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総隊長の機体に肩を借りて、俺たちはゆっくりと校舎へ機体を進ませていく。
そこには、興奮冷めやらぬ生徒たちが手を振っており、階段のところでは俺たちの機体を見つつ、部隊の人たちが出迎えてくれた。
俺が操縦席から降りると、真っ先に飛び込んできたのはアンジュである。
「エルド君、お疲れ様!」
「ああ、悪いな。負けちまった」
「ううん、すっごく格好良かったよ」
「えー、負けてかっこいいわないわよ」
アンジュの後ろからブーイングを放ってくるのは、カリーネさんである。
「負けたら自慢できないじゃない!」
「いやいや、総隊長の剣劇乱舞を受け切っただけでも、スゲーもんだぜ?」
「まったくだ。あれは俺たちでもまともには受け切れない。あの構えを取られたら、ひたすら逃げ回りつつ、長距離からチマチマと攻撃するしかないのだ」
「あんな受け方で、なおかつ反撃まで入れるとか、正直人とは思えないわー」
俺を擁護してくれたのは、第一部隊の部隊長たちである。どうやら、あの三剣一盾の連撃は剣劇乱舞というらしい。
しかし、部隊長たちでも受け切れないとなると、俺は自慢してもいいのかな? けど結局はあれに負けたようなもんだしな。
カリーネさんも部隊長たちの言葉に納得がいっていないのか、反論する。
「勝たなきゃ意味がないのよ! あれが凄い技なのは分かるけど、自慢話にならないじゃない! 私が欲しいのは、ホストクラブで話す話題なの!」
まあ、結局負けちゃったからね。ごめんね!
部隊長たちもカリーネさんの言い分に苦笑する。確かにホスト相手じゃあんなすごい技を受け切ったんだぜじゃ盛り上がりに欠けるわな。
そこに、機体から降りてきた総隊長がやってくる。
「お疲れ様です。模擬戦ありがとうございました」
「操縦士エルド、いい技術だった。私も久しぶりに本気の試合を楽しめたよ。また機会があれば戦おう」
「はい是非。けど今度は負けません」
「私も簡単に王国最強を譲るつもりはないさ」
総隊長から差し出された手を握り、がっちりと握手を交わすとなんだか友情が芽生えた気がした。
「この破損状況では修理が大変だろう。こちらからも連れてきた整備士を何人か回そう」
「ありがたいですが、いいんですか?」
「ああ、君たちには移動の準備も進めてもらわなければならないからな」
そういえば、俺たちは再来週には王都へ移動しなければならないのだった。オレールさんたちだけでこの機体を修理していたら、移動の準備が間に合わない可能性があるのか。
まあ、必要なものだけもって王都にいって、ごたごたが収まってからまた他の物をとりにくるっててもあるが、今後がどうなるかは分からないからな。
「ではお言葉に甘えます」
「ではわしらはさっそく機体の修理に取り掛かるぞ」
「ええ、お願いします」
オレールさんの合図で、リッツさんをやカリーネさんを初めとした、待機していた整備士のみなさんが一斉にアルミュナーレへと押し寄せていく。
今回は片足がなくなっているので、ハンガーまで運ぶのは大型のキャリー車の出番だ。
校舎の片隅からやってきたそれは、俺の機体をクレーンで荷台に積み込むと、ゆっくりとハンガーに向けて出発する。総隊長の機体は普通に操縦してハンガーまで移動するようだ。
「さて、私は報告のために一度総司令部に戻るが、お前たちはどうする?」
「今日の仕事ってこれで終わりですよね?」
「ああ」
「では自分は戻ります。いつまでも副隊長に第二王子の警備を任せるのは酷なので」
「そうか」
「じゃあ俺も戻りますわ」
ジャンさんとレミーさんは王都に戻るようだ。しかし、警備を任せるのが酷っていったいどういうことなんだろう? そんなに大変な任務だったっけ?
