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姫様からの手紙が届いたのは、三日後のことだった。
そしてそれを持ってきた人物に、俺とバティスは目を見開いて驚きを現す。
「なんだ」
「いや、それはこっちのセリフだ」
「なんで戻ってこれたんだ? てっきり押し込まれているところの増援に行くと思っていたんだけど。しかもあの機体なんだよ」
手紙を届けに来たのは、俺たちが今度酒でも奢ってやろうとしていたレオンだった。しかもアルミュナーレに乗って。
レオンはメガネをクイッと上げてると、口元に笑みを浮かべた。
「僕にも運が回ってきたということだ。お前たちばかりに活躍はさせない」
「いやでもレオンはまだ自機持ってないだろ。バティスも今回の戦績に応じて機体を手に入れてるけど、レオンってまだ斥侯担当のはずだろ」
「それなんだがな。今回の侵攻限定でイネス様から個人的に機体を貸してもらえることになった」
「どういうことだ?」
俺とバティスはレオンの言っている意味が分からず首をかしげる。
今回限定ってそんな借りたみたいな言い方されても、そんなことはあり得ないし、そもそも陛下が許すとは思えない。
まさか別の隊から機体を強奪!?
「エルド、何か変なことを考えてないか?」
「いや、しかし……」
表情に出てたかな? けど疑いたくもなるだろ。
「僕が借りているジェネレーターはエルドが倒した機体の物だ」
「けどエルドが倒した機体のはうちの隊長がもらったはずじゃ?」
そうだ、ここで倒した機体のジェネレーターはすでに回収され後方に運ばれている。操縦士と部隊の決まっているジェネレーターを、緊急だからとはいえレオンに渡すとは思えない。
「そっちではない。僕がもらったのは、ロッカ基地での防衛線の時の物だ。四機中三機はそのまま後方へと送られたが、一機だけイネス様が確保しておいてくれたらしい」
「そんなことして大丈夫なのか? 一応ジェネレーターは陛下の所有物だろ?」
「戦場で配送ミスなんてものはよくあることだそうだ」
「ああ、なるほど」
つまりイネス様が配送ミスを装って一機だけ残していた物をレオンに託したらしい。
そしてその理由は俺に渡された手紙に書いてあるのだろうな……また無茶なことをして。
しかしイネス様はいったい何をやろうとしているんだ。
今回の俺の進軍と言い、レオンに機体を渡したことと言い、明らかに他の部隊から独立した動きだ。
俺の時はまだ仕方がなかったことと言えるかもしれないが、今回の横流しは確実に軍法に逆らうものだ。一応配送ミスを装ってはいるが、調べる者が調べれば一発で判明することだろう。そうなればイネス様もただでは済まないはずである。イネス様もそんなことが分からないような人ではない。いつもネコをかぶっていて、素の時はよくバカをやらかす人ではあるが、しっかりと物を考えて動いている人だ。バカをやらかすが……
今回もそのバカじゃないよな?
「ならこれで、今季卒業生は全員が専用機隊もちになったってことだな!」
「僕のは期間限定だけどね」
「まあ細かいことは気にすんなって。んで、イネス様からはなんて命令が来てんだ?」
「ちょっと待て」
そうだな。細かいことを考える前に、まずはイネス様の命令を確認したほうがいいだろう。それにいろいろ書かれている可能性もあるわけだし。
俺は手紙の封を破り中身を取り出す。
枚数は三枚か。下手な社交辞令を書く人じゃないし、これは期待できるかな?
