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「では、要塞落としの作戦を発表します」
基地からほど近い林の中、三機のアルミュナーレが屈み、膝を突き合わせた状態で待機している。
その中心で、俺はエレクシアとバティスを呼んで最後の作戦会議を行っていた。
エレクシアは、長い髪が激しい動きでばらけないように、アルミュナーレに乗るときはマフラーを付けているらしい。今はそれを一旦解き、巻きなおしていた。その表情はどこか満足げだ。
それに対して、バティスは不満げに頬を膨らませながら、胡坐をかいて頬杖をついている。道中一機も相手にできなかったことが不満なのだろう。だが仕方ない。エレクシアは空から襲撃を掛けるし、俺は長距離から狙撃が出来るのだ。どうしても、普通の機体であるバティスのアルミュナーレじゃ後れを取ってしまうものだ。潔く諦めてもらおう。
いやー、それにしても膝を突き合わせているアルミュナーレたちはかっこいいな。それぞれの機体に特徴的なシルエットがあるし、それが薄暗い中で顕著に浮き出て、見ているだけでもワクワクしてくる。
ちなみに、他の部隊メンバーは整備員たちがアルミュナーレの燃料補充や調整を行っており、サポートメイドの二人には夕食の準備をしてもらっている。まあ、火を使うのは場所がばれる危険性があるから、切って挟むだけのサンドイッチだけどな。
「やることは簡単です。あの敵を突破して基地内に侵入。後は捕虜の収容所を確保した後、来る敵を片っ端から殲滅します」
「そうは言うが、やっぱきつくねぇか。正直、あの量は予想外だぞ」
確認しただけでも、アブノミューレ部隊で百機以上。帝国産アルミュナーレが六機、それに加えて、傭兵のアルミュナーレが十機以上基地の周囲を警戒していた。たぶん中にはまだ他の機体もあるだろう。
どうやら、以前の作戦で押し返されたことに相当怯えているようだ。
俺がアヴィラボンブを使って強襲を仕掛けたことも、要員の一つにあるだろう。何せあれは、多数の機体で頑張って一つずつ撃ち落さなきゃいけないからな。
向こうも守るとなれば相応の準備が必要になる。
「何を言う。雑兵がどれだけ集まっても雑魚であることに変わりはあるまい。我らはエルド隊長に見込まれた騎士なのだ。エルド隊長の作戦をきっちりと遂行すれば、問題は無い」
「いや、こいつ結構無茶苦茶なこと平然と要求してくるからな。俺たちの実力とかあんまり気にしないぞ?」
「失礼な。少しは考えてるぞ?」
まあ、無茶してもらわなきゃいけないときは頑張ってもらうけどな。
けど、バティスの実力はよく知っているし、無茶な要求はいままでしてきたつもりはない。
「じゃあ聞くが、今回一人頭何体のアルミュナーレを潰す気だ?」
「五体は行けるだろ」
「ほら! やっぱあり得ねぇって!」
俺が即答すると、バティスは俺を指さしながらエレクシアに言う。
「こんなん平然と要求してくるんだぞ!? 普通なら多くても二機だって!」
「けどそれやらなきゃ、どう考えても足りないじゃん。それに今回は強襲だ。相手の態勢が整う前に一気に押し込めば無理な数じゃない」
ただ、実績がないだけだ。
王国のこれまでの戦争が、ひたすら守るだけの戦争だったからな。
アルミュナーレで奇襲をかけた場合とか、基地を攻める場合の資料がかなり古いものしかなくて、今のアカデミーじゃほとんど教えてもらってないんだよな。
それが、この自信の無さにつながっているのかもしれない。
まあ、実際に当たってみればその辺りなんて簡単に吹き飛ぶと思うけど。
「エレクシアはどう思う? 一人頭五機は無理だと思うか?」
「ふむ……いけないこともない……と思うが、かなり難しいとは思う」
エレクシア少し悩んだ後、そう答えた。
「ほら、俺たちの先輩騎士がこう答えてるんだ。無理じゃないさ。それに、いざとなれば、俺が全部ぶっ飛ばすよ」
「エルド隊長、全機の整備終わったぞ!」
