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 翌朝。俺はさっそく基地へと訪れていた。目当てはもちろん噂の新型量産機である。

 敵として戦ったアブノミューレたちは非常に脆く物足りなかったが、それをうちの技術者たちがどのように対処しているのか、非常に楽しみだ。


「第八って確か、基地の隅の方だよな」


 王都の基地には第一から第十二までの格納庫があり、そのすべてが一級の整備場となっている。

 王城にある格納庫にも一級品が揃えてあることは確かなのだが、それでもやはりスペースの関係上制約があり、整備士たちから言わせれば基地の格納庫と比べると一段下なのだそうだ。まあ、それでも普通に整備するなら十分すぎる設備だとは言っていたが。

 話が逸れてしまったが、そんな沢山ある格納庫の中でも、第八格納庫は基地の隅の方に設置されている格納庫のはずだ。

 基地ならば新型の実験をすることも多々あり、新型には常にイレギュラーな事態が伴う。それに対処しやすくするように少しだけ主要設備からは離しているのだ。

 騎士の証であるバッチを見せながら、いくつもの検問を通過していく。

 重要機密だけあって、警備もかなり厳しいな。

 そして、五分ほどのんびりと基地内を歩きながら進めば、目当ての第八格納庫が見えてきた。

 大きさは他の格納庫と同じ程度で、だいたい中に三機から五機のアルミュナーレが収容できるサイズになっている。

 しかし、今後は新しい格納庫のことも考えないといけないよな。量産型の生産ラインが整えば、これまでとは比べ物にならない数のアブノミューレが格納庫に並ぶはずである。

 アルミュナーレほど綿密なメンテナンスは必要ないのかもしれないが、それでも雨ざらしにするわけにもいかないだろう。

 となると、別の場所にでも大規模な基地を作るのかね? 今度姫様に聞いてみよう。

 そんなことを思いつつ、格納庫の中へと足を踏み入れる。

 目に飛び込んできたのは、巨大な鉄柱を左腕に取り付けたアルミュナーレ。

 そう、俺の機体だった。


「あれ、なんで俺の機体がこんなところに」


 俺の機体はまだフルメンテナンスの途中だったはずだ。


「おう、エルド隊長じゃねぇか。こんなところに何の用だ」


 俺が入口で驚いていると、俺に気づいたオレールさんが話しかけてきた。


「いえ、俺は量産型を見に」

「ああ、あいつか。それならそっちだ」


 オレールさんが顎で指したほうを見れば、そこには確かに見慣れぬ機体があった。

 全体的な塗装は白でアルミュナーレと変わらないのだが、ラインの色が水色になっている。それで区別しているつもりなのだろう。

 フォルムは帝国の物と同じように、平面の装甲を組み合わせたやや角のある形だ。職人技で装甲に曲線を作っているアルミュナーレよりも遥かにロボっぽい。

 特徴は、左腕に装備されていた大砲が取り外され、左腕を覆う大きさの盾が装備されているところだろうか。

 三枚の盾を組み合わせて装備させているのか、腕を曲げても干渉せずに動かせそうである。


「あれが新しい量産機ですか。大砲を外すことは予想してましたけど、盾を付けたんですね」

「そうらしいな。詳しいことは知らんから、詳しく知りたければ向こうの整備士にでも聞いてくれ」

「分かりました。じゃあなんで俺の機体がこっちに?」


 量産型も気になるが、こっちのことも気になる。なんで俺の機体が第八格納庫にあるんだ?


「そりゃ、こいつが特殊すぎるからじゃ。フルオーダーのアーティフィゴージュに、イブリートアーミーのペルフィリーズィ。それを制御するためのデュオコネクト物理演算器(センスボード)。どれもこれも、普通の整備士には何が何だかわからん代物だからな。発注した職人集めて、直接整備と指導を受け取ったんじゃよ」

