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あの強烈な姫様との初対面から一週間。とうとうというかようやくというか、戦勝パレード兼受勲式兼近衛任命式と、何が本命なのだかわからないパレードの日がやってきた。
俺たち第三十一アルミュナーレ隊改め、第一近衛アルミュナーレ大隊・第二王女警備隊は、王都の中央通りに続く街門でその時を待っている。
俺たちの部隊のほかにも、あの戦いで活躍した部隊のうち動ける部隊がいくつか招集されており、門の周囲には三機のアルミュナーレと、多くの魔導車が並んでいた。バティスの部隊も今日はこのパレードの列に参加している。残念なことに、レオンの部隊は警備のシフトが重なってしまったため参加できなかった。
俺を初めとした操縦士のメンバーはこのままアルミュナーレで中央通りを王城へと進み、隊のメンバーは兵士たちが運転するジープ型の魔導車からパレードを見にきた国民に手を振るのが仕事だ。
パレードは王城の中まで続き、そこからは一般市民は入ることができず、国の重鎮たちがそろって受勲式を行い、その後俺たちがイネス王女の近衛になることが発表される。
「さて、時間だ。全体微速前進!」
総司令の声と共に、先頭にいた総司令の乗るジープがゆっくりと動き出す。そしてそれに合わせて、今まで閉ざされていた王都の門が開いてゆき、同時に国民の割れんばかりの歓声が俺の機体をビリビリと揺らす。
こりゃ、機体の中だからこの程度の声で済ませられているけど、ジープに乗ってる人たちは大変だな。隣どうしで会話することもできないんじゃないか?
大量の花火と歓声、そしてファンファーレの鳴る中央通りへと足を踏み入れれば、道の両側には足の踏み場もないぐらいにみっちりと人が詰まっており、通りを進む騎士たちに向けて手を振っている。
隊のみんなもそれに答えるように手を振り返しているが、よく見れば表情はひきつっている。まあ、当然だよな。こんな大歓声に迎えられる経験なんてまず無いんだし。
俺がゆっくりと機体を進めながらみんなの様子を眺めていると、前の車に乗っていた総司令から手話のようなもので合図が送られてきた。
「はいはい」
その合図に機体の手を軽く上げて答えると、操縦を簡易自動モードへの変更し操縦席のハッチを開ける。
つまり、俺も顔を出せということだ。
まあ、アルミュナーレの花形。操縦士であり今日の受勲式の受章者が一切顔を出さないのはダメだよな。
ちなみに、簡易自動モードは本当に簡単な指示しかできない操縦モードで、言ってしまえばパレード用のシステムである。今日のためだけにカリーネさんがわざわざ物理演算器に書き込んだのだとか。ご苦労様です。
ハッチを開ければ、間接的だった大歓声が直接肌に叩き付けられる。思わず耳をふさぎたくなったが、それをぐっと我慢してハッチから機体の肩へと出た。
『わぁぁぁあああああ!!!』
俺が姿を現した瞬間、歓声が一際大きくなる。
ああ、あいつらの顔が引きつってたのがよくわかる。こんなもん、誰だって怖くなるわ。
向けられる好奇の視線に笑顔で手を振ってこたえつつ、俺たちは中央通りを二十分以上かけてゆっくりと進んでいく。
そんな中、何気なく観衆を見回していた俺はふと違和感に襲われた。
その違和感を探るべく、もう一度同じ場所を見る。そして今度はしっかりとその違和感をとらえることができた。
「あいつ……」
華やかなパレード。市民もみないつもよりオシャレな格好で出てきており、道は華やかな色で飾られている。
そんな中で観衆の後方。建物の影に一か所だけある汚れ。
フード付きのボロマントを深くかぶった性別不明の影だ。体系的には女性のようにも見えるが、小柄な男なんていくらでもいるし、判別するのは難しい。その影はこの町の国民にしてはその姿は異質で、旅人のようにも見えない。まるで、顔を知られるのを嫌がるように深くかぶったフードが怪しいさを際立たせている。
