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「オーライ! オーライ! よし、止めろ!」
カーンカーンとどこからともなくトンカチを打つ音が響いてくる。
クロイツル奪還からすでに数日。現在は基地の修復が急ピッチで行われていた。
戦闘中、基地への被害は最小限に収めるように努めはしたが、やはり魔法や大砲の乱発。アブノミューレの爆発の余波、転倒による巻き込みで多くの建物が崩壊し、地面は穴だらけになってしまっている。
今は、動ける兵士たちが総出で修復を行っているのだ。
昼夜を問わない作業のおかげで、道に開いた穴は一通り埋まり、瓦礫は脇に寄せられ、馬車や魔導車が走る程度ならば問題ない状態まで回復しているが、やはり倒壊した建物の修復にはまだまだ時間がかかりそうだ。
けれども、完了日時こそ未定だが、アブノミューレのおかげで以前に比べれば格段に速い修復が可能だろうと、瓦礫を撤去している兵士たちが言っていた。
「しばらくは基地の修理と維持で手一杯だな」
「そうだね。周辺の村の調査もあるんでしょ?」
俺の隣を歩くアンジュは、瓦礫を退けているアブノミューレを見上げながら答える。
「そうなんだよな。あいつらずいぶん広範囲にアブノミューレを出してたみたいで、結構な数の村が破壊されて略奪されてる。配給が足りないかもって、姫様も頭抱えてた」
「王都に追加の要望出してるんだよね?」
「けど向こうにも無限にあるわけじゃないし、金だって有限だ。戦争するだけでも金がかかるのに、さらに使うとなると財政が破綻しかねないんだと」
こちらから領土を取る戦争ならば、奪った領土からの収入でカバーできることがあるかもしれないが、今やっているのは奪還戦。奪えるものは無く、取り返したものはどれもボロボロ。金ばかりが飛んでいく虚しい戦争である。
「そっか。そういえば、サポートメイドにも料理の食材消費を抑えてくれって要望が来てたよ。無駄遣いは極力減らしてるけど、正直かなり厳しいんだよね」
「もともと戦場飯前提だもんな」
サポートメイドの作る料理は、戦場で食糧の少ない状況でも兵士の腹を満足させることを必要とされている。だから、有限の食材を少しでも腹に入れられるように、無駄のない料理をするのだ。
そんなところに、無駄遣いを減らせなんて要望出されても無理に決まってるわな。
「まあ、いざとなれば周辺の野草とか回収するよ。そういう知識もしっかり教えてもらってるし」
「そん時はアルミュナーレを付けさせるよ。周辺の警備をしてるっつっても抜けられないほどガッチガチに固めてるわけでもないからな」
採取中のサポートメイドが襲われでもしたら、軍の士気、主にアルミュナーレ隊の面々が総崩れになる。軍のアイドルだからな。しっかり守らねば。
「ありがと。でもエルド君も忙しくないの?」
「俺たちの隊はしばらく休暇だ。機体の整備もあるし、アルミュナーレを基地の雑用に使う訳にもいかないからな。コストがかかりすぎる」
「そっか。ならしばらくはゆっくりできるかもね」
「たぶん一か月程度は休暇かな。次の作戦会議とかはあるだろうけど」
俺たちはまだ第二防衛線の基地を奪還したに過ぎない。
本来の国土としてはこの基地からさらに東にある第一防衛線のカメントリアを奪還しなければ、国を取り戻したとは言えないのだ。
「イネス様は王都に戻るつもりは無いの?」
「カメントリアを取り返すまでは前線に残るみたいだな。まあ、王都に戻ってもアヴィラボンブがある以上は完璧に安全って言えるわけじゃないし、戻れとも強く言えないんだよ」
「ああ、襲撃されたばっかりだもんね。でも警備体制も見直してるんでしょ?」
「それはまあな。けど限界はあるし、正直別荘にでも隠れててもらったほうが一番安全なんだけど」
「イネス様が一番嫌いそうだよね。自分だけ安全な場所にいるの」
「そういう事」
姫様は今もやる気満々で次の作戦を考えているみたいだしな。
今度はクロイツルみたいに少数精鋭の突撃じゃなくて、大部隊による正攻法で攻めるみたいだけど。
さすがに今度は少数精鋭の特攻なんて無茶な作戦は立てないようだ。
まあ、カメントリアじゃ俺たちだけじゃ無理だし当然か。なにせ、相手側にはクロイツル以上の常駐部隊と、クロイツルから逃げた連中が集まっているのだ。そんな数、さすがの俺も相手にはできない。
「それで、エルド君は今どこに向かってるの?」
「え、分かってて付いて来てたんじゃないのか?」
「エルド君が歩いているのが見えたから、追っかけてきただけだよ」
何を当たり前のことをとでも言いたげに首をかしげるアンジュ。
俺はてっきり今からやることの応援に来てくれたのかと思ってたよ。
「戦闘から数日空いて、兵士たちの心が緩み始めてるからな。ほどほどに抜くならいいけど、軍規を無視するレベルはいけないと思わないか?」
「何かあったの?」
アンジュが戦闘モードの表情になる。
俺は苦笑しながら、そんな真剣な表情のアンジュの頬を引っ張った。
ふにょんっと頬が伸び、アンジュの表情が崩れる。間抜けな顔もなかなか可愛い。知ってるか、こいつ俺の嫁なんだぜ!
