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 夜も明けきらぬ早朝。城の中ではすでにメイドたちが駆け回り、兵士たちも物々しい雰囲気を放ちながら、それぞれに持ち場のチェックを行っている。

 とうとうこの日が来た。

 今日は姫様が婚約者であるアルド王子と顔合わせをする日だ。

 三日ほど前からすでにウェリア公国の兵士たちもこちらにやってきており、共同での厳重な警備が敷かれ、今の城にはネズミ一匹たりと気づかれずに入り込むことはできないだろう。

 王子の到着は昼頃の予定になっているのだが、こんな時間からすでに受け入れの最終準備は始まっている。かくいう俺も、その一人だ。

 城の廊下を進みながら、正装に乱れがないことをチェックして姫様の部屋へと向かう。

 今日、姫様は確実に何かをやらかそうとしている。事前に調べようとは努力したのだが、結局隠し通されてしまった。

 だからこそ、今日は俺が付きっ切りで警備と言う名の監視を行うのだ。


「姫様、エルドです。いらっしゃいますか?」

「どうぞ」


 いつも通りメイドに通され中に入ると、姫様は眠そうに目をこすりながら、紅茶を飲んでいた。

 姫様の周りには、今日のためのドレスアップを行う専門のメイドたちが集まっており、髪や肌を色々といじくりまわしていた。


「おはようございます。ずいぶんと眠そうですね」

「昨日はギリギリまで作業をしていましたからね。そのおかげで、今日の準備は完璧ですわ。きっとアルド様も喜んでくださると思いますわよ。ねえ、皆さん」


 姫様の問いに、周囲にいたメイドたちは苦笑を返すばかりである。


「おい、まともな反応が一つも返ってきてないのはどういうことだ?」

「今まで大切に育ててきた小鳥が今日独り立ちを迎えようとしているのです。悲しくなるのも仕方がありませんわ」

「明らかに悲しい時の反応じゃねぇだろ!」

「悲しみを見せずに健気に働く、可愛い子たちですわ」

「全員あんたより年上だけどな! っと、それより最終確認です。自分はこの後、王子の案内役を兼任することになっていますので」


 なぜだか知らないが、俺は王子の出迎えと姫様と面会する部屋までの案内役を任せられてしまった。

 こういうのは基本的に城のメイドの仕事のはずなんだが、まったく理解できない。ただ命じられた以上やるしかないのが社会人の辛いところである。


「王子の到着前には早馬が来ますので、それを目安に着替えや部屋の移動をお願いします」

「確かお昼頃だったわよね?」

「ええ、昼もこちらでとるとのことですから、昼前には到着するかと。そのまま姫様と食事をしながらの顔合わせです」

「分かりましたわ。その後は?」


 俺は見合いの世話人のような気分になりつつ、顔合わせ後の予定を姫様に一通り説明していく。

 簡単な話、これは婚約までが確定したお見合いだ。

 昼食を取りながらの顔合わせに、食後の運動を兼ねた庭の散歩。その後は陛下と謁見して、後は若いお二人で――という流れだが、さすがに王族二人をお二人でなんて言えるはずもなく、がっちり騎士とメイドたちがサポートについて回る。

 一応王子や姫様から何をリクエストされても大丈夫なように、城にいるすべてのスタッフが総動員で待機しているため、今日の城は異常なほど活気に満ち溢れていた。


「一応乗馬や流鏑馬、魔導車でのドライブもできるようにはしてますので、王子からのリクエストがあればお応えできるようにはしています」


 相手がどんな王子であれ、十五歳の男の子であれば姫様の前ではかっこいいところを見せたがる可能性もある。

 何せ姫様、見た目だけは超が付く美少女なのだから、一目ぼれしてしまう可能性もゼロではない。

 なので、スポーツ系の遊戯も一通りできるように準備はしてある。ただ、姫様的には室内で本でも読んでいたいだろうけど。

 そこはまぁ、王子がどれだけ姫様を見ているかってところだろう。


「陛下との謁見の後は、お二人で相談して決めてください」

「分かりましたわ。つまりそこが勝負所と言うわけですね」


 何と戦うつもりだ……王子か?


