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起動実験の成功から一日明け、俺とアンジュは再びアルミュナーレの下へ来ていた。
今日やることは、今まで座っていたせいで修理ができなかった、腰下部分の修理だ。
背中までは、崖を削ることでスペースを作り、その隙間に入って作業をすることが出来たのだが、さすがにアルミュナーレの底は隙間を作ろうにも、機体がバランスを崩し倒れる可能性もあったため、手を付けなかったのだ。
そのため、立ち上がると尻の部分だけが酷く破損しており、見た目も非常に悪い。
「んじゃ、まずは」
「土と錆びを落とさないとね」
「そういうこと」
さすがに八年もあると、毎回荷物を村から持ってくるのは面倒になる。それに、一日では修復の出来ない部分もあり、雨に打たれない様に、小屋を作る必要があった。
小屋は崖の隙間を利用した、簡単なものだが、物を置くだけならば十分だ。
そこから、掃除道具を取り出し、川から水を汲む。
「とりあえず固まってる土を崩すか」
「うん」
長年アルミュナーレの重さに圧縮され、石のように固まりこびり付いてしまった土を剥がすのには意外と苦労する。
俺は、アルミュナーレの腰フレームに片腕でしがみ付き、足で踏ん張り、空いた手で土を引っ張る。
外側はボロッと崩れてくれるのだが、フレームに近づけば近づくほど、その強度は増していく。
薄く残ってしまった物などは強敵だ。そこでアンジュの出番である。
「アンジュ、頼むわ」
「はいはーい」
足元で待機していたアンジュがシャベルを手に取り、魔法を発動させる。
アンジュのフレアブースターは、俺のエアロスラスターと同じ移動系の魔法なのだが、大きな違いが一つある。それは、その場でホバリングできる点だ。
俺のエアロスラスターは、衝撃を利用して飛び上がるだけだが、フレアブースターは文字通りブースターを腰に備え付ける為、力が作用し続ける。そのため、ホバリングはおろか、飛んでいる途中で自由に方向転換もできる優れもの。その代り、俺の魔法ほど速度は出ないが、それを補って十分な利点がある。
アンジュは、上手くホバリングしながら、俺の位置まで上がって来た。
「ここ頼むわ」
「じゃあちょっとどいててね」
「おう」
俺がフレームから手を放し、地面へと飛び降りる。すると、アンジュがシャベルを振り上げた。
「よいしょ!」
可愛い掛け声と共に、シャベルをアルミュナーレに向けて振り下ろす。
ガキンッと激しい音と共に、シャベルが力強く叩きつけられ、フレームが僅かに歪む。
「もう一回!」
再びシャベルを振るうと、フレームの歪みが大きくなった。
新品のアルミュナーレだったら、俺も悲鳴を上げていただろう。しかしこれにも、しっかりと理由がある。
土が固くて動かないのならば、柔らかい方を動かせばいいのだ。
ということで、フレームを歪ませ、土との間に空間を作ることで土を剥がすのである。シャベルで叩いた程度の歪みならば、遠目ならば気にならない。それ以前に、この機体自体がボロボロなのだから、今更小さな歪みの一つや二つ、大したものではない。
そうしているうちに、土が崩れ始めた。
「アンジュ、そろそろいいぞ!」
「はーい」
振り上げていたシャベルを下ろし、ホバリング状態のままアルミュナーレから離れる。それを確認して、俺が土目掛けてエアブラストを放った。
すると、隙間の出来ていた土が衝撃を受けてボロッと崩れ落ちる。
「うし、次は錆だけど」
「ブラシは準備出来てるよ」
「削れるだけ削るか」
錆だけはどうしようもないので、できるだけやって妥協するしかない。
俺とアンジュは、ひたすらブラシで錆を落とし続けるのだった。
日が傾いてきたところで、俺達は道具を片付けて村へと戻る道を進む。
道と言っても、枝の上だったり、岩の足場だったりと、道なき道と言う奴だ。
アンジュも慣れたもので、フレアブースターを操り枝と枝の間をすり抜けていく。時折足を着くのは、魔法の限界時間のためだろう。
できれば、俺もあんな滞空できる魔法がほしかったのだが、風魔法では人を浮かせ続けるだけの持久力を出すのは難しい。
出そうとすれば、規模が大きくなりすぎて、竜巻のようになってしまうのである。やはり、火の持つエネルギー量とは凄まじい物だ。
と、アンジュが俺の横へと近づいてくる。
「エルド君、ちょっと止まって」
「うん?」
俺が枝の上に止まると、アンジュが上空へと登っていくき、何やら村の方向を注意深く窺っている。
「村の様子がおかしいよ。なんか人が広場に集まってる」
「商人でも来てるのか?」
商人からの買い物は村人たちの数少ない娯楽の一つだ。そのため、村に商人が訪れる時は、必ず村人全員が広場へと出てくる。確かにそろそろ商人が来てもおかしくない時期だが、少し早い気もする。
「とは違うみたい。それにあれは……黒いアルミュナーレ?」
「アルミュナーレ!? しかも黒い!?」
それはおかしい。この国のアルミュナーレはその全ての機体がシルバーに塗装されており、左胸に王国の象徴である双頭の獅子が描かれているはずなのだ。
