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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
片腕のアルミュナーレ
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4

 森の中を逃げ回りながら、俺は順調に谷のある場所へと黒いアルミュナーレを誘導していった。できることなら、このまま谷に突き落としてやりたいところだが、相手の操縦技術をみていると、どうもそれはできそうに無い。やはり、アルミュナーレ同士の戦いになるだろう。


「ねぇ、そろそろ諦めたら」

「ンなことできるか。お前こそ、諦めたらどうだ」

「隊長の命令だもん、逆らえないよ」

「その機体に乗ってんのにかよ」


 アルミュナーレに乗って脅せば、部下もろとも全部自分のもんに出来るだろうが。つか、隊長がアルミュナーレに乗って無い事の方が俺としては驚きだよ。そんなに信頼されてんのか、それとも隊長の操縦が下手なのか。まあ、こいつが上手いことは確かだが。


「補給とか整備とかは、部下の人任せだからね。裏切れば、すぐに追い詰められる。けど、裏切らなければ、楽しい戦いを一杯させてくれるんだ。裏切る理由がないよね」

「戦闘狂が!」

「そのフレーズいいね。これからそう名乗らせてもらうよ。戦闘狂のフェルツェだ、死ぬまでの間よろしくね」

「こっちは自己紹介なんかしねぇからな!」

「知ってるからいらないよ。エルド君!」


 アルミュナーレの周りに氷の槍が多数浮かび上がる。一本一本が全長五メートルはありそうな巨大槍だ。そんなものが掠りでもしたら一瞬で肉塊になる。

 まあ、対アルミュナーレ用の魔法なんだから当然だろうけどな。


「行け!」

「クソが!」


 ズドンッズドンッと氷の槍が森の中へ降り注ぎ、ミシミシと巨木を小枝のようにへし折る。そして、一本の木が俺の目の前へと道を塞ぐように倒れてきた。

 それを躱すために、上空へと跳び上がる。


「やっと目視出来た!」


 アルミュナーレが俺を見つけ手を伸ばす。このままでは捕まってしまうが、こっちだってそう簡単に捕まってたまるかよ。


「エアブロック、クインティブル・セットアップ。スタート!」


 俺の足もとに始まり、空気中にいくつかのブロックを出現させた。それを足場にして、俺はエアロスラスターでアルミュナーレの手から逃れる。

 相手から見れば、まるで空中を走っているようにも見えただろう。

 フェルツェと名乗った男も、驚いたように声を上げる。


「凄い! 本当に凄いよ! こんな風に逃げる子は始めてだ!」

「こちとら死ぬ気でやってんだ! 覚悟が違うんだよ!」

「ハハ、じゃあもうちょっと頑張って逃げてね!」

「悪ぃが、鬼ごっこはここまでだ!」


 やっとたどり着いた。

 俺は、空中から落下しながら、体を捩じり黒いアルミュナーレを睨みつけ宣言する。


「ここからが本当の戦いだ!」

「それはどういう……なるほどね」


 フェルツェが何かに気づき、アルミュナーレの足を止めた。

 俺はそのまま落下し、谷へと落ちていく。

 アクティブウィングで落下方向を調整、昨日やっと立ち上がらせた機体目掛けて落ちていく。

 途中で、ピンポイントサイクロンを利用し落下速度を減速、そのまま操縦席へと飛び込んだ。


「いきなりの実戦で悪いが、耐えてくれよ」


 操縦席のハッチを閉じ、燃料弁を開き、始動ボタンを押す。

各種メーター異常なし、燃料残量一割、モニターは一部故障しているが、左肩や足先など隅の部分が多いため戦闘にはあまり影響はない。

 各部関節オールグリーンと行きたいところだが、残念ながらオールイエロー。モニターのアルミュナーレは全身安定の真っ黄色――ですが!


