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小屋の出入り口には、鎧男が二人。周辺の警備は無しか。まあ、武器も無いただの村人が抵抗するなんて考えないだろうしな。とすると、女性側にも二人ぐらいか。他の人員の場所も把握しておきたい。
さっき広場にいたのが五人だったし、アンジュが森の中で見たのは三人だと言っていた。隊長格と、アルミュナーレに乗っている一人を合わせて、十四。周辺の警備も考えれば、多めに見積もって二十って所か。
とりあえず、小屋の中の父さんたちに連絡取らないと。
俺は小屋の裏側から、地面を掘って小さなトンネルを作る。土台の作っていない小屋だからこそできる技だ。
そして、木の壁を小さくノックする。
これでこっちの存在に中の人が気付いてくれたはずだ。そしてトドメに、俺だと分かるものを穴から突っ込む。
俺は、自分の使っている獲物袋を小さく丸め、その穴から中へと放り込んだ。すると、中が少しざわつく。
「エルド、そこにいるのか」
「父さん、大丈夫? ごめん、俺のせいで変なことに巻き込んで」
「説教は後だ、それよりあいつらがお前のことを――」
「広場でのやりとりは聞いてたから知ってる。母さんの方にはアンジュが向かったから」
「危ない事は止めろ。アンジュちゃんと街道から下の村に行って助けを求めるんだ」
「それじゃ間に合わない」
盗賊はアルミュナーレを持っている。それに対抗できるのはアルミュナーレだけ。だけど、国の機体は王都か主要都市、それに国境の警備に出払っているはずで、こんな田舎にあるはずがない。それの援護を待っていたら、父さんたちが何されるか分からないし、それ以前に俺のアルミュナーレが回収されかねない。
だから、俺達で何とかしないといけない。
「説教は後からいくらでも聞くから、今は指示に従って。この後俺が騒ぎを起こして、敵を引き付ける。そしたら、アンジュが母さんたちを連れだしてくるから、合流して村長の家に立てこもって。詳しい事はアンジュに聞いてね」
「おい、エルド! 待ちなさい!」
「んじゃ行ってきます!」
思わず声を荒げる父さんだが、眼さえ合わせなければ父さんは怖くないんだ。悪いけど、ここは俺のやり方で行かせてもらう。
父さんの声に何事かと警備の男たちが小屋の扉を叩いて怒鳴る。
俺は背後から男たちに近寄り、至近距離から全力でエアブラストを放った。
「なっ!」「ぐあっ!」
ズドンッと重い音がして、鎧が凹んだかと思えば、男たちが宙高く吹き飛び、落下する。
俺の魔法の威力も結構上がったなぁ。
「なんだ!」
「どうした!」
おっといけない。さっさと騒ぎを広めなければ。
「お前らに、俺の機体は好き勝手させねぇよ!」
「例のガキだ!」
「ガキがいたぞ!」
声に反応して、周囲を警戒していた男たちも集まってくる。
俺はその一角に向けて、再びエアブラストを放つ。
「相手は魔法を使う! 気を付けろ!」
「生かして捕らえろよ!」
「人質を使え!」
即座に数人が女性たちのいる小屋へと向かう。案外人数が少ないな。もう少し脅迫しておけばよかったか。まあいい。アンジュの負担が減るなら、それに越したことはない。
「ファイアボール!」
「ウォーターランス!」
男たちのうち、二人が俺目掛けて魔法を放つ。殺さないために、弱めの魔法なのだろう。だが、それじゃ俺には届かないな。
「ピンポイントサイクロン!」
俺は、先ほど足場代わりに使った魔法を、今度は盾として利用する。
先ほどよりも威力を上げた竜巻は、火の玉も水の槍も簡単に打ち消してしまった。
「チッ、あのガキ魔法を使い慣れてやがる」