「エドガーはどうするのだ?」
「自分も戻りますが、一度ハンガーに顔を出すつもりなので、彼らとは別行動ですね」
「どうやらいい刺激になったようだな」
「ええ」
結局部隊長たちは全員王都に戻ることとなった。王都までは馬車では二日ほどかかるが、魔導車ならば一日もかからないからな。速度も出せるし、日が暮れるころには王都に戻れるのだろう。
「俺たちも帰るつもりですけど、ボドワンさんはどうしますか?」
「私はこのまま病院に戻るよ。次会うのは王都でになるだろうな」
「わかりました。お体にお気をつけて」
「ではまた」
「失礼します」
「じゃあ僕も手伝ってくるよ。またね」
ボドワンさんは、ミラージュさんに車いすを押されながらブノワさんと病院へ帰って行った。
それを見送って腕に抱き付いていたアンジュに声をかける。
「んじゃ俺たちも帰るか」
「うん!」
試合が終わっても一向に教室に戻ろうとしない生徒たちに手を振って、俺たちも自分の家へと帰ることにしたのだった。
一週間後、俺は総司令と共に部隊の仲間より一足先に王都へとやってきていた。
今日はいわゆる顔合わせというやつだ。さすがに、第二王女もいきなり受勲式でこいつをお前の近衛にするからなどと言われても困るだろうということで、あらかじめ挨拶しておくのである。挨拶って大事だよね。
俺は総司令の後に続きながら、王城の廊下を進む。
はだしで歩いたらどれだけ気もちいのか想像もできないほどふかふかの床に、ところどころに点在する豪華な絵画が壺の数々。
窓ガラスはどれもピカピカで、掃除が行き届いている。
すれ違うメイドや兵士、その他の城で働く貴族たちは、総司令の姿を見ると廊下の隅によって頭を下げる。いくら貴族社会とはいえ、王以外の相手でここまでの態度をとるのは珍しいんじゃないだろうか? せいぜいが軽く会釈するぐらいだろう。
アルミュナーレ隊ってものが、この国においてどれだけ重要な存在であるかを示しているようだ。まあ、国防の要だしな。
「ここだ」
総司令が一つの扉の前で止まる。
俺は総司令の隣に並びながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
この先に、王族がいるのだ。いったいどんな人物なのだろうか? 噂を聞く限りでは、この国の王女たちは清楚で物静かという話だが。
「覚悟はいいかい?」
何の覚悟なんでしょうか? とは聞けず、俺は黙ってうなずく。
それを見た総司令が、苦笑しながら扉をノックする。
「アルミュナーレ隊総司令モーリス・ルヴォフです。第三十一アルミュナーレ隊のエルドを連れてまいりました」
すると、扉がわずかに開き、中からメイドが姿を現す。そして、モーリス指令と俺の姿を確認すると、お入りくださいといって扉をしっかりと開く。
「失礼します」
「失礼します」
中に入って一番に目に飛び込んできたのは、豪華なシャンデリアだ。
そして、部屋の奥窓際に立つ一人の少女。
腰まである銀色の髪を輝かせ、体のラインが現れる純白のスレンダーなドレスは過度な宝飾などを一切施さずともその少女の美しさを引き立てていた。
俺たちに背を向けていたその少女が、ゆっくりとこちらを振り返る。
一目見て綺麗だと思った。
整った顔立ちに、白い肌。大きな蒼の瞳は物静かな少女の雰囲気にぴったりである。
アンジュや、その他のサポートメイドたちで綺麗どころは見慣れていると思っていたが、王族は別格だった。
少女が振り返ったところで、モーリス総司令が口を開く。
「イネス様、ご紹介します。今度の受勲式をもって第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女警備隊に配属される操縦士のエルドです」
イネス・ノルベール・フェイタル。彼女がどうやら俺の守るべき対象らしい。
「初めまして。エルドと申します」
「私は小鳥」
「は?」
イネス王女の言葉に、思わず変化声が漏れる。
「私は籠の中の小鳥。この小さな籠の中で大切に育てられ、飛ぶことを忘れそうになる哀れな小鳥」
「はぁ……」
外面上はイネス王女の言葉に困惑したような態度をとりつつも、俺は心の中では警鐘が鳴り響いていた。
こいつはまずい奴だと。総司令が言った覚悟ってもしかしてこのことか!?
