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7

 王子は食後の散策で庭を少しだけ探索したのち、陛下と謁見のために一度自室へと戻られた。

 その間、当然姫様も自室待機である。

 俺が散歩で乾いた喉を潤している姫様をじっと見ていると、その視線に気づいた姫様がこちらを見る。


「ずいぶんと警戒していますのね。小鳥が逃げ出すのがそんなに心配かしら?」

「逃げ出す以上に、王子を突かないかとはらはらしていますよ」

「あら、姫を突けるのも貫けるのも、王子側の特権ですわよ! 女には突く道具がありませんもの!」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」


 ああ、もうなんだよ! さっきからこっちは真剣に考えてんのに、一言一言が全部下ネタになって返ってくる! 真面目に警戒してるこっちが馬鹿らしくなってくるわ!

 だが待つんだ、俺。これが姫様の作戦だ。馬鹿らしくなって気が緩んだところで何かやらかすんだ。だから平常心を保て、俺。


「それで、この後はどうなさるんですか? 庭で何か話していらっしゃいましたよね?」


 この後の自由時間について、散歩中に何かを話している様子だった。だから、何か考えがあるんじゃないかと思ったのだが、どうやらあたりだったようだ。

 姫様は一つ頷き、ティーカップをテーブルへと戻す。


「ええ、少しお話しているうちに、お互い室内のほうが過ごしやすいということになりましたの。だから、午後は室内でゆっくりと遊戯をしながら過ごすつもりですわ」

「遊戯ですか。遊技場へ?」


 城の遊技場には、一通りのボードゲームや、ビリヤードのようなもの、果てはダーツのようなゲーセンにおいてありそうな遊技まできっちりそろえてある。

 俺ならあそこで遊ぶだけで、余裕で一日は潰せそうだ。まあ、友達いないときついだろうけど、それは隊のリッツさんとかカリーネさんとか誘えば、気前よくついてきてくれそうだし。


「いえ、最初はこの部屋に来るわ。お互いの好きな本を紹介しあいましょうって約束しましたの。アルド様、ずいぶんと本がお好き見たいですわね」

「そういえば、病弱で昔から本をよく読んでいたと聞きました」


 アルビノの影響もあって、皮膚も弱く照り返しの強い雪国の生活はかなり大変だったはずだ。

 基本的に外には出られないだろうし、本の虫になるのもうなずける。


「だからここで王子が来るのを待っていればいいわ」

「分かりました。では自分は今の内に昼食をとってきますね」

「ええ」


 ここでようやく俺の昼が出来た。

 謁見はおそらく一時間程度だろう。その後に着替えなどを考えれば、一時間半。

 ささっと言って食べて帰ってこないとちょっと時間がマズいかもしれない。

 俺は笑顔で俺を送り出す姫様に見送られ、姫様の部屋を後にした。


 城の食堂に顔を出すと、そこはやはり混雑が出来ていた。

 今この時間だけは、王子の警備も謁見の前には入れないためフリーになり、姫様も自室で待機のため、一気に兵士たちが昼食のためにと食堂になだれ込むのだ。

 城の食堂は、貴族用の兵士たちの一般用で分かれており、貴族用の食堂は当然のように給仕が付いており、コース料理を楽しめる。対して一般の食堂はなんというか、大学の食堂だ。

 カウンターで料理を注文し、直接受け取り、奥にあるレジで金を支払う。

 出てくる料理も、気取ったものではなく兵士たちの腹を満たしエネルギーを付けるための揚げ物やステーキが多い。

 そして、今日の目玉料理はチャーハンだった。

 この世界、一般に普及している主食はパンだが、当然米もある。おかげで、チャーハンやリゾット、パエリアなんかは意外と手軽に食べられるのだ。まあ、案の定白米は無かったが、そこはまあ仕方がない。