「一枚目は」
内容をざっと確認していく。
それは今後の基本的な方針だった。
俺はこの後、当初の予定通りに南側へと進み敵を排除して味方の援護をする。これは変わらない。しかし、アヴィラボンブの登場で前後に少し変化が出た。
まず、手紙到着までに二度目のアヴィラボンブによる攻撃があった場合。この場合俺たちは一週間の待機を経て、南へと下ることになる。今のところ第二波はないので、これは却下になりそうだ。
次に、アルミュナーレおよびアブノミューレでの攻撃があった場合、もしくは近くで敵部隊の展開が確認されている場合。
こいつらはつまり、撤退した部隊が再編制された時のことだろう。
この場合俺たちは先にその部隊を叩くことになるようだ。俺とレオンで先陣を切り敵を撃破。他のアルミュナーレはアヴィラボンブに備える予定らしい。
しかしこれも、敵は野盗崩れのハグレしか今のところ確認されていない。そいつらも、修理を終えたアルミュナーレによって順次駆逐が始まっている。
つまりこれも却下だ。
そして三つめ。
上二つがない場合。つまり手紙が届くまで完全に平和だった場合だが、俺とレオンの二人で南へと進軍し、敵部隊の撃破に当たる。って!?
「俺とレオンで動けだと!?」
「なに!? 俺じゃないのか!」
「バティスは正規の配属なんだから、勝手に動かせるわけがないだろ。レオンはイネス様の指示で、個人で動いているからできることだ」
しかしこれはなかなか無茶を言う。
レオンは確かに機体こそ持っているが、その機体を整備するための部隊がいないのだ。
当然だろう。レオンの機体は横流しのジェネレーターを利用しているものであり、表に出せるものではない。
レオンの部隊はまだ姫様たちと共にいるのである。
手紙を届ける役目を受けたレオンのみがここに来ており、その途中で姫様の個人的な部隊から機体を受け取っていたのだ。
「つまりイネス様の指示で個人的に動かせる最大戦力ということになるな」
「それにしても無茶苦茶じゃないか? ここから南下して敵を排除ってγからεまで三つもあるんだぞ。そこが全部ここと同じ規模の連中に攻め込まれてんだ。どうやったって燃料も武装も持たねぇよ」
「いや、方法はある」
バティスの意見に、レオンが即座に否定した。そしてそのメガネを光らせる。
お前今やる気に満ち溢れているな。まあ、今まで活躍の機会をことごとく逃してきたから、やる気を出すのは分かるけど、あんまり無茶な作戦とか考えてないよな?
「アブノミューレは、結局は烏合の衆だ。アルミュナーレの前では雑魚に過ぎない。それはバティスも分かっているだろ」
「ああ」
「結局この戦いでもカギとなっているのはアルミュナーレだ。収集した情報によれば、敵の後方に控えていたり場所によっては先陣を切っている機体もあるようだが、そいつらさえ倒してしまえば敵に基地の制圧能力は無くなる」
「つまりアルミュナーレを率先して叩くってことか?」
「そういうことだ」
まあ理にかなった作戦ではある。俺もロッカやジャカータでは率先してアルミュナーレを叩いてきた。強い奴とやり合いたいって気持ちがなかったわけでもないが、やはり指揮官は強い機体に乗っているのがセオリーだからな。
ただ、制圧能力のことまでは考えてなかったな。確かに敵は、こっちに侵略した後そこを維持しなければならない。そのためにも戦力はいるし、それだけの力となるとやはりアルミュナーレが必要になるのか。
けど問題はまだある。
「アヴィラボンブが来た場合はどうするんだ?」
「あれは確かに威力としては驚異だが、侵攻としてはさほど脅威にはならない」
「そうなのか?」
「あれは重要拠点へと爆撃用の兵器だ。ただ爆撃するだけでその後のことは何も考えていない。味方軍がすぐ近くで待機していて、いつでも制圧できる状態でなければ復旧されて終わりだ。しかもここに着弾した残骸を調べたところ、操縦に関しては手動の可能性が高いと結果が出ているがどうだ?」
「ああ、着弾前に人が飛び降りていたけど」
