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会議室を出て、俺は足早に格納庫へと向かう。
俺の機体が格納されている場所は、昔懐かし第三格納庫だ。初めてここに機体を持ってきたと同じ格納庫で俺の機体は整備を受けている。
格納庫内に踏み込めば、騒がしい機械音とともにクレーンでハーモニカピストレの弾倉が吊り上げられていた。
「おう、エルド来たか」
「整備はどうなってます?」
「燃料や各種接続は問題ない。今はカリーネが操縦席に直接乗り込んで物理演算器の書き換えをやってるよ」
「弾倉の交換は今からですか」
「ああ」
「ならそれは俺が機体を動かしてやりますよ。そのほうが早いですから」
機体の後部に設置されたハーモニカピストレを今から取り外して弾倉を入れ替えてとしているよりも、さっさと自分で装填し直したほうが早い。
「そりゃ助かる。おやっさん! エルドが直接弾倉は入れ替えるってよ!」
リッツさんがクレーンを操作しているおやっさん、オレールさんに声をかけると、オレールさんは吊り上げた弾倉をそのままにしてクレーンから降りてきた。
「そうか! ならこっちは仕舞いじゃ! 作業が終わったもんは機体から離れるんじゃぞ!」
格納庫の整備員がオレールさんの指示に従って機体から離れていく。俺はその間にキャットウォークを進み操縦席に顔を突っ込んだ。
「カリーネさん、そっちはどうですか?」
「こっちももう終るわ。これだけなら時間もかかんないしね」
そういいながら、物理演算器に書き込むための特殊ロッドを筆のように振るう。
「弱設定にするだけなら、一文字変えるだけだしね。ついでに、物理演算器との同調律を少し直しておいたから、動きは全く変わってないはずよ」
「さすがですね」
この短時間にスクリプトの修正も入れるとは、やはり凄い技術である。
本来ならば魔法の威力設定を変えるだけでも、OSの一部を書き換えるのに等しいことをやっているのだ。バグやエラーが出てもおかしくはない所業なのだが、それを問題なく行ってしまう上に、わずかに出るズレすら修正してしまうとは。
普段は王都にエステとか行っちゃうギャルっぽい人だけど、こういう場面ではやっぱり騎士なんだと実感できる。
そんな優秀なカリーネさんは、物理演算器にカバーをかぶせると操縦席から降りてくる。
それと代わるように、俺が今度は乗り込んだ。
「どうせやるなら勝ちなさいよ。エルドに箔がつけば、そのまま隊の箔になるんだから。私が王都でホストに自慢するためにも頑張りなさい」
「ククッ、負けるつもりで戦うことなんてありませんよ。期待しててください。ハッチ閉めます」
カリーネさんがハッチから離れたのを確認して、俺はレバーを操作してハッチを閉じる。同時に、機体の指導ボタンを押し込み、機内のパネルを点灯させた。
「相変わらずいい整備してるな」
映し出される機体状況は、安定のオールグリーン。
手元の操縦レバーを軽く動かしてみると、滑らかな手ごたえが返ってくる。パーツ類は総とっかえした後だというのに、動きが全然変わっていない。
やはり、しっかりとした整備工場で整備すると、操縦レバーやフッドペダルの感触まで同じにできるらしい。
「起動させます」
ジェネレーターの出力を上昇させ、起動ボタンを押し込む。機体に瞳が灯り、足元から伝わる振動が、機体の好調っぷりを伝えてきた。
「いい感じだ。お前も暴れたいみたいだな」
「エルド、弾倉を交換するぞ!」
「はい!」
ハンガーから一歩前に出て、腰からハーモニカピストレを取り出す。
弾倉はハーモニカのように横に伸びており、俺はそれをつかんで右側から引っ張り出した。
「どこに置きます?」
「俺の前だ!」
リッツさん自身が目印になってその場所を示してくれたので、俺はそこにゆっくりと弾倉をおろし、クレーンにつられたままのペイント弾の入った弾倉を握る。
「握りました。紐を外してください」
「おう、待っとれ」
カチンッと金属の音が響き、弾倉をつっていた紐が外れていく。俺は残った紐を軽く手を振ってはずし、ピストレに左側から装填した。
一発目の弾丸がちょうど銃芯に来たところで、カチンと音がしてロックがかかる。これで弾が装填されたようだ。
「では行ってきます。ルートはどれを使えば?」
「最短ルートでええ。兵士には通知してある」
「ありがとうございます」
格納庫の整備士が兵士に機体の移動をあらかじめ通知しておいてくれたらしい。