「アルミュナーレ起動!」


 ペダルを踏み込み、ジェネレーターを吹かせ、起動ボタンを押し込む。

 アルミュナーレの全てが目覚め、俺の操縦に合わせて足を軋ませながら大きく屈めた。


「行くぞ!」


 屈めた足に力を籠め、全力で飛び上がる。ただのジャンプだ。だが、アルミュナーレの身長ならば、これだけで谷の淵に手を掛けられる。

 右手で崖を掴み、足を引っ掛けもう一度踏み込む。

 崖がボロボロと崩れながら、俺の機体をさらに上へと押し上げた。

 見えたのは空。画面の両端に、いつもの崖は写らない。

 視線を下げれば、そこに広がるのは、広大な森。そして、この機体を見る黒いアルミュナーレ。

 俺は、そこ目掛けて落下しつつ、蹴りを放つ。

 黒い奴は、バックステップでそれを躱した。


「ようやく俺も戦える!」

「それが君の機体か! 隊長が探していたのは本当にあったんだね!」

「俺が一から直した機体だ! てめぇらなんかに渡してたまるか!」

「なら殺してでも奪い取る!」


 黒が剣を突き出してくる。狙いは適確に操縦席だ。つか――


「生かして捕らえるんじゃないのかよ!」

「機体を確保できれば隊長も大目に見てくれるよ」


 突き出された剣を躱しつつ、俺は踏み込み懐へと入り込む。

 この機体に武器は無い。無いなら奪えばいいのだ。

 相手の腰に備え付けられている予備の剣へと手を伸ばす。その手は空を切った。


「おっと危ない。取らせはしないよ」

「チッ、気付いてたか」

「機体の魔法はそこまで詳しくなさそうだし、さっさと決めるよ」

「させるか」


 相手は両手に剣。対してこちらは片手の素手。ゲームだったらムリゲっつって投げる所だが、残念ながらこれは現実。なら何かしら突破方法を見つけないと、人生のゲームオーバーになっちまう訳か。

 スリリングすぎんだろうが!

 確実に操縦席を狙って振るわれる剣を躱しながら、俺は突破方法を考える。

 とりあえずやらなければならないのは、相手の剣を封じることと、少なからず機体にダメージを与えて、撤退に追い込ませることだ。ここまで派手に戦闘しているのだ。下の村からでもこの戦闘は見えているはず。つまり、一度撤退させられれば、二度目は無い。

 二度目があるとすれば、それは国軍と黒い連中の全面戦争になる。さすがにあいつらもそんな無謀なことはしないだろう。


「くっ……」


 剣が右腕に掠り、装甲が剥がれ落ちる。機体が俺の思ったように動かない。初めての操縦という理由もあるが、関節にガタがきているのも大きい。

 少しずつだが操作にラグが生まれているのだ。


「さすがに動きが悪いね」

「応急修理だからな」

「さっさと諦めなよ」

「嫌だね」

「強情だ。こんなつまらない戦いは、さっさと終わらせたいんだけど!」


 突き刺された剣を躱すと、もう一本の剣が迫る。

 回避は間に合わない。

 俺は、完全に躱すことを諦め、しゃがむことで致命傷を避ける。頭部が吹き飛ばされ、上部と可動式モニターが一気にダメになった。


「なんかねぇのかよ!」


 村長からこの村周辺の歴史を聞いたおかげで、この機体が南北争乱時の物だってことは分かってるんだ。戦争しようとしてた機体なら、攻撃魔法の一つや二つは書き込まれているはずだろ!


「また眠りたくなかったら、根性見せろ!」


 機体を立ち上げながら、黒い奴に向かってショルダータックルをかます。

 さすがに至近距離で両手を振った後じゃ躱せないだろ。

 衝撃と共に、木々をなぎ倒しながら二機のアルミュナーレが森の中へと転倒した。


「痛いな!」

「それはこっちのセリフだ!」


 シートベルトの皮が腐ってて使えないせいで、俺は体を抑えるものが何もないんだぞ! そんな状態で倒れたせいで、モニターに顔を思いっきりぶつけた。たぶん鼻血が出ているが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 決死のタックルで、マウントポジションを取れたんだ。ここを逃す手はない。

 右手を伸ばし、相手の頭部を掴み、思いっきり引っ張る。

 ギギギと軋む音と共に、頭部からつながったチューブが露出し、耐久の限界を超え引き千切れる。

 これでカメラはお相子だ。

 そう思った矢先、左からの衝撃に、俺の機体が転倒した。


「あらら、隊長に怒られそうだ」


 衝撃は、剣を捨てた黒い奴のパンチだった。

 左腕が無いせいで、ガードも碌に出来ない。でも、無い物ねだりはできない。無いなら無いで、それをカバーする戦い方をしなければ。

 立ち上がり、左手の剣を振り下ろそうとして来た黒い奴に、俺は足を引っ掛けてバランスを崩させる。

 体勢は立て直されてしまったが、その間にこちらも立ち上がることができた。

 黒い奴が右手に持っていた剣の場所を確かめれば、俺がタックルした場所に落ちている。衝撃で取り落としたのだろう。ならいきなり使われる心配はない。


「そろそろ本気で行こうか。生き残れたら褒めてあげる」

「何?」


 黒い奴が剣を構えたかと思うと、その剣に炎が宿る。さらに、機体の周辺に先ほどの氷の槍が出現した。

 本気ってそう言うことか!