俺は右手で観衆に手を振りながら、左手を軽く動かし合図を送る。それは町中にまぎれている私服兵士への合図だ。
こんなパレードだ。確実に他国の密偵や国内の危険分子が動く。それを見越して、俺たちにはひそかに私服兵士に情報を伝達できるように、左手の動きにある程度暗号を隠していたのだ。
そして観衆の中から、俺の左腕の動きを見た兵士たちが静かに動き出す。
俺はそれを確認して、怪しい影から視線を外した。
ここからは警備兵の仕事だからな。
んじゃ後もう少し、頑張って手を振りますかね。
徐々に近づいてきた王城の門を見つつ、俺は再び手を振ることに精を出すのだった。
さらに十分ほどかけてようやく王城へと到着する。
そこからのテンポは一気に加速し、俺たちは到着するや否や駆け足気味に城の中へと入り、謁見の準備をする。
陛下はすでに謁見の間でスタンバイしているので、俺たちが全力で急がなければならないのだ。
総司令を先頭に、三十一隊の仲間たちが一斉にふわふわな城の廊下を駆けていく姿はなかなかシュールだ。まあ、最もシュールなのは車いすで押されているボドワンさんなんだけど――
というか、俺この城に来てからほとんど廊下は走りっぱなしだな。
そんなことを思いつつ、謁見の間への入口へと到着する。
軽く息を整え、扉の兵士に総司令がうなずいた。
「アルミュナーレ隊総司令サム・ソロモン総司令並びに、ログウェル・ボドワン伯爵。第三十一アルミュナーレ隊到着いたしました!」
兵士が大声で中に伝えると、目の前の扉がゆっくりと開かれていく。
正面には王族たちが並び、王族に近い場所から位の高い貴族や国の重鎮がズラッと並んでいる。
総司令を先頭に、その中へと若干緊張を孕みながら進み、レッドカーペットの途中で止まり膝をつく。
総司令はそのまま横へずれると、貴族たちの列に並んだ。ここからは受勲式であり、そのメインは俺たちになるということだ。
俺たちが跪いたのを確認した陛下がゆっくりと椅子から立ち上がり、何やら全員に向けてスピーチを始める。
だが、俺たちにそんなものを聞いていられる余裕はない。緊張感張り詰めるこの中で、いかに姿勢を崩さず静かに顔を伏せていられるかだけに意識を集中させて、ただスピーチが終わるのをじっと待つ。
そして、陛下のスピーチが終わる。
「では此度の戦争で華々しい戦果を挙げた二名に、獅子勲章を授与する。ボドワン、エルド、楽にせよ」
陛下の言葉で俺は立ち上がり、休めの態勢をとる。立つことのできないボドワンさんは、車いすを少し前に出して胸を張った。
「二人の勇敢なる騎士に獅子勲章を」
「ハッ」
「はい」
陛下の指示で、二人の人物が王族たちのいる上座から降りてくる。
一人は二十代中ごろの好青年。第一王子のダリウス・ノルベール・フェイタルである。そして、降りてきたもう一人に俺の表情がわずかだが引きつった。
勲章を手に上座から降りてきたのは、第二王女のイネス様だった。
その表情はニコニコとしており、黙っていればあの天然花畑メルヘン女子だとはだれも思うまい。
しかし、イネス王女に振り回された俺だからわかる。あの顔は何かたくらんでいる!?
首回りにじっとりと嫌な汗を浮かべつつ、ダイア王女が目の前に来るのを待つ。
そして、一足先にボドワンさんの胸に獅子勲章が着けられた。同時に、集まった全員から拍手が送られる。
「よき働きをしてくれました。今後はアカデミーの教官になると聞きます。我が国の未来を担う子供たち、あなたに任せます」
好青年らしい優しい声の第一王子の言葉に、ボドワンさんは深くお辞儀をする。
そして俺の番が来てしまった。
イネス王女は変わらぬ笑顔で俺の前に立つと、勲章を俺の胸に着ける。針を刺されずに内心ほっとしたのは内緒だ。
さて、何を言ってくる!
