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姫様からの突然の通告に呆然とする俺。それに対して、姫様は実に楽しそうである。
「えっと、本気ですか?」
「もちろんよ。我が騎士ならできると確信しているわ」
「いや、少しは疑いましょうよ」
「我が騎士の力を把握したうえでの的確な判断よ。疑いの余地はないわ。それにあまり悠長にしている暇もないの。あそこが落とされてからすでに半年近い時間が経っているわ。捕虜になっている国民の状態も、かなり厳しいと密偵から情報が入っているの」
どうやら姫様はあらかじめ密偵を敵側に送り込んでいたらしい。
「逃げ遅れた兵士や国民、それに周辺の制圧された村の民たちも一か所に集められて強制労働させられている状況よ。食事もまともに与えられていないから、日に日に死人が増えているそうだわ。これ以上は病気が蔓延する可能性もあると報告が来ているの」
「それは……」
かなりまずい。全体的に衰弱した状態で病気が蔓延すれば、一気にそこにいる人たちに感染し、死亡するだろう。
となれば、もし基地を奪還しても周辺の状況が修復不可能な状態に追い込まれる。
「だからこそ、早急な国民の解放が必要なの。我が騎士には、そのための下地を作ってもらうわ」
「と言うと?」
「あなたの部隊が基地を制圧、その後後方に待機させておいたアブノミューレ部隊をもって町と周辺地域を一気に解放します。すでに医療班や補給物資も手配し終えているから、我が騎士の剣と一緒に来るはずよ」
つまり後は俺が部隊を率いて作戦を成功させればいい状況にまでおぜん立てが出来ている訳ね。
なら問題は、俺が如何にすばやく基地を解放するかと言うことだろう。捕虜を一か所に集めて管理しているということは、そこを最初に制圧してしまえば人質に取られる心配がなくなる。だが、逆に言えばそこを制圧できなければ、作戦自体が失敗に終わるということか。
となると、アルミュナーレでの正面突撃はマズいな。裏からこっそり行って、先に捕虜のいる場所を確保する必要がある。
そのために、俺に必要な人員で部隊編成を任せるってことか。
「どう、理解してくれたかしら?」
「分かりました。その命令、確実に成功させて見せましょう」
俺がうなずくと、姫様はにこやかな笑みを浮かべる。
「そう言ってくれると信じていたわ。カッツォ司令、後でこの基地にいる兵士たちの情報を纏めたものをエルドに渡してちょうだい。エルドはそれを参考に、あなたの機体が到着するまでに人員を招集しなさい。この命令は、上位命令権を有するものとするわ。あ、だけどデニスとジャンは駄目よ。この二人には別の仕事をしてもらうから」
上位命令権まで持ち出すか。これは、その命令権を有する者の命令は、陛下および統括、総司令に続く四番目の権力を持つというものだ。今この場においては、姫様以外にこの命令を拒否できるものはいない。
要は、俺の招集には絶対に従えってことになった訳か。
「承知いたしました。明日の朝までに名簿をお渡しいたします」
明日の朝までって、この基地の全員の名簿を用意するとなるとカッツォ司令は徹夜だな。ご愁傷さま。
「ではそれを受け取り次第、自分は候補者の選定に入ります。作戦の決行は自分の機体の調整が終わってからでも?」
「ええ、万全の状態にして出てちょうだい。難しい作戦であることはよくわかっているから」
「分かりました」
俺が一つ頷き、会議はお開きとなった。
「エルドくーん!」
姫様が用意された部屋へと戻っていったあと、俺が廊下に出ると正面からアンジュが飛び込んできた。
それを受け止め、頭を撫でる。アンジュの体からは料理をしていた直後なのか美味しそうな匂いが漂ってきた。
「おう、お疲れさん」
「エルド君もお疲れさま! ごはんの準備できてるよ!」
「そうか。食堂?」
「ううん、食堂だと何かとうるさいだろうと思って、自室に運んである」
「そりゃ助かる」
この後色々と考えないといけないことがあるからな。自室でゆっくり食べられるのは助かる。
っと、その前に確認しておかないといけないことがあるな。
「俺の隊で今こっちに来てるのって誰?」
こっちに来る前、オレールさんから機体の整備や運搬のために何人か王都に残すと聞いていた。具体的に誰を残すのかを決める時間がなかったので、とりあえずオレールさんに一任してしまっていたため、こっちに来るメンバーを俺は知らないのだ。
「えっと、斥侯のブノワさんとカトレアさんでしょ、それと整備士のパミラちゃんが一緒に来てるよ」
「パミラも?」
てっきり整備士は全員残るものだと思っていたのだが、パミラだけはこっちに来たのか。
「オレールさんが、どうせエルド君はこっちでも無茶やるから、一人ぐらい専門整備士がいるだろうって」
「ククッ、よくわかってらっしゃる」
ちょうど借りたアブノミューレの調整をしてもらいたいと思っていたところだ。さすがに物理演算器までは手を入れるつもりはないが、少し関節周りに調整を入れてもらいたかったんだ。
「さ、部屋行こ? せっかくの料理が冷めちゃうし」
「ああ」
俺たちは、周辺にいた兵士たちの嫉妬を一身に受けながら、部屋へと戻っていった。
いやー、他人の嫉妬ほど気持ちいいものは無いな!
