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ちょっと分量少ないですが、キリがいいところで
応接へと通された俺たちは、夕食の準備が整うまで適当に雑談をする。
もっぱらの内容は、貴族についてだ。
俺とアンジュは貴族がどのような存在で、どんな対応をすればいいのかは分かっているのだが、それは俺たちが平民の時の対応だ。
しかし貴族の一員になった時には、また対応が変わってくるのだとレオンたちは言う。
「簡単に言ってしまえば、すぐには謝らない。困ったときは後ろ盾に相談する。下級貴族にとって最も大切なことはこの二つだ」
「相談は分かるが、謝らないってなんだ?」
「謝るというのは自分の非を認めるということだ。そうなれば、周りの貴族は非を認めた貴族から搾れるだけ搾り取ろうとしてくるぞ。故に貴族は簡単には謝らない。お互いの妥協点を話し合いの中から見つけ出して、決着をつけるんだ」
なんとも面倒くさそうな話ではあるが、貴族として生まれ育ってきたレオンが言うのだから間違いないだろう。
「上級貴族に対しても謝らないのか?」
「ああ、貴族である以上、どちらが上と言うことは関係なしに、ほとんどの場合が妥協点を見つける。そうしなければ、下級貴族の後ろ盾となっている上級貴族にまで迷惑が及ぶからな。ただ陛下が非があると宣言した場合のみ、俺たちは即座に謝らなければならない」
「まあ陛下のお言葉なら当然だろうな」
すべての国民は王家に帰属する。それは貴族であっても例外ではない。
陛下が白と言えば、黒の物でも白くなる……とまではいかないが、王家から発せられた言葉の力は絶大だ。特に、今代の陛下の下で発展してきた王都周辺の町では特に陛下への信が強い。下手に逆らおうものなら、一瞬で村八分にされるだろう。だから姫様も慎重に慎重を重ねて動いているのだ。
「貴族として注意することはその二つだな。あとは領地を持たなければ特に気にするようなこともないだろう」
「そうか。注意することが少ないのは助かるな」
「ま、それは僕たちが騎士だからと言う理由もあるがな。純粋な貴族ならば、パーティーなどで顔つなぎや、政治にかかわる機会も多くなる。そちらも学ばなければならないから大変だと聞く」
貴族だからと言って、ただ豪邸で踏ん反り返っていられるわけではない。それぞれに与えられた領地の管理や税の徴収。収穫や貿易の管理があり、領地のない貴族は後ろ盾となってもらっている貴族の手伝いをする。
国政にかかわるほどの貴族であれば、領地を空けることも多く、そこには信頼のおける下級貴族が派遣されることもある。
俺やレオンは騎士であり、所属が軍であるためそのような仕事が割り振られることはない。騎士を引退しても、アカデミーでの教師や、指揮官として各基地に派遣されることになるだろう。
「パーティーか。警備の仕方なら習ったが、客としての態度はからっきしだな」
「その辺りは僕やバティスが空いているときに教えていこう。それとアンジュさん」
「は、はい!」
俺たちの話を、借りてきた猫のように黙って聞いていたアンジュが、急に話を振られ背筋をビクッと反応させる。
そんな様子を見て、ニコニコとほほ笑んでいたシメールが口を開く。
「そんなに緊張することはありませんよ。お二人は私たちのお客様なのですから。それに、お二人が今まで平民だったことは私も知っていますわ。分からないことがあったら、何でも聞いてくださいな」
「あ、ありがとうございます」
「アンジュさん、あなたにも今後貴族の妻としてパーティーやお茶会の招待が来る可能性が高いです。下級貴族である以上それを断るのは難しいでしょう」
そうか、アンジュが俺と婚約していることはほぼ周知の事実だ。それに結婚も姫様の謹慎中に済ませてしまうつもりである。
となれば、アンジュは貴族の妻としての対応を要求されるわけだ。
「女性側のことは僕もよくわかりません。そこで――」
「そこで、私がアンジュ様にいろいろと教えていこうということになりました。大丈夫かしら?」
「ありがたい限りですが、いいんでしょうか? 結婚前で忙しいんじゃ」
