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 王都へと戻ってきた俺たちを格納庫で出迎えたのは、歓迎する民衆でも、煌びやかな姫様でもなく、武装した兵士たちだった。

 アルミュナーレに対して歩兵たちが武装をしていても、武力的には特に意味はないのだが、魔導車に乗っていた隊の仲間たちにとっては十分な脅威である。

 俺は機体をハンガーに入れつつも、乗ったまま彼らに問いかける。


「どういう事態でしょうか?」

「エルド隊長、直ちに機体から出て、武装を解除し私たちの前に降りてきてください。エルド隊長には現在、機体への接触を禁じる命令書が出ております」

「どこからでしょうか?」

「陛下の勅令になります。こちらに命令書もあります」


 歩兵部隊の隊長らしき人が、俺の機体に向けて一枚の用紙を取り出し見せつけてきた。

 俺はカメラを使って、その用紙の内容を確認する。

 そこには俺への機体への接触禁止とその期間がイネス様の謹慎期間中であることが明記され、王家の捺印が押されていた。

 まあ間違いなく本物だろう。こんな時期にクーデターが起こるとも思えないし。


「確認しました。武装を解除し、降ります」

「ご協力感謝します」


 正直もう少し穏便にやってくれれば、こちらもこんな慎重にならなくてもよかったんだけどな。何か焦っているのか?

 機体から降りて、持っていた剣を近くの兵士に預ける。

 すると、歩兵たちが魔導車から離れ、隊長らしき人の後ろに整列した。つまり俺が機体から降りれば、隊員はどうでもよかったのか。

 俺が隊長らしき人の前まで足を進めると、その人がビシッと敬礼をする。俺も敬礼で返し、軽く握手を交わした。


「お疲れ様です。突然の事態で驚かれたと思いますが、こちらも陛下からの勅令でしたので」

「いえ、そういうことならば仕方のないことです。それで、詳しくはどなたから聞けば?」


 とりあえず俺に機体への接触禁止命令が出ていることは理解できたのだが、その経緯とかその他の細かいことが全く分からん。誰か状況を説明できる人物を教えてもらわなければ。

 そう思い問いかけたのだが、隊長は更に別の用紙を俺に手渡してきた。


「俺への命令書ですか」

「そこに詳しい内容が書かれています」

「分かりました、確認しておきます。そういえば自分と一緒に帰還したもう一機の操縦士にも同じ命令が?」

「エルド隊長ほどではありませんが、少なからず」

「そうですか」


 レオンも今頃機体から降ろされているのだろう。まあ、この対応はなんとなく予想できていた。イネス様の指示とはいえ、陛下の所有物であるジェネレーターを無断で使ったんだからな。