「狩りの成果ってか。面倒だ。殺す気で行け。手足を狙えば死なないだろ」
おいおい、そんなアバウトな考えでいいのかよ。人間、強力な魔法なんか喰らったら、手足に当たっただけでも衝撃で死ぬぞ。
どうしようかと考えていると、女性たちのいる小屋の方向で火柱が上がる。
「アンジュが動いたか、ならこっちも」
アンジュ達はすぐにでもこっちと合流しようとするはずだ。なら、俺は俺の仕事をきっちりとこなさなければ。
「まとめて寝てな。エアスクワッシュ、セクスタプル・セットアップ。スタート!」
直後、ズガンッとまるで何かが落ちたような激しい音と共に、男たちが地面へと崩れ落ちる。
「さて、残るは」
見上げれば、すぐ近くまであの黒いアルミュナーレが接近していた。
「君面白いね!」
「子供?」
「君と同じぐらいだと思うよ。そんなことより、こんなことしてどうにかなると思ってるの? こっちはアルミュナーレがあるんだよ?」
「なんとかしなきゃ、殺されかねないからな。だから俺があんたを抑える」
「なら精々楽しませてね!」
振り下ろされる巨大な剣。俺はエアロスラスターを使い、それを躱す。
地面へと突き刺さった剣が、周囲の土を高らかと舞い上げる。俺はそれを、アルミュナーレに向けて吹き飛ばした。
アルミュナーレの操縦席モニターは前面二十四枚の複数モニターだ。そのカメラは、アルミュナーレの胴や足、腕などにも付いているため、目つぶしをするなら全体を隠さなければならない。
「あららカメラが」
「目つぶしは基本。そして!」
アクティブウィングとエアロスラスターを利用し、一気にアルミュナーレの足もとを抜けると、そのまま跳び上がり背中へとしがみ付く。
「なるほど、操縦席に来るつもりだね!」
「鉄殴るよりも、人殴った方が楽だからな」
「確かにそうだけど、どうやらアルミュナーレの武装には詳しくないみたいだね!」
「なに?」
直後、俺の体がふわりと浮く感覚に襲われ、気付いたときにはアルミュナーレから弾き飛ばされていた。
「い、今のは……」
「対人用魔法、ショック・グラビネス。今みたいに、人に張り付かれた時に対処するための魔法だよ。今の機体なら標準装備だけど――」
「生憎、正規の訓練は受けてなくてな」
アクティブウィングで姿勢制御し、着地する。案外遠くに吹き飛ばされてしまったが、これもありかもしれない。このまま森の中に誘導して、俺の機体の場所まで誘い込む。
「隊長、子供見つけましたけど、どうします?」
「生け捕りにしろ。俺はあの女を抑える」
「了解です。ってことで、君には捕まってもらうよ」
隊長が捕まえることに拘ってくれて助かった。とりあえず俺を殺してしまえば、アルミュナーレの場所を知る者はいなくなる。その後にゆっくり探せばいいなんて思われていたら、もっとスリリングな鬼ごっこになっただろうしな。
まあ、相手も国軍との鬼ごっこしているんだし、戦力に余裕があるなら俺を捕まえてさっさと場所を聞き出したいんだろう。一口に森と言っても、かなりの広さがあるからな。特に、今機体は谷の影に隠してあるから、探すのにもかなり苦労するはずだ。
「簡単に捕まるかよ」
俺は踵を返して森の中へと飛び込む。アルミュナーレは案の定追ってきた。
俺を補足する魔法でもあるのか、俺の後をぴったりと付いてくる。アルミュナーレの歩幅は大きく、俺が数歩移動する距離を一歩で詰められてしまう。
アクティブウィングのフル稼働で、全速力移動をしていなければ簡単に追いつかれてしまうだろう。
「凄い魔法だね。生身でそこまで使えるなんて」
ブオンッと剣が降られ、木々が切り倒される。
そんな世間話しながらするような行動じゃねぇだろ!