「大丈夫ですわ。レオン様、もう少ししたらまた前線に戻っちゃうし、そうしたらまた暇になっちゃいますの。私の暇つぶしも兼ねてるから、付き合ってくださらないかしら?」
「そういうことでしたら、もちろん喜んで。よろしくお願いします」
二人ががっしりと握手している間に、俺は聞こうと思っていたことをレオンへと問いかける。
「下級貴族の屋敷ってどれぐらいのサイズなんだ?」
「ああ、家を持たないといけないのか」
貴族となれば、自分の家を持つことは普通のことだ。むしろ貴族なのに寮暮らしでは侮られる原因となる。
「とりあえず姫様が立て替えてくれるっていうから、早めに買えと」
「なら知り合いの不動産を紹介しよう。中古の屋敷でもよければ、安めでそれなりの物が用意できるはずだ」
「助かる。結婚式に家にと正直今の収入を大幅にオーバーしてたんだ」
「それは仕方ないだろう。だが、報奨金もそれなりには出るはずだろ?」
貴位騎士爵の授与と共にそれなりの報奨金が国から支給されるはずなのだが、いかんせん今がごたごたしすぎていて、式の日取りすら決まっていない状況なのだ。
そのため、俺が貴族になることだけが独り歩きしてしまい、こんな現状に陥っている。
「姫様の婚約者の顔合わせで城はてんてこ舞いだからな。授与式も報奨金もしばらく先になるだろうよ」
「なるほど、まあ二三か月程度で少しは落ち着いてくるだろうし、そのころに結婚式を挙げてもいいんじゃないか?」
「そのつもり」
と言うか、そうでもしないとまともに式なんて挙げられる状態ではない。結婚式だって、場所の確保や式の内容、招待客のリストなど、色々考えなきゃいけないことが多すぎるのだ。一つ一つしっかりとこなしていかないと、どこかで致命的なミスを犯しそうな気がするし。
「とりあえず目下の目標は姫様のお見合いだな。それが終われば、色々と決まってくるはずだ」
「なるほど、確か来週だったか」
「一応こっちは戦時中だってのに、よく来れるよな」
王都からは少し離れているとはいえ、アヴィラボンブの脅威もある。それなのに、向うの国もよく王子様なんて出したものである。
「ウェリア公国も同盟の強化を急ぎたいのだろう。最近の戦いで、アブノミューレやそれ以外の兵器もうちと帝国がずば抜けて発展している。同盟を組めば、それらのデータを受け取りやすくなるからな」
「なるほど、力の差が付きすぎると、同盟していても不安になるか」
ウェリア公国にももちろんアルミュナーレは存在するし、濃縮魔力液の精製工場も完備されている。しかし、戦争が少ないせいかこちらの国に比べて研究に比重が置かれることがなく、機体スペックとしてはこちらの機体よりも一世代前といった感じなのだそうだ。そこにアブノミューレが現れれば、確かに焦りが生まれる理由も分かる気がする。
「話が逸れてしまったが、不動産屋の紹介状を後で渡す。空いた日にでも行ってみるといい」
「ああ、感謝するよ」
とりあえず家の問題が一部解消したところで、応接室の扉がノックされメイドが入ってきた。
「レオン様、食事の準備が整いました」
「そうか。じゃあ重苦しい話はここらへんにして、明るく夕食と行こうじゃないか」
「そうですね。それじゃあアンジュ様、行きましょうか」
「へ? 行くってどこへですか?」
「もちろんお色直しよ。せっかくなんだもの、ドレスを着て夕食から練習にしましょう」
「え、ええ~!?」
アンジュは慌てた表情のまま、シメールさんによって攫われたのだった。
アンジュが攫われた後、俺たちは一足先に食堂へと来ていた。
そこには煌びやかな食器が並び、壁際で給仕のメイドたちが準備を進めている。
そして俺たちが席についてしばらく待っていると、ようやく女性陣が姿を現す。
シメールさんは、その髪の色と合わせた薄桃色のドレス。そしてアンジュは、真紅のドレスを纏っている。
「いかがでしょうか? アンジュ様の綺麗な金髪を引き立てるにはこれしかないと思ったのですが」
「よく似合っているじゃないか」
「ああ、アンジュよく似合ってるぞ」
「えへへ、ありがとう」
アンジュはドレスを着る時は、どちらかと言えば白を基調とした薄い色のドレスを好むことが多いが、真紅のドレスも十分にあっている。
ただ、少しおどおどした様子がミスマッチかもしれない。赤のドレスを着るなら、もっと堂々としていないと違和感が出る。