 俺はとっさに相手との距離を詰める。さっきも見たあの氷の槍はロックオンなしの直進系だ、ならば穂先さへしっかりと見ておけば攻撃は躱せる。後は、あの剣を抑え込めばいい。

 案の定、放たれた氷の槍は機体のすぐ横を通り過ぎて後方の地面に突き刺さる。

 俺は、振り上げられる剣を睨みつけ、その軌道をしっかりと見極め、腕を出す。

 機体の腕がつっかえ棒のように相手の腕を抑え込んだ。しかし、これだけではだめだ。相手はまだ右手が空いている。

 予想通り、右手が動き操縦席を狙ってパンチを繰り出してくる。俺はそれを、膝蹴りで弾く。

 バランスを崩した俺の機体が傾くが、ガッチリとつかんだ相手の左腕で何とか重量を支える。相手は、巻き込まれて倒れまいと踏ん張ってくれるおかげで、追撃が緩い。

 膝蹴りで弾いた腕が振り下ろされるが、勢いの無いその攻撃では、装甲は抜けない。

 ガスンと衝撃が伝わってくるがそれだけだ。


「君の戦い方は面白いね! そこら辺の魔法を射ち合ってる連中とは大違いだ!」

「そりゃどうも! こちとら魔法が使えねぇからな!」


 アルミュナーレの魔法は、ただボタンを押せば発動するものと、適切なプロセスを経なければ発動しない物がある。

 集音やマイクのような、どのような状態で発動しても機体に悪影響を及ぼさない物はボタン一つで大丈夫だが、先ほどのように、剣に炎を纏わせたり、機体の周りに氷の槍を生み出すような魔法は、場合によっては自分の機体すら傷つけかねない。

 だから、安全な状態を保つように、発動に制限が掛けられている。

 今のように、超接近した状態では、氷の槍は使えない。腕も抑えている以上、相手は物理技でどうにかするしかない。

 対人用の魔法じゃ威力が足りないだろうしな。

 俺は、機体の姿勢を直し、右手を外へとずらして手を放すことで、相手の振り下ろしの軌道から逃れる。と同時に、空いた右手を相手の胸部装甲の隙間へと突っ込んだ。


「何を!?」

「ここを剥がせば、お前はむき出しだろ!」

「させない!」


 相手が剣を放し、両手で俺の機体の肩を抑える。

 この状態になれば、ただの力勝負になるが、腕一本無いこっちが圧倒的不利だ。そんなことは分かっている。

 だが、それを利用すれば。

 黒が俺の機体を強引に引きはがす。その力を利用して、俺も思いっきり後方へ機体を倒した。

 姿勢制御なんて関係ない。ただ背中から倒れるだけの単なる転倒。だが、だからこそもっとも力が入る。鎧の隙間に突っ込んだ手に、全ての重量がかかるのだ。

 それによって起こる現象は。


「なっ!?」

「作戦成功だ」


 鎧は外側から内側への衝撃に強い。それは、外側から装着し、固定しているからだ。だが、逆に内側からの力には案外弱い物である。これは俺の機体でも同じだ。基礎概論に書いてあったアルミュナーレの基礎設計図が、俺の機体とほぼ変わらなかったことからも、今の機体もそれほど装甲の装着方法に違いがないことは知っていた。

 指を引っ掛けられた黒い奴の装甲は、アルミュナーレ一機の重量に耐えきれず引きはがされていた。その衝撃で俺の機体の指も三本ほどダメになってしまっているが仕方ない。

 むき出しになった内部フレームは、球体状の操縦席とジェネレーターだ。


「これなら普通の魔法でも通るよな」


 アルミュナーレはその装甲で魔法を弾く。だが、その装甲の一枚下は、精々一センチの鉄板だ。そしてその先には、モニターが並んでいる。

 俺の機体に武器は無い。なら、俺自身の攻撃が通るように、相手の装甲を引きはがしてしまえばいいのだ。


「操縦席もジェネレーターもむき出し。このまま戦うか?」

「ああ、もう。隊長に怒られるな……」

「その程度で済むならいいんじゃないか」

「まあそうだけど。とりあえず装甲は返してもらうよ。それがないと、赤字が大変なことになりそうだし」


 黒は、機体の距離が離れたのをいい事に、氷の槍を放ってさらに距離を取らされる。

 こちらはアルミュナーレとしての戦闘はほぼできないと言ってもいい。だが、俺がジェネレーターに一撃でも加えれば、相手の機体は完全にダメになる。さすがにそのリスクは避けるようだ。