「つまりそいつらの回収にも人は必要というわけだ。そこまでを制圧していなければただの使い捨てになる。そんな兵器を使って士気が保てると思うっか?」
そうか、あの兵器脱出機能が付いているとはいえ、やっていることは神風そっくりなんだ。
だから、脱出後は敵地のド真ん中に飛び降りることになるし、逃げるための準備なんてほとんどできていないだろう。
「まあ、自決覚悟で重要拠点を攻撃するという考えもあるが、すでにフォートランや王都、その他の濃縮魔力液生成施設にはアルミュナーレが防衛に回っている」
つまり準備は万全ということか。
「俺たちは気にせずにここに来ている敵を排除しろってことだな」
「むしろ早急に排除する必要がある。今手こずっていると、アヴィラボンブが他のブロックに降らされる可能性が高い」
すでに第一防衛線までの侵攻は済んでいる他のブロックでは、アヴィラボンブの使用が検討されていてもおかしくはないということか。
ジャカータだとピンチにならない限り降ってこなかったが、向うの上層部がどのような決定を下すのかは分からない。
もし焦って降らされてはこちらの被害が甚大なものになってしまうからな。
「分かった。なら機体の準備ができ次第俺たちは出撃する。ジャカータは任せるぞ。バティス」
「しょうがねぇなあ。その代り、こっちに敵が来たら俺が全部喰っちまうからな」
「それでかまわないさ」
「レオンの機体はどうなってる? 武装や燃料の補充は必要か?」
「ああ、武装は問題ない。ただ燃料の補充と予備をエルドの部隊に持ってもらいたいのだが」
「それは構わない。二機分運用するつもりで動かすから」
「なら剣とハーモニカピストレの弾を頼む」
「あいよ」
「僕は司令に出撃することを説明してこよう」
「俺は部隊との打ち合わせだな」
俺はレオンに説明を任せ格納庫へと向かった。
夜。空は完全に黒く染まり、月と星の明かりだけが降り注ぐ。
そんな中、真っ暗な草原に一つの明かりがあった。その光は時々眩しく輝き火花を散らす。
「どうですか? 直ります?」
「無茶言うぜ。こんなボロボロなのに、腕取り付けろだなんてよ」
「しかも夜通しだぜ。手元が見難くって仕方がねぇ」
「すみません。けど、それ直さないと後が大変なんで」
「分かってるよ。それに今俺たちの隊長はあんただからな。フェルツェ殿」
部下の言葉に、アルミュナーレの肩から顔をのぞかせていたフェルツェはニッコリとほほ笑んで顔をひっこめる。
フェルツェは、撤退するアブノミューレの部隊から離れ、傭兵たちと共に草原に留まっていた。
理由は、機体の修理である。
エルドの狙撃を間一髪で躱したといっても、あれだけの威力の狙撃を腕に受けたのだ。その衝撃は当然機体全身へと広がっており、その上戦闘中の無理な挙動と制御のせいで関節がいかれていたのである。
脚部の関節は日が高いうちに何とか修理を終えたのだが、日が沈んでしまったため今日の移動を断念し、そのまま腕を予備パーツでつけてもらうことにしたのだ。
しかし、この暗さで思うように修理が進まない。
「頑張ってくださいね。あんまり遅れると戦線逃亡の扱いになっちゃいますよ」
「分かってるよ」
本体からあまり離れてしまうと、帰国までに追いつけなくなり最終的には戦闘中に逃げたという扱いになってしまう。そうなれば、ここまで頑張って上げてきた地位が泡と化す。
「この辺りにアブノミューレのパーツでもあれば楽なんだけどな」
「そうなの?」
「パワーは弱いけど、あれ互換性は抜群なんですよ。そのままくっ付けることだってできますし」
「へぇ、ならちょっととって来ようか」
「どこかあてでもあるんで?」
「宛も何も、ほら向うから寄ってきてくれる」
「へ?」
フェルツェが指さす先を見た傭兵は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
草原の向こうから一機のアブノミューレが真っ直ぐにこちらに向けて歩いてきていたのだ。
「おいおいおいおい、見張りは何してんだよ!」
暗闇の中で目視できるほど近づかれていた事実に慌てながら、見張り役を怒鳴りつける。しかし返答は来ない。
