7
少しだけ遅れて申し訳ない。肩が……肩が……
「それで、何の用だ?」
格納庫の影から姿を現したエレクシアに声を掛ける。
「すまない。邪魔するつもりはなかったのだが、機体の動きが見事で思わず見とれてしまっていた」
「そうだったのか。そっちは自主練か?」
「ああ、日課だ。この基地の騎士は少し怠けすぎているからな。私だけでもしっかりしなくては」
そう言うエレクシアは、わずかに汗ばんでおり、前髪が額に張り付いている。
かなりの時間トレーニングをしていたのだろう。
「エレクシアさん、お久しぶりです」
「む、その声はバティスか。なぜアブノミューレに?」
「こいつに乗ったほうが強くなれるって言われたんで。けど確かにそう思いますよ」
「エレクシアもどうだ?」
ちょうどいい機会だと、俺はエレクシアを誘ってみる。
「誘いは嬉しいが、アブノミューレでもそう簡単には貸し出してはもらえないだろう?」
「俺のを使えばいい」
俺はそう言って操縦席のハッチを開けて顔を出す。
俺とバティスは十分やり合ったからな。エレクシアの実力を知るのにも、直接剣を交えるのもいいが、外から戦いぶりを見るほうがよく分かることもある。
「む、あなたはエルド殿でしたか。動きからして名のある団長だとは思っていましたが、まさか近衛騎士の方だったとは」
「敬語は別にいいよ。どうせ、俺の方が年下だ」
「しかし……」
「人がいる場所じゃきっちりしてもらうけど、それ以外だったら楽してくれ。俺もその方が楽だ」
「そうか、では言葉に甘えさせてもらおう」
「んで、どうする?」
「もちろんやらせてほしい」
「了解。つう訳だ。バティスが相手な」
「あいよ。ま、俺もエレクシアさんとは一度戦ってみたいと思ってたところだ」
俺は操縦席から飛び降り、変わるようにエレクシアが機体へと飛び乗る。
ふむ、魔法は俺と同じ風か。動きも滑らかで、あの動きだけでも魔法の技術もかなり高いことが分かる。
「アブノミューレ機動完了。ふむ、だいぶ動きが固いな。それに反応が鈍い」
やはりアルミュナーレに乗り慣れた騎士だとみんなそう感じるらしい。まあだからこそいいんだけど。
「んじゃ始めてくれ。俺は格納庫の上にいるから、心配はいらん」
「分かった。ではバティス、行くぞ」
「おうよ!」
二機が同時に動く。まず手始めにとお互いに正面から剣をぶつけ合った。
さらに、二度三度の打ち合い、いったん距離を取る。
これでエレクシアも機体の能力をだいたい把握できたことだろう。ここからが実力を発揮する真剣勝負だ。
「ハァ!」
「おら!」
再び二機が動く。バティスが再び突進したのに対し、エレクシアは横に動きながら回り込むようにバティス機の側面を襲う。
バティスは即座に機体の向きを変えてそれに対処するが、エレクシアが畳みかけるように攻撃を仕掛ける。
足元への蹴り、腕を弾くような体当たり、剣を受け止めるためにあえて踏み込むなど、その動きはどこまでも実戦的でいままで多くの戦場を潜り抜けてきたことがよく分かる。
動きは非常に攻撃的で大胆なのだが、その反面しっかりとリスクカバーも行っている。
バティスが強引に動きてバランスを崩しながらもエレクシア機を掴んだ時などは即座に機体を同じ向きに倒し、相手の上へと覆いかぶさる。
転がって態勢を立て直されるようにすれば、そのまま馬乗りになり抑え込む。
これが人間同士の戦いだったら、ちょっと色っぽい場面になったんだろうけどな。残念なことに両機ともアブノミューレだ。色っぽさは欠片もない。
だがそれがいい!
