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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
ジャカータ攻防
54/144

3

 エルドの狙撃により指揮官を失ったβブロックのアブノミューレ部隊。大半はそのまま緩衝地帯へと撤退したのだが、中には隊列から抜け出し、手にした力を振るう者もいた。

 アブノミューレは量産型とは言え、一般人から見ればそれはやはり強力な兵器であり、抗いようもない力である。

 それが三機ともなれば、一つの村に抵抗する考えなど浮かびようもない。

 この村も、盗賊とかしたアブノミューレ三機によって蹂躙されようとしていた。


「これで全員か」

「は、はい……」


 アブノミューレから聞こえてくる声に、村人の先頭に立つ村長が震える声で答える。


「少ないな」

「最近戦争続きで子供たちは都市部に出稼ぎに行っておりますので」


 それは国境付近の村には多い傾向だった。

 いくら砦があるとはいえ、数年に一度であれそれを抜けてアルミュナーレや歩兵たちが進軍してくることは昔からあった。

 そのため村の者たちは、子供がある程度育った時点で出稼ぎとして都市部に避難させるのである。

 できることならば、村を捨てて全員で移動してしまいたい気持ちもあるのだが、生まれ育った土地で愛着もあり、なおかつ国から今ある村を捨てることを禁止されていたのである。