翌朝、俺は纏められた資料を受け取ると共に早々に一人の騎士を呼び出した。
「と、言うわけで、バティスよろしくな」
「まあ何となくは分かってたけどよ、マジで俺でいいのか?」
俺用に用意された執務室、そこに呼び出されたバティスは俺の前で直立しながらも砕けた口調で尋ねてくる。
一応階級としては俺が上で、本来ならバティスは敬語を使わなければならないのだが、今ここにいるのは俺とアンジュとバティスのみ。知り合いだけしかいないのだから、いちいち厳しくする必要もない。と言うより、バティスの敬語とか俺が嫌だ。
本当のことを言うとレオンも一緒に三人組を組めればベストだったのだが、レオンはまだアルミュナーレを持っていない。だから今回はバティスだけの呼び出しとなった。
「ああ、今回は少数精鋭の速度を求める任務だからな。俺と息があってる奴が欲しい」
「それは分かるけどよ、ここには騎士の中でも前線経験の長い連中がわんさかいるんだぜ? それ放置して俺ってのはやっぱおかしくないか?」
「そこは問題ない。俺が直接実力を知っているってことで、やっぱり指揮しやすいからな。出来ないことをできるとか言われても困るだけだし」
騎士のプライドとかそんなもんのせいで、困難なことをできるとか言われても困る。今回の作戦は確実にすべてを成功させなければならないのだ。出来ないならできないで別の方法を考えるから、正しく自分を評価できるものを探す必要があるしな。
「まあそうか」
俺の言葉に、バティスはまだ納得いかないようだ。煮え切らない様子で髪を掻く。
なので、俺は最後の札を切る。
「それに俺は貴族にこそなっているが、勲章をもらっただけの名誉貴族だ。その辺りを気にする連中も多いだろ」
操縦士は貴族が多い。それもバティスやレオンのような上位貴族や相応の力や伝統を持った連中ばかりだ。そんな中で位が上とはいえ元平民の人間に指示されるのは嫌と言うやつは必ずいる。いちいちそんな連中と信頼関係を築いている暇はない。
「分かった。どっち道拒否権は無いしな。その命令、謹んでお受けいたします」
「おう、なら最初の命令だ。バティスの中でもう一人騎士を選ぶんなら誰がいいと思う? 正直渡された資料だけじゃ判断できん」
目の前の机の上には、今朝届けられたばかりの兵士たちの資料がある。連れて行けるのはアルミュナーレ乗りだけなので一般兵は除くとして、潜入に優れたもの、個人の武に優れたもの、医学に優れたもの等を適当にピックアップしていったのだが、一人に絞り込もうと思っても、カタログスペックだけでは相手の考え方なんかを理解できない。
なので、この基地に配属されて数カ月ほどたっているバティスに聞いてみたのだが。
「うーん、難しいことを聞くな。俺はここじゃ一番の新人で、ほとんど雑用みたいなことさせられてたからな。騎士どうしの交流なんてほとんどなかったぞ?」
「連携取れなきゃいけない騎士どうし交流がないって……それはそれで問題だろ」
「まああれだ、現場特有の上下関係ってやつだな」
「ならそいつをことさら持ち出してきた連中は排除できるな」
そんな面倒な物を持ち出すやからなんて、多かれ少なかれ俺に反感を持つはずだ。そんな奴を入れるわけにはいかない。
バティスに名前を聞いて、名簿の中からそれらの人物を抜き取る。
と、残りは三人にまで絞られた。
一人は一番騎士歴の長い、もはやご老体。ただ、しっかりと鍛えており、今もバリバリ現役なのだとか。
もう一人はボドワンさんと同じぐらいの年でベテランの風格溢れるおっさんだ。どちらも現場では私情を挟まずきっちり仕事をこなすタイプである。
最後の一人がまだ若い女性騎士。経歴こそ少ないが、昨日の戦闘でもきっちり戦果を上げている。上級貴族の長所らしいが、性格までは書いてなかったので分からない。
「この三人か」