マウントを取ったエレクシアが立て続けに拳を振るう。
その拳は肩や操縦席など、確実に相手を弱らせるための攻撃だ。
人間同士の戦いに引っ張られて、ここで頭部を殴りに行くやつは馬鹿だ。アブノミューレもメインのカメラは頭部だが、サブモニターがいくつもあり、頭部自体が破壊されても最悪戦闘に影響はない。
しかし、肩を殴られ関節が歪めば、動きは不自由になるし、操縦席を殴られ操縦者が激しく揺さぶられれば、隙が生まれやすくなる。
あくまでも戦うのは機械であり、それを操っているのが人だ。
それを理解している戦い方だな。
「だぁ! エレクシアさん容赦なさすぎんですよ!」
完全に動けなくなったバティスが、抗議の声を上げる。
「何を言う。本気でやらなければ、訓練にならないだろう。ほら、もう一本だ」
「いやいや、いやいや。こいつ関節歪んでますから。もうまともに動かせませんって!」
「む、そうか……修理に時間がかかるのは、機械の弱点だな」
人間でも治療には時間がかかると思うぞ? まあ、訓練だと疲労さえ抜けばまた戦えるから、要領は違うかもしれないけど。
「んじゃ今日はここまでだな」
「そうか。少し物足りない気もするが実にいい経験になった」
「なら俺と少し付き合ってくれないか?」
物足りないというエレクシアに、俺は訓練の続きを提案する。
「何をするのだ?」
「最近実戦形式の剣技やら魔法やらがやれてなくてな」
「おい、エルドやめとけって。エレクシアさんは半端ないぞ」
「それぐらいがちょうどいい」
俺だって伊達にルネさんの殺気と皮膚斬りを受けてきてないんだ。それぐらい緊張感があったほうが、練習になる。
「お前ら、そろいもそろってバトルマニアかよ」
「ただ鍛錬の大切さを知ってるだけだ」
「そうだぞ、バティス。私は訓練して強くなっていく感覚が好きなだけだ」
「十分すぎんでしょ。俺は機体を戻してきますよ」
「分かった。整備班にやりすぎてすまないって言っといてくれ。俺の機体は後で戻しに行く」
「あいよ」
バティスが機体を起こし、格納庫へと戻っていく。
それを見送りつつ、俺は格納庫の屋根から飛び降り、剣を構えた。
そこにはすでに準備万端のエレクシアの姿がある。
「エルド殿、一つ聞いてもいいか?」
「ん?」
「これは私の採用試験だと思ってもいいのだろうか?」
「なんだ、気づいてたのか」
「噂は流れていたからな。まさか私がその機会に恵まれるとは思っていなかったが」
「バティスの推薦だ。感謝しとけ。けど、まだ決まった訳じゃない」
「そうだな。選ばれる可能性を得ただけだ。ならば、バティスに感謝しつつ、全力で挑ませてもらおう!」
エレクシアが剣を構える。そして――
「ウィンディアライズ、ディカプル・インストレーション。オープン!」
詠唱と同時に、エレクシアの周りに風が集まる。
先ほどの戦闘で巻き上がった埃が渦の様に宙を舞い、周辺へと吹き飛ばされていく。
それにしても十重の多重詠唱か。俺も最大六重までしかできなかったんだけど、やっぱり女性のマルチタスクってすげぇわ。
「アクティブウィング、セクタプル・インストレーション、エアスラスター、セクタプル・インストレーション。ダブルオープン!」
即座に俺も、今持てる限界の機動性能を確保すべく詠唱する。
「参る!」
「来い!」
トンッと軽い音が地面を蹴った。
直後、俺のすぐ横にエレクシアが現れる。
俺はとっさに剣を構え、その横薙ぎを受け止めつつ後方へと跳躍した。
まるで壁に背中を打ち付けられたような衝撃を受けつつ、俺はアクティブウィングで態勢を維持しながらエレクシアの様子を伺う。
エレクシアはすぐに動いた。
俺を追って跳躍し、さらに剣を振り降ろしてくる。その剣に一切の迷いがない。俺を斬るつもり全開だ。
けど俺だって伊達にルネさんの訓練を受けてきたわけじゃない。
着地しながら、エレクシアの剣を受け、そのまま流すように剣を滑らせる。
「むっ」
「簡単にはやらせないさ!」
返す刃でエレクシアを切り上げれば、再び高速の動きで剣を躱された。
ふむ、ウィンディアライズは俺の魔法とほぼ同じ能力を有しているな。それに加えて、剣を受けたときの感触からするに、剣にも風がまとわりついている。
動きと攻撃。両方を一度にサポートする魔法だ。
それを十重の多重機動で重ね掛けしてるんだから、体にかかる負担も相当なもんだと思うんだが、それを使いこなしているのは日ごろの動けなくなるレベルの鍛錬のおかげってことか。
けど、動けなくなっちゃ意味ないんだけどな……
「んじゃ、次はこっちからだ」
あまり得意じゃないが、これは選抜試験だ。相手の防御も見ておかなくちゃな。
一歩を踏み出し、今度はこちらから相手の横へ移動する。
エレクシアはその動きに難なくついてきた。いい動体視力だ。体が動けても、見えてなければ攻撃は防げないからな。
けど――
俺は更に一歩地面を蹴り、一気に後方へと抜けながら反転、エレクシアの背後を取る。
横に構えた状態から背後への攻撃、どう防ぐ?
