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俺たちがフォートランに戻ってくると、そこでは大規模編制の噂でもちきりだった。
なんでも、今回の侵攻の被害がことのほか大きく、他のブロックを巻き込んで編制をやり直すのだとか。
かくいう俺たち三十一隊も、隊長が抜けたことで副操縦士の座に空席ができているうえに、そもそも隊員数の比較的少ない部隊だったため、微妙に隊員が足りていない事態になっている。
村へ出発する前に、隊員の補充依頼を出しておいたのだが、それが今回の編制でどの様に作用してくれるか。
そんなことを頭の片隅で心配しつつ、俺は総司令部へとやってきていた。
いや、正確にいえば俺たちがというべきだろう。
総司令部の会議室の一室には、三十一隊のメンバー全員が招集されていた。
そしてそこには、車いす姿のボドワン隊長の姿もある。
「隊長はもう動いて大丈夫なんですか?」
「もう私は隊長ではないぞ。エルド、今は君が隊長だ」
「そうでした」
どうしても、隊長という呼び方が定着してしまっているせいで、切り替えられない。
俺はボドワンさんと呼びなおして、再び問いかけた。
「さすがに歩くことはできないが、こうして車いすで行動することぐらいならできる。幸い、ミラージュとブノワがいろいろと世話をしてくれているからな。妻にも迷惑をかけずに済んでいるよ」
「そうでしたか」
そういえば、ボドワンさん既婚者だったな。家族がいるなら、働けないことに不安を覚えるものだが、そこは貴族の家。国から支給されるお金で十分今までの暮らしは維持できるのだとか。
けど、すでに再就職先も決まっているらしい。
「しかし、ボドワンさんが教官になるんですね」
「戦場での激しい操縦はできないだろうが、基礎的な動きぐらいならば問題ないといわれているからな。治ったら、アカデミーでエルドの後輩になる人材を育てるとしよう」
「期待していますよ。俺の機体はいろいろと大変なことになる予定ですから」
「なんじゃそれは……聞いておらんぞ」
俺の言葉にすかさず反応したのはオレールさんだ。三十一隊の整備士頭として、俺の発言は放っておけないものなのだろう。
「俺が隊長になりますからね。機体も俺専用にいろいろといじってもらう予定です」
「おぬし専用か……嫌な予感がするのう」
まあ、左腕取っ払ったり、操縦席の正面取っ払ったり、いろいろと無茶な要求してきましたからね。けど、今度の改造案は一味違いますぜ。
「まあ、それは編制が落ち着いてからになると思います。身の回りも今ばたばたしてますから」
「何かあるのか?」
「アンジュと同棲することにしまして」
俺はこの場でついでにアンジュとの関係が進展したことを話すことにした。どうせみんなはアンジュが俺に惚れてることは知ってるんだし、てかアンジュをこっちに呼んだのこいつらだし。
「お、やっと進展か! 長かったなー」
ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべるリッツさん。
何か言えば、確実に茶化されるのは分かっているので、俺は無視して今後のことについて説明する。
「とりあえず結婚はまだ先の予定です。今は再編成でいろいろと動く必要もあるかもしれませんし、下手すると別の町に移るなんてこともあるかもしれませんから」
噂に聞く大規模編制が事実なのだとすれば、俺たちが別のブロックの警備任務に移動となる可能性も十分ある。そうなれば、最寄りの基地も別の場所になり必然的に全員がその町に拠点を移さなければならないのだ。
こっちで家を決めた直後にそんなことになってはたまったものではない。
「そうだね、たぶん今日の招集もそのあたりの話だと思うよ」
ブノワさんは今日の招集に関して何やら思い当たる節があるようだ。さすが斥侯担当。日常でも情報が向うから歩み寄ってくるようだ。
「たぶん、来週に控えた受勲式に関してと、この部隊の今後の配置のことについて説明があると思う。王都への移動があると、その間は転属準備もできないから」
「そういえばボドワンさんも獅子勲章が授与されるんでしたね」
「ああ、この体では無理だと思っていたのだがな。教官になる前のいい箔付けになると、陛下が車いすでの参加を認めてくださったのだ」
「ボドワンさんは陛下とお会いしたことがあるんですよね? どんな方なんですか?」
以前、ボドワンさんは勲章こそ授与されなかったものの、その働きで陛下から直接お褒めの言葉を賜ったことがあると聞いていた。
それ以外でも、貴族として何度かお目にかかったことがあるらしい。
