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格納庫に機体を戻し、俺は総隊長の執務室へとやってきた。
扉をノックし名前を告げると、入るように言われる。
「失礼します。およびと伺いましたが」
「ああ、機体の整備状況はどうだ?」
総隊長は書類から顔を上げて、俺の機体について尋ねてくる。
「つい先ほど試験運用を終えたところです。補給と整備は必要ですが、システム面ではすべて問題ありません」
「そうか。ではいつでも任務に出られるということでいいのだな?」
「はい」
俺が力強くうなずくと、隊長は机から一枚の用紙を取り出して、俺に渡してきた。
俺はそれに視線を落とす。
そこには、実働許可証と書かれていた。要は、俺たち宛の命令書である。これがないと俺たちは機体を外に持ち出すことができないのだ。陛下からの借り物だから仕方ないね。
「では第二王女警備隊に任務を伝える。二週間後よりイネス様が前線基地への激励に向かわれる。それに同行し、警備に当たれ」
「任務了解しました。万全を尽くし、任務に当たります」
「よろしい。イネス様は今回の公務が正式な初公務となる。そのため、色々なところで不備や遅れが出る可能性が高い。それも踏まえて準備を進めるように」
今回の前線基地激励がイネス様の初公務となるのならば、側付きのメイドや兵士たちにとっても当然初の任務ということになる。それはもちろん俺たちにとってもだ。
そうなれば、当然予定通りと行かないことも多く出てくるだろう。それに対処できるだけの予備の食糧や武装を持って行けということらしい。
「警備隊個人で準備する物はどれぐらいになるのでしょうか? イネス様の身の回りは側付きが準備するとは思いますが」
王女が動くとなれば、相応の数の歩兵がついて歩くことになるだろうけど、まさか随伴歩兵の分まで準備しろとか言われないよな?
「君たちで準備するのは、アルミュナーレの整備に必要な物と君たちの食糧だけでいい。近衛隊は既存部隊とは完全に別で扱われるからな。物資運搬用の魔導車が貸し出されるので、それに乗せられる範囲での準備を頼む」
物資運搬用の魔導車。見た目はほとんど二tトラックだ。あれに乗せられるだけとなると、予備パーツはほとんど無理だな。せいぜい整備用の各器材ぐらいか。燃料は、予備タンクを使えばもっていかなくても大丈夫なはず。いや、何かあったときのために持っていたほうがいいな。
「分かりました。では明日までに必要な物をまとめて申請書を提出します」
「頼んだ。おそらく歩兵部隊でも大量の食糧や物資の申請書が提出されるはずだからな。早いに越したことはない」
城で保持できる食料や物資にも限界はあるからな。大人数が動くとなれば、食糧の調達も商人に任せるしかないし、時間は少しでも多いほうがいいのだろう。
「話は以上だ。何か質問はあるか?」
っと、そうだ。重要なことを聞いておかなければ。
「激励任務の際には、ジャカータにも訪れることになると思うのですが、そこで新装備を受け取る時間は取れますでしょうか? アーノルド副司令から、依頼していた装備ができたと手紙が届いたのですが、機密も多いので直接取りに来てほしいと言われておりまして」
「ふむ、新装備の受け渡しか。取れても一日程度だろうが、それでも大丈夫か?」
「一日あれば大丈夫かと。物理演算器にはほとんど手を加えない装備ですので」
依頼してたのは、実弾装備だしな。アーティフィゴージュとのフィッティングは必要だろうが、それでも丸一日はかからないはず。
「分かった。ではジャカータで二泊できるように調整してもらうよう頼んでおく」
「ありがとうございます」
「君の専用機は私も興味があるからな」
専用機で再戦しようって、あの時に話してたしな。まあ、もうしばらく先のことにはなりそうだけど。つか今の状態で試合して両方の機体をぶっ壊したら、王家から絶対苦情が来るし。
「今日の試合はどちらが勝ったのだ?」
「一応自分が勝ちました。まあ、お互い抑えながらのところがあったので、本気の勝負となれば結果は変わったかもしれませんが」
俺もレミーさんも、お互いの機体を壊さないようになるべく注意しながら戦ったからな。あれが本気の試合となったら、もっと壮絶な壊しあいになっていた気がする。
「そうか。あまり本心には聞こえないが?」
「本心では勝つと思っていますから」
そこは譲る気は無いんで。
「クク、それもそうだな。誰も自分の負ける姿など想像しないか」
「そう言うことです。では自分は準備に取り掛かりますので、これで失礼します」
「ああ、引き留めて悪かったな。励むように」
「ハッ」