シメールさんも同じことを思ったのか、アンジュの後ろにすっと回ると、その肩をつかんで背筋をピンと伸ばさせた。
「アンジュ様、ドレスは背筋を伸ばして着ないとみっともなく見えますわ。綺麗なのですから、もっと胸を張ってくださいな」
「胸……」
シメールさんの胸と言う発言に、アンジュは途端に表情を暗くする。
俺とレオンは、何気なく二人の胸を見比べて、アンジュが何を落ち込んでいるのかおおよそ理解してしまった。
あのドレスはシメールさんが貸してくれたものだろう。ならば、胸のサイズもあの爆乳に合わせてあるはずなのだ。
アンジュも決して普通より無いわけではないのだが、あの大きさと比べてしまうとだいぶ小さく感じてしまう。
「エルド、今度アンジュさんにドレスを買ってやれ。貴族になるなら、数着は常に用意しておく必要はある」
「分かった。出来ればそこも紹介してほしいんだけど」
「ああ、シメールが使っているところを紹介しよう」
貴族の夕食は特に何か問題になることなく平穏に終わった。
俺やアンジュは一通りテーブルマナーは学んでいるし、形式がフレンチのコースに似ていたので、俺に至っては少し懐かしい気分だった。
「ごちそうさま。今日は色々と助かったよ」
「なに、大変なのはこれからだ、頑張れよ。これが不動産と服屋の紹介状だ」
「ありがとう」
「シメールさん、今日はありがとうございました」
「アンジュ様、またいつでもいらしてくださいね」
「はい、色々と勉強しないといけないことが多そうなので、早めに伺うことになるとは思いますが、よろしくお願いします」
食事中の会話で多少は打ち解けられたのか、アンジュはよどみなくシメールと挨拶を交わしている。
「エルド様も、またお話を聞かせてください」
「ええ、機会があれば」
今回は食事中に俺とアンジュがまだ村にいたころの話をした。戦争の話だと、血なまぐさくなって食事中には適さないからな。
だが、狩りの話や畑仕事の話は貴族には珍しいらしく、なかなか好評だった。
「そういえばエルド、量産型の話は聞いているか?」
「なんだ?」
アルミュナーレに触れないので、極力格納庫付近にはいかないようにしていたんだ。当然、そんな話は聞いたことがない。
「王国の量産型のベースが完成したらしい。基地の格納庫にあるらしいから、興味があるなら見てくればいいと思うぞ」
「けど触れないしな……」
「フッ、格納庫に忍び込んだ奴が何を言っている。騎士になって真面目になりすぎたか」
「あん!? あれはレオンができるっつったからやったんだろ。結局バレそうになったし」
アカデミーの一年次後期に、俺たちは軍の格納庫に忍び込んでいる。まあ理由は簡単で、俺がアルミュナーレに触りたくて仕方がなかったからだが、こいつだってしっかり計画には参加していた。
「あれはお前が悪い。見張りが来ると言っているのに、いつまでも機体に頬擦りなんかしているからだ」
うっせ、半年ぶりにアルミュナーレに触れれば、頬擦りの一つぐらいしたくなるわ。それがたとえレイラにドン引きされる結果になったとしてもだ!
「それはそれとして、何が言いたいんだよ」
「エルドが禁止されているのはアルミュナーレへの接触だ。アブノミューレに対しては何も禁止されていない」
それは俺にとって考え付きもしなかったことだ。
しかし言われてみればそうである。
俺が禁止されているのはアルミュナーレへの接触。呼称の違うアブノミューレへの接触は禁止されていない。
ならば行くしかないじゃないか!
「どこの格納庫か分かるか?」
「噂では第八格納庫だ。まあ、その周辺を探せばわかるだろう」
「そうか。明日さっそく行ってみよう」
「おい、王女の警備はどうした」
「どうせ明日もドレスを作っているはずだ。俺が常に張り付く必要はない」
「そ、そうか」
「じゃあまたな。次会えるのは何時か分からないが」
レオンももうすぐ謹慎が解け、前線の部隊と合流することになる。そうなればまたしばらくは会うことが出来ないだろう。たぶん結婚式にも呼べないだろうな。
「ああ、お互い頑張ろう」
がっちりと握手を交わし、俺とアンジュは用意された馬車へと乗り込み、城の寮へと戻るのだった。