「王としても親としても素晴らしいお方だ。陛下が即位されて以降、この国は帝国の侵略に曝されながらも鉄鋼業や魔導関連の事業を中心として順調に発展を続けているし、家族仲も非常に良いと聞く。本来ならば、王位の継承権でどこからともなく出てくる悪い噂を全く聞かない。第一王子はすでに王の仕事を一部手伝っているらしいし、第二王子は軍に在籍しながら指揮について学んでいる。第三王子は逆に経済学を中心に進めていると聞いた。二人いる王女も上はすでに他国に嫁いでいるが、気品にあふれた素晴らしい人物だと聞いている」
「王家がとんでもなくハイスペックなんですね」
聞く限り、最高の状態じゃないか。
第一王子はすでにいつでも王を代われる状態みたいだし、第二王子は軍部の掌握。第三王子は逆に文官を束ねていると。兄弟仲が不仲ならば、ドロドロの内乱になりかねないところを、兄弟仲の良さで助け合い一丸となって国を守るねぇ。
帝国って明確な敵がいるからできることか。
「少し話が逸れたな。陛下は目の前にいると王としての圧倒的な威厳を放っているが、寛容なお方だ。少しの失敗程度ならば、笑って許してくれる」
「それを聞くと少し安心できますね」
王族の前に出ることなんて初めてだし、もし受勲式で何かミスして首が飛ぶとかならたまったもんじゃないしな。
けどそれなら、何とか大丈夫そうだ。
そんなことを話していると、会議室の扉が開き総司令が入ってきた。それに続いて何名かの騎士も入ってくる。
騎士服はアルミュナーレ隊のものだが、その顔に見覚えはなかった。ほかのブロックの部隊だろうか?
「敬礼!」
俺の合図で三十一隊の全員が総司令に向けて敬礼を行う。総司令がそれに答え小さくうなずいた時点で、俺たちは腕を下した。
「またせたな、紹介する。ここにいるのは、第一近衛アルミュナーレ大隊の総隊長ほか部隊長だ。それぞれ紹介を」
総隊長の指示で、並んでいた騎士の一人が一歩前に出る。
「総隊長のデニス・エジットだ。陛下の近衛を担当している」
それに続いて、騎士たちが順番に挨拶していく。
「部隊長のエドガー・エブラールです。第一王子の近衛担当です」
「同じくジャン・ローランです。第二王子を担当しています」
「同じくレミー・リシャールです。第三王子担当です」
俺は突如として名乗られた名前を、必死に頭の中で復唱し記憶に刻み込む。
第一部隊の人たちが意味もなくこんなところに連れてこられる訳がないのだ。ならば、今後必ずこの人たちとは何らかの関係になる。
ならば、今ここで名前と顔を覚えておかないと今後の関係性を上手く築けなくなる。
人間関係、相手の名前を一度で覚えるのは意外と重要なことなのだ。俺は就活の時にそう習った。
しかし、俺以外のメンバーは現れた人物たちに驚いてその余裕はないようだ。
「第一隊?」「なんで」なんて言葉が口から洩れている。
さすがのボドワンさんやオレールさんも、驚いているのか口がポカンと空いていた。
この雰囲気のままはまずいと思った俺は、一歩前に出る。
「第三十一アルミュナーレ隊隊長、エルドです。よろしくお願いします」
俺の自己紹介で我に返ったのか、ほかのメンバーも順番に挨拶をしていく。そして全員のあいさつを終えたところで俺はこっそりと総司令の様子を確認する。
総司令は、満足そうに口元に笑みを浮かべていた。つまり、これで正解だったみたいだな。
「ふむ、なかなかいい部隊のようだな」
「私の時よりも優秀……」
「いやー、自分の時は完全に挨拶忘れてましたからね」
「も、問題は強さだし……」
どうやらこれは、第一部隊の恒例行事のようだ。しかも、総隊長以外は失敗してる……
部隊長たちが視線を下や上に向ける中、総司令が全員に座るように命じた。
「さて、それでは今日集まってもらった理由を説明する。簡単に言ってしまえば、部隊移動に関して君たち三十一隊には少し特殊な移動をしてもらうことになった」
「それは、第一部隊へと配属ということで間違いありませんか?」
ここに第一部隊のメンバーが来ているのが何よりの証拠だろう。
「そうだ。今年成人された第二王女の近衛部隊として、現第三十一アルミュナーレ隊が抜擢された。これは陛下からの勅令でもある」
「では三十一隊としては解散ですか?」
「そうだ、君たちは次の編制に合わせて部隊をそのまま第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女警備隊へ転属させることとなる。新部隊のため、機体もそのまま三十一隊のものを使い、新三十一隊には新しいジェネレーターを配備することとなった。また、希望のあった補充要員だが、第二王女の警備ということもあって、女性騎士が補充となるだろう。予定している騎士たちは、ほかの近衛からの移動だから、色々と役に立つはずだ」
ただの人員移動だと思っていたが、俺たちにはもっと大変な事態になったみたいだな。
しかし、近衛隊となると俺たちは前線から離れることになるな。付き合って早々死ぬことは無くなったけど、機体に乗る機会も減りそうだし俺にとっては少し惜しい人員移動になりそうだ。
って、近衛隊になるってことは俺たちのホームが王都に移動になるってことだよな!?