「なるほど」


 確かにそう考えると、俺の機体も重要機密の塊なんだよな。

 だから本気でフルメンテナンスをしようとすると、城の格納庫では物足りないようだ。平民の職人たちを城に入れるわけにもいかないからな。


「それで進捗は?」

「大方終了しておる。今は試動をかけての最終調整の段階じゃな」

「そうですか。俺がアルミュナーレに触れれば、調整も手伝えるんですけどね」

「まったく、機体を歩かせるのも苦労したぞ。リッツがヒィヒィ言っておったわ」

「まあ仕方がないですね」


 フルマニュアルコントロールの専用機と化しているこの機体を普通に動かそうとすれば、それはヒィヒィも言いたくなるだろうさ。

 普通にペダルを踏み込めばそのまま前に倒れるだろうし、バランスを保とうとすれば、今度は止まれなくなる。

 すべてをマルチに操作できないと、この機体は満足に歩かせることもできない。


「結局、外まで牽引車で引いて、立てるだけ立てて腕だけ動かして何とか照準を合わせれた程度じゃ。よくこんなじゃじゃ馬を動かせるのう」

「そりゃ、俺の愛機ですからね」

「終わったぁぁぁあああああ!!!!」


 俺が機体を見上げるとほぼ同時に、機体の操縦席から叫び声が聞こえてきた。

 そして、飛び出すように出てくるカリーネさんの姿。


「もう今日は終わりよ! 後はただ飲み続けるわ!」


 解放感を体中から解き放ちながら、カリーネさんはキャットウォークで伸びをしていた。


「今日は終わりってまだ午前中ですよ?」

「カリーネは昨日から徹夜しておる。複雑な作業だから、途中で止めると訳が分からなくなるらしいぞ」

「はぁ、物理演算器(センスボード)ってやっぱりかなり専門知識がいるんですね」

「あら、隊長じゃない。こんなところにどうしたの? まだ触れないんでしょう?」


 俺の存在に気づいたカリーネさんが、キャットウォークの手すりから身を乗り出して声を掛けてきた。

 俺はカリーネさんを見上げながら答える。


「量産型を見に来たんですよ。俺の機体がこっちにあることすら知りませんでした」

「そうだったの。あ、そうだ。隊長に言っておきたいことがあったのよ」


 カリーネさんはそういうと駆け足でキャットウォークから降りてきた。


「なんですか?」

「あの機体の物理演算器(センスボード)。私以外には絶対に触らせちゃダメだからね」

「別に構いませんが、非常時でもですか?」


 基本的には隊で動いている俺たちだけど、戦時中には何が起こるか分からない。非常時ともなれば、物理演算器(センスボード)ライターも現地の人員の頼むことがあるかもしれないのだが。


「むしろ非常時ならなおさらよ。あの機体の物理演算器(センスボード)、色々と特殊すぎて、もう私以外には見ても何が何だかわからないものになっちゃってるはずだからね」

「そんなにすごいことに?」

物理演算器(センスボード)って基本的な言語は統一されてるけど、慣れてくると独自言語を入れるのは知ってるわよね?」

「ええ」


 それはアカデミーで一通り齧ったときに聞いた。

 物理演算器(センスボード)の言語は非常に複雑だが、基本となる言語は統一されている。しかし、より複雑な操作を可能にするための言語は、物理演算器(センスボード)ライターがそれぞれ長年の経験によって積み重ねによって開発した独自の言語を使うことも多いのだ。

 そのため、むやみやたらと専属のライター以外には物理演算器(センスボード)を触らせてはいけないらしい。


「あの機体の場合は、デュオコネクトって特殊なシステムのほかにも、私の独自言語をふんだんに使って描いてあるの。だから、下手に他人が手を付けようものなら、そこからすべてが崩壊するわ。下手すると起動すらしなくなるわよ」

「そうだったんですか。分かりました、物理演算器(センスボード)は誰にも触らせません」

「お願いよ。それで、隊長は新型を見に来たんだっけ?」

「ええ、なのでさっそく説明を聞いて来ようかと」


 俺が新型機へと足を向けようとしたとき、格納庫内に声が響く。


「試運転始めるぞ! 整備士は機体から離れろ!」


 今のは機体からのマイクか? ってことは、試運転用の騎士がもう乗り込んでいるのか。タイミングがいいのか悪いのか。

 整備士たちが機体から離れてこちらへとやってくる。

 その中の班長らしき人物が、俺を見つけて頭を下げてきた。


「エルド隊長ではないですか。ご自分の機体の確認ですか?」

「いえ、量産型が完成したと聞いて、見に来たんです」

「はは、そうでしたか。今から試運転を開始しますので、よければご覧ください」

「じゃあお言葉に甘えて」


 俺は班長の隣で、量産機の起動を待つ。

 まず始動状態になったのか、低いジェネレーターの駆動音と共に、機体の各部から蒸気が上がる。


「あのセフィラジェネレーターという代物、なかなかのものですね。回収したものをこちらで研究していますが、いまいち理解しきれていない部分も多い。今回は、拿捕した機体からそのまま抜き取って、物理演算器(センスボード)も同じものを使用することになりましたよ」

