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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
カイレン奪還戦
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1

「レオン、準備はいいか?」

「ああ、こちらは問題なしだ。そちらに合わせるから、先に出てくれ」

「あいよ。第一近衛アルミュナーレ大隊エルド、出るぞ」


 周りに動き出すことをアピールしてからハンガーを降りる。


「第三十アルミュナーレ隊レオン、出撃する」


 俺の後に続いてレオンの機体もハンガーから降りて格納庫を出る。

 空は分厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。山岳部だったら雪だったかもしれないが、ジャカータの気温だとまだまだ雨だろう。


「これは降るかもな」

「予報士の話だと午後から激しく降るかもしれないそうだ」

「面倒だな」


 この世界ではまだまだ天気予報の精度は甘い。何せ、電波なんてものは発見されていないし、気象観測システムなんてものは無い。

 予報士はこれまでの経験から、空の色、雲の動き、肌に感じる湿度などを考え天気を予想するだけだ。だがこれがなかなか侮れない。意外と当たるのだ。割合的には七割程度の的中率と言ったところだろうか。降水確率何パーセントの様に具体的な数字が出るわけではないが、降るか降らないか知っているだけでも行軍には大きな違いが出る。


「降り始める前になるべく進んだほうがいいと思う」

「そうだな」


 レオンの意見に頷きながら基地の出口へと向かう。そこにはすでに隊の皆が集まっており、いつでも出撃できる状態になっていた。


「第一アルミュナーレ大隊出撃します。今回はレオン機も随伴するので、そのつもりで」

「任せておけ。一機も二機もきっちり整備してやる」

物理演算器(センスボード)で違和感あったら言ってね。出来る限り対処するから」


 カリーネさんが、魔導車の窓から体を乗り出してレオン機に向けて手を振る。


「よろしくお願いします」

「ではブノワさんとカトレアは先行してください。進路は予定通りに。ただし、雨が降る可能性があるので少し速度を上げます」

「分かったよ。行こうか、カトレア」

「はい」


 ブノワさんがカトレアを連れて基地から一足先に飛び出していく。それを見送って、俺は他のメンバーに声を掛ける。


「では俺たちも出撃しますが、さっき言った通り速度を速めます。先導は俺がするから、後方はレオンに頼む。魔導車は俺たちの間を進んでください」

「分かったよ!」

「了解だ」


 俺が先頭を進み始めると、その後に続いてパミラが運転する魔導車が続く。

 そして門に差し掛かると、門の周りにたくさんの兵士がいることに気づいた。

 彼らはそろって俺たちを見ると、大きく手を振っている。どうやら見送りしてくれるらしい。

 俺は軽く機体の右手を上げて彼らに応えた。すると歓声が一際大きくなり、いつの間にかエルドコールに代わっている。正直少し恥ずかしいからやめてもらいたいのだが、ここでそれを言うのも興醒めだろう。


「エルド! レオン!」


 操縦席の中で若干照れていると、門の上から俺たちの名を呼ぶ声がした。

 カメラをそちらに向ければ、そこにはバティスがいる。バティスは体を目一杯乗り出して俺たちに向けて声を上げていた。


「さっさと帝国の連中なんか追い返してこい! あんまり遅いと、俺が行くかんな!」

「心配するな。冬が始まる前には全部終わらせるさ」

「バティスに与えるエサなんてない。すべて僕がいただく。安心してお留守番していろ」


 門を潜る瞬間、バティスが拳を前に突き出した。

 俺は、操縦席の中からその拳に向けて自らの拳を突き出す。バティスには見えていないだろうが、こういうのは気持ちが重要だよな。

 そして門を出ると同時にペダルを踏み込み、機体を加速させた。

 目指すのはγブロック第一防衛線。敵に奪われたカイレン基地である。




 ちょうどエルドたちが出撃したころ、ジャカータ後方第二防衛線に一台の魔導車が来ていた。

 そこから降りてきた人物は、豪華はマントを纏った厳つい男である。

 歩兵部隊総司令、カラニコフである。

 基地にいた兵士たちは全員がカラニコフに向けて敬礼し動きを止める。アルミュナーレ隊の総責任者がモーリス・ルヴォフ総司令ならば、歩兵、騎兵部隊の総責任者が彼だからだ。

