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父さんと語り明かした翌朝。俺は日の出とともに目を覚ました。
日課となっている自主練のために、父さんたちを起こさないようにこっそりと庭へ出て持ってきた練習用の剣を振るう。アルミュナーレ隊に配属されたときに騎士用の剣も支給されてはいるのだが、あれは物が物なので騎士としての仕事の時以外にはあまり持ち出さないようにしている。
今持っている練習用の剣は、アカデミーの時代にルネさんにもらったものである。
騎士剣と重さや長さが全く同じだったのは、ルネさんの気遣いだろう。
「百十二、百十三」
朝日を浴びながら額から汗を散らしていると、突然アンジュが生垣を飛び越え勢いよく庭へと飛び込んできた。
驚いた俺はとっさに剣を向け、構えをとる。しかし、気づいたときにはアンジュは剣の間合いから出ており、俺から安全な距離をとっていた。
その動きに、俺は反応できなかった。サポートメイドが騎士より強いという確固たる証拠を見せられた気分だ。確かにこれなら、強引に襲われることもなさそうである。けど、少しショックだ……俺だって頑張って練習してるのに…………
しかし、当のアンジュは俺の感情に気づくことなく、勢いよく顔を上げる。
その顔にはあふれんばかりの笑顔が張り付いていた。
「エルド君! 私お姉ちゃんになってた!」
「突然人ん家の庭に飛び込んできて、言うことはそれか!」
「あっと、そうだね。エルド君おはよう!」
「そういう意味でもないんだが……」
ただ今の様子を見るに、俺の言いたいことを理解させるのは無理だろうな。なにせ、話聞いてほしいオーラが体中からあふれ出している。
「おはよう。んで、どうしたんだ? お姉ちゃんになってたってことは弟か妹が生まれてたのか?」
「そう! そうなんだよ! 家に帰ったら赤ちゃんの泣き声がしてね! 私が驚いてたら、お母さんがアンジュはお姉ちゃんになったんだよって! それでね、すごく可愛いの! 目がくりくりしてて、頬っぺた突っつくと笑ってくれるんだよ!」
「そうか、よかったな。分かったから少し落ち着け」
俺にも妹ができていたからその興奮は何となく理解できるが、少しは落ち着いてほしい。今は早朝でまだ寝ている人もいるというのに……
「エルド君反応薄い! そこはもっと喜ぶべきだと思います!」
「残念だが、その喜びはすでに昨日経験した。俺も兄になったからな」
「え! じゃあおじさんの家も赤ちゃん生まれてたの!?」
「ああ、妹だ。そっちは?」
「弟だったよ! なら将来は結婚だね!」
「気が早すぎるわ」
アンジュは俺たちの時と同じ気分で話しているのだろうが、今はほかの家にも赤ちゃんが生まれており、エミナが結婚しなければならないわけではない。
それに、俺の時みたいになる可能性もゼロじゃないしな。
「そのあたりは当人に任せるべきだろ」
「まあそうだね」
アンジュは俺の言葉にあっさりと納得しうなずいた。
まぁ、アンジュも俺を追いかけて家を飛び出しているからな。どうこうしろなんて言える立場じゃない。
「興奮してたのは分かるが、なんでこんな早くから来たんだ?」
まだ寝てた可能性だってあるだろうに。
「ほら、習慣になっちゃうと簡単には変えられないじゃない? 朝の訓練の時間になると目が覚めちゃってね」
「んで、走ってきたわけか」
「エルド君も、この時間に剣を振ってるってことは起きちゃった口でしょ?」
「どっちにしろ日課はやるつもりだったけどな。一日でも抜くと、ルネさんがすごい怒るから」
「あはは、じゃあ私も一緒に運動する。剣技のみの試合しよ」
「剣技のみか」
魔法ありだとこのあたりが火の海と化すだろうし、庭でやるにはそれぐらいがちょうどいいか。正直剣技のみの試合は苦手なのだが、練習期間はアンジュも一緒のはずだ。それほどひどい試合にはならないはず。
「いいぞ、んじゃ準備できたら言ってくれ」
「はーい」
アンジュが準備運動を始める間に、俺は素振りで腕にたまった疲労を抜いていく。
そして、十分ほどでアンジュから準備完了の声がかかった。
「いざ尋常に勝負だ!」
「はいはい、どこからでもかかってこい」
「えい!」
気の抜ける声とともに、アンジュが一息に飛び出し俺の懐まで入り込んでくる。俺はとっさに下がりながら、振り上げられる剣を弾いた。
「ちょっ、早くね!?」
「そう? こんなもんだと思うけど?」
アンジュは不思議そうに首を傾げ、再び構えをとる。俺は慌てて構えてアンジュの攻撃に備えた。
そして二合三合と切り結ぶうちに、いやでも理解させられる。
アンジュの剣技は俺より明らかに上だ。
俺でもルネさんにかなり厳しく鍛えられたのに、どうやったらこんなに強くなれるんだよ!