頭上から、整備が終わったことを告げられ、俺はちょうどいいと立ち上がる。
「んじゃ、行くとしますか。取られたものはきっちり取り返さないとな」
「そうだな。民たちが待っている」
「あぁ! 分かったよ! やってやるよ! 五機でも十機でもかかって来いってんだ!」
「その意気だ」
バティスが何やら吹っ切ったところで、俺たちはそれぞれの機体に乗り込み起動させる。
「エレクシア機、異常なし」
「バティス機、いけるぜ」
「エルド機、オールグリーン。作戦は簡単だ。一気に正面から突っ込んで、エレクシアを俺が打ち上げる。エレクシアは外壁上部の敵を掃討の後、そのまま基地の中に飛び込め。その間に俺たちは、門をぶち破って突入するぞ」
『了解!』
「整備班とサポートメイドは安全域まで退避して待機。斥侯は後方部隊との連絡のために走れ」
『整備班了解』
「サポートメイド、了解です」
「斥侯了解しました」
「では、作戦開始だ」
突如、基地内にけたたましい警報が鳴り響き、クロイツルの指揮をしていたワーゲンはベッドから飛び起きた。
即座に上着だけはおい、司令部へと駆け込めば、そこでは兵士たちが慌ただしく情報のやり取りをしている。
「何事だ! 敵襲か!」
「ハッ、西門より攻撃を受けています。報告によると、三機とのことですが……」
「三機だと!? あいつら気でも狂ったか! ええい、構わん。数でさっさと押し潰せ!」
「それが、すでに西門を突破され、基地内の機体と戦闘に入っている模様で」
「なんだと!? 警備隊は何をしていた!」
「兵士たちの報告によりますと、大きな爆発音の後、敵は上空からいきなり落ちてきたと。その敵に対処しているうちに、街門を別の二機の強襲によって抜かれた模様で。外の部隊もかなりの被害を出している模様です」
「何が起きているというのだ! たった三機ではないのか!」
ワーゲンが司令部の外を見れば、火の手はすぐ近くまで来ていた。
そして絶え間なく続く破壊音と、爆発音。それは、アブノミューレのセフィアジェネレーターが爆発するときの物だ。
「敵機接近。司令、伏せてください!」
「ぬぅ」
一人の兵士がワーゲンに覆いかぶさろうとした瞬間、司令部施設に合った窓ガラスが衝撃によって一気に粉砕された。
破片が兵士たちに容赦なく襲い掛かり、全身を血に染めながら痛みにのたうち回る。
ワーゲンは覆いかぶさった兵士のおかげでほとんど傷もなく、だからこそその光景を見ることが出来た。
それは――
基地内の建物を軽々と飛び越し、帝国のアブノミューレの上に軽々と着地する細身の機体。
大剣を握り、そのひと振りでアブノミューレたちをやすやすと破壊していく機体。
そして、左腕にアルミュナーレの胴体とほぼ同じ大きさの鉄柱をぶら下げた機体が、すれ違いざまに帝国のアルミュナーレを粉砕していく、嘘のような光景だった。
「侵入は成功したな。なら、エレクシアは捕虜を抑えろ。バティスは俺と一緒に殲滅に回るぞ。まずは収容所の周りの安全から確保する」
「了解。では一足先に行かせてもらう」
エレクシアが何度目かになる魔法を発動させ、建物を足場に機体が空へと登っていく。
近くにいたアブノミューレがエレクシアに狙いを定めていたが、それは俺がハーモニカピストレで即座に処理。直後にやってきたアルミュナーレを、アーティフィゴージュで建物へと押し付け、至近距離から残弾が無くなるまで弾を吐き出させる。
「ほら、アブノミューレもアルミュナーレもこんな簡単に破壊できる。バティスもどんどんやっちまえ」
「ったく、俺はお前ほど強くねぇっての!」
そう言いながらも、バティスも着実にアブノミューレを破壊し、道を開いていく。
格納庫からわらわらと出てくる増援たちに嫌気がさしそうになるが、格納庫ごと壊すと後で怒られそうだからな。余裕があるうちはなるべく出てきてから叩いておきたい。
「そろそろエレクシアが収容所に到着するだろ。俺たちも行くぞ」
「あいよ!」