 これは、国境周辺での食糧調達や中継としての役割を村に担わせるとともに、都市部に人が集まり過ぎないようにするための策でもあった。

 そのおかげで、都市部での浮浪者は少なく治安も守られているのだが、その分のしわ寄せはこうして辺境の村を圧迫していた。

 それでも不満が爆発しないのは、相応の支援を受けているからだろう。


「チッ、仕方ねぇ。食料をありったけ用意しろ。それと女だ。三十以下は全部いただく」

「そんな……それではこの村は……」

「ほう、滅びたいならそれでもいいんだぜ?」


 アブノミューレがゆっくりと剣を持ちあげると、一軒の家に向かって振り下ろす。

 簡素なつくりの家はいとも簡単に吹き飛び、一瞬で土台だけとなってしまった。

 それを見て顔を青くする村人たち。


「んで、どうすんだ?」

「分かりました……お前たち、すまないが」


 村長が震えながらそういって振り返る。

 男たちは何か言いたそうにするも、顔を伏せて拳を握りしめる。

 三十以上の女たちはどこかホッとしながらも、近くにいる生贄とされた女たちに憐れみの表情を送っていた。

 そして、生贄とされた女たちは――


「い、嫌よ! そんなの嫌!」

「私はあの人と結婚するの!」

「誰か助けてよ! なんで誰も助けてくれなのよ!」


 連れ去られた後を想像し、女たちは絶望の色に顔を染める。

 ある者はその場で泣き出し、ある者は顔を伏せる婚約者に縋り付く。

 またある者は逃げ出そうとして男たちに取り押さえられた。

 そして、逃げた女に偶然ぶつかった旅人からフードが落ちる。

 はらりと零れ落ちる艶やかな黒髪のポニーテールに、一瞬男たちが自分の状況も忘れ目を奪われた。


「へぇ、なかなかいい女もいるじゃねぇか。テメェら隠してやがったのか?」

「ち、違います。この者は村人ではありません。偶然立ち寄っただけの旅人だと言っていました」

「旅人ねぇ。まあいい、その女も捕まえておけよ」

「君、済まないが」


 操縦士の指示に従い、村の男たちが女性を取り囲む。村人を差し出す分には抵抗があるが、他人ならば関係ない。

 言葉だけの謝罪を残して、男たちが女性を捕まえようと飛び掛かった直後、今まで一歩も動かなかった女性が動く。

 すばやく自らの腰に手を回すと、そこから剣を抜き放ったのだ。

 今までマントで隠れていた剣に、男たちが動揺する。


「はぁ……強奪した後のほうが隙もできて潰しやすそうだと思ったんだけど。仕方ないわね」


 この状況で緊張感のないため息をつき、女性はマントを固定していた留め具を外す。風に煽られたマントが空へと舞い上がり、女性の姿を露わにした。

 アカデミーの生徒が着ている灰色の制服を身にまとい、剣を握ってポニーテールをなびかせ、鋭い視線をアブノミューレへと向ける。

 その人物は、アカデミー卒業後消息を絶っていたレイラであった。


「お、お前。俺たちと戦う気か。この人数に勝てると思ってるのか?」

「やめとけ、怪我するだけだ」

「悪いけど、あなたたちに興味はないの」


 レイラはその場から飛び上がると、目の前にいた男の肩を使ってさらにジャンプする。

 そのまま一気に村人の壁を抜け、アブノミューレへと向かって駆け出した。

 突然の事態に驚いた操縦士だったが、即座に剣をレイラへと向ける。

 しかし、その時にはレイラは剣の間合いの内へと入り込み、さらにアブノミューレの股を潜って背後へと回っていた。


「ど、どこに」

「真後ろだ!」

「遅いわ」


 仲間の一人が注意し、慌てて振り返ろうとした操縦士だったが、レイラはすでに操縦席のハッチへと取り付いていた。


「たぶんこの辺り……あった」


 カシュっと圧の抜ける音と共に、アブノミューレのハッチが開く。


「な、なんで」


 操縦席の中から、驚いた声が聞こえてくる。


「アブノミューレだったかしら? 仕組みはほとんどアルミュナーレと同じなのよね」


 レイラは操縦席の中へと乗り込みながら、笑顔で答えた。そして、男の首に手を回すと、思いっきり首を回転させる。

 ゴキリと重い音がして、男の体から力が抜けた。


「お、おい、大丈夫か?」

「返事しろよ」


 操縦士の仲間たちが返答を要請してくるが、その男はすでに息絶えている。

 レイラは手早く死体を椅子に固定しているベルトをはずし、自由になった死体を操縦席の外へと投げ捨てた。


「ひっ」

「こ、こいつ!」


 放り出された仲間の死体を見て、一機の操縦士は恐怖に負け機体を後退させる。もう一機の操縦士は剣を振りあげ、機体を奪われまいと破壊にかかる。

 しかしその行動は一歩遅かった。

 振り下ろされた剣が機体に届く直前、レイラが操作するアブノミューレが左腕を持ち上げ大砲を至近距離で放つ。

 ドンッと重い音が二度響いた。

 一度目はレイラが大砲を発射した音。そして二度目は、発射された大砲の弾が剣を振りあげていた機体の操縦席を破壊した音である。

 ゆっくりと傾いて倒れていく機体を見て、最後の一機は背中を向け逃げ出した。

 レイラはその機体にも狙いを定め、大砲を放つ。

 曲線を描くように弾は飛び、逃げる機体の脚を破壊した。


「ずいぶん照準が甘いわね。飛距離もほとんど出ない。それ以前に、この機体ちゃんとショックアブソーバーもオートバランサーも働いてないじゃない」


 撃った瞬間、自らもその衝撃できりもみしながら横転しそうになった機体に文句を言いつつ、レイラは脚部の壊れたアブノミューレにゆっくりと近づいていく。

 そして、きっちりと操縦席に剣を突き立てた。


「マニュアルコントロールを習っといて正解だったわね。まさかこんなところで使うとは思わなかったわ」


 あまりにも粗悪な作りのアブノミューレは、魔力の消費を抑えるために物理演算器(センスボード)や内部機構も最小限以下に抑えられていた。そのため、マニュアルコントロールで出力の強化やカットを行わないと、アルミュナーレと同じ感覚で動かすことが出来ないのである。

 それがアブノミューレの弱さの原因でもあった。操縦士がアルミュナーレと同じ感覚で操作しても、物理演算器(センスボード)が処理しきれずに遅延を起こし、同時に内部機構の制御不足で動作が歪むのである。

 これを発生させないために、操縦士たちは慎重にゆっくりと機体を操作し、大砲を撃つときは機体を固定させなければならなかった。これではハリボテと言われるのも当然であろう。

 レイラは、機体の弱さに呆れながらも、破壊した機体を引きずって村へと戻る。

 そこにいた村人たちからは、たった一人でアブノミューレ三機を倒してしまったレイラに対する畏怖がありありと見て取れた。

 レイラとしても、生贄にされかけたとあってあまりいい感情を村人たちには持っていないが、それでも彼らと同じようなことをするつもりはなかった。

 機体から降りつつ、村長の前へと歩み寄る。


「とりあえず村の危機は去ったわよ」

「あ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらよいか」


 村長は今にも倒れてしまいそうな真っ青な顔で深々と頭を下げる。


「お礼ね。なら水と食糧を頂戴。すぐに用意できるだけでいいわ」

「その程度でよろしければすぐにでも」

「ありがと。それと、この機体はもらっていくけど、残りの壊しちゃった二機はそっちで好きにしていいわ。ばらして鉄として使うなり、町に持って行って軍に売るなり自由にしなさい」


 一機はちょうどいいのでもらっていくとしても、残りの二機は持っていくには大荷物過ぎる。使ってしまった弾薬分だけ補充し、後はすべて村人に投げてしまうことにした。


「本当にありがとうございます。あの、もしよろしければお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」

「レイラよ」

「レイラ様、今夜は私の家でごゆっくりお休みください。明日の朝までには食糧も用意させますので」

「ありがと。嬉しいけど、すぐに出発したいの。食糧だけで十分よ」

「分かりました。すぐに準備いたします。おい、お前たち!」


 村長が指示をだし、村人たちが慌てて自分たちの家から残っている食糧をかき集めてくる。今の彼らにとって、レイラは数分前の兵士崩れたちと同じ存在なのだ。食料だけで済むならば、安い物だろう。