敬礼をして、執務室を後にする。さて、んじゃ格納庫で整備してるだろうメンバー招集して、必要なもんを聞いとかないとな。いや、任務の説明もしなきゃいけないし、全員に招集をかけたほうが手っ取り早いか。
俺は今後の方針を決めながら、足早に格納庫へと向かうのだった。
準備期間の二週間は怒涛の勢いで進み、あっという間に出発の日がやってきた。
城門の内側には、イネス様を乗せる魔導車を初め、側付きのメイド隊や随伴歩兵も集合しており、いつでも出発できる状態だ。
もちろん俺たちもその中に混じって待機しており、隊列的には俺たち近衛部隊はイネス様の一番近い場所を進むことになる。
俺が、隊列の最終確認を歩兵部隊の隊長たちと済ませ機体の下に戻ってくると、多くの兵士が俺の機体を興味深げに見上げていることに気づいた。
まあ、左腕が丸々別物に変わってるからな。気になるのも当然か。
今回の公務に合わせて、機体の左腕には十分な量の武装と、ギリギリで間に合った予備タンクが内蔵されている。予備タンクのおかげで、通常の二倍近い濃縮魔力液を保持できるため、今回のような長距離移動のある任務にはうってつけの機体になっていた。
俺は機体に乗り込む前に、みんなの乗る魔導車に顔を出すことにした。
近衛隊の魔導車に近づくと、いち早くアンジュが俺に気づく。
「エルド君!」
「よう、そっちの準備は大丈夫か?」
「うん、荷物の確認は終わったよ。全部問題なし」
「そうか」
「今回の任務は、私の力を存分に発揮する機会だからね! 私も頑張るよ!」
基本的に最前線ではお留守番になってしまうサポートメイドだが、今回の公務は各砦への訪問である。そのため、アンジュも常に俺たちと行動を共にし、身の回りの世話をしてもらうことになるのだ。
最近は本当に城のメイドみたいな状態になってたからな。アカデミーで習った技術を生かしきれる今回の任務は嬉しいのだろう
「期待してる。俺は基本的に機体に乗ってるけど、飯とかはみんなと一緒にとるから」
「うん、野外料理の集大成を見せてあげる!」
俺がアンジュと話しているうちに、他のみんなも集まってきた。
「おう、エルド隊長。なんか用か?」
「いえ、出発前に一度顔を見せておこうと思って」
「そうか。聞いたと思うが、こっちの準備はすでに整っておる。ブノワとカトレアは隊列の先頭付近にいるじゃろうがな」
「まあ斥侯ですからね。ブノワさんが前にいるってことは、運転は誰が?」
魔導車の運転は基本ブノワさんしかしていたなかったはず? うちの隊員だと誰かできる人いたっけ?
「私ができるのですよ」
ピョンピョンと跳ねながら手を挙げたのはパミラだった。
「パミラは運転できたのか」
「操縦系は一通り勉強しているのですよ。クレーン操作にも必要になるのですよ」
「ああ、なるほど」
パミラの説明によれば、整備士としてクレーンやアームを使うことも多いため、人によってはエンジンを載せた機器一式を操作できるように勉強している場合もあるのだとか。パミラもその例だったらしい。
「そういえばリッツさんはあんまりクレーンとか使っているところを見ませんね」
「俺はスパナとか握ってるほうが好きだからな。職人気質ってやつ?」
「ただの我が儘じゃろうが」
「そうだったんですか」
ちょっと意外だ。
「そういえば、カリーネさんの姿が見えませんが」
「カリーネなら、魔導車の中で寝ておるよ。昨夜は羽目を外し過ぎたらしいのう……まったく、出発前に何をやっておるんだか」
カリーネさんは、二日酔いでダウン中らしい。どうやら、しばらくホストに行けないからと、昨夜思いっきり遊んできたようだ。
まあ、ギリギリまで物理演算器の調整任せちゃってましたし、移動中はカリーネさんの仕事はほとんどないから大丈夫なんですけどね。
それに、一昨日特別ボーナスを出した俺の責任もある気がするし。
「まあ、一昨日まで頑張ってくれてましたから、大目に見てあげてください」
職人に発注していた予備タンクも準備期間中に無事届き、すでに俺の機体へと装備されている。その時にもカリーネさんには頑張ってもらったからな。
軽くフォローを入れていると、隊列の後方が騒がしくなってきた。
どうやら、王女様が現れたらしい。
「じゃあ自分も機体に乗りますので、後お願いします」
「任せておけ。エルド隊長もしっかりのう」
俺のいない間、基本的に隊の指揮をとるのは、副隊長のオレールさんなので、後をオレールさんに任せて俺は機体へと戻る。
「さて、天然姫はっと」
後方をカメラで探すと、姫様がちょうど城から出てくるところだった。
豪華な純白のドレスを身にまとい、優雅にほほ笑みながら歩いてくる姿はまさしくこの国の王女様である。
しゃべらなければ可愛いのにな――いや、腹の中で何考えているか分からないし、しゃべらないほうが怖いのか?