そのままゆっくりと歩いて格納庫を出れば、移動用のサイレンが鳴っているのに気付いた。倉庫内ではジェネレーターの音や、クレーンの騒音で気づけなかったみたいだ。
そのまま足を進めて、俺はアカデミーへの特別入口へと向かう。
アカデミーの校舎は塀に囲まれているため、入るには一度町の外へ出るか、特別ゲートを使う必要があるのだ。
俺が町中を進んでいくと、すぐにそのゲートは見えてきた。
校舎の五階までが巨大な門になっており、それがすでに開閉されている。そして、渡り廊下のようになっている六階と七階の窓からは、渡り廊下が落ちるんじゃないかと思えるほど、アカデミーの学生たちが集まっていた。
まあ、正規操縦士どうしの試合なんて、普通なら見れるもんじゃないからな。俺の時だって、一度も見ることはなかったのだ。
それも、俺の相手は王国最強と言われる相手だ。誰だって注目するだろう。
生徒たちの歓声を受けながら、俺は門を潜って校庭へと入る。
目の前に広がる草原と、奥に見える森は懐かしい風景だ。まだ卒業して半年しか経っていないのに、妙な感傷にふけってしまいそうになる。
「いけない、いけない。今から試合なんだ」
大きく深呼吸して、感傷を吹き飛ばし前を見据える。そこには、俺の相手がすでに待っていた。
同型機だが、装甲は一般のアルミュナーレよりもシャープだろうか。施されている紋様も非常に綺麗だ。王族の護衛機だから、見た目も気にしているのかな?
まあ、そんなことはどうでもいいんだ。どっちにしろ、試合でボロボロになるんだからな。問題は相手の武器である。
パッと正面から見てわかるのは、左手に握られた盾。普通の盾ではなく、曲線を描きながら左腕を肘まで守るような形の不思議な盾だ。あれだと、腕で受け止める際に、盾でガードされるようなタイプだろう。
それに注目しなければならないのは、盾の先端だ。かなり鋭くとがっており、あれで殴られただけでも下手すれば装甲を抜かれる可能性がある。あれは防御もできる剣と判断したほうがいいかもしれない。
ほかの武装は、腰の後ろに着けられている三本の剣だけか? どれもショートソードサイズに見える。
鞘の向き的に、右手用に二本と左手用に一本か。盾が壊れたときの代わりか……どちらにしろ二刀流のような動きに注意だな。
総隊長の機体のチェックを終えて、俺はゆっくりと機体を対面する位置まで持ってきた。すると総隊長機から声が聞こえてくる。
「ずいぶん早かったな。もう少しかかると思っていた」
「うちの整備士は優秀なもんで」
「確かにそのようだ。設定の変更もしてあるのだろう?」
「ええ、試合用の弱設定とペイント弾です」
「なら問題ないな。ことのほか観客が集まってしまったが、彼らにもいい勉強になるだろう」
「一方的な試合にならなければですがね」
「それはどっちがかな?」
「さあ」
お互いに軽くけん制しあいながら、軽口を叩き合う。
「審判はどうなるんですか?」
「アカデミーの教官に任せてある。念のため機体をとりに行かせているから、少し待ってくれ」
「もう少しギャラリーが増えることになりそうですね」
校舎側を見れば、すでにほぼすべての教室の窓から生徒たちがこちらの様子を観察している。
俺の部隊のみんなもちょうど到着したらしく、校庭の入口にある階段に座っていた。
そして、第一部隊の部隊長たちも同じように座って何やら話している。
さすがに遠くて声は拾えない。
「操縦士エルドの機体はずいぶんベーシックなものだな」
「まだもらったばかりで、まともに弄る時間がなかったんですよ。近衛になれば弄る時間ってありますかね?」
「まれに視察のために外へ出かけられることもあるが、王族の方々は基本的に城で生活をなさっている。時間はたっぷりとれるだろう」
「それはありがたいです。いろいろとやりたい改造プランがあるんですよ」
「君の操縦方法は変わっていると聞くからな。いろいろと楽しみだ」
「ご期待に添えれるよう努力しましょう」
そんな話をしていると、教官が練習用の機体に乗って校庭に入ってきた。あの機体も懐かしいな。
そして当の教官は、マイクでぶつぶつと俺たちに文句を言ってくる。
「まったく、午後から校庭を使うから空けておくようにと連絡が来たかと思えば、今度は試合の審判か。ずいぶんやりたい放題ですな、デニス殿」
「悪いな、これも仕事だ。それにガズルの育てた生徒がどれほどの実力になっているか知れるいい機会だろう」
ずいぶん軽口を叩き合う仲を見るに、ある程度知り合いなのだろう。年齢的に同期ってことは考えられないし、ガズル教官が総隊長の副操縦士だったのかな?