「類稀なるご活躍と伺いました。今後もその力、この国のために存分に振るってくださいませ」
…………あれ? 普通だ。
何が来るかと待ち構えていただけに、あまりに普通の言葉に拍子抜けする。うっかりお辞儀を忘れそうになったが、何とか我を取り戻し膝を付いて首を垂れる。
「これにて受勲式を終了とする。それと同時に、これより任命式を行う。イネス、剣を持て」
「はい、お父様」
陛下の言葉に、受勲式だけしか知らされていなかった末端の貴族たちが若干どよめきを上げた。
それをあえて無視するかのように、イネス王女が上座に用意されていた豪華絢爛な剣を持って再び俺たちの元に戻ってきた。
「イネスも今年で十五となる。故に、今後は少しずつ公務を任せていくつもりだ。それに合わせて、我はここにいる第三十一アルミュナーレ隊の面々をそのままイネスの近衛アルミュナーレ隊にすることを発表する。異議のあるものはいるか?」
あらかじめそのことを知らされていた重鎮たちは落ち着いた様子で拍手を始める。貴族たちはそれに続くように慌てて拍手を始めた。
この状態になって今更異議を唱えることなどできはしない。ただ、王の不敬を働かないようにすぐさま賛同を示すのみである。
「無いようだな。ではイネス、儀式を初めよ」
「はい」
イネス王女が俺の前まで来ると、俺に立ち上がるように告げる。
俺は言われるままに立ち上がり、王女と正面から向かい合った。
「我、フェイタル王国第二王女、イネス・ノルベール・フェイタルは其方らを我が近衛とし、我が剣、我が盾として共にあることを望みます」
そう言ってイネス王女は、手に持っていた剣を俺に向けて差し出してくる。これがこの国の近衛になるための儀式だ。
前世では、騎士が主に近いを立てるものだったが、この世界では少し違う。
この世界では主が騎士に頼み、騎士がそれを受け入れるのだ。その際に主が近衛となる人物に剣を渡し、その剣で守ってもらうことを願うのである。
昔は実用的な名剣を渡していたらしいが、今では形骸化され国宝の剣を渡す振りをするだけだ。儀式が終われば剣は再び回収される。
「我ら一同、この身に変えてもイネス様をお守りすることを誓います」
俺は決まった言葉を口にして、イネス王女から剣を受け取った。
それを見た陛下が言葉を放つ。
「これより第三十一アルミュナーレ隊は、第一近衛アルミュナーレ大隊所属となり、部隊を第二王女警備隊とする! 新たな近衛たちよ、娘を頼むぞ」
「陛下退室!」
すべての儀式が終了すると、陛下はすぐに上座の隣にある扉から部屋を後にした。
「では後ほど」
そういってイネス王女も部屋を後にする。
こうして緊張しっぱなしだった俺のパレードはようやく終わりを迎えるはずだった……そのはずだったのに――
「ああ、ここが城下! ここが籠の外なのですね!」
「あー、まあそうですね」
「早速食べ歩きをしなければ。野生に帰ったカナリアは、エサを採らなければ飢えてしまいます」
そうそう、ペットって野生に帰ると大抵が飢え死にするよね。
俺は投げやりにそんなことを思いながら、ポケットから財布を取り出す。
俺の横には、キラキラと瞳を輝かせるイネス王女と、苦笑するメイド姿のアンジュがいた。
そして、少し離れた場所には、リッツさんを初め近衛部隊のみんなと私服兵士が大量に待機している。
なぜ王女様が城下町で露店を漁ろうとしているのか。理由は簡単――
「近衛が付いたのだから、町に出てもいいじゃない? お兄様もそうしていたわ」
第二王子がそうしていたということで、このお転婆は強引に承諾をもぎ取ってきてしまったのである。
任命初日の最初の任務が、王女のお忍び観光の護衛とか難易度高すぎやしませんかね!?