「顔合わせに勝ちも負けもありません。大人しくしていてください」

「部屋で大人しくしているわ。エルドも案内役頑張りなさい」

「やるからには全力で対応しますよ。では持ち場に戻りますので、失礼します」


 俺は多大な不安を抱えながら、一礼して姫様の部屋を後にするのだった。




 盛大なファンファーレの音と共に、一台の魔導車がゆっくりとした速度で城の城門を潜る。その後には、馬に乗った兵士たちや馬車が何台も続き、一瞬のうちに城の前が人と馬車によって埋め尽くされた。

 そんな中で、レッドカーペットの敷かれた場所に停車した魔導車の扉が開き、中から一人の少年が姿を現す。

 身長は姫様と同じぐらいだろうか。十五歳と言う年齢を考えると少し低めだ。

 体の線は細く、肌は色白で華奢な印象を与える。しかし、それ以上に特徴的なのが、その髪だ。

 雪のように真っ白な髪は、冬の太陽の陽ざしを受けて銀色に輝いている。

 それと相反するような赤い瞳が、彼がアルビノであることを示していた。

 出向かえのファンファーレが鳴りやみ、俺や王家付きの執事が王子の前へと歩み出る。


「遠路遥々、ようこそおいでくださいました」

「出迎え感謝します」


 声変わり前の子供っぽさの残った高い声で、にこやかに王子が答える。


「案内役を任されましたエルドと申します。長旅でお疲れでしょう。お部屋の準備が出来ておりますので、すぐに案内させていただきます」

「ありがとうございます。魔導車とはいえ、乗っているだけでも疲れるものですね」

「自由に動けないというのは、相応の体力がいるものですから」


 王子が乗っていた魔導車は、ワゴンタイプほどもある大きなものだ。しかし渋滞につかまって疲れるように、ずっと同じ態勢で乗っているというのはどれだけ大きな車でも変わることはない。いっそのことキャンピングカーの様に横になれるほどの大きさがあれば別かもしれないが、舗装されていない道の振動で疲労は少しづつ蓄積されてしまうだろう。

 王子や御付きの者たちと共に城の中を進む。

 時折すれ違うメイドたちは、皆廊下の端によって頭を下げる。王族に対する対応ならこれが本当の対応だよな……姫様の場合は、廊下を駆け抜けていくから廊下の端に退避するのだが。

 と、後ろで興味津々に周囲を見ながら俺の後についてきていた王子から声を掛けられた。


「やはりメイドさんたちはエプロンドレスなのですね。初めて見ました」


 ほう、この王子廊下に飾られた調度品の数々や、季節の生け花を一切合切無視してエプロンドレスの話題をチョイスしてきたか。なかなかやるな。

 意外な着目点で会話を投げてきた王子に、心の中で感心しつつ対応する。


「ウェリア公国では違うのでしょうか? 自分はこの国から出たことがないもので、その辺には疎いのです」

「ウェリアは寒い季節が長いですから、メイド服はズボンの上からスカートの様に毛皮を巻くんです。こうしないと、真冬などは凍傷になってしまう人もいますので」

「ウェリアは寒いと聞きますが、そこまででしたか」


 ウェリア公国は、王国の西側にある国だ。緯度は王国とほとんど変わらないのだ、全体的に標高が高い位置にあるため、寒さが厳しくなるらしい。


「はい、今の季節ですでに積雪が始まっていますし、本格的になると雪で一階部分が埋まってしまうこともあるんです。ですから、ウェリアの家屋には二階にもドアが付いているんですよ」


 それは積雪の多い地域独特の文化だな。新潟とかあのあたりも二階にドアを付けている家があったはずだ。


「そこまでですか。では冬の間はほとんど外に出られないのでは?」

「ええ、ですから大半を本を読んで過ごしています。自分がこの通り病弱なこともあって、もともと外に出られないのは気にならなかったのですが、おかげでいろいろな知識が増えました。メイド服のことも、本で知ったんです」

「なるほど」


 メイド服のことが書かれている本と言うものにいささか興味があるが、ここはグッとこらえて接客に専念する。

 と言うよりも、目的地に到着だ。


「アルド王子、こちらの部屋でお休みください。御付きの方たちには隣の部屋を用意してあります。中の扉で通じておりますので、すぐに移動は可能です。また、何かあれば部屋付きのメイドたちにおっしゃっていただければ、直ちに対応いたしますので」