「無駄じゃないかな? 魔法で狙撃されてたし」
「んな!? 殺されたってのか!」
「人用の魔法だったからね。気づかないのも仕方ないかも。とりあえず交戦の意思ありってことで機体起動させるよ」
「は、はい! まだ完璧じゃないんで、なるべく戦闘は控えてくださいよ! 今度こそ動かなくなっちまいます!」
「向こう次第かな」
整備士が機体から飛び降りたのを確認してフェルツェは機体を起こす。
するとアブノミューレの動きが止まった。
「こっちがアルミュナーレだからかな? とりあえず聞いてみればわかるか。そこのアブノミューレ、どこの部隊の者だ!」
「部隊……そうね、傭兵ってところかしら? そちらはどなたかしら?」
「僕はフェルツェ。オーバード傭兵部隊最強の男だよ」
「オーバードの傭兵部隊。そう、ならちょうどいいわ。少し腕を見させてね」
言うや否や、アブノミューレが剣を持って駆け出す。
フェルツェは小さく舌打ちしつつ、動きの悪い手で剣を握る。そして振り下ろされる剣を躱し、相手の操縦席目がけて剣を突き立てた。
しかしそれは驚くほど滑らかな動きで躱される。それはまるでアルミュナーレのような動きだった。
「へぇ、アブノミューレでそんな動きをするんだ」
「まあまあかしら。けどもう少し知りたいわ」
アブノミューレの操縦士は話す気は無いのか、再び攻撃を仕掛けてくる。それをいなしつつ敵の隙を窺っていると、フェルツェは気づいた。
この敵は手加減していると。
「なぜ手加減しているのかな?」
「そっちの機体に合わせているだけよ。本気出したら一瞬で終わっちゃうじゃない」
「言ってくれるね」
「でも事実でしょ」
「かもね!」
それはフェルツェにも分かっていた。数回剣をぶつけただけでも、相手の実力は理解できる。アブノミューレの操縦士は、そこらへんの騎士よりもよっぽど上だ。
その技術を以て、アブノミューレはフェルツェが対応できるギリギリのラインから少し上を攻撃してきていた。
だからこそ、機体にも負荷がかかる。限界を超えた機動をしていた機体が全身から火花と悲鳴を上げた。
それを見て、アブノミューレが数歩下がる。
「限界かしら」
「そうだね。差し違えぐらいならできると思うけど」
「その必要はないわ」
「いったい何がしたかったのさ……いい加減教えてくれないかな?」
「私をあなたの部隊に入れてくれないかしら?」
「まさかの売り込み? こっちの部下を殺しておいて?」
売り込みならば、普通に近づいてくればいいのに、わざわざこちらの部下を一人殺害し、その上アブノミューレで襲ってきてからの売り込みに思わず呆れるような口調が混じる。
「ほら、一人減ったから補充が必要でしょ? 私なら十分だと思うのだけど?」
「とりあえず顔を見せてもらわないと何とも言えないかな」
「それもそうね」
傭兵たちが警戒する中、アブノミューレのハッチが開きそこから操縦士が出てくる。
「女……」
「しかも子供かよ」
「フェルツェと同じぐらいじゃねぇか?」
「つかあの制服」
「君、アカデミーの生徒? しかもフェイタルの」
フェルツェも操縦席から肩へと移動して、その少女の姿を確認する。
「元ね。それよりあなたがフェルツェだったのね」
「僕を知っているの?」
「ええ、エルドがよく言っていたわ。戦闘狂だってね」
「君、隻腕のと知り合いなんだ! じゃあいいよ! 一緒に行こう!」
エルドの知り合いと知って、放っておけるフェルツェではなかった。
「おいフェルツェ! 勝手にそんな!」
「隊長に伺いも立てずに!」
「しかもこっちは一人殺されてんだぞ!」
「これは決定事項! 大丈夫、彼女の面倒は僕が見るから」
「レイラよ。そういうわけだから、これからよろしくね」
アブノミューレの方でニッコリとほほ笑むレイラに、傭兵たちは背筋から冷や汗が垂れるのを感じるのだった。
レオンはついに自機を手に入れ、エルドと共に戦場へ。そしてレイラはアブノミューレを手土産にドゥ・リベープルへと加わるのだった。
レオンは活躍できるのか。そしてレイラの目的は如何に