 そして、今回のチャーハンだが、昼に王子たちに振る舞われたローストビーフ、その残りの肉がぶつ切りになって入っているのである。

 これを食わない手はない。

 だが、いつもは空いている飯物のカウンターは、今日に限って長蛇の列。あれに並んでいては、確実に昼飯抜きになる。

 どうしたものかと悩んでいると、席の方から俺の名を呼ぶ声がした。


「エルドくーん、こっち!」


 見れば、アンジュが俺の分の席を確保してくれているようだ。

 そしてそこには当然のようにチャーハンが二つ。

 神だ。神である。


「アンジュ、それどうしたんだ?」


 アンジュの前にある二皿のチャーハン。しかし、見ての通りズラッと列の並ぶ今日のチャーハンは、当然のように一人一皿のはずだ。


「おばちゃんに頼んで、特別に二つ確保してもらったの。仲がいいって得だよね!」

「いつの間に!?」

「みんなの夜食作るときとか、ここの調理場貸してもらってるんだ。そのお礼に、何度か手伝ってるんだよ」

「そうだったのか。ナイスだ、アンジュ」

「ふふん、しっかり感謝しなさい!」

「ありがたや、ありがたや。つうことで、いただきます」


 胸を張るアンジュを拝みつつ、俺はスプーンを手に取る。

 最高級の肉を使ったチャーハンは、やはり最高級の味がした。



「そういえばアンジュは今どこにいるんだ? 側付きの中にはいなかったよな?」

「私は格納庫の手伝いしてるよ。ほら、前エルド君の機体壊れちゃったし」

「ああ、修理用のパーツが届いたのか」


 前の暴走事件のせいで、俺の機体は見事に頭部カメラを潰されてしまっていた。

 せっかく修理したばかりだというのに、壊されてしまったその機体を、オレールさんたちが泣く泣く直しているのである。

 さすがに修理用のパーツは量産型を作ってた連中が立て替えてくれたけどな。


「たぶん明日には完成してると思うよ。頭部の交換だけだし、試運転も私たちだけで何とかなるってカリーネさんが言ってた」

「そうか。まあ、俺はどのみち触れないんだけどな……」


 ハァと深いため息がこぼれる。

 結局アブノミューレの操縦をできたのもほんの数分の話で、俺の心は一向に満たされているわけではない。むしろ、少し操縦してしまったせいで、余計にアルミュナーレを動かしたくて仕方がなくなってしまった。

 早く戦争にひと段落付けてもらえないものだろうか。


「前線の様子とかって噂でなんか聞いたりしないか?」


 こちらに降りてくる情報は、姫様を警戒してか最小限の物しか来ない。せいぜいが、小競り合いがあったや、どの部隊の負傷者が出たとかその程度だ。

 今どこで戦っていて、どの程度押し返せているのか、はたまた押し込まれているのか、物資は? 人員は? そういった、本当に知りたい情報が全く来ないのだ。

 ここまで来ると、もうメイドたちの噂話に期待したくもなるというものだ。


「うーん、あんまり聞かないかも。けど、戦況はあんまり動いてはいないみたいだよ? 今も基地で防衛線をしいているみたい。何となく感じるのは、量産型待ちって感じなのかなって」

「物量には物量でか」


 まあそれが一番早い解決策ではあるよな。特に、姫様の話を聞いた限りじゃ、陛下は一人の英雄よりも、数百の兵士を欲しているみたいだし。

 となると、本格的に量産型の有用性が認められれば、アルミュナーレ隊の縮小なんてことになったりもするのか!? それだけはなんとしても阻止しなくては! 今は全くと言っていいほど手段がないけどな!


「あ、それと技術部の人が、アヴィラボンブに関してもいろいろ調べがついたって言ってたよ。オレールさんと話してるの聞いただけだけど、あれ一本だと精々先端に小さな爆弾と操縦用の座席を取り付けて飛ばすのが精いっぱいみたい。十本纏めればアルミュナーレも飛ばせるなんて馬鹿なこと言って、オレールさんが拳骨落としてた」

「何やってんだ、技術部……」


 まあ、アヴィラボンブの性能に関しては、何となく予想していた通りって感じだな。

 セフィラジェネレーターと魔力液(マギアリキッド)だけじゃどうしても限界はあるだろうし、そもそも空を飛ばすこと自体がかなり手探り状態のはずだ。この世界、飛行に関してはまだまだ未発達と言っても過言ではないし。あってもハングライダーみたいなものだけだし。たぶん、揚力関連がはっきりと分かってないんだろうな。


「ならとりあえずは警戒しつつって感じで、特筆して気を付けるべきことはなさそうだな」


 計算上アルミュナーレを飛ばせると言っても、それは本当に飛ばせるだけだろう。

 そもそもアヴィラボンブが飛行の考え方とは全く別物だ。とりあえずエンジンの力で遠くまで飛ばす。感覚としては大砲に近いもののように感じる。

 もしアルミュナーレを飛ばすことになっても、戦術的価値はゼロに等しい。なにせ、遠くに飛ばしても味方のサポートは一切受けられず、燃料切れの心配をしながら敵地のど真ん中を進まなければならないのだ。その上、隠密しようにも飛んで来ればいやでもバレる。