「分かりました。ありがとうございます」

「いえ、それでは後ほど、お迎えに上がります」

「お願いします。では」


 そういってアルド王子は扉の奥へと消えていった。

 完全に御付きの人たちも部屋に入るのを見送って、俺は深くため息を吐く。


「疲れた……」


 いつも姫様の相手をしているせいで、久々に丁寧な王族への対応をしたが、ここまで疲れるとは。確かに相手は超VIPで決して機嫌を損ねちゃいけない相手だけど、これは肩がこるな。


「さて、こっちもさっさと準備しないと」


 俺はぐるぐると肩を回しながら、今も準備が進められているであろうお見合い用の部屋へと向かった。




「初めまして。イネスと申します」

「初めまして。アルドです。お会いできて光栄です」


 二人の面会の準備が整い、とうとう会うことになった一室。

 部屋の壁にはお互いの国の兵士やメイドが控え、二人の後ろにはそれぞれ側付きが従っている。

 そんな一見緊迫感しか感じないような部屋で、二人はにこやかに挨拶を交わす。

 正直俺には理解できない。俺だったら絶対に表情が引きつるし、あんな穏やかな会話なんてできない。

 王族ってやっぱスゲー。そんなことを思いつつ、俺は兵士たちの一人にまぎれて部屋の警備を行っている。


「とても優しそうな方で安心しました」

「僕も聞いていた以上に綺麗な方で驚いています」

「まあ、お上手なんですのね」


 あはは、うふふ、なんてにこやかに会話を続ける二人が、ついさっきまでメイド服についてどうこう言っていた王子と、悪戯に執念を燃やす王女には決して見えない。

 貴族の猫かぶりに戦慄を覚えつつ、二人の会話を適当に聞き流していると食事の準備ができたとメイドがいいに来た。

 俺たちはそれに伴って部屋を移動する。

 今回は二人で気兼ねなくという理由から、食事をするのは二人だけだ。俺なら初めて会った人と二人で会話しろなんて言われても絶対に無理だ。

 しかし、二人は当然のように話題を途切れさせることなく会話を続けていく。

 時々姫様が冗談を言って、王子が笑うという流れを主軸に、この国にあまり詳しくない王子の質問に、姫様があれこれと答え、姫様でもわからないことは、側付きたちが答えていく。


「本日のメイン、ローストビーフになります。この場で切り分けますので、お好きな量をお申し付けください」


 そういって二人の前に差し出されたのは、巨大なブロックのローストビーフだ。

 蓋を開けた瞬間、いい匂いが部屋を埋め尽くし、壁際に控えている兵士たちの喉が鳴る。

 かくいう俺もその一人だ。

 騎士としてかなりの給金が出ているため、アンジュのおかげもあってかなりいいものを毎日食べている自覚はあるのだが、これは別物である。

 断面から見える美しい肉色。一緒に運ばれてきたソースから漂う何とも言えない芳醇な香り。

 どれも最高級の代物で、妥協の一切ない最高傑作だろう。

 それを好きなだけ食べていいと言われたら、ここにいる兵士たちなら全員がそのままかぶりつきますと答えるはずだ。

 して、二人の答えは!


「では私は二口分ほど」

「僕も一枚は多いので、半分ほどで」


 なんと謙虚! いや違う、二人は単純に腹が膨れているのだろう。

 女性でありもともとそんなにたくさん食べるタイプではないイネス様は、最近運動不足を気にして食事の量も減らしているし、そんな姫様と同じぐらい体の細いアルド王子ならば、これまでのコースに出てきた量だけでも十分お腹は膨れそうである。

 だがもったいない! 出来立てのローストビーフが食べられないなんて!

 まあ、あの残った肉は後々食堂に運ばれて再調理されるんですけどね。今日の昼は食堂込むだろうな……

 そして特に何事もなく二人の会食が終了する。

 俺は姫様が何か仕掛けてくるのではないかとかなり警戒していたのだが、特に変わった様子はなかった。俺の考えすぎなだけだったのか?

 けど、姫様が作っていたのは衣装だったはずだ。けど、今着ているドレスは陛下が今回の会食用に用意されたもの。つまり、まだその衣装は使われていない。

 まだ気を抜かない方がいいな。


「それではイネス様、また後程」

「はい、とても楽しい時間でしたわ。この後も楽しみにしております」


 お互いに出だしは好印象? そんな雰囲気を保ちつつ、最初の顔合わせは終了するのだった。


次回! イネスが動き、アルド王子がまさかの事態に!?

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