 手早く命令書の内容を確認しながら、この場で必要な情報をピックアップしていく。

 とりあえず、俺に対してはイネス様の謹慎が解けるまで一切機体には触ってはいけないようだ。これはなかなか辛いな……

 そんで、整備はどうなるのかと思えば、これは俺だけに対する罰のようで整備に関しては問題なく隊の整備士たちが行っていいとのこと。

 つう訳でさっそくオレールさんたちに指示を出す。


「オレールさん、整備は普通にしてもらって大丈夫なので、作業に入ってください」

「お、そうか。分かった! よし、おめぇら、機体バラしてフルメンテだ。隊長殿はしばらく機体に触れないみたいだからな。この機会に隅々まで磨きなおすぞ!」

『うぃーっす!』


 リッツさんや、格納庫にいた整備士たちが声を上げ、アルミュナーレに取り付いていく。

 それをしり目に、内容の確認を進める。

 この命令書は俺宛になっているが、内容的には俺の部隊全員に適応されるようだ。

 行動範囲の制限は王都内に限られるものの、時間の拘束は一切ない。

 要は、お前の王女様謹慎中で部屋から出られないから、お前たちも王都から出るなよってことである。


「だいたいの内容は理解しました。とりあえずこの後はイネス様にお会いして、色々と確認したいと思います」

「分かりました。ご協力感謝します」


 歩兵部隊は一礼すると、ザッザッと足音を立てて格納庫を後にする。

 彼らが格納庫から出ていくと、アンジュたちが俺の下へと駆け寄ってきた。


「エルド君、どうしたの? さっきの人たち、やけに攻撃的だったけど」

「今回の姫様の暴走に付き合った結果、こっちもお咎め無しってわけにはいかなかったみたいだな。さっきの人たちは、これを聞いたときに俺たちが暴れた場合の保険だろうよ」


 罰を不服に、アルミュナーレで暴れられたらたまったもんじゃないからな。

 王の意思を無視して勝手に動いたんだし、これぐらいの注意はされても仕方がないと言えるだろう。


「とりあえず行動制限は王都内で過ごすことだから、特に気にしなくても大丈夫だ。俺はこの後姫様のところに行く予定だけど、みんなはどうしますか?」

「僕たちは馬たちのところに行ってくるよ。しばらく顔を見せられなかったからね」


 ブノワさんはカトレアを連れて厩舎に行くようだ。ブノワさんが飼っている馬たちとも会えてなかったからな。斥侯なら馬とのコンビネーションも重要だし、当然なのかもしれない。


「分かりました。アンジュはどうする?」

「エルド君に付いていくわ」

「分かった。ブノワさん、詳しいことが分かったら隊の皆にも伝えますので、夜に一回ミーティングを行うことを伝えておいてください」

「了解」

「んじゃ行くか」


 俺はアンジュを連れて、詳しい事情を知るために姫様の下へと向かった。




 姫様の部屋へと通された俺たちが目撃したのは、スクワットする姫様の姿だった……

 俺は呆れた視線を姫様にぶつけ、アンジュはその横で口をポカンと開けている。

 アンジュの様子も頷ける。お転婆な姫様だけど、俺もさすがにスクワットしてるとは思わなかったわ。


「何やってんですか……」

「ようやく来たのね。これはスクワットという運動よ。正しいやり方でやると、全身の筋肉を刺激して、太りにくい体を作るとソロモンが言っていたわ」


 ああ、あの筋肉モリモリのおっさんなら正しいスクワットのやり方ぐらい知ってるだろうな。ってそうじゃない!


「いや、そういうことを聞いているのではなくてですね……なんで姫様がスクワットなんてしてるのかって話ですよ」

「エルドがここに戻ってくるまでに何日あったと思っているの。その間も私はずっと部屋にこもりっぱなし。そのくせしっかりと食事は出てくるのだから、健康が気になるのは当然だわ!」


 なるほど、イネス様は俺たちより一週間以上早く王都に戻ってきているはずだ。

 そして謹慎がすぐに言い渡されたのだとしたら、部屋にこもって早一週間以上ってことになるのか。

 今まで活発に動き回っていた人がひきこもれば、そりゃ筋肉も落ちるだろうし、脂も乗るか。

 俺はスクワットする姫様のお腹に視線を向けながら小さくつぶやく。


「太ったん――」

「シャラップですわ! 乙女にそのようなことを言っていいと思って!?」


 姫様は、額から汗を散らしながら、ビシッと俺に指を突きつけてくる。


「エルド君、今のはエルド君が悪いと思う」

「あー、失礼しました」

「まあいいですわ。エルドが来たのなら、話を進められます。着替えてきますから、そこに座ってお待ちになって」

「分かりました」

「失礼します」


 俺たちは言われるままにソファーへと腰かける。

 メイドさんたちからお茶とお菓子を貰いつつ寛いでいると、着替え終えた姫様が戻ってきた。


「お待たせ。さて、エルドはどこまで聞いているかしら?」

「とりあえず姫様が謹慎中であることと、その間自分たちは王都から出ることが禁じられていることはさっき命令書で知りました。それと、個人的にアルミュナーレへの接触が禁じられています」