だからこそ、黒いアルミュナーレなどこの国にあるはずがない。この国と何度か戦争をしている隣国でも、別の色だ。
と、なれば考えられるのは、フリーのアルミュナーレ。だがそれは本来ありえないことのはずだ。
アルミュナーレのエネルギー源である濃縮魔力液は国家の運営している工場でしか生産されていない。いや、正確に言えば、国が技術を秘匿しているため、そこでしか生産できないはずなのだ。
「ちょっと俺も見てみたい」
「え、そんなこと言われても」
「俺もサポートするから抱き上げてくれ」
「だ、抱くの!?」
「早く!」
「わ、分かったわよ」
顔を真っ赤にしたアンジュが上から降りてくる。
俺は待つのももどかしげに、アンジュにしがみ付くと、そのままエアロスラスターで上空へと跳び上がった。
「ひゃぁぁああ! 急に飛ばないでよ!」
「いいからブースターかけてくれ」
「もう……」
アンジュがブースターを吹かし、落下速度が遅くなる。しかし、アンジュ一人ならまだしも、俺の体重まで支えるのはさすがに厳しいのか、滞空することはできない。
そこで、俺がサポートを加える。
「ピンポイントサイクロン」
足元から渦上に巻き上げる風を生み出し、俺達の体を上空へと持ち上げるように誘導する。そうすることで、やっと滞空した。
「あれか」
森の奥に確かに黒いアルミュナーレが見える。
足元は見えにくいが、腰より上は木よりも高いためすぐに分かった。
「国のじゃない。ならなんだ……」
「それよりどうするの?」
「調べてみないことにはなんとも。ただ嫌な予感はするし、アンジュは森の中で待機だ」
あれが正規軍でないことは間違いない。ならば、そんな連中がアルミュナーレなんて強大な武力をもった時点でまともなことにならないのは目に見えている。
俺もまあ、そんな強大な武力を保持している訳だが、ほらそこは転生者の余裕があるし、なにより俺のアルミュナーレ、武器ないし……
ともかく、あれに乗って来た連中のことを調べないといけない。
アンジュを森の中に残し、村へと急ぐ。
村へ出る少し前の所で止まり、茂みの中から様子を窺えば、黒い甲冑を来た男たちだ、広場で村人に対し何かを言っている。
さすがに遠くて聞こえないが、魔法を使えば。
「サウンドコレクト」
「じゃあ何も知らないと?」
「はい、商人がそのようなものを売っていたことも知りませんでした」
「ではその子供は今どこにいる?」
「森に入って遊んでおります、日も傾いてきましたし、間もなく帰ってくると思いますが……」
会話は村長と鎧男の物だ。近くに商人もいるし、俺のことを嗅ぎつけたのか。ってことは、間違いなく狙いは俺のアルミュナーレだろう。
これはチッとばかし面倒なことになったな。
と、言うか村長も昔はアルミュナーレ乗りを目指していたんだし、彼らが正規軍でないことは気づいているはずだ。なぜあんな親しげに?
いや、違う。よく観察してみれば、村長も少し焦っているように見える。あれは、気付いていないフリをしているようだ。
相手が盗賊なら、正規軍と偽っていることを見破られれば皆殺しにされかねない。だから、わざと無知を装っているのか。さすがに、アルミュナーレ乗りの勉強をしていただけのことはある。世襲で継いだそこら辺の村長とはレベルが違うな。
「親は誰だ?」
「私たちです」
父さんと母さんが村人の中から前へ出る。すると、鎧の男たちは、父さんの眼光に怯え、思わず腰の剣に手を伸ばした。
抜いたなら、俺も飛び出すつもりだったが、リーダーらしき男が部下たちを諌める。
「部下が失礼した」
「いえいえ、お父さんの顔が怖いだけですから」
「クッ……」
母さんの答えに、村人の何人が顔を伏せて笑っている。父さんはばつの悪い表情だ。まあ、あんな鎧着た連中にまで怯えられればな。
って、いかん。話を聞かねば。
「ご子息が話していたパーツを購入していることを知っていましたか?」
「いいえ、あの子は自分で色々やれる子ですから。私たちは特に何も」
「では変わった点などは?」
「そうですね――ああ、八年ぐらい前から急にお小遣いが欲しいなんて言い出しましたね。この村じゃ、お小遣いの使い道なんてほとんどないのに」
「なるほど」
話を聞いていると、あの隊長格の人は意外と紳士的に思えてくる。村人としては何事も無くて嬉しいんだが、個人としては正直困ったな。何もないなら、こっちも抵抗できない。
アルミュナーレは個人で運用できるようなもんじゃないし、引き渡してくれって言われたら、断る理由があまり見つからない。
正規軍じゃないことを突けば、拒否はできるかもしれんが、その後が怖いしな。この村で暴れられたら、村人に被害が及ぶ。俺の我が儘でそんなことはしたくないし……
いっそのこと、盗賊レベルで村を荒らしてくれれば、堂々とアルミュナーレで乗り込むんだけど。
「ではそのころにアルミュナーレを見つけた可能性がある訳ですか。しかしその話を信じるなら、当時八歳の子供がアルミュナーレを直そうとしたことになりますが」
「あの子は昔から頭がよかったですからねぇ」
「そうだな。五歳から魔法を使い狩りを手伝っていた」
「ほう、それは凄いご子息だ」
いやいや、和気藹々と話さないでくれよ……
これは少し別の角度から調べる必要があるか?