レイラはそれらを受け取り、操縦席の空いた隙間に詰め込んで村を後にするのだった。




 ジャカータ基地が空から爆撃を受けたという情報は、イネス姫が待機していた町にもすぐに届けられた。


「被害状況は! 基地は無事なのですか!?」

「基地の稼働には問題ありません。格納庫が二つと、寮が一つ焼かれましたが、基地自体は無事です」

「そう……よかったわ。なら予定通り物資の輸送をしましょう。基地の物資もだいぶ足りなくなってきているでしょう?」

「ええ、助かります。それと、基地からの要望で原板が欲しいとのことです」

「原板が? なぜかしら?」


 原板とは、特殊な工程で作られている物理演算器(センスボード)に情報が書き込まれる前の状態の物のことだ。

 ジェネレーターや濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)ほど特殊なものではないが、それでも相応に高価な物であり、おいそれと要求できるものではない。


「爆撃を防ぐために、基地にいたアルミュナーレがほぼ全機無理な魔法の連発で物理演算器(センスボード)を溶かしてしまったそうで、基地にある予備で整備は行っているそうですが、次に同じ攻撃が来ればアルミュナーレが使えなくなる可能性があると」

「そうですか、ならば手配しておきましょう。この基地にある原板は何枚かしら?」

「七枚です」

「ではそれを全部送りましょう。この基地にはフォートランから新しい物を持ってくるよう手配しておきますわ」

「分かりました」

「他に何か要望はあったかしら? 物資関連で少なくなっているのなら、出来る限り援助するつもりですが」

「いえ、司令部からは何も。むしろ、増援に姫様の騎士をよこしていただいたことを非常に感謝しておりました。彼がいなければ、基地は落ちていただろうと」

「そうですか、活躍してくれたのならなによりですわ」


 自らの騎士が思うような活躍をしてくれたことに満足するイネスは、笑みを浮かべながら一つ頷いた。

 イネスには誰にも話していない密かな計画があった。それを実現するためには、一騎当千レベルの騎士と、自分が自由に動ける環境が必要だったのだ。

 そして今その二つが自らの手の中にある。

 故に、この機会を逃してなるものかと、王都からの帰還命令が出ているにもかかわらず、それを蹴ってこの場に留まっているのだ。


「出来ることならジャカータに行きたいのですけど」

「それはなりません。騎士エルドとも約束なされたのでしょう?」


 イネスの側に控えていたメイドが即座に否定する。


「ええ、だからこうして安全な場所から指示を出しているの。ですが私としては共に戦いたいのです」

「姫様のお気持ち、一兵士としてとても嬉しいことです。ですが、御身は掛け替えのない存在。我々では、もし万が一、億が一御身になにかがあった場合、その責任を取ることが出来ません」

「そうね、ではせめて、少しでもこの戦争の死者が減るように祈ります」

「イネス様の祈りであれば、きっと神も願いを叶えてくれることでしょう。では私は原板の手配をしてまいりますので」

「お願いします」


 兵士が部屋を後にする。

 それを見置くったイネスは、椅子から立ち上がり窓の外を見た。

 そこでは、兵士たちが忙しく駆け回り、馬車に物資を積み込んでいる。

 それを見ながら、イネスは自分の頭の中で考えを整理していく。

 まず現状だ。αとβのブロックは何とか第一防衛線で防ぐことが出来た。しかし、それ以降の防衛ブロックは第二防衛線まで押し込まれてしまった。

 現状では、第二防衛線で味方の増援もあり持ちこたえているが、押し返すのはかなり難しい。それのもっともたる原因は敵の新兵器だ。

 アブノミューレとアヴィラボンブ。この二つは非常に強力で、既存の戦争をひっくり返しかねない代物である。

 アブノミューレはすでに研究が行われ、その大部分が解析されている。この国でも近い内に量産が始まるだろう。実弾兵器の開発で進んでいる分、配備されればこちらのほうが有利になるかもしれない。しかし、こちらの兵器を解析されれば向こうも同じものを作ってくるはずである。

 となれば、いつまでも続く負のサイクルの完成だ。

 だが現状ではそのサイクルは起こらない。敵にはアヴィラボンブがあるからだ。

 アブノミューレの物量で敵を拠点まで押し込み、そこをアヴィラボンブで爆撃する。あとは、破壊しつくした拠点をアブノミューレで制圧するだけの簡単な作業だ。

 実際、これをやられてジャカータは落ちかけた。エルドの機転と新武装で何とか防ぐことが出来たが、他の基地で同じことをやれというのも酷だろう。

 何せ、敵の軍勢を抑えつつ、降ってくるアヴィラボンブを物理演算器(センスボード)が溶けるギリギリまで酷使して撃墜し、さらに再び突撃してくる大群を抑えなければいけないのだ。エルドのような特殊な専用機がいなければ、土台無理な話である。

 だが同時に、希望も見えていた。

 自分の騎士は、そんな無謀な状況を覆したのである。まさしく、自分が望んだ一騎当千の騎士ではないか。


「彼がいれば。いえ、彼でなければ」


 現状、想定から大きく逸脱した事態が多すぎる。エルドたちに指示を出しなおさなければならないと、イネスは再び椅子に座り直し、引き出しから白紙を取り出しペンを執った。


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