「本来ならば、大規模編制は一か月後の予定なのだが、君たちの転属は二週間後の受勲式で同時に発表されることとなる。よって、それまでに王都への移動を完了してもらう必要がある」
「家の用意はどうなるのでしょうか?」
「近衛兵は城の庭に専用の寮が立っている」
「城の寮だけあって、豪華だぜ?」
総司令の言葉に補足するように答えたのは、レミー・リシャールさんだ。確か第三王子の近衛部隊長だったか。
茶髪に軽薄そうな笑みは、どことなくバティスを思い出させる。簡単に言ってしまえば、かなり遊んでそう。
レミーさんの言葉に、総司令は苦笑した。
「レミーの言うことは事実だ。近衛寮は王族の目に留まるところにあるため、それなりの物が作られている。申請すれば城下町の寮を借りることも可能だが、何かあるのか?」
「自分は、先日サポートメイドのアンジュと結婚することになりまして、今後家をどうするか考えていたのですが」
「そうだったのか、おめでとう」
「ありがとうございます」
「そういうことならば、寮の部屋で同棲することも可能だ。部屋は広いから二人で住んでも十分に余裕はあるだろう。そうだな、レミー」
総司令がジトッとした視線をレミーさんに送る。しかし、レミーさんはその視線を受けても楽しそうに答えた。
「四人でも問題ないですよ」
「城のメイドに手を出すのもほどほどにしておけよ……」
どうやら、本当にかなり遊んでいるらしい。アンジュには注意するように言っておかなければ。
「それでしたら問題ありません」
「そうか。では三日後には全員分の部屋が用意できるので、その後二週間以内に移動を済ませておくように」
受勲式での発表後、そのまま近衛としての活動を開始するようだ。
ま、寮に入るなら安めの家賃で住めるだろうし、近衛隊となれば相応の給料も出るはずだ。そうなれば、魔導車の購入も本格的に検討してもいいかもしれないな。近衛としての移動にも使えそうな乗用車タイプとかないかな?