「まあ最初はそんなものじゃないですか?」

「そうなんですが、一技術者としては少し悔しいですね」


 班長は眉をしかめながら、始動プロセスを続けていく新型を見つめている。


「タンク弁解放、魔力液(マギアリキッド)注入量問題なし。ジェネレーター稼働率四十パーセントで安定。物理演算器(センスボード)リンク異常なし、各部メーター正常値。始動完了。これより機動に入ります」

「おねがいします!」


 この初めて起動させる瞬間ってのは一番緊張するな。

 俺もアルミュナーレを初めて起動させたときは、興奮したものである。


「アブノミューレ・プロディエ、起動する!」


 王国制のアブノミューレはプロディエと言うのか。なかなかいい名前じゃないか。

 ジェネレーターが一際高い音を立てて、一気に出力を上昇させていく。音だけ聞いていると、濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)を使ったジェネレーターと遜色ないように感じるな。これで魔力液(マギアリキッド)で動いているのか。

 と、機体の瞳が緑色に輝く。機体が起動に成功した証拠だ。


「起動を確認。出力異常なし。安定域で稼働中――いや、待てこれは!」


 格納庫が起動の成功で喚起に沸く中、プロディエの操縦士の慌てた声が聞こえてきた。


「伝達回路に異常発生。不明のプログラムが勝手に走ってる!?」

「何!? 起動実験を中止! すぐにジェネレーターをカットしろ!」

「こちらからの操作を受け付けない! これはまさか!」

「ハンガーのロック強化! 機体をハンガーから出させるな!」


 班長が駆け出し、整備士たちに慌てて指示を出していく。

 そんな中、俺の隣にやってきたカリーネさんが厳しい表情をしながら、プロディエを見上げてつぶやいた。


「マインセンスね」

「なんですか、それ」

物理演算器(センスボード)には独自言語が使われる事があるってさっき言ったわよね」

「ええ」


 一つ頷く。


「マインセンスはそれの応用よ。独自言語は解析が難しいから、とりあえずそのままコピーして試すことが多いの。今回も多分そうだったんでしょうけど、そこに一定の行動をしないと発動するプログラムを組み込むことで、今みたいに敵に奪われた時の保険にするの。今回はたぶん、機体側の神経回路に返信暗号を仕込んでいたんだと思う。そうすれば、事故は防げるし、確実に相手の格納庫にダメージが入る」

「なるほど。これはちょっとまずいかもな」


 ハンガーのロック強度を上げてもやはり限度がある。

 アブノミューレとはいえ、巨大人型兵器の力と言うのは相当なものだ。今にもハンガーが壊れてしまいそうである。


「総員退避。とりあえず格納庫から出ましょう」

「総員退避! さっさと動けよ!」


 オレールさんが俺の指示を全体に伝えると、機体の周りにいた整備士たちが一斉に格納庫の外へと退避していく。

 それを確認して俺たちも移動しようとしたとき、バキッと一際大きな音がしてプロディエを拘束していたハンガーがとうとう破壊された。


「アルミュナーレから離れろ! こいつはアルミュナーレを襲うように動いてる!」

「なに!?」


 ただ暴走するだけじゃないだと! つかアルミュナーレを襲うって、一番近くにあるのは!