「こいつは別もんですよ。機体の操縦は基礎なんぞ守っちゃいません。久しぶりだなエルド、活躍は耳に入って来ているぞ」
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「お前たちのパワーには負けるがな。さて、こちらも授業を進めなければならないんだ。早めに済ませてくれ」
「わかった」
「分かりました」
教官の指示に従い、俺たちはある程度距離をとったところで向かい合う。
「ルールは非殺傷厳守。魔法威力は弱。弾丸はペイント弾を使用。操縦席への攻撃は可能だが、必ず寸止めにすること。これを守れなければ、攻撃は行うな。もし破れば、王国法にのっとり殺人として対処する。勝利条件は相手が敗北を認めるか、俺が判断する。両者問題ないな?」
「ない」
「ありません」
「では、第一近衛アルミュナーレ大隊・総隊長デニス・エジットと、第三十一アルミュナーレ隊・隊長エルドによる試合を開始する! 始め!」
開始の合図と同時に、俺は腰からハーモニカを抜き放ち、右足の関節めがけて発砲する。総隊長は右手で剣を抜き放ちながら、その弾丸を切り裂いた。
ペイント弾がはじけ、剣に塗料を付着させる。
これなら先制できるだろうと思っていた攻撃を、いとも簡単に返され俺はわずかに動揺した。
その隙を突くかのように、敵機が接近してくる。その速さは、俺の使うフルマニュアルコントロールほどでないにしても、バティスたちが使っていたハーフマニュアルコントロールと同じ速度だ。
俺は動揺を押し殺しながら、再び銃を放つ。今度は左足の関節を狙ったが、これは盾によってあっさりと防がれる。
完全に俺の狙う場所が読まれている。
そう判断した時点で、俺はハーモニカピストレを相手に向けて投げつけた。
さらに、投げたピストレに標準を合わせて、ファイアランスを放つ。
ファイアランスはピストレへと直撃し、剣でピストレを弾こうとしていた機体を巻き込みながら、火薬を爆発させる。
これで足止めにはなったはず。
その間に剣を抜きつつ、こちらも駆け出す。
さすがに火薬を巻き込んだ衝撃破は、敵機の足を止めるのには十分だったようだ。しかし、煙が晴れたそこにいるのは、すすけながらもほぼ無傷の機体。
「装甲が固いのか?」
さすがに威力が弱まっているとはいえ、ファイアランスと火薬の爆破を受けて煤けるだけなのはおかしい。俺の機体でも、装甲の破損程度は出るはずだ。
となると、その理由が隠されているはず。
だがとりあえず今は!
ガチンッとぶつかり合う二本の刃。
俺が振り下ろした剣を、相手が受け止めたのだ。
とりあえずこれで、初動は俺がもらった。このまま流れを崩さずに攻め込み続ける!
「いい動きだ。判断も面白い」
総隊長の機体から声が聞こえてくる。
「では、こちらも行かせてもらうぞ」
注意していた左腕が動く。とっさに距離をとり、突き出された左腕を回避すると、敵機の足元に向けてトルネードを放つ。
巻き上げられた土が相手の視界を防ぐ。しかし、総隊長はトルネードの中を突っ切って飛び出してきた。
振り下ろされるショートソードを弾くも、直後に突き出された盾の先端がギリギリ肩をかすめた。
軽い衝撃をこらえつつ、俺は腕に力を込めてショートソードを押し返し、そのまま一歩踏み込む。
超接近した状態ならば、盾の威力も出ないはずだ。
「そのパワーが噂の操縦方法か」
「総隊長も、ハーフのほうを使ってますよね」
「強くなるためには、どんな技術であろうと取り入れる。王家を守るためならば、当然のことだ」
「確かに!」
さらに力を込めたところで、相手が自ら後ろへと下がった。
俺は力を乗せたままさらに一歩踏み込み、敵機の剣を弾き飛ばそうと試みる。
しかし、次の瞬間俺の目の前から敵機の姿が掻き消えた。
「なっ!?」
驚いたときには、背中に強い衝撃を受けた。そして、同時に自分が倒されているのだと気づく。
とっさに機体をころがし、振り下ろされる剣の間合いから外れ機体を起こす。
今の一瞬。俺は何をされたのかわからなかった。だが、相手の速度がこちらを遥かに上回っていたのは確かだ。
あんな動き、フルマニュアルでもできない。それに総隊長はハーフマニュアルだと自分で言っていた。嘘を言っている可能性もあるが、こんなところでそんなことを言う人でもなさそうだ。
となれば、考えられるのは……
「魔法か?」
「ほう、一撃くらっただけで、その結論にたどり着くか。部隊長たちは、機体を壊されるまで気づかなかったがな」
「ならどんな魔法かまで当てて見せますよ」
「フッ、期待しよう!」
俺たちの機体が同時に動く。
しかし、俺の機体が一歩出遅れた。相手の機体の速度が明らかに早い。
剣をぶつけながら、その理由を探る。
速度を上げる魔法なんてものは存在しない。なら、間接的な方法で最終的に速度を上げているはずだ。
ヒントとなりそうなのは、装甲の硬さか?