何度か切り結び、お互い程よく体があったまってくると、アンジュが俺から距離をとった。
「エルド君なかなかやるね! けどこれならどうかな! サポートメイド筆頭口伝秘儀!」
「なんだその物騒な感じの技名は!」
慌てながら防御の態勢をとると、アンジュは剣を鞘に仕舞い腰を低く落とした。
「抜剣による一瞬の惨劇」
何かくる。そう思った時にはすべてが遅かった。
一瞬の踏み込みとともに放たれた斬撃の衝撃は、アンジュが俺の横を通り過ぎる風だけだった。
そして、ふと自分の体が直接風を感じているのに気付いた。
ゆっくりと視線を下すと、はらはらと舞う布きれたち。その色は、俺が着ていたものと一緒だった。
「こ、これは……」
「サポートメイド学科筆頭卒業生のみに伝えられる秘伝技。凄いでしょ! まだほかにもいろいろあるんだよ! 機会があったら見せてあげるね!」
「凄いけど! 確かに凄いけど!」
汗で密着していたはずの上着を体に傷一つ、それどころか剣を振りぬく風すら感じさせずに切り裂く技術は操縦士学科の誰も真似出来ないレベルの精密な技だろう。しかし、それをただ服を切るためだけに使う理由がわからない!
庭で上半身裸にさせられた俺は、その用途不明な口伝技をできることなら一生見たくないと思うのだった。
朝の訓練を服の惨殺とともに終えた俺たちは、それぞれに家へと戻り午前中に仕事の手伝いをした。
俺は森の中で久しぶりに魔法を使って狩りを、アンジュは畑の収穫や耕しを魔法を使ってさっさと終わらせ、午前中には村人たちが一日かけて行う仕事をささっと終わらせてしまう。アンジュ曰く、鍬を持った村人たちはポカンと口を開けて、ただ眺めていることしかできなかったのだとか。
まあ、勝手に土がもこもこと耕されていく姿を見れば、誰だってポカンとするわな。まして、この村じゃ魔法を使う人なんてほとんどいなかったんだし。俺が昔やってたのは、母さんしか見てないはずだ。
ちなみに俺は、父さんが一週間かけて狩る量の動物たちを一時間ほどで狩り終え、解体所に引き渡してあとは休憩していた。
俺がいなくなった分、父さんは自分の獲物ばかりを狙っているわけにもいかず、少し苦労していたらしい。
村人にも肉を定期的に支給しないといけないから、高級食材ばっかり狙うわけにはいかないんだよな。だから俺が子供のころから手伝っていたのだが。
そして昼食を食べ終えた俺は今、村長の家でアンジュの弟である赤ん坊と対面していた。
「どう! 可愛いでしょ!」
「そうだな。どことなくアンジュに似てる雰囲気がある。いや、村長似か?」
顔のパーツはアンジュ似、というか母親似だが、その雰囲気は村長のようにぽんやりとしている気がする。
そんな緩い雰囲気を放つ赤ん坊は、非常に眠そうである。今もアンジュに抱かれたままウトウトと舟をこいでいた。
「なんかすごく眠そうだな」
「エルド君みたいだね!」
「いや、俺の目は別に眠いわけじゃないからな。てか、エンジェだっけ? アンジュの構い過ぎでしっかり眠れてないんじゃないか?」
「え!? そうなの! なら寝かせてあげないと!」
「だったらもう少し声のボリュームは落とそうな」
「うん」
アンジュは落とした声でうなずくと、抱いていたエンジェをベビーベッドに戻し、ブランケットのような布をかけてやる。するとエンジェはすぐに目を閉じて眠り始めた。
「じゃあエンジェのお昼寝の邪魔しても悪いし、外に行くか」
「そうだね」
アンジュがエンジェの頭を一撫でして外へと出る。
俺たちが自然と足を向けたのは、やはりというか森だった。
森の中を魔法を使って進みつつ、俺たちはあの場所がどんなふうになっているか想像する。
「さすがに放置しっぱなしだし、朽ち果ててるだろ」
「小屋だけでも残ってくれてたら嬉しいな」
「そういやぁ荷物置きっぱなしだったな」
そんなことを話しながら、俺たちは始まりの谷へと飛び降りる。俺はピンポイントサイクロンで減速しつつ、アンジュはフレアブースタを吹かしながら谷の底へと降り立つ。
そこは、俺が初めてアルミュナーレを見つけた場所。そして、俺の夢が見つかった場所である。
「ここから始まったんだよな」
アルミュナーレが鎮座していた場所は、三年たった今もはっきりと跡が残っている。背もたれになっていた崖はアルミュナーレの形に削れ、できた影が今もそこに機体が鎮座しているように思えた。
「あの時はびっくりしたな。エルド君、びしょ濡れで帰ってくるんだもん」
「あれは恥ずかしい思い出だな。あの鳥にいいように遊ばれた」
うまく谷に誘導されたことを思い出し、顔をしかめる。しかし、あの鳥のおかげで俺はアルミュナーレに出会うこともできたので、いまいち憎み切れないのだ。まあ、しっかり夕食にはしたが。
「小屋を確認してみようぜ」