「見せてもらっていいか?」
「ああ」
バティスに資料を渡し、俺はアンジュが入れてくれた紅茶をすする。うん、美味い。
昨日のとんかつも衣サクサク肉やわらかで非常に美味かった。
もちろんアンジュも美味かった。
「この中なら俺が知ってるのはエレクシアさんだけだな」
「女性騎士の?」
「ああ、ルクツロード家とは同じ上級貴族として多少は交流があるし、ここでも少し世話になった」
それはちょうどいい。交流があったなら、人柄なんかも分かるかもしれない。
「バティスからみてどんな人物だ?」
「どんな……うーん」
バティスは顎に手を当てて少し悩んだ後、こう告げた。
「良くも悪くも軍人気質――かねぇ?」
何とも反応に困る答えである。
「何事にも真面目で真剣なんだけど、それに合わせて色々と不器用なんだよな」
「不器用?」
「妥協を知らないっていうのか、どこまでも完璧を求める感じ? この基地でエレクシアさんと会ったもの、朝練で剣の素振りしてたのを見たのが最初だ。前線にいるんだし、隊長クラスになれば朝練も少しは手を抜くし体力を残しとくもんだろ? そういうのが出来なくて、へとへとになるまで剣を振り続けるタイプっつうのかね」
「それは……本末転倒だろ」
へとへとになって襲撃の際に全力を出せなければ、騎士として努力してきた意味がないだろ。しかも、隊長クラスになればそもそも歩兵戦をするということがほぼない。素振りよりも操縦席で戦闘シミュレーションをしていたほうが有意義だというやつもいるほどだ。
俺はどちらも大事だと思ってるから、学生の頃からのメニューは変えていないが、それでもさすがに疲れ果てるまではやらない。
「だから不器用なんだよ。始めると途中で手を抜けないんだ。知ってるか? エレクシアさん、アカデミーに入った理由が社交が苦手だからなんだよ。だから、エレクシアさんの両親も適当なところで諦めて貴族としての生き方に戻ると思ってたんだけど、まじめにやりすぎたせいでその年の首席卒業者になっちまったぐらいだからな」
「それは……」
うん、どこまでも真面目で、ついでに不器用だな。使いどころとしては難しいかもしれない。今回の救出任務は、必ずどこかで捨てなければならない命が生まれてしまうはずだ。そこを切り捨てられなければ、周りの命まで危機に陥ることになる可能性がある。
「悩むな。他の二人のことは何か分からないか?」
「すまん。その二人は上の人過ぎてそもそも会うことがなかった」
「そうか。ならとりあえず保留だな。今日の午後にでも少し聞き込みをして、明日にでも決めるとしよう」
「午前はどうするんだ?」
「お前の特訓だ」
「俺の?」
俺が笑顔を向けると、バティスは顔を引き攣らせながら首を傾げた。
「なあ、なんでアブノミューレでやるんだ?」
「バティスはまだこの機体を動かしたことなかったろ? 一度アブノミューレを動かしておくと、色々と感覚が変わるぞ。一度体験しておいて損はない」
「確かレオンもそんなこと言ってたな」
基地の開けた場所で、二機のアブノミューレが向かい合っていた。
そのうちの一機は、もちろん俺が借りている機体だ。そしてもう一機は、カッツォ司令に頼んで貸してもらったもう一機である。その搭乗者はもちろんバティスだ。
「んじゃ行くぞ。ルールは寸止めのありありな」
「あいよ。っつってもこいつじゃ魔法は使えないけどな!」
バティス機が動く。
俺は即座に剣を突き出し、バティスの機体を狙う。バティスはそれを機体を軽く横にずらすことで躱し、そのまま突撃してきた。
俺は機体をしゃがませて肩を前に出し、相手の操縦席に肩が当たるよう調整する。こうすることで、相手に機体をつかまれるのを防ぐのだ。
バティスも即座に対応してきた。
俺が機体をしゃがませた時点で俺の目的に気づいていたのだろう。そのままの勢いで突っ込んできた後、逆に飛び上がり俺の機体の頭上を飛び越える。