「なるほど、ではあなたのいない間に何が決まったか教えましょう」


 姫様は、俺がカイレン基地を落としている間に陛下と話した内容を説明してくれる。

 その内容は、俺たちにとって驚くべきものだ。

 そもそも、陛下が戦争を終わらせる気がないなんて信じられない。

 それに、辺境の村々を餌としていたなんて、かなり衝撃的だ。一歩間違えれば、俺たちの村も同じような境遇になっていたのかと思うとゾッとする。

 アンジュも同じことを思っていたのか、いつの間にか俺の手に重ねていた指に力がこもっていた。


「私としては、この戦争は一刻も早く終結させたい。けど、お父様はそうさせないために今回の処置に踏み切ったのでしょう」


 姫様と陛下の意見は完全に対立している。今回の無期限謹慎も、これ以上姫様に勝手に動かれないようにするためなのはすぐに理解できた。

 同時に、俺へのアルミュナーレ接触禁止もこれに由来するのだろう。

 自慢ではないが、俺には戦況を覆すだけの力がある。それを姫様の指示で自由に振るわれれば、陛下の計画が崩れるということか。

 となれば、姫様の謹慎はこの侵攻が一旦落ち着くまでと考えていいだろう。それが一週間後か一か月後か半年後からは知らないが、その間俺たちは一切の動きを封じられたわけだ。


「どうするんですか?」

「どうもしない……いえ、できないわ。今の私は剣も盾も取り上げられた状態。こんな状態で強引に動けば、今度こそ首を取られる。まあ、ずっとこのままのつもりもないけどね」

「と言うと?」

「種はすでに蒔いてあるわ。あとはそれが芽吹くのを待つだけよ」


 何か仕掛けを施しているのだろうか。

 話してくれるのかと俺は姫様を見続けるが、姫様が口を開く様子はない。どうやら話してはくれないようだ。姫様も結構秘密主義だよな。


「俺はどうすれば?」

「私の騎士は戦争を止めたい? それともお父様の様に国のために戦争は仕方がないと思うかしら?」

「止めます」


 姫様の問いに、俺は即答する。

 アカデミーの時、俺は治療院の様子を見せてもらった。あんな惨状を何度も繰り返させるつもりはない。

 それに師匠と約束したのだ。俺がさっさと戦争を止めて、アルミュナーレを平和的に利用してやると。

 だから俺は陛下の思惑に乗ることはできない。

 目の前に敵がいればすべてなぎ倒すし、戦争を止めるためにアルミュナーレに乗る。


「俺が騎士になったのは、戦争を止めさせる為ですから」

「ならこれからも私の騎士であって頂戴。エルドの力は必ず必要になるわ。アンジュも巻き込む形になっちゃうけど、エルドを支えてあげて」

「もちろんです。私のすべてをかけて、エルド君を支えていきます!」

「ふふ、私の騎士は幸せ者ね」


 姫様は紅茶を一口含み、さてと言って話題を変えた。


「いつまでも暗い話もなんだし、明るい話題と行きましょうか」

「明るい話題? この戦時下にですか?」


 あるとすれば、どこかの防衛線が押し返したぐらいかな? 陛下としても、ここまで押し込まれる予定はあまり立てていなかったみたいだし。


「いいえ、それだったら今頃ここでプチパーティーを開いているわ。今こっちでも量産型の試作をしているみたいだけど、もう少し時間はかかるでしょうね」

「ではなんでしょう?」

「今回の戦争の功績で、エルドに新たな勲章が与えられることになったわ。あなたは元々ただ私の命令に従って敵を駆逐したのだし、その実績は確かなものだもの。これを放置すれば、前線の士気が下がると考えたのでしょうね」


 ああ、罰のことで完全に忘れていたが、俺も相当数のアルミュナーレを狩ったし、レオンと共同で基地一つ落としているのか。

 しかもこっちは王族の指示に従っただけで、実際前線ともなれば現場の指揮が優先される場合も多々ある。

 この功績を完全に無視して罰だけを与えたとなれば外聞が悪いわけだな。


「確定しているだけでも、アルミュナーレ六機に基地一つと本来ならば考えられない戦果よ。双頭獅子勲章と同時に、エルドには貴位騎士勲章が与えられることになりました」

「貴位騎士勲章? 聞いたことがありません」


 アカデミーでアルミュナーレ乗りが手に入れられるであろう勲章は一通り習ったが、その中に貴位騎士勲章なんてものは存在しなかったはずだ。

 アンジュに視線を向けてみても、アンジュも首をかしげている。


「まあ昔からある勲章なのだけど、これを授与されることはまず無いから知らないのも無理はないわ。この勲章は、兵士が特別な戦果を挙げ、その兵士を国から絶対に手放したくないときのみに与えられるものだもの」