俺がこっそりと隣に視線を向ければ、総司令も無表情ながら口元がひくひくと動いている。
「けど、私は空を知っているの。ここでただ蝶よ花よと愛でられるだけの存在ではないのよ?」
「そうでありますか」
もはや俺の答えは適当そのものである。いや、だってどう返せばいいのか分からないんだもん。つか、この問いに正解解かねぇだろ。
「故に」
そういってイネス王女は先ほどまで外を見ていた窓をおもむろに開く。
夏の暑い空気が室内に入ってきた。
そういえばこの部屋やけに涼しかったな? なんかエアコン的なものでも使っているのか? などと半ば現実逃避しつつ王女の行動を見守っていると、王女は窓際にゆっくりと腰かける。
「あなたが私の近衛だというのならば、この鳥かごから逃げ出そうとする私を、捕まえてごらんなさい。哀れな小鳥が外の恐怖を知る前にね」
フッと笑みを浮かべたイネス王女は、流れるような動作で窓際から飛び出していった。
突然電波的なことを言われ、部屋に取り残された俺はどうすればいいのか分からず視線をさまよわせる。
すると、部屋の壁近くに控えていたメイドの一人が歩み出る。
「エルド様、こちらを」
「これは……」
「荒縄でございます」
「いえ、それは分かるんですけど……これでどうしろと?」
手渡されたのは、何の変哲もない荒縄。いや、ずいぶん年期がこもっており、使い込まれた形跡がある。
「簡単なことだ。エルド、イネス王女を捕まえて、縛り上げてでもこの部屋に連れてこい。それがエルドに与えれた課題のようだな」
「えっと……」
「困惑は分かる。だが、これが現実だ」
そう言われたら、諦めるしかないじゃないか……
俺はため息を一つ吐き、総司令に確認をとる。
「どこまでやっていいんですか?」
「傷は残すな。それ以外なら、なんでもありだ」
「分かりました。では、イネス王女の期待に応えられるよう頑張りましょう」
俺は荒縄を手に、イネス王女が飛び出していった窓から同じように飛び出す。
そして、俺とイネス王女の壮絶な鬼ごっこが始まるのだった。
俺が窓を飛び出した途端、目の前に火球が迫ってきた。
「うおっ!?」
驚きつつも、とっさにアクティブウィングで体を傾け火球をすれすれで躱す。
外れた火球は城の壁に当たり霧散する。当たった部分が結構黒く焦げてるし、今の火球かなりの威力があるぞ……
その発生源を見れば、庭に立つイネス王女の姿。
「よく躱しましたね。ですがこれからですよ」
そういって王女は逃走を始める。
なんてお転婆な娘だ。いや、お転婆ってレベル超えてるだろ……これが王族か? 王族ってこんななのか? 噂に聞いてた清楚でおしとやかってどこ行ったよ。いや、まあ言葉遣いだけは確かに王族っぽいけど!
「ふふふ、私を捕まえてごらんなさーい!」
にこやかな笑顔で庭を疾走する王女に殺意が湧いた。
だが、その殺意はすぐに別の感情に塗りつぶされる。
「早!?」
王女の走る速度が異常なほど早いのだ。それこそ風を切るの言葉がふさわしいように、ドレスのスカートをなびかせながら、馬なみの速度で駆けていく。その時点で、俺は躊躇するのをやめた。あれは本気を出さなければ捕まえられない。
「アクティブウィング、セクスタプル・インストレーション。スタート」
即座に補助翼を最大まで展開し、エアロスラスターを全力で発動させイネス王女を追いかける。
それと同時に、王女の魔法について調べる。あの速度の出し方は間違いなく魔法を使っている。そして、最初にはなってきた火球の威力を考えるに、王女の適正は火系統なのだろう。ならば、あれは内炎系の補助魔法。アンジュも使っていた筋力強化だろう。
となれば、瞬発力や持久力は相当なもののはず。
だがな、俺は追いかけっこでアンジュに負けたことはないんだ!
直線の速度では俺のほうが早いらしい。それは王女もすぐに分かったのか、ルートを変更して城の中へと戻っていく。
確かに狭く曲がり角の多い廊下なら、速度は生かせないし瞬発力のある筋力強化のほうが有利かもしれない。けどな!