まあ、王女様は成人までほとんど国民に顔を見せなかったから、顔ばれする可能性はほぼゼロだが、王族を狙うやつなら顔ぐらい知っているだろうし、気は抜けない。
「ああ、おいしいわ。脂の乗った鶏肉はこんなにも美味しいのね。きっと私とは違って大自然を優雅に飛び回っていたのだわ。だからこんなにも美味しいの」
あんたも大概自由だとは思いますけどね。それに鶏は飛ばない。
「さあ、次はどこを回ろうかしら。いろいろ目移りしてしまうわね」
「それでは刺繍の露店などはいかがですか? 色とりどりの鮮やかな刺繍が施されたハンカチは見ているだけでも楽しいですよ」
アンジュが近場でよさそうな場所を見つくろい王女に進める。
「いいわね刺繍。私も暇過ぎていろいろとやったものだわ。無駄にリアルな男性器を刺繍したら、先生に叩かれましたけど」
「それは当然だと思います……」
何してんだよ……この下ネタ姫は。
「男性器の刺繍したハンカチで口を拭くと、背徳感が凄いんですのよ? あなたもやってみます?」
「えっと……考えておきます」
「そこはきっぱり断れよ!」
「だってエルド君!」
王女の暴走に耐えられなくなったのか、アンジュは涙目だ。
くそぅ、まだアンジュはイネス王女を王女として扱っちまってる。これはただの脳内お花畑野郎だとしっかり教えたはずなのに!
「あら、向うの露店は何かしら?」
「ちょっとボタン様! 勝手に動き回らないでください!」
ボタンはイネス王女の偽名だ。さすがに名前まで出すとバレる確率が跳ね上がるからな。
イネス王女は人ごみの中を慣れた動きでするすると進んでいく。なんで慣れてんだよ……お前むしろ地割れのように人垣割って進む地位の人間だろうが!
人ごみに押され、イネス王女と少し距離ができてしまう。その瞬間、人ごみの中に悲鳴が上がった。
俺はとっさにアンジュへと目配せし、魔法を発動させ高く飛び上がる。
アンジュは持前の機動力で即座にイネス王女に追いつくと、失礼と断りを入れてイネス王女を抱き上げ俺目がけて放り投げる。
俺は飛んできたイネス王女をキャッチして、悲鳴の上がった場所を確認する。そこにはナイフを振り回す男の姿があった。
そして、それに合わせるようにして、反対側の路地から飛び出してくる数人の男を確認する。
暴れているのは陽動だ。となれば、今狙われている可能性が高いのは、ここにいるお花畑王女である。
「あらあら、私の美声を聞いて狼たちが集まってきてしまいましたわ」
「ずいぶん余裕そうですね」
アンジュに投げられたのにもかかわらず、イネス王女は落ち着いた様子で俺の腰にしがみついている。
俺は近くの屋根の上に着地して、イネス王女を下ろすと下の様子を警戒しながら問いかけた。
「カナリアに獣が集まるのは当然だもの。私の美声は彼らにはさぞ美味しそうな獲物に見えるのでしょうね。美しいのは罪ですわ」
カナリアっつうかペットショップの九官鳥だよ、あんたは。あのオハヨウとかコンニチワとかたまに卑猥な言葉覚えさせられてる鳥。
「と、言いたいところですけどあれらはお父様が用意したエキストラですもの。今日のお出かけ自体、あなたたちを試すのが目的ですわ」
「そういうことでしたか。それで、結果は?」
「合格ですわね。わざと離れたのに、あんなに早く捕まったのは初めてですわ。それに、躊躇ない投げも素晴らしかったですわよ」
どうやら俺たちは合格点をもらえたようだ。
下ではすでに私服兵士たちがエキストラの男たちを取り押さえている。祭りは騒然としているが、けが人も出て無いしすぐに喧噪に飲み込まれるだろう。
「試験が終わったとなると、帰らなければなりませんわね」
王女は少し残念そうに眉を寄せた。
「仕方がありません。また機会があれば来ましょう」
「そうですわね。では城に戻って刺繍でもしましょうかしら。今度は女性器でもモチーフにしましょう」
「……」
「差し上げますわよ?」
「いりません」
俺は王女からの贈り物をきっぱりと断るのだった。
後でアンジュに慰めてもらおう。もう疲れたよ、初日なのに……