「では次に二週間後の受勲式について説明する」
俺たちは総司令から受勲式の大まかな流れや、立ち位置などを聞いて、その会議は終了となった。
けど、このままじゃ終わらないだろうな。
そう思いつつ、視線を先ほどからずっと黙っている第一総隊長に向けた。
すると、視線に気づいたのか総隊長も俺を見る。
視線がぶつかった瞬間、一瞬火花が散ったような気がした。この感覚はあれだ、アカデミーの練習試合前に相手と話すときの雰囲気と一緒だ。
「さて、私からの連絡は以上だが、君たちは何かあるか?」
総司令がわざとらしく第一隊のメンバーに話を振った。
そこで総隊長が立ち上がる。
「近衛部隊の総隊長としては、新しく入隊する操縦士の腕を確かめておきたい。そこで操縦士エルドに試合を申し込む」
やっぱりそう来たか。
俺は予想できていたが、ほかのメンバーには寝耳に水だったようで、各部隊長たちまで驚いている。
「ちょっ、エドガーさん!?」
「総隊長、本気ですか!? 相手はまだ卒業して半年の新人ですよ!?」
「いくらなんでも試合にならないっすよ」
「それでは近衛に入れる意味がない。どうする操縦士エルド」
総隊長が真っ直ぐに俺を見る。その視線からは、早く受けろという感情がビシビシと伝わってきた。
俺は視線を受けながら、確認のために総司令の様子を窺う。
すると総司令が細かい部分の補足を入れてくれた。
「試合を受けるか受けないかはエルドの自由だ。これは正規の申し込みではないからな。ただ、私としては受けてもいいと思う。彼はこの国で一番強いアルミュナーレ乗りだ。その実力を垣間見るのも、君の成長につながるだろう」
つまり、総指令的にはどちらでもいいけど、どちらかと言えば受けてほしいような口ぶりだな。
なら答えは一つだろ。
俺は口元に笑みを浮かべながら、総隊長に向かって答える。
「もちろんお受けします。機体や場所は?」
「アカデミーの校庭を押さえてある。機体は私も自身の機体を持ってきた。操縦士エルドも自身の機体を使いなさい」
「わかりました」
用意周到じゃないですか! 完全に戦う気満々でしたよね、この人。
まあ、こちらとしても願ってもない機会だ。王国最強がどれほどの物か、確かめさせてもらいましょうかね!
その後、試合の開始時間を確認して、会議は終了した。
第一部隊と総隊長が会議室から退室したのち、俺は部隊の仲間に取り囲まれた。
「何考えてんだよ! 総隊長と試合とか!」
「いや、向うから吹っかけてきた試合だし」
「普通は丁重に断るもんだろうが!」
「いやいや、あんなお願いされたら断れませんって。ねぇ、ボドワンさん」
「まあ、そうだな」
ボドワンさんは苦笑していた。
「それで、整備や武装はどうするんじゃ」
「時間があんまりないから、物理演算器も大幅な改変は無理よ」
「基本は俺用の設定を使ってください。ただ、カリーネさんは、魔法の設定を威力弱にお願いします」
それは試合用の魔法設定であり、操縦席に直撃しても装甲が抜けない程度の威力だ。
「わかったわ。それぐらいなら大丈夫」
「オレールさんは、武装のチェックを。それとハーモニカピストレの弾をペイント弾に」
「任せておけ。リッツ、行くぞい!」
「へいへい!」
慌ただしく会議室を飛び出していく機体整備組。それを見送ると、今度はボドワンさんが話しかけてきた。
「とうとう結婚を決めたのか、おめでとう」
「ありがとうございます」
そういえばボドワンさんにはまだ報告できてなかったな。
俺たちの隣では、ミラージュさんが同じようにアンジュにおめでとうと声をかけていた。
「とりあえずの同棲ですけどね。結婚式はまだまだ先になりそうです」
「そうだな。私の時もいろいろと忙しくて、結局一年ぐらい先延ばしにして妻に機嫌を損ねられてしまったよ。まめにプレゼントでもして、機嫌を損ねないようにするといい」
「先人からのアドバイスですね。肝に銘じておきます」
「では私たちもアカデミーに行っているよ。試合期待しているぞ」
「はい」
ボドワンさんは、ミラージュさんとブノワさんにサポートされながら会議室を後にした。
残されたのは、アンジュと俺だけだ。
「お家の心配がなくなってホッとしたね!」
「まあな。けど近衛か。アルミュナーレに乗ることが減っちまうかもな」
「けど、その分改造に時間が割けるんじゃない? お城にいることも多いだろうし」
「そうだな。そういう方向で考えておこう」
近衛隊になれば、隊に降りる経費も相応に上がるはずだ。それを使って、俺は俺だけの機体を作ろうじゃないか!
「そんなことより、私には一つ心配があります!」
「なんだ?」
「第二王女様の近衛なんでしょ? 今年成人したってことは、十五歳じゃん! エルド君の浮気が私は心配でたまりません!」
「ないない。相手は末席とはいえ王族だぞ?」
「でもすごく可愛いって聞くし心配なの! だから、証明してほしいです!」
アンジュは俺の正面に立つと、目を閉じて顔を突き出してきた。
なるほど、証明してほしいと。単純にキスしたいだけだろ……
内心で苦笑しつつも、俺はアンジュの唇に優しく自分の唇を重ねるのだった。