 プロディエが真っ先に目標としたのは、やはり俺の機体だった。

 ハンガーを破壊しながら俺の機体へと迫り、その腕で顔を鷲掴みにする。


「ああ! 俺の機体!」

「儂の機体が!」

「せっかく直したのに!」


 俺たちの悲鳴が格納庫に響くが、周囲はそんなことに構っていられる状態ではない。

 暴れるプロディエをしり目に、格納庫から整備士たちが一斉に退避していく。

 ああなってしまっては、もはや人ではどうしようもない。

 アブノミューレを止められるのは、アルミュナーレかアブノミューレだけだ。

 だが応援はまだかかりそうだ。このままでは俺の機体がまた破壊されてしまう。


「どうにかしないと」


 何かないかと格納庫内に視線を巡らせる。そして、ハンガーに入ったままの一機の機体を見つけた。

 それは鹵獲したアブノミューレだ。


「班長!」

「はい!」

「あの機体、動きますか!?」

「動きます。鹵獲した状態のままですから」

「分かりました」


 言うや否や、俺はアクティブウィングとエアスラスターを併用し、一気にアブノミューレの下へと駆け抜ける。

 そして一気に飛び上がり、操縦席へと乗り込んだ。

 四方五画面の操縦席は、なんだか前世のゲームを思い出すな。


「操作方法はほとんど同じか」


 手早く起動さ、ハンガーのロックをねじって破壊する。


「俺が抑えます。その間に避難を」


 周囲に声を掛けて、俺はプロディエへと攻撃を仕掛ける。

 プロディエはこちらの存在を脅威と判断したのか、俺の機体を離してこちらに向き直る。

 その隙に俺はプロディエへと組みつき、一気に格納庫の外へと押し出すべく出力を上げる。

 しかし思ったように機体がパワーを発揮してくれない。


「ああ、もどかしい!」


 組み付いたまま動けなくなってしまった俺たち。その間にも、整備士たちの避難は順調にう進んでいるようだ。

 けどできることなら格納庫の外へ放り出したいんだよな。中だと建物自体が倒壊しかねない。

 俺は機体の出力を抜き、後退する。

 突然力が抜けたプロディエは当然前へとつんのめり、その隙をついて俺はタックルを仕掛けた。

 ガシャンっと重たい音と共に、プロディエが大きく後退する。俺はその間に機体をさらに後退させ、格納庫の外へと移動した。

 俺を最優先脅威と判断したのか、プロディエは俺を追って格納庫から出てくる。


「よし、後は抑え込むだけか」


 だが相手はなかなか厄介だ。中には試運転の操縦士が囚われているため、操縦席を攻撃するわけにはいかない。

 その上、こちらの機体はアブノミューレでいつもの力の半分も出ない。

 それどころか、この機体反応速度が遅すぎるのだ。

 俺の操縦の後にコンマ五から一秒ほどのラグを持って機体が動く。こんな機体じゃまともに戦える気がしない。

 ここは適当に受けながら、増援を待つのがベストだな。

 ま、アブノミューレとはいえ久しぶりのロボット操縦だ。せいぜい楽しませてもらおうか!



 二日後、俺は姫様の前にいた。

 あの後、俺は適当に相手の攻撃をしのぎつつ、応援を待った。

 すると、少しして整備士の通報で駆けつけた騎士がプロディエを拘束。操縦士も救出され事なきを得たのである。

 だがいささか問題も残った。

 俺がアブノミューレを操縦したことだ。

 命令書にはアルミュナーレへの接触禁止と書かれていたため明確な違反ではないのだが、常識的にそれはどうなのよと言われてしまったのである。

 だが俺だって反論はある。あのまま放っておけば、間違いなく俺の機体は破壊されていただろうし、けが人も出ていただろう。あれは仕方のない緊急の処置だ。


「会議の結果、今回の事件はすべてなかったこととなりましたわ」

「無かったことと言うと、もみ消しですか?」


 姫様からの意外な答えに、俺は首をかしげる。


「ええ、来週には他国の王族が来訪なさるというのに、その直前にこんな事件を起こしていては、我が国の技術力が過小評価される可能性があります。そのため、緘口令をしき、この事件は元々なかったことになりました。当然、事件自体がなかったのですから、私の騎士へと罰則も何もありません」

「それは良かったのか悪かったのか、反応に困りますね」


 俺がそういうと、姫様はニッコリとほほ笑み、一枚の用紙を取り出した。


「安心してください。歴史には残らなくとも、人の記憶には残ります。その結果、新しい勅令が陛下から下されました」

「……拝見します」


 俺は用紙を受け取り、内容を確認する。

 アルミュナーレおよびアブノミューレ、そして今後新たに生まれてくるであろう新型機への同期間接触禁止命令だった……


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