「それにうちの子はアルミュナーレが大好きですからね。この黒いアルミュナーレを見れば、すぐにでも飛んで帰ってくると思いますよ」
「アルミュナーレにかなり詳しいのですか?」
「ええ、アルミュナーレについて色々調べていたみたいですし、国の教本を村長にいただいてからは、それを読みふけっていましたから」
「ほう」
隊長格の声が険しくなり村長を睨みつける。それに合わせて、周りの男たちが僅かに動いた。
ああ、村長のがんばりが水の泡に……村長も顔が青くなっているし。
これはマズイな。俺がアルミュナーレに詳しいってことは、あの黒い機体が通常の物ではないって俺が知っている可能性に気付かれた。
偽装が効かないと分かった時に出る盗賊の行動は――
「では作戦を変更しないといけませんな。全員捕らえろ!」
「待ってました!」
「最初からこうすりゃよかったんだ!」
「隊長もまだるっこしい事しますね!」
鎧男たちが一斉に剣を抜き、村人たちに突きつける。突然の出来事に、村人たちは訳も分からず悲鳴を上げた。
「な、なぜこのような事を!」
「そのガキがこっちのこと知ってる可能性があんだよ。なら、お前ら人質にした方が早いからな」
「つう訳だ。女は向こうの家、男はこっちの家に入れ! 逆らえば、容赦せんぞ!」
やっぱりこうなった。俺が茂みから飛び出そうとした直前、背後の茂みが揺れ、アンジュが現れた。
「エルド君」
「アンジュ、なんでこっちに来た」
「森の中にもあいつらの仲間がいた。エルド君を探しているみたいだったから知らせようと思って」
「なるほど、だがちょうどいい。あいつらやっぱり盗賊だ。村の皆が捕まったから助け出さないと」
「分かった。どうするの?」
「アンジュは女の人たちが連れて行かれた小屋に行って、状況を説明して欲しい。そんで、俺が暴れ出したら、鎧男たちがそっちに行くと思うから、不意打ちで一気に潰してくれ。最大で十人は超えないはずだ。行けるな?」
「もちろん。十人ぐらいどうってことないわ」
アンジュの多重起動は、八年間で十三まで増加していた。俺が結局最大で六までしかできなかったのを考えると、やっぱり性別の差なのだろうか。それとも単純にアンジュの才能? まあ、どちらでもいいが、とにかくアンジュは多重起動なら俺の手の届かない遥か高みに登ってしまった。まあ、応用力なら俺の方が強いけどな。伊達に転生知識は有していない。
「んで、鎧男たちを倒したら、父さんたちも集めてアンジュの家に避難してくれ。できれば、協力して盗賊を縛っておいてくれると助かる」
「分かったけど、エルド君は?」
「俺はあいつを抑える」
視線の先にいるのは、黒いアルミュナーレ。あいつを抑えなければ、盗賊たちはいつまでも戦い続けるだろう。それだけアルミュナーレというのは強力な武力になる。
だが、逆に言えばあれさえ抑え込んでしまえば、相手の士気はガタ落ちになるはずだ。
「気を付けてね」
「そっちも気を抜くなよ。相手は一応殺しのプロだ」
「分かってるよ。手負いほど怖いものはない、でしょ。私もしっかり知ってるから」
狩りの時、傷を負った獣ほど危険なものはいない。草食獣でも、問答無用で攻撃してくる。アンジュも魔法を覚えてからは、俺や父さんの狩りを手伝っていたため、それを理解している。
「じゃあ行ってくる」
茂みから抜け、夕日によって伸びた影を利用しながら、俺は父さんたちが集められた小屋へと向かった。