 着地を狙われてお仕舞だろうし、そんな無茶な作戦を立てようものなら、操縦士がこぞって逃げ出す。最後には、ジェネレーターを奪われて大損だろうし。


「噂だとこれぐらいかな? あ、後アルミュナーレは関係ないんだけど、今来てる王子様はメイド好きじゃないかって噂があるよ! 部屋付きの子が言ってたんだけど、ずっと自分の服を目で追ってたって言ってたもん」


 王宮の、それも他国の王子を任せられるレベルに優秀な人材なら、王子の視線がどこに向いているかぐらいはすぐに分かるだろう。

 となれば、そのメイドが言ってることはまず間違いない。

 その上、俺にメイド服の話を振ってきたしな。たぶん、その噂は当たってる。


「一応国賓だからな。噂はあまり立てないようにって注意しといて」

「分かった」


 あまり広がらないように釘を刺しつつ、俺たちは手早く昼食を進めるのだった。



 廊下を足早に進み、扉をノックする。

 すぐにメイドが出てきて、中に通してくれた。


「すみません。少し遅れまし……」


 アンジュとおしゃべりしながら食べていたせいで、予定より少し時間がかかってしまったのだ。まだ王子が来るには時間があるだろうが、姫様の準備も考えると少し遅れたかもしれないと思い素直に頭を下げかけ、俺はそこで固まった。


「あら、ちょうどいいところに戻ってきたわね。どうかしら、頑張って作ったのよ。似合うかしら?」


 そう言って、右手を頭の後ろへ、左手を腰に当てポーズをとる姫様。

 フリルの付いた肩紐に、黒を基調としたノースリーブトップス。スカートもフリルをふんだんにあしらい、柔らかさを印象付けるミニフレア。

 そして、剥き出しの生足を見せつけるかのような単ソックスはくるぶしまでしかない。

 履いている靴は、メイドたちと同じ黒のシンプルなものだ。

 そして、その全体をまとめ上げ、ここで一番の問題点。衣装全体を覆うエプロンドレスは、間違いなくメイドのそれである。

 どこからどう見ても、ミニスカメイドです。

 これが貴様の講じた悪戯か! 悪戯ってレベルじゃねぇぞ! 下手すりゃ国際問題だ!