「ウィンドカッター、ダブル・セットアップ。スタート!」
「はは、無駄無駄」
俺が苦し紛れに放つウィンドカッターは、アルミュナーレの装甲を薄く傷つける程度だ。やはり、アルミュナーレにはアルミュナーレでないと対抗できない。
俺は、エアロスラスターを全開で発動し、ひたすら逃げることに集中することにした。
「ふぅ、思ったほどの相手じゃないのね」
小屋に向かって来た男たちを倒したアンジュは、その拍子抜けなやられ方に思わずつぶやく。
「っと、いけない、いけない。気を抜いたときが一番危ないんだから」
エルドからの言い付けを守り、気を引き締め直す。そして、男たちの増援が来ないのを確認して、女性たちを小屋から出した。
「アンジュちゃん、何でこんな危ない事を」
「そうよ、何で隠れておかないの」
アンジュの母や、エルドの母、他にも村の女性たちが口々にアンジュの心配をするが、アンジュは一旦それを全て無視し指示を出す。
「話しは後ね。今はお父さんたちと合流しましょ。向こうはエルド君が上手くやってくれているはずだから」
「そんなエルド君までこんなことを」
「エルドちゃん……」
不安に押しつぶされそうなのか、エルドの母は今にも泣き出しそうである。
「お母さん、おばさんをお願い。私について来て」
「もう、後で説教ですからね」
「うん」
アンジュが先頭を進み、その後に女性たちが不安そうな表情で付いてくる。
広場まで戻り、アンジュはそこに男たちが大量に倒れているのを見つけた。
「エルド君は」
それをエルドがやった物だとすぐに判断し、エルドの位置を探す。
エルドは、森のすぐ手前でアルミュナーレと対峙していた。そして、聞こえてくる男の声。
「俺はあの女を抑える」
あの女が自分を示すことに気付いたアンジュは、声のする方を見た。そこには、数名の男たちを従える隊長格の男。
「お母さんたちはお父さんが捕まってる場所に行って。あそこの兵士以外はもういないみたいだから」
「分かったわ」
「そんな……」
「アンジュちゃんを置いてなんて」
「いいから行って。おばさんたちがいたら邪魔になる」
アンジュの剣幕に、しぶしぶ女性たちは小屋へと駆け足で走っていく。
隊長格たちはそれをただ見送るだけだった。
「よかったの? あのまま逃がしちゃって」
「お前とガキを抑えれば、あいつらはなんとでもなる。そもそも、あいつらにもう用はない」
「そう、けど簡単に捕まるつもりはないわ」
「ふん、多少魔法はできるようだが、その思いあがりを叩き潰してやろう。お前ら、殺れ」
周りの男たちが剣を抜き、あるものは腕をアンジュに向けて詠唱する。
本来魔法に対抗するには魔法をぶつけることが一番確実なのではあるが、アンジュは腰を低くし構えただけで、詠唱する気配はない。
「ミストエリア!」
「エアカッター!」
「アイスランス!」
一人の男が霧を発生させ、周囲の視界を奪う。その先から、風の刃と氷の槍がアンジュ目掛けて放たれた。
アンジュはそれを、魔法を使わずに転がって躱す。そして、反撃のファイアボールを飛んできた方向に向けて放った。
しかし、そのファイアボールに手ごたえはない。
「霧に紛れられた。でも」
見えないのなら、全て吹き飛ばせばいい。
「ブラストファイア、トリプル・セットアップ。スタート!」
詠唱と共に、アンジュの周りにある地面が三か所、激しい音を立てて吹き飛ぶ。
衝撃波が周囲へと拡散し、霧を一気に吹き飛ばした。
「そうすると思っていたぞ!」
飛ばされた霧の中から、三人の男が飛び出してくる。
男たちは、霧を吹き飛ばすために、アンジュが大技を使うのを待っていたのだ。
斬りかかってくる男たちは、絶対の自信を持ってアンジュ目掛けて剣を振り下ろした。
しかし、振り下ろされた剣がアンジュに当たることはない。アンジュは、フレアブースターの角度を真横に変え、まるで真横にスライドする様に移動したのだ。
「な、何が」
「ファイァァァアア! ナックル!」
直後、再びフレアブースターを吹かしたアンジュが拳に炎を宿して男の懐へと飛び込んできた。
その拳は、まっすぐに男の顎へと振り抜かれ、男を昏倒させる。
さらに続けざま、フレアブースターでホバー移動し、もう一人の男の鳩尾を打ち抜いた。
「まず二人」
「こいつ!」
慌てた兵士ががむしゃらに剣を振るう。しかし、そんな剣が当たるはずも無く、当然のように空を切り男の懐ががら空きになる。
「ファイアランス!」
「がっ」
「三人目」
斬りかかって来た三人を秒殺し、魔法に備える。しかし、追撃が来る気配は無かった。そして、パチパチと拍手が打ち鳴らされる。
「なるほど、自信だけのことはあると言うことか。かなり対人戦に慣れているようだが」
「エルド君にいっぱい練習してもらったから。人との戦い方も慣れているの」
「なるほど、これは俺でも少し手こずりそうだな」
「それにしてはずいぶん余裕ね」
「当然だ。こちらにはアルミュナーレがある。あのガキが捕まれば、お前も抵抗はできまい」
「捕まれば……ね」
アンジュはエルドが捕まるとは微塵も思っていない。八年間、移動魔法を覚えて以降も、追いかけっこでは全力を出したエルドを一度も捕まえることができなかったのだ。いくらアルミュナーレに乗っているとはいえ、エルドが捕まえるとは思えない。
だが、いつまでもこうしてにらみ合っているつもりは無かった。早々に倒して、エルドの勇士をその目に収めるために。
「私はエルド君の傍にいたいの」
アンジュは炎の剣を作りだし、隊長に斬りかかるのだった。
 