そのまま着地と同時に剣を振りながら振り返るバティス機に、俺は剣を合わせた。
ガキンッと剣がぶつかり合い、つばぜり合いとなる。
「どうだ、戦闘軌道をするとよく分かるだろ」
「ああ、確かにこれは結構いい経験になるかも、な!」
つばぜり合いからバティスが剣を引く。
俺の機体はそのままバティス機へと剣を振るうが、それはあっけなく躱された。
アルミュナーレならば今のでも当てられたんだろうけどな。この機体じゃ瞬発力も機動力もいまいちだ。
しかしそれはバティスの機体も同じだ。
アルミュナーレならば付け込まれるはずの俺の隙は、アブノミューレの機動力では攻めるだけの隙に足りえない。
背中を隙だらけにしながらも、俺は無傷でバティス機の横を通り抜け態勢を立て直す。
「さ、次行くぞ」
「どんどん来い!」
今度はこちらからだ。
機体を走らせ、バティス機に向けて剣を振り降ろす。
バティスはそれを正面から受け止めつつ、軽く力を抜いてきた。
受けながら力を抜かれるのは、なかなか見分けがつきにくい。俺はその動きに不意を打たれ、機体のバランスを崩す。
「もらった」
「残念!」
しかし簡単に隙を取らせる俺ではない。
前へとたたらを踏んだ俺の機体は、そのままでんぐり返しするようにバティスの足元を抜ける。ついでに、腕の一本を足にひっかけてやれば、バティス機も巻き込んで派手に転倒した。
基地の床が激しい音を立てながら割れるが、そんなことは気にしない。どうせそこらじゅう戦闘の後で穴だらけだからな。
「痛ぇ……」
「隙あり!」
俺は倒れた機体目がけて、寝た状態のまま剣を突き出す。
「なめんな!」
しかしそれは、剣が届く直前腕を蹴られたことで軌道を逸らされた。
そして俺たちはすばやく立ち上がる。
「くっそ、相変わらずふざけた機動させやがって」
「アルミュナーレならもっと面白い機動が出来るぞ?」
「曲芸師かよ」
「それも面白いかもな!」
俺は腰から二本目の剣を抜き、両手に一本ずつ構える。すると、バティスも合わせてもう一本を構えた。
「いいのか? 二刀流なら俺の方が得意だぜ?」
「ハッ、エルドの二刀流なんてとっくに見切ってんだよ。いつまでも昔の俺と思うな」
「なら見せてみろ!」
二機で連続して切り結ぶ。
機体の周辺に剣の破片が飛び散り、キラキラと光りを反射させる。そんな中、俺たちの機体はアブノミューレとは思えないほどの速度でお互いの剣を弾き、隙を窺い、剣を振るう。
「いい動きだ。けど――」
俺はバティスが剣技に熱中してきた瞬間を狙い、相手の剣を受け止めると、同時に足払いを仕掛ける。
案の定バティスはそれに簡単に引っかかった。
「熱中すると相変わらず目の前しか見えなくなるな」
バティス機の喉元に剣を添え、決着を決める。
「クソッ! また負けた!」
「ま、アブノミューレどうしってこともあるだろうけどな」
「そんな恥ずかしい言い訳できるかよ」
こっちは何度かアブノミューレに乗って戦闘を行っている。なれという部分では俺の方がはるかに有利だ。
だがバティス的にはそれは負けた理由にはできないらしい。
「次は勝つ。もう一本だ」
「ああ、嫌でも午前中はきっちり付き合ってもらうぞ。だがその前に――そこに隠れているの。そんなこそこそと隠れている必要はないぞ。出てこい」
俺は格納庫の影に向けて声を飛ばす。
すると、影から一人の女性が現れた。
アンジュの髪よりも銀を帯びたプラチナブロンドの髪を背中に流し、凛とした姿勢で俺たちの機体を見上げてくるその女性。
それは俺がちょうど調べようと思っていた騎士、エレクシア・クルツロードだった。
奥さん、もう十二月なんですって!
皆さんはそろそろ今年の目標達成できましたか? 自分は来年達成の見込みです