「いふぁい」
「そんなヤバいもんじゃねぇよ。緩み過ぎてそうなる前に軽く活を入れるだけだ。まあ、逃げ出そうとするバカがいるから、そしたら捕まえてみっちり指導してやるけどな」
俺がアンジュの頬から手を離すと、アンジュがその手をすばやく捕まえて頬擦りしてくる。
「なるほどね、なら私は逃げた人を捕まえればいいわけだね!」
「そういう事だ。頼むぜ」
「任せておいて! 白兵戦なら誰にも負けない自信があるよ!」
俺たちは、そのまま手をつないで、目的の建物へと向かっていく。
そこは、兵士たちの仮宿舎が立ち並ぶ基地外延部にあるテントの一つ。
隅の方で他のテントに囲まれるように設置されており、まるで人目を避けているかのようだ。
「あれだな」
テントからは人の気配と影が見える。目標の人物たちは中にいるらしい。
時々笑い声や叫び声が聞こえてきて、隠す気があるのか結構疑わしい。まあ、それだけ熱中してるってことだろうな。
俺たちは音を立てないように注意しながらそのテントへと近づく。すると中の声も次第にはっきり聞こえてきた。
「もう一回ぐらい行けるって」
「そろそろきつくねぇか。もうボロボロだしよ」
「それがいいんじゃねぇか」
いやはや、盛り上がってるなぁ。
「エルド君、これって」
アンジュは漏れ聞こえてくる声を聴いて眉をしかめていた。
うん、ここだけ聞くと結構危ないよね。けど安心しろ、捕虜に女性はいなかった。
俺はテントの入口に手を掛けて、その布を持ち上げる。
「おう、リッツ勝ててるか?」
「おうよ、今日は俺様の大勝り……」
「それはよかった」
中にいたのは三名の兵士。
そのうちの一人は俺たちのよく知る顔。リッツさんである。
リッツさんは俺の方をゆっくりと振り返り、俺の顔を見て固まった。
その手からポロリとカードが零れ落ちる。他の二人も、同じように俺を見て固まっている。
「何に勝ってるのか、聞いてもいいかな?」
「あはは、エルド隊長、やだな。勝負に勝ってるだけですよ」
リッツさんは冷や汗をだらだら流しながら、目を右往左往させて答える。
軍規では、ゲームをやるまでは自由だけど、そこに金品を賭けるのは禁止なのだ。そして、今彼らの前にあるのは、カードと千チップ硬貨。うん、現行犯だよね。
アンジュも俺の隣でテントの中の人物たちに冷ややかな視線を送っている。想像しているのとは違ったけど、別の意味で呆れているのだろう。
「そうかそうか。それで、いくら賭けてるんだい?」
「一ゲーム千チップです」
「なるほど、額は小さくしている訳か」
千チップなら、兵士たちからすれば十分お小遣い程度の金額だ。まあ、その程度なら大目に見る上司を多いだろう。
けど残念なことに俺は厳しいのだ。
「そうだな。どうしたもんか」
「隊長! ここはなにとぞ穏便に!」
「久しぶりの休みなんです! 最近基地の修繕ばっかりできつくって!」
「どうか! どうか罰則だけは勘弁を!」
そろいもそろって綺麗な土下座である。
まあ、彼らの言いたいことも理解できない訳ではない。
兵士を目指して厳しい訓練を受けてきて、ようやく活躍できる機会が訪れたかと思えば、やっていることと言えば瓦礫の撤去と土運び。そりゃ、誰だって嫌になる。
「ふむ、ならリッツさん」
「はい!」
「これをどうぞ」
俺はポケットから取り出したそれを指ではじいてリッツさんに渡す。
慌てて受け取ったそれを確認し、リッツは頬を引き攣らせた。
「一万チップ硬貨っすか……こ、これをどうしろと?」
「賭けるなら最少額でそれにしな。んで、最下位になった奴は基地の修理を手伝うこと。これを受けるなら、見逃してあげよう」
「そ、それは……」
さあ、どうするお前たち。
掛け金は十倍に跳ね上がり、一度勝てば大儲け。けど、最下位になった瞬間休暇は消滅し、面倒な肉体労働を強いられる。
よりスリリングな賭けが楽しめるぞ。いやなら勝負なんてやらなければいいことだしな。
「ど、どうする?」
「一万か」
「ごくり」
目の前の硬貨に魅了されている面々。うん、これなら他の連中にも効きそうだな。
「他の連中にも伝えとけよ。そのルールさえ守れば、見逃してやるってな」
「了解しました!」