「ブラストオフ!」
エレクシアが唱える。とたん、彼女にまとわりついていた風が周囲へと吹き荒れ、俺の体を押し戻した。
かなり強烈な風だが、その程度じゃ俺の動きを止めるのは無理だ。けど、対応するだけの時間は作られてしまった。
エレクシアはその間に体をさらに捻り、俺の振り降ろしを受け止める。
俺は剣をぶつけたとき、その固さに驚く。
今のエレクシアは魔法を解除した直後で、その身には魔法の保護がかかっていないはずだ。それなのにこの固さということは、彼女の鍛え抜かれた肉体の成果なのだろう。
絶え間ない努力の完成形がここにある気がした。この時点で、俺はエレクシアを特務隊に入れることを決める。
だからここからは、単純に訓練のためにぶつかることにしよう。
「凄いな。完璧に受け止められたぞ」
「私もこの技を使ったのは久しぶりだよ。歯ごたえのある騎士との訓練は非常に楽しくなる」
「それは俺もだ」
俺はエレクシアからいったん距離を取り、俺の構えを取る。
剣先を水平から少しだけ下げ、両足を僅かに前後にずらし、肩幅に開く。肩に力は入れず、相手の一挙手一投足を逃さぬよう、最高の集中力で相手のみに意識を集中させる。
これが俺の構え。最大の防御力を誇り、アカデミー三年目の最後にはレイラ以外の攻撃をすべて防いだ俺の技術の集大成。
「さあ、どこからでもかかってこい」
「行くぞ!」
再び風を纏い、エレクシアが飛ぶ。
足の動きから、飛び込んでくるのは正面だと分かる。相手の剣先のブレが、次の攻撃を横なぎだと判断させる。
ならば受け方の選択は――
俺は真っ直ぐに剣を突き出したまま、相手の剣が迫るのを冷静に観察する。
横なぎに対して剣を突き出し、相手の剣先に軽くぶつけ、動きを合わせながら徐々にその軌道を変える。
だが相手の剣速が想像以上に早い。
ずらしが間に合わないと判断し、首を少しだけ後方へに引けば、鼻先をエレクシアの剣がかすめた。
だがこれだけでは終わらない。エレクシアの膝蹴りが俺の鳩尾目がけて飛び込んできている。右ひざの蹴りだ。
俺は右足を軸に、左足を後方へと滑らせる。体を回転させ、膝蹴りの範囲から避けつつ振りぬかれた後の剣に注目する。
剣はエレクシアの左手側に残っている。このまま彼女が通り抜ければ、残った剣で腕を切られるだろう。
だからそれも腕を上げ、剣を逆さに立てて受け止める。
「これも凌ぐのか」
俺の後方に抜けながら、エレクシアが楽しそうな声を上げた。
そして俺はその間に構えを直すのだった。
「エルド君! ご飯だよ!」
俺がその声に気づいたのは、エレクシアの剣が俺以外の人物によって受け止められた瞬間だった。
そして、目の前にいるのは笑顔のアンジュ。
いつものように髪をリボンで軽く纏め、彼女の制服であるメイド服を身にまとっている。
しかしメイド服には似つかわしくないものが一つ。それは、アンジュが右手握る一振りの剣だ。
「ああ、もうそんな時間か」
どうやら試合に集中しすぎて時が過ぎるのを忘れてしまっていたらしい。それに気づけば、確かに腹が減っている。
「君は……」
そしていとも簡単にその剣を受け止められたエレクシアは、驚愕に目を見開いていた。
「初めまして。第一近衛アルミュナーレ大隊エルド隊所属。サポートメイドのアンジュと申します。訓練中のところ申し訳ありませんが、昼食の準備が整いましたのでお声を掛けたのですが、気づかれないようでしたので少しだけ強引に止めさせていただきました」
剣を引いたアンジュがそう言って丁寧に頭を下げる。
