じく副長兼整備士頭のオレールだ」


 二人とも、見た目三十ぐらいだろう。軍人らしいガタイの良さが制服の上からでもよく分かる。

 ボドワン隊長の方は苗字があることからも貴族だろう。四角い顔に刈り上げられた金髪は、まさしく現場の軍人だ。

 逆にオレールと名乗った男は、ぼさぼさの髪に無精ひげと、軍人と言うよりも工場勤務の職人といった印象が強い。副長兼整備士と名乗っているが、整備士としての方が強いのだろう。現代だったらきっとあだ名はドワーフだ。


「自分に話があると窺ったのですが」

「ああ、賊のことは村長からだいたいの事は聞いたのだが、あの機体についても色々と聞きたくてね。村長に聞けば、君が一番知っているだろうと聞いて驚いたよ」

「ありゃ、争乱時の機体だろう? あんなもんどこで見つけた? そもそも、見つけたって動きっこねぇ。テメェが直したのか?」

「えっと、何から答えればいいか」

「オレール落ち着け。整備士として興奮するのも分かるが、順番に聞かなければこちらも理解できないぞ」

「う、うむぅ……すまんかった」


 副長は隊長に諌められ、頭をガシガシと掻きながら謝ってくる。ああ、ただでさえぼさぼさの髪が余計酷い事に……


「いえ、こちらこそ。とりあえずあの機体を手に入れた所から時系列順で話せばいいでしょうか?」

「ああ頼む」


 隊長が頷いたので、俺はアルミュナーレを始めて見つけた八年前の事から話しはじめるのだった。



 俺が八年間を語り終えた頃には、すでに日が傾き始めていた。さすがに、機体の直し方まで懇切丁寧に語ったのは間違いだったかもしれない。

 村長は、いつもの優しげな笑みを浮かべながらも、その目元は攣くつているし。

 まあ、それでも隊長たちには俺のアルミュナーレに掛ける情熱は分かってもらえたはずだ。


「なるほど、だいたいの事は理解できた。まさか七年間もかけて機体を稼働可能状態まで修復させるとは。しかも、当時八歳の子供がそれを考えるか」

「しかもそんな機体でドゥ・リベープルの機体を追い払うたぁ、大した奴だ」

「それで、あの機体はどうなるのでしょうか?」


 ガッツリ話した所で、本題に入ろうか。ここからが本当の勝負だ。


「うむ、できることならあの機体はこちらで回収したい」

「そうだな。ジェネレーターは高級ってレベルを超えた高級品だ。あれ一つを新しく作るのに、王城が一つ建つ。是が非でも回収したいところだ」


 高級品とは聞いていたが、まさか王城一つに匹敵するとは……さすがは量産できないだけのことはある。

 しかし、隊長が最初に第31アルミュナーレ隊と名乗ったってことは、最低でも三十一機がこの国には配備されているってことだよな。そして、三十二機目がここにある。そりゃ手に入れたいはずだ。


「ただ君があの機体にどれだけ情熱を注いできたのかと言うのを聞いてしまうとね」

「このまま回収っつうのはちと気が引けるな」


 よし、俺の就活面接バリの自己アピールは上手く効いてくれているらしい。


「それでしたら、お願いがあります」

「ふむ、私たちの叶えられる範囲であれば聞くが」

「自分を操縦士養成学校(アカデミー)に推薦していただきたいのです」

「ほう、養成学校(アカデミー)にか。確かにあの学校に推薦で入学できれば、色々と優遇措置があるが」

「あの機体の見返りとしちゃ、少し優しすぎやせんか? 儂らとしては、騎士団に入りたいぐらいは言われると思っとったんだがな」


 確かに俺も、最初はそれを要求にしようと思っていた。だが、あの機動演算機(センスボード)の仕組みや魔法の概念を聞いて少し考えを改めたのだ。

 基礎概論の教科書だけでは知らないことが多すぎる。正式な騎士としてアルミュナーレ隊に配属されるには、学ばなければならないことがまだまだ沢山あるはずだ。それに、剣技や礼儀も全然わからない。それを知るためにも、俺は養成学校(アカデミー)への推薦を希望することにしたのだ。それに――


「自分はまだまだ未熟ですから。それにあの機体、外見こそ保っていますが、現状動きませんし」

「そうなのか?」

「戦闘のダメージが酷い上に、濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の残量がほぼゼロです。始動ぐらいならできるでしょうが、起動は間違いなく無理です」


 その上、各関節もボロボロ。正直、ジェネレーター以外は全部新しいものに交換しなければまともに歩くこともできないだろう。


「なるほど、持ち帰るならその辺りも調べる必要があるのか。しばらくここに留まる必要があるな。村長すまないが」

「いえいえ、小さな家ではありますがご自由にお使いください。隊員の皆様の分の部屋も用意しましょう」

「すまないな。それでエルド君と言ったね」

「はい」

「推薦の件はこちらとしては願っても無い。君のような優秀な者を国は求めているからね。しかし、親御さんの許可はとっているのかい?」

「いえ、まだです」

「ならばその許可を取ってからだ。確かに十五となれば、一人で考え道を歩む時期かもしれないが、まだ親から教えを乞う時期でもある。私たちのいる間に、しっかりと親御さんから許可を貰いなさい。そうしたら、私が養成学校(アカデミー)へ推薦しよう」

「分かりました。ありがとうございます」


 俺は深々と頭を下げた。その顔に笑みを湛えながら。

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