エレクシアの機体は、俺の想像を超える勢いで活躍していた。
最初の強襲の際にも、俺としてはエレクシアが外壁上の敵の気を引いて、外の連中も少し気を散らしてもらえばいい程度に考えていたのだが、いざ蓋を開けてみれば、エレクシアだけで上にいた機体の大半を倒してしまった。
そこに俺たちが攻撃を仕掛けたものだから、外の連中も驚くほど簡単に瓦解し、瞬く間に掃討できてしまった。
エレクシアの襲撃のどさくさに紛れてペルフィリーズィでアルミュナーレを二機ほど潰しておいたのも影響していたのだろうが、想像を超える簡単さだ。これなら正直、以前にレオンと二人で基地を落とした時の方が大変だった気がする。
その原因としては、たぶん俺たち三人の腕前が飛躍的に上がっていたからだろう。
「なあ、こいつらこんなに弱かったのか?」
バティスも殲滅を続けながら、そんなことを訪ねてくる。それほどまでに簡単にアブノミューレを倒せてしまっていた。まあ、さすがにアルミュナーレは少し苦戦したけどな。けど、あいつらこの場面になっても、基本的には最後まで戦おうとしないからな。傭兵ならともかく、正規の軍人がそれはどうなのよ。向うも向こうで、どうやらこれまでの戦い方が染みついてしまっているようだ。
なので、ある時は一瞬で。
「バティス、その二機は俺がやる。後ろを抑えといてくれ」
「あいよ」
建物の影から出てきた二機のアルミュナーレ。どちらも帝国産の機体だ。
基本装備のほかに、ハーモニカピストレのような武装も持っているな。帝国のハーモニカピストレもようやく量産が進んできたということだろう。ただ、まだアルミュナーレが優先されているようだ。先ほどのアブノミューレも普通の大砲を左腕に着けていた。
敵の機体は剣を抜き、盾を構えて積極的に動く様子はない。
ならこちらから行かせてもらおう。
アーティフィゴージュから剣を抜き放ち、魔法でけん制する。
「ここまで好き勝手しておいて、無事で帰れると思うなよ!」
「お前はここで殺す!」
「ハッ、俺たちは取られたもんを取り返しに来ただけだっつぅの! 恨まれる理由はねぇな!」
盾を構える二機は、完全に通路を塞ぎ俺の行動範囲を正面のみに狭めてくる。
だが甘い。
俺はさっきまでエレクシアの動きを見ていたのだ。
あそこまで飛ぶことに特化した機体ではないが、俺の機体だって少しはあんな動きが出来るとは思わなかったかな?
後数歩の距離まで近づいたところで、俺は思いっきりペダルを操作し機体を横の建物目がけて走らせる。
そして、棒高跳びの様にアーティフィゴージュを地面へと突き刺し、機体の上下を反転させながら宙へと浮かび上がる。
後は、さっきの要領で。
「ファイアランスを打ち込めば!」
ズドンっとアーティフィゴージュの真下で爆発が起き、超重量の物体が浮かび上がる。
衝撃を使った上昇方法は、エレクシアの動きのおかげでコツがつかめていた。ぶっつけ本番でやってみたが、なかなかこれは面白い。俺の機体にぴったりの動きだな。
衝撃で浮かび上がった機体のバランスを整えながら、俺は建物の屋上へと着地する。
俺の機体の重さで、屋上部分とその下が二階ほど抜けてしまったが、それぐらいなら許してくれるでしょう。そもそも、アブノミューレが爆発するたびに、建物も結構吹き飛んじゃってるし。
「馬鹿な!?」
「なんであんな機体が昇れるんだ!?」
「腕の違いってやつだな!」
屋上から飛び降りつつ、敵機の頭上に着地する。
頭上に向けて盾を構えていた機体は、俺の重さでそのまま腕が折れ、無防備な腹をさらしてくれる。
そこに剣を突き立てれば、一機目の残骸の出来上がりである。
「んで」
アーティフィゴージュから新たに剣を抜く間も惜しい。
だからもう一機は魔法で片づけることにする。
アーティフィゴージュを振り回し、その機体にぶつければ質量の差で相手側が簡単に揺らめいた。
そこに右腕を突き出し、胸部の装甲の隙間へと指を差し込む。そして――
「前もこんな器用にできればな」