「うん」
俺たちは、谷の隙間にできた割れ目へと進む。そこには、アルミュナーレを直す為にいろいろな道具を置いていた小屋があるはずだ。
たどり着いた谷の隙間には、小屋が今もしっかりと残されていた。いろいろなところにボロが来て破損こそしているが、しっかりと形を保っている。
俺が軋む扉を強引にあけて中へと入ると、扉を開けた際に舞い上がった埃で少し咳き込むが、すぐに魔法で換気した。
「あの時のままだな」
「うわー、これ初めて商人の人から買ったレンチだよ」
「これは家から持ち出したバケツだな。結局返し忘れてたのか」
今となっては懐かしいものばかりだ。小屋自体も子供サイズで作られているため、今の俺たちには非常に窮屈だ。
俺たちは早々に小屋から出て、外の空気を吸う。
「ふぅ、この小屋どうしようか?」
「このままにしておけばいいだろ。どうせ誰にも見つからない場所だ。このまま朽ちるのを待つのがいいんじゃないか?」
わざわざ自分たちで思い出の場所を破壊する必要もないだろう。あとは、大雨や洪水で勝手に流されるのを待てばいい。
「そうだね。――エルド君はさ」
「ん?」
「今楽しめてる? 軍に入って、戦争をして、それでもちゃんと自分の夢を追いかけてると思えてる?」
アンジュは俺の目を見て問いかけてくる。その真剣な真っ直ぐの瞳に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
「どう? 子供のころに、この場所でアルミュナーレを直しながら追いかけた夢、ちゃんと叶えられてる?」
その言葉には、アルミュナーレに乗ること以外の意味が込められている気がした。
そして考える。俺の夢は何だったのかと。
ふと、機体が鎮座していた場所を見上げた。
この始まりの場所で、最初に何を思ってアルミュナーレを直そうと思ったのか。
ただ乗りたかった。この機体を操縦してみたいと思った。
それが始まりだったはずだ。その思いは、確かに叶っている。アルミュナーレ隊に操縦士として所属し、実際にアルミュナーレを操縦してゲームのように敵と戦った。
けど、今の俺は満足しているのか? ただ操縦してそれで満足か?
違う。ただ一言、その言葉が自分の心の奥底から湧いてきた。そして前世を思い出す。アカデミーに入ってからはめっきり思い出さなくなった大学時代のことだ。
そこで俺は、ロボ研に入り、操縦士を担当していた。けどそれだけじゃなかったはずだ。与えられたロボットを操縦するだけで満足できるはずがない。
俺はあれこれと開発に口をだし、操作性についてプログラマーとあれこれ討論をしていた。
「まだ満足できてない」
「ならエルド君はどうしたいの?」
「俺は……」
俺のやりたかったこと。本当の意味でアルミュナーレに乗るってことは――
「俺のアルミュナーレ。まだそれを手に入れてない」
ある程度物理演算器は俺に合わせて調整してあるし、武装も俺が使いやすいように変更してもらっている。けど、それはどの機体でも簡単にできることだ。それこそ、戦場でちょちょっと書き換えることができるし、交換することができるものだ。けど、俺が望んでいるのは、そんな中途半端な俺専用ではない。
俺だけの、俺のために調整された、オンリーワン機。後輩のことなんか考えない、俺にしか操縦できない。そういう機体が欲しい。それを実現するには!
「アンジュ、ありがとう。俺は夢を思い出せた気がする」
そうだ、初めてアルミュナーレを見つけたときだってそうだった。俺は俺だけの機体が欲しくて、あの機体を直そうと思ったのだ。
「よかった。エルド君は、今もちゃんと楽しめているんだね」
「ああ、帰ったらさっそくオレールさんたちと相談しないとな――っと、そうだ」
「どうしたの?」
アンジュが首をかしげる。俺はそんなアンジュに向けて尋ねた。
「アンジュは楽しめてるか? ちゃんと夢を追えてるか?」
俺の問いかけに、アンジュは嬉しそうにうなずいた。
「もちろん。だって私の夢は、エルド君の隣にいることだもん。ちゃんと今隣にいるでしょ?」
「なるほど、子供のころから変わってないな」
「うん、昔から大好きだもん」
もう何度目になるかわからないアンジュからの告白。
俺もいい加減待たせ続けるわけにはいかないよな。俺の気持ちは、あの時に気づいている。あとは、俺が言葉にするだけだ。
「俺もアンジュのことが好きだぞ」
「…………それは、それはどっちの意味でかな?」
わずかな間をおいて、アンジュが恐る恐る問いかけてきた。
俺はそんなアンジュの不安を振り払うように、しっかりと答える。
「もちろん、女の子としてアンジュのことが好きだ。俺と付き合ってくれるか?」
「喜んで!」
涙を浮かべながら飛び込んできたアンジュを、俺は優しく抱きしめた。