 俺が距離を取ったのを確認すると、装甲が落ちている場所まで移動し、それを拾い上げる。他にも剣や、壊れた頭部を次々に拾い上げて行った。


「まあこんなもんあればいいかな」

「だったらさっさと帰ってくれ」

「はぁ、そうするよ」


 ゆっくりと後退して村へと近づいていく。しかし、絶対に相手の機体からは目を離さない。

 村が近づいて来たので、こちらのモニターでズームを掛け村の中の様子を観察する。そこでは、アンジュが隊長ほか数名とやり合っていた。


「アンジュ、なにやってんの!?」

「エルド君、もう終わっちゃったの!?」

「フェルツェ、あの機体はなんだ。それにお前の状況は」

「すみません隊長。やられちゃいました。ちょっと戦闘続けるのは不味いです」


 そう言ってフェルツェは自分の機体の腹部を機体の手で器用に指差す。

 剥がされた装甲の内部からジェネレーターが露出しているのを見て、隊長はモニター越しでも分かるほど驚愕していた。


「隊長、撤退を進言します」

「仕方ないか。起きてる奴は撤退しろ。寝てる奴は拾える奴は拾ってやれ! どうせこいつらは追ってこない!」


 隊長の号令に合わせて、鎧男たちはいっせいに撤退を始める。訓練された盗賊なだけあって、綺麗な引き際だ。

 自分の金になるものは一切残さない。仲間も無理そうなら、剣や兜だけ回収して帰っていった。


「アンジュは追うなよ」

「分かってるよ。そんなことより、エルド君の方が酷い状態よ! 鼻血出てるし!」


 フレアブースターで操縦席まで登って来たアンジュを見て、ハッチを開く。中に入って来たアンジュは、俺の姿を見て驚きの声を上げた。

 まあ、全速力で森の中を駆け抜けていたし、地面を転がったりもしたからな。

 服はボロボロだし、結構傷だらけだ。

 ハァッと大きく息を吐いて、シートにもたれ掛かる。正直かなり緊張したし疲れた。もう帰って眠りたい。


「まあかすり傷だしすぐ治るだろ」

「そうだろうけど……もう、心配かけないでよ」

「悪かったって。つか、それ言うならアンジュもなんであんなやり合ってんだよ。村長の家に篭れって言ったろ?」

「だって……」


 アンジュはプクッと頬を膨らませたままそっぽを向く。

 とりあえずその頬をつついて、空気を抜いてやった。


「もう、意地悪しない……」

「ん? どうした?」


 俺を見て、動かなくなったアンジュに首を捻る。


「エルド君、目が開いてる」

「いや、起きてれば普通開いてるだろ」

「そうじゃなくて、しっかりパッチリ目が開いてるの!」

「え、マジ?」


 自分の顔に手を当ててみれば、確かに瞼がしっかりと開いている。

 これは――


「アルミュナーレの操縦で興奮してるからかもな」


 なにせ、初めての全力起動に加えて、ガチの戦闘だ。今にして思えば、少し恐怖感が込み上げてくるが、あの時は完全にハイテンションになって戦っていた。案外フェルツェのことを言えないかもしれない。


「まあでも一日たてば戻るだろ」

「戻らない方が良いよ! 絶対そっちの方がかっこいいって!」

「そうか? 親父譲りの眼光だぞ?」

「そんなことないよ、エルド君の目は凄く優しい気がする」

「ンなこと言われてもな」


 寝れば戻りそうな気もするし、自分じゃどうにもならんだろ。


「エルドちゃん! アンジュちゃん!」

「エルド、アンジュ!」

「二人とも!」


 俺とアンジュが、瞼がどうこうと言い合っていると、遠くから俺達を呼ぶ声が聞こえた。

 見れば、こちらに向かって父さんたちが走り寄ってきている。どうやら、家からあいつらが撤退するのを見ていたようだ。

 と、言うことは……


「エルド、降りてきてそこに座りなさい!」

「アンジュも正座ですよ!」

「二人とも無事でよかったわ」


 人を殺せそうな剣幕で俺に正座を要求する父さんと、鬼のような形相でアンジュを正座させるアンジュの母。そして感極まって泣き出している村長と母さん他多数。

 さすがに疲れたから帰って眠りたいんだが……いやはや、俺が休憩できるのは当分先になりそうだ。




 森の中を進む壊れたアルミュナーレと一団。

 彼らの足取りは重く、雰囲気も暗い。その中でフェルツェ一人だけが操縦席の中でニコニコと笑みを浮かべていた。

 事の顛末を聞きに来た隊長が、それを見て顔を歪める。


「失敗したのにずいぶんと楽しそうだな」


 今回の作戦、報酬はゼロの上にアルミュナーレのこの損害だ。ただでさえ濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)は非常に高価であり、一機を運用するだけでも莫大なコストがかかる。燃料タンクを満タンにしようとすれば、それこそエルドの村ならば、村人全員が一年間食べられるだけの食料を確保できるほどの値段になる。