相手の剣速が早く、すべてを防ぎきれない。次第に俺の機体に、傷が入り始めた。
「クッ……」
「はぁあああ!」
敵機がさらに加速した。そして、俺の機体が再び倒れそうになる。しかし今度はしっかりと確認できた。
とっさに剣を投げ捨て、片手のバク転で倒れるのを防ぎつつ、敵機から距離をとる。
即座にもう一本の剣を抜き、敵機に向けてファイアランスを放った。しかし、弱設定の魔法は簡単にマジックシールドによって消されてしまう。
「よく躱したな」
「二度目なら」
「なるほど、本気を出すに値すると見た。君の全力の機体と戦えないのが残念だよ」
「総隊長って意外とバトルジャンキーですね」
騎士然としているかと思っていたが、どうも話していると戦うのが大好きな人に見えてくる。
「そうでなければ、最強にはならんさ。行くぞ」
総隊長機は、右手に剣を持ったまま腰の後ろへと手を回す。そして、剣の柄に、持っていた剣の柄を合わせる。するとカチッと音がして、二本の剣が一本につながる。さらに、盾を離してその手にも最後のショートソードを握る。手から離れた盾は、腕に備え付けられているのか、落ちることはない。
「それが総隊長の全力の姿ですか」
「剣劇乱舞。その片腕だけで受け切れるかな?」
「全力をもって受け切りましょう」
両機が再び同時に動く。俺はこれまでの最高の集中力で、ペダル、スロット、レバー、すべての操作をこなしアルミュナーレの基本性能を余すことなく発揮させる。
それに対して総隊長機は、ほぼ同等の速度を出しながら刃を振りかぶる。
右手の振り下ろしを剣で受け止め、逆側に連結した刃が操縦席目がけて振り上げられるのを、機体を後退させて紙一重で躱す。
即座にファイアランスを叩き込むが、それを盾によって防ぎながら、握った剣を突き出してきた。
弾くのは間に合わない。
そう判断した俺は、機体をしゃがませ足元目がけて蹴りを放つ。だがその蹴りは振り下ろされた連結剣によって地面へと縫い合わされた。
「クッ」
「惜しかったな! これで!」
「まだ!」
左足を地面へと縫い付けられ、盾が俺目がけて迫ってくる。とどめを刺すための一撃なのだろうが、俺はまだ負けるつもりはない。
突き出される盾に合わせて、俺も右手の剣を突き出す。
俺の剣は、盾と腕の僅かな隙間へ入り込み、盾を繋いでいるロック部分を破壊した。
「なに!? だが!」
「まずは一つ! ック!」
盾を奪われても、総隊長はそのまま腕を振りぬき、俺の操縦席を殴打する。その程度では装甲は抜けないが、衝撃が操縦席内を掻き回した。
俺は激しく揺さぶられる体をシートベルトに強引に押し付けながら機体を操作し続ける。ここで止めれば、確実にやられる。
盾を奪った剣を、今度はそのまま横に振るう。その先にあるのは、俺の脚を縫い付けている連結剣だ。
総隊長は剣を抜くか迷ったようだが、俺を解放するほうがまずいと考えたのだろう。剣を抜かずに、連結部分だけを外して斬撃を躱す。だがこれでいい。
「二本目」
「まさか!」
総隊長が俺の狙いに気づいたのか声を上げた。と、同時に無理な体勢で剣を振ったせいで、縫い付けられた足が悲鳴を上げながら関節から千切れる。
「片足は奪った。これで終わりだ」
「ここからでしょう!」
「ならば終わらせる!」
総隊長機が両手の剣を逆手に持ち替え、俺の機体目がけて振り下ろす。
右手の剣は、俺の剣をぶつけてはじいたが、左手の剣はそのまま振り下ろされ、機体の右腕を貫き地面へと刺さる。
「右手はもう使えんぞ!」
総隊長は俺の戦い方を知っていたのだろう。だから、右手を破壊した時点で勝ちだと確信した。
けど、本当の意味で俺の戦い方を知っているわけじゃなかったみたいだ。
操縦席の中でにやりと笑みが浮かぶ。
そして、右手で操作していたレバーから手を離し、頭上のボタン群へと手を伸ばす。代わりに、左手が久しぶりにレバーを握った。
別に、左腕が動かないわけじゃないんだ。ただ手が足りなくて、動かしている余裕がないだけ。右手がなくなったのなら、左手を動かせばいいだけだろ!