 国から手放したくない。その言葉の持つ意味に、俺は目を見開く。

 俺を見ていた姫様は、俺の様子に笑みを深めた。


「気づいたようね」

「貴族ですか」


 国から手放したくないのならどうすればいいか。貴族に召し上げればいいのだ。

 平民が貴族になれる唯一のチャンスかもしれない。そうだとすれば、断る平民などいないだろう。貴族になれば、その爵位に対しての給金が出るし、自由に土地を買う権利やさまざまな特権を得られる。


「騎士爵という、世襲できない爵位よ。前この爵位が与えられたのは、国王が先々代の時。ざっと八十年前ね」


 今の陛下が貴位騎士勲章を出したがらないのは分かるけど、前の代でも出たことがないとは。それだけこの勲章を与えられることは名誉なことなのだろう。

 まあ、今の陛下からしたら面倒なことこの上ないだろうな。突出した戦力を嫌がって俺を前線から引き離したのに、その俺が最高の戦果をたたき出したことを示すようなもんなんだから――って俺陛下から恨み買い過ぎじゃないか?

 想像して背筋に怖気が走った。

 今の陛下からすれば俺は完全に目の上のたん瘤なのだ。そんな存在をいつまでも放っておくだろうか。俺なら消す。間違いなく消す。


「あの」

「なに?」

「自分、今の陛下にはどれぐらい疎まれてるんでしょう?」


 尋ねると、姫様は顎に手を当てて少し考えた素振りを見せると、ニッコリとほほ笑む。


「かなり、ね」

「具体的には……拉致とか暗殺とか?」


 それを聞いた途端、アンジュの顔がさっと青くなる。

 俺だって青くなりたい。真っ青になって今からでも部屋に引きこもりたい。


「相当恨まれていることは確かでしょうけど、そこまで不安がらなくても大丈夫よ」

「それはなぜ?」

「あなたは私の騎士なのよ。その上、貴位騎士勲章の授与が決まっている重要人物。そんな人物が暗殺なんてされてみなさい、王都中がパニックになるし、下手すると戦線が崩壊するわ。何より私が黙っていない。あ、でも気を抜きすぎないでよ。エルドは帝国からもかなり疎まれているはずだし、暗殺者が送り込まれる可能性もゼロじゃないわ」

「大丈夫です! エルド君には指一本触れさせません!」


 アンジュの宣言はすごく頼もしい。

 と言うか、俺帝国の侵攻ことごとく跳ね返してるもんな。そりゃ恨まれて当然か。

 けどそれって逆恨みもいいところだからな! 俺たち侵攻してきてる敵を撃退してるだけなんだし! そもそもこっちは攻めてないし!


「ええ、お願いね。まあそういうことだから、疲れない程度には気を付けておきなさい」

「分かりました」


 自衛できるのが一番だろうしな。


「で、話を戻すけど貴位騎士勲章の授与は近いうちに行われるはずよ。細かい日程が決まったらまた追って伝えるわ」

「お願いします」

「話はこれぐらいかしら。まあ、しばらく長い休暇だと思って思いっきり羽を伸ばしなさい。一か月や二か月で今の戦争が終わるとも思えないし、田舎からご両親を呼ぶのもいいかもしれないわよ」


 そうか、俺たちが王都から出ることは禁じられているけど、誰かを王都に呼ぶことは別に違反でもなんでもないんだよな。

 ならこの機会に一気に結婚式まで持っていくのもいいかもしれない……いや、結婚式はもう少し落ち着いた状態でやりたいよな。

 アンジュの様子を窺うと、両親を呼んでもいいと言われ素直に喜んでいる。

 ま、このその辺りもゆっくり相談しますか。どうせ時間はたっぷりあるのだし。

 

 俺たちの戦争は一旦終了し、長い休みが始まろうとしていた。


ずっと戦闘続きだったので、しばらくは短編っぽくエルドたちの休暇です

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