「着替えましょう。直ぐに! ジャスト! ナウ!」

「あら、頑張って作ったのよ。アルド様に見せて、感想をいただかなきゃいけないわ!」

「そんなこと許されるわけないでしょうが! 何考えているんですか! その恰好の意味が分かってるんですか!」


 ミニスカメイド。それ自体はこの世界にも存在するれっきとした衣装だ。

 しかし、その衣装が使われる場面が問題である。

 その場面。それは、大半が下町の風俗だからだ。

 一介の姫様がそんな恰好で王子を出迎えたとなれば、相手の機嫌を損ねることは間違いない。下手すると、それを理由に婚約を破棄されかねない所業だ。

 と、そこまで考えて、今回の姫様の狙いが理解できた。

 姫様は、この縁談潰すつもりだ。

 婚約が決まれば、陛下はすぐにでも姫様を相手国に送ろうとするだろう。そうなれば、姫様はここで計画してきたものをすべて動かせなくなってしまう。

 それを防ぐために、相手側から婚約を破棄させるつもりなのだ。


「ふふ、ようやく理解できたようね。ここにいるメイドたちはみんな私の理解者よ。だから、快く協力してくれたわ」

「完全に裏をかかれたわけですね」


 俺はてっきり王子に何かを仕掛けてくるものばかりだと思っていた。

 可能性としては、王子の部屋の衣装をすべて入れ替えるぐらいはやりかねないと思って注意していたのだが、まさか自分を使ってくるとは……


「つまり着替える気は無いと?」

「ええ、この縁談。最悪でも私とアルド様にの関係が疎遠になっていただかないと困りますもの。そうすれば、もう少しだけ猶予が出来ますわ」

「いや、しかしそれは!」

「姫様、アルド様がお見えになりました」


 どうにか説得に酔うと試みた瞬間、タイミング悪く王子が来てしまった。

 姫様は俺が何か言う前に通してと伝えてしまい、もう俺にできることはない。苦々しい表情で壁際へと移動し、王子が部屋に入ってくるのを待つ。


「お待たせして申し訳ありませ」


 笑顔で部屋の中に入ってきた王子は、その表情のまま固まる。

 王子の御付きの者たちも同じように、呆然とした表情で姫様の姿を見ていた。まあ、当然だよな。姫様が風俗の恰好して出迎えてるんだし……

 最初に気を持ち直したのは、王子付きの執事だった。

 拳を握りしめ、顔を真っ赤にしている。あれは間違いなくキレている。そりゃもう、額の血管がプッツンしかねないぐらいに。口を開きかけ、必死にこらえるように口をつぐむ。

 ここで怒鳴り声を上げるのは簡単だが、この婚姻は公国が王国のアルミュナーレ技術を欲したものだ。簡単には破棄させたくないのだろう。

 そして王子は――


「素晴らしい」


 そう言って鼻血を垂らしていた。


「お、王子!?」


 鼻血を垂らす姿は、俺たち側からしか見えない。なので、俺は即座に声を上げて、王子の異常を側付きたちに知らせる。

 王子もそこで自分が初めて鼻血を垂らしていることに気づいたようだ。

 少し動揺しながらも、少し失礼しますと言って側付きたちと共に部屋を後にした。

 残された俺たちは、その光景を呆然と見送る。


「姫様、これでよかったんですか?」

「……正直予想した反応からだいぶ離れているのだけど」

「やっぱり王子、素晴らしいって言いましたよね?」


 どうやらそれは、俺の聞き間違いではなっかったようだ。

 そしてすぐに王子が部屋へと戻ってくる。その表情は先ほどのような優しい微笑みではなく、満面の笑みだ。そしてそのまま姫様の手を取ると、興奮したように話しかける。


「そ、その衣装、姫騎士ティエーラに出てきた最初のティエーラの衣装ですよね!? 凄い、こんな完璧に再現されているなんて!」

「えっと、アルド様?」


 さすがの姫様も、今のアルド王子の対応が理解できないのか、困惑の表情だ。

 だが俺には分かる。

 機械オタクとして色々なアニメを齧った俺には、相応のオタク知識と言うものが身についている。それに照らし合わせれば、今の会話。間違いなく王子は、姫様の衣装を風俗のそれではなく、物語に出てくる主人公のコスプレだと判断している。

 その上王子はメイド好きの噂が流れるレベルでメイド服を見ていた。

 となれば、結論は一つ。

 白の王子はオタクだ! しかも、かなり深い位置にいる!


「読書が好きと聞いて、もしかしたらと思っていたんです。イネス様もティエーラを読んでいらっしゃったんですね。自分は三巻に出てくる悪騎士との壮絶な戦いの場面が一番すきなんですが、姫様はどの場面がお好きなんですか? やっぱりその衣装からして、最初の姫騎士として目覚めるまでの下積み場面ですか? 分かります! 姫騎士として覚醒してからは、結構イケイケで爽快感のあるストーリーなんですけど、そこまでの下積み自体があってこそ、ティエーラのキャラクター性に深みが出ているんですよね! そこを分かっているなんて、さすがイネス様ですね! 僕の御付きはみんな分かってくれなくて、寂しかったんですよ!」


 会話の主導権は完全にアルド王子が持っていった。と言うよりも、これは完全に語り始めてますね。素敵王子としての化けの皮が完全にはがれてる

 王子の御付きも、始まってしまったかとやや焦り気味、と言うか表情を引き攣らせている。この様子を見るに、向うとしては王子のオタク気質は隠したかったのかな? まあ、姫騎士とか聞こえちゃってるし、相当ディープな物も読んでそうだ。今度借りられないかな?


 姫様が綿密に計画した婚約破棄作戦。それは、王子のオタクと言う事実によって、一撃のもとに粉砕されたのだった。

 結果? お見合いは大成功に終わりましたよ。むしろ、また来ますって言って帰っていったからな。近いうちに遊びにくんじゃないか。今度は自分の好きな本大量に抱えてさ。


次回

エルシャルド傭兵団へと入団したレイラ。しかしそこは男たちの世界。

汚く汗臭い世界で、レイラは男たちの視線を浴びながらも、目標のためにひたすら邁進するのだった。

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