「甘い!」
城の中へと飛び込み、、王女の背中を追う。
時々廊下を直下に曲がって、俺をまこうとしているのだろうが、森の中枝を躱し時に足場にしながら駆けまわっていた俺にしてみれば、この廊下は整理され過ぎているのだ。
廊下の壁と窓の間にあるわずかな隙間に足をかけて、エアロスラスターを使い一気に方向を変える。そうすれば、もうすぐ近くに王女の背中だ。
「追いつきましたよ」
「とても速いのですね! それに面白い動きをしています」
「野生児なもので。お見苦しいかと思いますが、勘弁してください」
「ふふ、なるほど。飼われた小鳥を狙うのは、野生の猫というわけですね!」
「またメルヘンなことを! いいからさっさとつかまってください!」
「いやですわー」
王女が再び方向を変えたかと思うと、今度は部屋の中に飛び込んで扉を閉じる。
俺は即座にドアノブをひねるも、カギをかけられたのかドアが開かない。
「チッ」
舌打ち一つ。俺は即座に隣の部屋へと入り、窓際から外をのぞく。そこには当然のように逃げていく王女の姿。
どうやら説得は無理なようだ。なるほど、荒縄が使い込まれている理由が分かった気がする。
「そうですか。そんなに縛られたいですか!」
窓から飛び出し、俺は第二ラウンドのゴングを頭の中で鳴らす。
逃走する王女の背中に向けて、落下しながら魔法を放つ。
「エアロブラスト!」
最少威力のエアロブラストなら、せいぜい背中をたたかれる程度の威力しかない。
背中に向けて放たれたエアロブラストは、王女が回避したことで地面をえぐる。
小さなへこみを作った魔法を見て、王女は嬉しそうに笑みを深めた。
「本気ですね! 本気で私を食べる気ですね!」
「変な言い方しんてんじゃねぇ! 俺には嫁がいるんだよ!」
「あら、3(ピー)ですか!」
「効果音仕事しろぉぉぉおおお!!!!」
これ以上あの王女をしゃべらせてはいけない。
エアロブラストを乱射して、王女が城の中へ入るのを防ぐ。城内に入られては、また部屋に逃げ込まれる。そんなエンドレスワルツはごめんだ。
「むむ、優秀ですね。怒りながらも冷静な魔法です」
逃げ道を上手いこと防がれているのに気付いた王女は、顔をしかめながら空いたスペースへと逃走する。しかしそれは俺がわざと空けておいたスペースだ。その先にあるのは、広大な花畑。
王女は花畑の中を進みながら、あたりを仕切りに見回している。隠れ場所でも探しているつもりなのだろうが、二度も逃がすつもりはない。
いつまでの王女様に遊ばれるほど、アルミュナーレ隊の練度は低くねぇんだよ!
俺は走りながら、荒縄の先端に部屋を駆け抜ける時に手に入れた文鎮を縛り付ける。
即席の捕縄だ。
魔法を使う王女に対し、普通の捕縄なら捕えることはできないだろう。しかし、俺には風魔法がある。
再びエアロブラストを乱発して、強引に王女の脚を止めさせると、即座に王女を中心としてピンポイントサイクロンを発動させる。
これで王女はもう動けない。そして、満を持して捕縄の登場だ。
俺はそれをピンポイントサイクロンの回転に合わせるように投げる。
すると、中心に向けて吸い込まれるように渦を巻く風に乗って、捕縄が綺麗に王女の周りにぐるぐると巻きついた。
「捕まえましたよ」
「あら、捕まってしましましたね」
ピンポイントサイクロンを解除すると、花壇の中に荒縄です巻きにされた姿の王女が寝転んでいた。
「やはりアルミュナーレ隊の人たちは優秀なのね。普通の兵士相手なら半日は逃げ切れるのに」
「国を守る特殊部隊ですから」
「ふふ、王族を守っても国は守れないのにね」
俺はその言葉に眉をしかめる。
確かに俺としても、前線で帝国とたたかっていたかった気持ちがないわけでもないが、王族を守るのも立派な仕事のはずだ。
「王族を守るのも、立派な国を守る行為ではありませんか?」
「どうでしょうね」
俺の問いに、王女はあやしくほほ笑むだけで明確な答えを返さない。
俺はこれ以上追及するのを諦める。
「はぁ。まあいいです。とりあえずイネス王女を捕まえたんですから、これで私の試験は合格ということでいいでしょうか?」
「あら、何を言っているの? メイドから聞いたでしょ? 部屋に連れ帰るまでが試験ですわ」
「では立ってください。行きますよ」
「たとえ自由を奪われようとも、私の心までは自由にさせませ、あふん……」
バカなことを言い切る前に、俺は王女に凸ピンを入れて黙らせる。
そして、荒縄をつかみ王女を担ぎ上げた。
「あの、エルドさんといったかしら?」
「なんでしょうか?」
「こういう時は、お姫様抱っこするものなのでは?」
「何言ってるんですか。本物の姫様が抱き上げられているんですから、どんな格好でもお姫様抱っこですよ」
「そ、それは違うと思うのですが!」
抗議の言葉をすべて無視し、俺は王女を肩に担いで城へと戻っていった。
もちろん試験は合格しましたよ。それと、王女の扱い方を何となく理解できました。これは隊のみんなも苦労するだろうな……
王女登場。先に言っておくがハーレムは作らんぞ!