そんなことを思いつつ、姫様の到着を待つ。
姫様は歩兵たちの間を進みながら、笑顔で兵士たちに声を掛けてゆっくりとやってきた。
「エルド、そこにいますか?」
「はい、こちらに。高いところから失礼します」
「構いません。今日からよろしくお願いしますね」
「ご期待に添えられるよう、精一杯努力いたします」
イネス様は俺の答えに一つうなずき、魔導車の中へと乗り込んでいった。
毎回あんな受け答えができる人なら、俺もしっかり守りたいと思うんだけどな。
「出発するぞ! 開門!」
兵士長の声と共に、城門が解放され、先頭からゆっくりと列が動き出す。
初めての公務ということもあって、町は前の凱旋パレードほどとは言わないまでも、一目イネス様を見ようとする国民たちによって大通りに人の柵ができていた。
その間を進みながら、イネス様は魔導車の中から国民に手を振っている。イネス様の乗る魔導車は馬車をそのまま改装したような形をしており、普通の物より車高がかなり高いのだ。おかげで、イネス様が腰かけたままでも十分国民たちにはその姿を見ることができただろう。
俺はその間、不審人物がいないか注意しながら進んでいたが、今回は前回のような不審者は見受けられなかった。
あの不審者も結局捕まえられなかったらしいし、いったい何だったんだろうか。
大通りをゆっくりと進み、町の外へと出る。そこで、先頭が少しだけ速度を上げた。
それに合わせて隊列も速度を上げて進んでいく。と言っても、行進する速度がやや競歩になった程度だ。そうでなければ、兵士がへばるしな。
こうして、俺たちの初公務は多くの国民に見送られながら幕を開けるのだった。
「これが噂の新型か」
格納庫の中で、絢爛豪華な衣装を身にまとった男が機体を見上げながらひげをさする。
男の足元には技師が跪いており、目の前の機体についての説明を行っていた。
「正式量産型アルミュナーレ。我々はアブノミューレと呼んでおります」
目の前に鎮座する機体は、アルミュナーレと呼ぶにはやや小柄で不恰好であった。全体的な装甲は平なものを張り付けただけであり、左腕には大きな大砲が装備されており、見た目のバランスを著しく崩していた。
まさしく削れるコストを徹底的に削った量産型というに相応しい機体だ。
技師はややおびえた様子で説明を続ける。
「国境線上にはすでに三百機ずつ配備を終え、後は陛下のご命令を待つのみとなっております」
「指揮系統はどうなっている?」
陛下と呼ばれた男は振り返り、少し離れた場所で話を聞いていた騎士に尋ねた。
「前回の侵攻の際に国内の密偵を排除したことを強調して、傭兵に一部の指揮を任せることになりましたが、基本的には国内のアルミュナーレ隊を中心として指揮系統を確立してあります」
「使えるのならば問題ない。むこうの様子はどうだ」
「密偵からの情報で、第二王女が王都から出発したとの情報が入っております。あと一週間ほどで山岳部の前線基地に到着するかと」
「ではその後にしよう。どうせなら、王族は一人でも殺せたほうがよい。それまでに準備を進めておけ。前回のような失敗は許されんぞ」
「ハッ、帝国に栄光を!」
騎士は一度敬礼をすると、マントを翻して格納庫を後にする。
男はもう一度目の前の機体を見上げて、目を細めた。
「いつまでも小競り合いで済まされると思うなよ、フェイタル」
戦いという名の嵐が、オーバード帝国からゆっくりと国境線上に近づいていた。