「そうだったか。第十一アルミュナーレ隊隊長エレクシア・クルツロードだ。すまないが、君の今の技は? 私の攻撃が完全に受け止められたように思えたのだが」
「真に申し訳ありませんが、サポートメイドの口伝剣技は門外不出となっておりますのでご容赦ください」
「そ、そうか。ならば仕方ないのか……」
エレクシアは非常に残念そうである。
そして少し悩んだのち、ボソリと小さく呟いた。
「私もサポートメイドになれば」
「それしたら、俺はエレクシアを選抜部隊に選べなくなるな」
「そ、それは困る!」
「ならあきらめろ。とりあえず合格だ。後で招集状を出すから、受け取ってくれ」
「そうか、分かった。よろしく頼むエルド隊長!」
「おう。んじゃ俺は昼飯行くから、とりあえず機体を返してこないとな。アンジュ、飯は部屋に頼むわ」
「はーい、運んでおくね」
アンジュが嬉しそうに戻っていく。
それを見送って、俺は機体へと乗り込み起動させた。
二日後、基地に数台の馬車が入ってきた。そこにつながれているのは、分解されたアルミュナーレのパーツ。つまり、俺の機体たちだ。
俺はすぐさま格納庫へと向かい、そこで組み立て準備をしているパーツたちに抱き付く。
「ああ、久しぶりのこの感触、肌触り! やっぱアルミュナーレはいいな!」
「エルド隊長、そんなところで頬擦りされると邪魔じゃ!」
「おっと、悪い悪い」
クレーンを扱っていたオレールさんに怒られて機体から離れる。
そこに、姫様がお供たちを連れてやってきた。
俺はすばやく膝を折り、姫様に頭を下げる。
「いいわ、楽にして」
「ハッ!」
顔を上げ立ち上がれば、姫様が問いかけてくる。
「ようやく来たのね」
「ええ、後は組み立てて調整するだけです」
「選抜はできてるのよね?」
「ええ、まだ公表はしていませんが、内密に連絡は入れてあります。二つの部隊ともすでに出撃に向けて調整を進めさせています。公表はこの後にでも」
「分かったわ。なら準備ができ次第で悪いけど出てもらうわよ」
「お任せください。必ずやイネス様の期待に応えて見せます」
「なら見事期待に応えてくれたら、ご褒美をあげなきゃね。何がいいかしら?」
姫様はニコニコと笑みを浮かべながら、顎に人差し指を当てて首をかしげる。
「そうね、なら私の手作りワッペン入りの制服をプレゼントしてあげるわ」
「……ちなみにそれはどんな柄のワッペンですか?」
「うーん、薔薇なんてどうかしら」
「姫様にしてはずいぶんとまともな柄を入れてきましたね」
薔薇ならば、真っ白な制服にも映える気がする。
俺は正直、また男性器やら女性器やらをぶっこんで来るのかと思ってたよ。
「ふふ、私も常に進化しているのよ。このワッペンをズボンの中心に付ければ「絶対やめろよ! 絶対だかんな!」
「もう、我が儘ね」
そう言って姫様は肩をすくめる。御付きの者たちも若干肩を震わせて笑いをこらえていた。
「お前らも笑い事じゃないぞ!? 姫様付きの騎士が全員股間に薔薇咲かせてみろ! 騎士団から革命が起こりかねんぞ!?」
つか俺が起こしてやろうか。
いや、そんなことされたら絶対に起こす。俺が起こす。
「ふふ、調子はいつも通りみたいね。じゃあ私は戻るから後よろしくね」
「まったく、冗談もほどほどにしてくださいよ」
「半分は冗談じゃないんだけどね」
「おい待てこら!」
俺が振り返ったとき、すでに姫様と御付きの侍女たちは走って格納庫から逃げ出していた。
あいつら、最近姫様の奔放さに汚染され始めたな……
一度どこかできっちり締めなければと思いつつ、俺は組み立てられているアルミュナーレを見上げるのだった。