今回の作戦は完全に赤字だ。それも、ちょっとやそっとではどうにもならないレベルでである。

 隊長の睨みつけるような視線を受けて、フェルツェは笑みを浮かべたまま答えた。


「ええ、正直ここまで楽しめるとは思いませんでした」

「俺はお前がここまでやられるとは思わなかったぞ。相手はそんなに凄い機体だったのか?」


 フェルツェに機体を与えたのは、団員の中でもずば抜けて操縦が上手かったからだ。それはこれまでに戦ってきたアルミュナーレ戦でもしっかりと確認している。そのフェルツェがやられるとは、にわかには信じられなかった。


「機体としては下の下でしょうね」


 肩から無くなった左腕に、発動できない魔法。各部関節はボロボロで、情報伝達が悪いのか操縦にラグがあるようにも見えた。

 もし相手が、普通に国でアルミュナーレの操縦技術を学んだ操縦士だったのならば、傷一つ付かずにあの機体を奪取出来ていたであろう。

 だがそれを拒んだのは、エルドの操縦技術だ。


「エルド君って言いましたっけ? 彼、アルミュナーレの戦い方を知っていましたよ。何度も実戦を潜り抜けてようやくたどり着ける歴戦の騎士のような、アルミュナーレをフルに使った戦い方です」

「それにやられたと?」

「負けたつもりはありませんよ。あのままやったら、たぶん勝てました。まあ、こっちもジェネレーターに傷ぐらいは付けられたと思いますけど」

「それは勝ったとは言わない」

「僕からすれば、戦って生き残れていれば勝ちですよ。そうすればまた戦える」


 フェルツェの笑みは先ほどの戦闘を思いだし、だんだんと恍惚な物に変わっていく。


「アルミュナーレは機械です。だから、人と同じように考えちゃいけない。腕が斬られても戦えるし、指が折れても平然としている」


 エルドは、避けられないと悟った攻撃に対し、すぐさま頭部を犠牲にして最悪を避けるという挙動を取った。

 これは、並大抵のことではない。


「どこを犠牲にして、被害を最小にするか。どれだけの損傷なら戦い続けられるか。それを考えながら戦えて、初めてアルミュナーレは本来の力を発揮する」

「あのガキにはそれが出来ていたと?」

「出来てるなんてものじゃないですよ」


 モニター越しとはいえ、剣を自分の顔に受けようなんて酔狂なことは、普通ならできない。自分でもとっさに判断できるかどうか、フェルツェには分からなかった。あの一瞬だけならば、自分は確実にエルドより下にいると思えた。

 だからこそ、笑いが止まらない。


「彼、きっと騎士になるでしょうね」


 騎士、それはアルミュナーレ乗りとその部隊にのみ付けられる特別な名前だ。


「隊長」

「なんだ」

「フェイタルを出て、オーバード帝国に行きましょう。今回の負債はちょっと大きすぎますし、国の直属傭兵になって修理費ぐらいは浮かしましょう」

「ふむ……」


 それは隊長も考えていたことだ。この国、フェイタル王国の隣にあるオーバード帝国。この国は、常にフェイタルの土地を求めており、何度も小競り合いを続けている。そして、戦力を確保するために、傭兵を傭兵のまま国の部隊に受け入れる特殊な制度を持っていた。

 アルミュナーレを持ってオーバードに行けば、間違いなく特別待遇で迎え入れられる。修理や燃料の補充もやってくれるだろう。

ドゥ・リベープルの掟にも、これは抵触しない。

 だが、それは国の為に戦わなければならないと言うことでもある。

 少し迷った素振りを見せた後、隊長は決断した


「よし、フェルツェの提案を受け入れよう」

「やった」

「だが、次は勝て。負ければお前を機体から降ろす」

「任せてください。ああ、楽しみだな。必ず殺すからね、エルド君!」


 満面の笑みを浮かべるフェルツェを見て、隊長はため息を吐きアルミュナーレを降りて行った。


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