「なっ!?」
突如として動き出した俺の左腕に、総隊長が明らかに動揺した。
その隙に俺は右腕に突き刺さった剣を引き抜き、敵機目がけて振るう。
総隊長は動揺しながらも即座に反応し、機体を後退させて斬撃を躱した。
俺は剣を足代わりにして、ゆっくりと機体を起こす。
「ふぅ、躱されましたか」
「危なかった。完全に油断していていたよ。そうか、左腕が使えないわけではないのだな」
「使う余裕がないだけですからね。さて、総隊長の魔法の秘密、その種明かしと行きましょうか」
「ほう、気づけたのか?」
「補助系魔法ですね。攻撃系を一つもセットせずに、おそらく関節強化、瞬間加速、装甲硬化などをセットしていますね?」
それが俺の出した答えだ。
思い出せば、総隊長は最初から一度も長距離の魔法を発動させていない。それどころか、目に見える魔法はマジックシールド一つしか使っていないのだ。
しかし、長距離から俺を狙うチャンスは何度かあったはずである。総隊長ほどの人ならば、そのチャンスを逃すとは思えない。となれば、必然的に長距離系の魔法を設置していない可能性が考えられる。
さらに、俺の機体と同等の速度を出す操縦。ハーフではありえないその速度を出すために、総隊長は魔法で補助を行っていた。
おそらく踏み込み時に油圧式ポンプに過剰な圧を加えて強引に加速しているのだ。だからこそ間近で使われると一瞬消えたように錯覚するほどの初速が出る。しかし、それだけの付加をかければ簡単に関節がダメになるはずである。それを補うための装甲硬化と関節強化。
俺がそう仮説を立てると、総隊長機の操縦席から拍手が聞こえてきた。
「大正解だ。ここまで完璧に答えられたのは初めてだよ。それに、剣劇乱舞を受け切って立っていられたのも、操縦士エルドが初めてだ」
「それは嬉しいことを聞きましたね」
「さて、続きを――と行きたいところだが」
「ここまでですよ。さすがにこの状態じゃ戦いにならない。俺の負けです」
「いやいや、君は十分というほど戦った。部隊長となら十分に勝てるんじゃないか?」
「どうでしょうね、やってみなければわかりませんよ」
「ククッそういうことにしておこう。審判、判定を頼む」
総隊長はそういって、戦いをずっと間近で見てきたガズル教官に試合の終了合図を求める。
「勝者、デニス・エジット!」
教官の声とともに、校舎側から大歓声が聞こえてきた。
機体はボロボロになってしまったが、王国最強にここまで善戦できたのならば、今は満足しておこう。
今度試合するときは、俺の専用機で相手してもらうとしようか。
その時は負けない。
俺は操縦席の中で、モニターに映る総隊長機を見ながら静かに決意するのだった。
デニスは操縦席の中で自分の名前が呼ばれるのを聞きながら、ホッと息をついた。
そして、自分が安心している事実に少しだけ驚く。しかし、モニターを見てすぐに納得した。
デニスの機体状況を表示しているモニターには、真っ赤に染まったアルミュナーレが映っていたのだ。
度重なる魔法の使用によって、補強をかけていても持たなかったのだ。もう少し試合が長引いていれば、立っていられなかったのはデニスの機体だったかもしれない。
そのうえ、今まで誰にも破られることのなかった剣劇乱舞を防ぎきられ、武装を三つも奪われるという失態まで犯してしまったのだ。デニスとしては、この勝負引き分け――ともすれば自分の負けでもいいぐらいだと心の中では思っていた。
しかしそれは許されない。王国最強が陛下の近衛兵である事実は、国の誇りだ。その誇りに泥を塗るわけにはいかない。
「これで汎用機か……専用機を作ったときが怖いな。だが楽しみでもある」
エルドの今後の成長と、専用機を手に入れたときの強さを想像して、デニスは普段は滅多に浮かべない笑みを浮かべるのだった。