指先に設定した発動ポイントで、ウィンドカッターを発動させる。
初めてフォルツェと戦った時は、魔法の使い方が分からなくて装甲を引きはがすしかなかったが、これならば――
「うわぁぁあああ!」
内部で炸裂したウィンドカッターが、ジェネレーターから機体の各部へつながる回路をズタズタに引き裂き、操縦席を破壊する。
「ほい、二機目。そっちはどうだ?」
二機のアルミュナーレを仕留めてバティスに任せていた後方を振り返れば、そこには死屍累々の光景が広がっていた。
立っているにはバティスの機体と追ってきたであろうアルミュナーレ。
アブノミューレは残らず破壊されている様子だ。そして、敵のアルミュナーレももう風前の灯である。
「ハァ!」
威勢のいい掛け声とともに、バティスが剣を振り降ろす。
敵機はそれを何とか受け止めるも、その時点でバティスは次の手を打っていた。
即座に剣を手放しつつ、背中にロックしてあったもう一本の大剣のロックを外す。
柄を握っていな状態でロックを外せば、当然剣は重力にひかれてそのまま落下する。
バティスはそれを、機体を回転させながらキャッチし、勢いに任せて大きく横に薙いだ。
建物を一棟粉砕しつつ、大剣がアルミュナーレの腹部をばっさりと切断する。
今度は前の時よりも下を狙ったのか、ジェネレーターは無事だ。しかし、下半身を分断された機体は地面へと崩れ落ちた。
「トドメ!」
大剣を逆手に持ち直し、躊躇なく横たわる上半身の操縦席に向けて突き下ろす。
俺はその光景を見ながら、操縦席内でバティスに向けて拍手を送った。
「余裕じゃないか。もう二機も倒してるぞ」
「相手の動きが簡単に分かる。これがアブノミューレに乗って練習した成果ってやつか?」
「ここまで顕著だとそれ以外の要因もありそうだけどな。厳しい基礎訓練が役に立ってたってことだろ」
「そうか」
「んじゃ、合流するぞ」
「了解」
完全に二の足を踏んでいる増援のアブノミューレたちをしり目に、俺たちはエレクシアとの合流を急ぐべく、基地内を進むのだった。
エルドたちがアルミュナーレと戦っている頃。エレクシアは一足先に捕虜収容所の場所まで到着していた。
そこにいたアブノミューレたちは一瞬のうちに破壊し、周囲の様子を警戒する。
エレクシアとしてはすぐにでも捕虜を解放してやりたい気持ちでいっぱいではあったが、こんな場所で解放されても逃げている最中に機体に踏みつぶされるか瓦礫の山に埋もれる未来しかないので、もう少しの間だけ我慢してもらう。
そして――
「チッ、もうここまで入られているのか」
やってきたのは、数台の魔導車と護衛のアルミュナーレ。
エルドの予想したように、捕虜たちを人質にするつもりだった部隊だ。
「ここは通す訳にはいかない」
「その声、女か」
「だったらどうした? 私は強いぞ?」
「関係ない! その機体を破壊し、捕虜を使ってあいつらの動きを止めるぞ。やれ!」
魔導車に乗っていた指揮官らしき人物が言うと、護衛についていたアルミュナーレが剣を抜き、前へと出てくる。
「臆病者どもはようやく戦う気になったようだな。こっちは御守りで暇していたところだ。楽しませてもらうぞ、女騎士!」
「殺す相手と語らうつもりは無い」
振り下ろされる剣を両手の短剣で受け止める。
軽さを重視したエレクシアの機体の武装は、基本的にはこの短剣二本だ。それ以外には、稀に剣を持つことがあっても、盾を持つことはまず無い。
剣を受け止めたまま、エレクシアは各部に設置されたスラスターを発動させ、機体の移動能力を底上げする。
ここまでに使った濃縮魔力液のはまだ三割程度。ここで防衛に徹するならば、まだまだ余裕のある量だ。だが、連戦となれば、エレクシア自身の体力や精神力が持たない可能性もある。
ならばやることは一つ。
「速攻で終わらせ、断続的な戦闘にする」
相手の剣を弾き飛ばし、エレクシアの機体はスラスターを全開にして動き出すのだった。
今年も一人でケーキか……