「あ、リッツさんは後で格納庫の掃除ね」
「ノォォォオオオオ!!!」
適度な息抜きは必要だけど、自分の部隊の隊員がいたら一応罰則は与えておかないとね。罪はばれなきゃ罪にはならないけど、ばれたら罪になるのよ。
俺は自棄になったリッツさんがチップを賭けるのを背に、アンジュと共にその場を後にするのだった。
オーバード帝国帝都。
その中心にそびえたつ巨大な城の謁見の間で、一人の男が跪いていた。
豪華なマントを纏い、その胸元には勲章がいくつも飾られている。
着飾るためにのみ作られた甲冑は、各所に宝石があしらわれ、シャンデリアの光を浴びて輝いてる。
跪く男の前で玉座に座るのは、この国の第十六代皇帝ガンドロイス・ビジルバーグ・オーバードだ。
ただ腰かけているだけにもかかわらず放たれる空気だけで、常人ならば震えあがり、歴戦の武人たちですら震え上がらせる存在である。
周囲に立つ近衛の兵士たちですら、彼の雰囲気に足がすくむのを必死に堪えていた。
そんな中で、跪いている男は言葉を放つ。
「帝国八将騎士、カンザス・オッテ・ディルベリア。陛下の招集に応じ、ただいま参上いたしました」
八将騎士。その称号は帝国において最強の八人に贈られる強さの証。
力こそが地位の証明となる帝国で、その証はまさしく皇帝に次ぐ権力の証明である。
そして同時に、その証は皇帝からの信頼の証でもある。
「よく来た、カンザス。楽にせよ」
「ハッ」
陛下の言葉で立ち上がり、皇帝と顔を合わせる。
合わせた皇帝の表情は、あまり機嫌がいいものとは言えなかった。そこでカンザスは、自分が呼び出された理由を何となく察する。
皇帝の機嫌が悪いときは、侵攻が上手くいっていない時だ。そして、八将騎士をわざわざ呼び出すとなれば、相応の事態である。
つまり、戦場が与えられるということだ。
「カンザスよ、我らが占領したフェイタル王国のクロイツルが奪還されたことは聞いておるか?」
「はい、情報部より伺っております。なんでも隻腕の死神が現れたとか」
八将騎士ともなれば、色々な情報が優先して渡される。その中に隻腕の死神の情報ももちろんあった。
左腕が鉄柱の様になっており、右腕であまたの武器を操る死神。
数機のアルミュナーレだけで基地へと突入し、帝国の機体を大量に破壊した挙句基地を奪還した異常機体。
そのほかにも、射程外から操縦席を撃ち抜いたや、まるで曲芸のような動きをしたなど、事実かどうか疑いたくなるような内容がそこには書き込まれていた。
しかしそれは、帝国の優秀な情報部がまとめた資料である。皇帝にも見せる物に嘘が紛れ込んでいることなどまずありえない。つまりこれはすべてが事実だということになる。
そして、このタイミングでの呼び出してある。
自然と腕に力が入る。
「うむ、その腕一本で我が国のアルミュナーレを多数狩る存在、そのような存在が兵士たちの中で噂され、士気に陰りが出てきている。戦場での恐怖が、事実を捻じ曲げ大げさに話していることはよくあることだ。だが、その噂が広まり続けるのはよくない。分かるな」
「もちろんであります」
「では帝国八将騎士が一人カンザスに命じる。その噂を根絶せよ。帝国の毒牙を牙の抜けた獅子に突き立ててやれ」
「勅令、しかとお受けしました。八将騎士が一人カンザス、オッテの名に誓い必ずや陛下の望み通りの結末をご覧に入れましょう」
「期待している」
皇帝はそう言い残し、部屋を後にした。
それを見送り、残されたカンザスは小刻みに震える自分の拳を強く握りしめた。
その顔には獰猛な笑みを浮かべ、毛が逆立つような闘争心を見に滾らせながら。
謁見の間を後にし、自室へと戻ってきた皇帝ガンドロイスは、机の上にあったベルを小さく二度鳴らす。
すると、どこからともなく黒い影が現れる。
「陛下、及びでしょうか」
「カンザスならば大丈夫だろうが、念のために保険を掛ける。今なら何番が動かせるか」
「調整が終了した個体ですぐに動かせるのは、五番と八番になります。保険ならば、八番が適任かと」
「ならば八番を使え。カメントリアに紛れさせておけば、何かの役に立つこともあるだろう」
「承知いたしました」
黒い影はそれだけ言い残して、瞬きの内に消えるのだった。