 その姿を窓から見ていたイネスはため息を吐いた。


「厄介なのが来ましたね。そろそろ潮時かしら」

「では」

「ええ、王都に戻ることになると思うわ。彼はお父様の人形だもの。面会に来るだろうから、準備をしておいて」

「分かりました」


 イネスはメイドたちに指示をだし、自分も準備を進める。と言っても、猫を被ってソファーに腰掛ける程度だが。

 そしてしばらくすると、予想通り扉を守っていた兵士から、カラニコフの面会要望が伝えられた。それに許可をだし、メイドに紅茶を準備させる。

 中に入ってきたカラニコフは、メイドが準備している紅茶の香りに気づいてわずかに表情を崩す。それを見て、イネスは内心でほくそ笑んだ。

 カラニコフが大の紅茶好きというのは知っていた。だから、わざわざ最高級の茶葉を使った紅茶を、目の前で入れさせているのだ。

 カラニコフは紅茶を気にしながらも、イネスの前に膝を突く。


「突然の要望にお応えいただきありがとうございます」

「お父様の右腕の一人がわざわざお越しいただいたのですもの。当然ですわ。さあ、こちらにどうぞ。ちょうど紅茶を入れさせていたの」

「失礼いたします」


 カラニコフが席に着くと同時に、メイドが紅茶を彼の前に出した。

 カラニコフはすぐにカップを手に取り、ゆっくりと紅茶の香りを楽しんだ後に小さく一口だけ口に含む。

 瞬間、口元に笑みを浮かべたが、すぐに元の厳つい表情へと戻る。それを見て、イネスは内心で舌打ちをした。

 軽く緊張をほぐして話を自分の有利な方向に持っていけたらと考えていたのだが、さすがに王の人形と揶揄されるだけのことはある。


「それで、今日はどのようなご用件かしら? 今はかなり大変な時期だと思うのだけど」

「単刀直入に言わせていただきます。イネス様、王都へお戻りください」


 やはりかとイネスは紅茶を飲みながら、この後の会話の流れを考える。


「それは以前にも断ったはずですわ。私の騎士を前線に出している今、私が王都へ戻ることはありません」

「それが問題なのです。近衛とは御身を守る絶対の盾。それを御身から引き離し前線に出すなど、何を考えておられるのですか」

「そこに苦しむ民がいて、私はそれを排除する剣を持っていた。だから振るった。それだけですわ」


 カラニコフが近衛を盾だと言ったのに対し、イネスはあえて近衛を自らの剣だと返す。


「では剣を鞘にお仕舞ください。ジャカータの防衛戦力はすでに整っているはずです」


 カラニコフは、ジャカータがすでに敵を排除し終え、既存のアルミュナーレたちも整備を終えて順調に出撃可能な状態に戻っていることを知っていた。

 だからこそ、すでに不要であると訴えたのだ。


「ええ、ですから私はすでに剣を必要な場所へと派遣しましたわ」

「まさか!」

「目的はカイレン基地の奪還。直にその知らせが届くでしょう」

「無謀です! カイレン基地は敵の拠点に作り変えられているのですよ!? それをわずか一機のアルミュナーレで奪還しようなど!」


 γブロックの第一防衛線であるカイレン基地は、偵察の結果敵が防衛拠点へと作り変えていることが判明していた。

 あそこには、ジャカータと同じように濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)と貯蔵タンクがあり、それを利用するつもりなのだ。

 撤退の際にギリギリまで捨ててはいたのだが、あまりにも敵の進軍速度が速くすべてを破棄する前に基地を奪われてしまったのである。

 その基地を落とすということは、ジャカータを一機で落とすことと同じような物であり、普通に考えれば不可能という結論が出るのは当然だった。

 しかしイネスは微笑みを絶やさずに答える。


「それができるからこそ、私の騎士なのですよ」


 イネスは自分を王都に戻そうする最大の理由がエルドたちを前線から引き離すことだと考えていた。

 自分の父は活躍しすぎる戦力を前戦から離すことがある。今の近衛隊のほとんどがエルドと同じ理由で王都へと縛られているのだ。

 だからこそ、先手を打っておいたのである。


「分かりました。では第二防衛線に兵を集め、進軍の準備を進めておきましょう。しかしそうなれば尚のことイネス様には王都にお戻りいただきます」

「そうですね。そろそろお父様と直接話さなければならない時期かもしれません。分かりました、私は王都へ戻りましょう」

「感謝いたします」

「私の騎士には、カイレンを制圧後王都に戻るように伝えてください」

「承知いたしました」


 その後、出発の予定などを決め、カラニコフはイネスの部屋を後にする。

 イネスは冷めてしまった紅茶を一息に飲みほしため息を吐いた。


「まったく。お父様はこんな状況になってもまだ自分の思う通りに事が運ぶと思っているのでしょうか」


 窓から広がる曇天の空を見上げながら、イネスが呟いた声は誰にも聞こえることなく消えていくのだった。




「降り始めたか」


 モニターに跳ねる雨粒を見ながら、エルドはペダルの踏み込みを少なくし速度を落とす。

 ここまでは順調に進んでこれたが、ここからは進軍速度を落とさなければならない。


「エルド隊長、今日はどこまで進むつもりじゃ?」


 オレールさんが魔導車から身を乗り出し尋ねてくる。


「予定通りに来てますので、予定通りの村までは進みます。制圧されていなければ、交渉して止めてもらいますし、もし制圧されているようならば、奪還します」

「分かった!」


 さらに進んでいくと、徐々にその雨脚が強くなり始めた。

 アルミュナーレが一歩踏み込むたびに水しぶきが大きく上がり、地面がグジュッとずれる感覚がある。

 魔導車は俺の後ろから斜めにずれて進んでいく。そうしないと、アルミュナーレが踏んでずれた地面にタイヤを取られるのだ。


「隊長さん! そろそろきついですよ!」


 パミラが運転席から抗議の声を上げるのとほぼ同時に、前方からブノワさんたちが戻ってきた。


「もうすぐ先に村を見つけました。けど、アブノミューレに制圧されています」

「機体数は不明ですけど、複数機いるかと」

「というわけだ。パミラ、もう少し我慢してくれ。ここからは慎重に進むぞ」

「仕方がないのですよ」


 二人からの報告を聞いて、俺たちは速度をさらに落とし腰を低くして進んでいく。

 すると激しい雨脚で視界は悪いが、わずかに見えてきた村の影にアブノミューレらしきシルエットが見えた。

 確認できるのは一機だけだが、カトレアの言う通り他にもいると考えたほうがいいだろう……


「とりあえず制圧だな。俺が先行するから、レオンは魔導車の護衛を頼む」

「いや、ここは僕に行かせてくれないか」

「レオンにか?」

「大規模な戦闘の前に感覚を取り戻しておきたい」


 そういえば卒業してから今日まで、アルミュナーレで戦闘をするってことがなかったんだったか。

 確かにそれなら、最初から大規模な戦いに放り込むよりも、ここで感覚を戻しておいてもらったほうがいいかもしれない……って俺バティスにはぶっつけ本番でやらせなかったか? 帰ったら謝っておくか。


「分かった。ならレオンに任せる。視認できるのは一機だけど、複数機いる可能性が高いから気を付けてくれ」

「了解した」


 レオン機が地面を蹴って加速する。泥水が跳ね上がり、レオン機の足元をどんどんと汚していった。しかし、淀みなく雨の中を走っていく姿は、半年以上のブランクがあるとは思えないほど滑らかだ。

 俺はカメラの倍率を上げて、レオン機の動きを追っていく。

 レオン機が村に接近すると、相手もこちらに気づいたのか遊撃態勢を取った。けど遅い。

 すでにレオンは魔法を発動させており、こちらを振り向いた機体の操縦席にクレイランスが突き立てられていた。

 さらに後方から二機のアブノミューレが現れる。

 放たれる砲弾は一発が直撃コースなのか、レオンは機体を移動させてその射線から逃れると、一気に接近し片方のアブノミューレに剣を突き立てる。

 もう一機が剣を振り降ろすのには、破壊したアブノミューレを盾にして受け止め、盾にした機体をもう一機目がけて投げつけることで、両機を転倒させた。

 そしてきっちりとクレイランスでトドメを刺す。

 無駄のない綺麗な動きだ。多少のブランクでは、レオンの技術は錆つかないらしいな。

 レオンは村の周辺にアブノミューレがいないことを確認してから、俺たちに合図を送ってくる。

 それを受けて、俺たちが村に近づいていくと、そこは廃村と化していた。


「こりゃ酷いな」

「抵抗したのだろう。片隅に大量の死体が放置されていた」

「生き残りがいないか調べないとな」

「それは僕たちに任せておいて」

「お願いします」


 隊の皆が分担して無事な家を調べていく。その間に俺はレオンから報告のあった死体の捨てられている場所へと向かった。

 そこは村の片隅であり、肥溜めの中だった。

 この辺りもうちの村と同じらしく、技術の発展はほとんどないらしい。

 やはり首都部と辺境で技術力の差が大きすぎる気がする。

 まるで襲われてもすぐに直せるように、あえて技術を使わないようにしているような違和感すらある。


「後で燃やしておかないと病気が出かねないな」


 今は雨が降っているせいで燃やすこともできないが、後で燃料を掛けて燃やしておかないと疫病が蔓延しかねない。

 もし生き残りがいれば辛いことかもしれないが、我慢してもらわないと。

 そんなことを思いながら、死体を眺めていると、ふと引っかかるものがあった。


「男ばかり?」


 捨てられている死体は、そのほとんどが男なのだ。わずかに女性も混じっているようだが、老人や子供がほとんどだ。

 そんな状況になる理由など一つしかない。


「嫌な感じだな」


 そこにオレールさんがやってきた。


「生き残りがおったぞい。女ばかりじゃがな」

「女ばかり。そういうことですか」

「ああ、奴らの玩具にされとったようじゃ」

「なら男性に恐怖する可能性がありますね。とりあえずアンジュ、カトレア、パミラに女性たちの面倒を任せてください。俺たちが飯の準備しますよ」

「仕方ないのう」


 オレールさんが隊員たちに指示を出しに行くのを見送って、俺は無残に捨てられた死体に向けて手を合わせた。


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