2
二頭の馬が街道を走る。その速度はそれほど速く無く、馬に無理をさせない程度の速度だ。それでも、馬車を引く時よりは早い。
そんな速度で早五日。ようやく見えてきた故郷の山に、俺の胸は自然と高鳴った。
「後半日ってとこか?」
「そうだね、やっぱり乗馬での移動は疲れるなー。お風呂入りたい」
「村に風呂ってあったっけ?」
「この際作るのもやぶさかじゃないよね……」
「入る前に一汗掻きそうだな」
思い出してみれば、今では普通に使っている風呂も故郷にはなく、布で体を拭いたり川に飛び込んだるする程度だったんだよな。
町と村のギャップにもう一度驚きつつも、それを懐かしく感じる。
総司令から三週間の休みをもらった俺達は、その翌日からさっそく準備を始め、休暇の始まりと共に借りた馬で村を目指して街道を走って来た。
最初こそいくつもの町や村が街道沿いに点在し、泊まる場所も苦労することは無かったが、四日目ともなれば次第に一日の間で村まで辿り着くことも難しくなり、辿り着いたとしても止める余裕が無いと断られることもあった。
まあ、俺達が普段着なのも影響しただろう。騎士の正装ならば、ちょっとぐらいの無理をしてももてなしてくれたはずだ。
だが今は休暇中。さすがに兵士として上から出るのは気が引けた俺達は、素直にあきらめ野宿をして夜を明かしたりもした。
そんな旅も今日で終わり。借りた二頭の調子も良く天候にも恵まれ、問題なく村まで辿り着けそうである。
「にしてもやっぱ遠いよな。帰省するにしても、もうちょっと考えないといけないかもしれん」
「毎回馬を借りるのもね。村で面倒見ないといけないし」
「いっそのこと魔導車買うか。今回の勲章にたしか報奨金もつくはずだし」
栄誉の勲章だけでなく、国からは多額の報奨金も出るはずである。それがあれば、魔導者の一台ぐらいならば十分維持できるだろう。
荷台に詰め込めるだけ魔力液を詰め込めば、往復分の燃料ぐらいは持つはずだ。
「それも良いかもね。そう言えば、最近魔導二輪車ってのも出たらしいよ。コンパクトで維持費が魔導車ほどかからないんだって」
「俺も聞いた。けど、あれってあんまり荷物は載せれなさそうだしな」
魔導二輪車はまんまバイクである。魔導車よりも小さい分維持費は安く済むし、燃料も少なくて済む。しかし、走行距離は魔導車よりも短いし、荷物も馬と同じ程度しか乗せられない。どうせ帰ってくるときはアンジュと一緒になるのだから、荷物は二人分になるはずだし、そう考えると魔導二輪車よりも魔導車の方が良い気もするのだ。
「私も買って、二人で散歩とか?」
「ツーリングか。けど、アンジュの給料だと結構ギリギリだろ?」
「うーん、厳しいかも」
アンジュは自分の給料と生活費を考えて、顔を顰める。
サポートメイドはアルミュナーレ隊に入れば同じだけの給料が支給されるが、やはりそれだけでは維持費を賄うのは少し厳しい。男ならそれでも大丈夫かもしれないが、アンジュは女の子。町に出て化粧品の存在を知っちゃったしな。
隊長になれば手当もつくし、それで女性でもやっとというレベルだろう。俺も報奨金が無ければ魔導車なんて買おうとは思えない。
「まあ、もし買ったら隣に乗せてやるよ」
「うーん、それもありだね!」
アンジュは少し悩んだ後、そう言って親指を立てた。
「まあ、どっちにしても一か月後だけどな」
「次はいつ来れるかも分からないし、ゆっくり選べばいいよ。維持用の場所とかも用意しないといけないんだし」
「色々調べてる時間があると良いんだけどな」
他のブロックの防衛部隊からも、どうも帝国の動きがきな臭いと言う情報が上がって来ている。
今回の前例のない大規模侵攻といい、やけに活発なのは気になるところだ。
敵側に潜伏させていた諜報も、壊滅しているのが判明した。いつから乗っ取られていたのかは分からないが、敵の数を見るにかなり以前から諜報部隊は壊滅していたのだろう。
それらを考えると、どうも今後ゆっくり調べられる時間があるとは思えなかった。
「今は村に帰ってしっかり息抜きすることを考えるか」
せっかく帰るのだ。いつまでも考えてばかりで難しい顔をしていれば、家族にも心配を掛けてしまうだろう。たまには思いっきり羽目を外すのも良いかもしれない。
「そうだね。ほら、煙が見えてきた」
俺達の進む先、森の中から白い煙が上がっているのを見つけて、アンジュが一段とテンションを上げるのだった。三年ぶりの村はもうすぐそこだ。
しばらく走ると、村の畑が見えてきた。俺達は馬を降りて歩いていく。
すでに今日の仕事は終わっているのか、畑に村人たちの姿は見えない。
「変わってないな」
「だね。出た時まんまだよ」
だが、綺麗に整理された畑たちは、いまだに村が健在であることを示していた。
と、村の入り口が見えてくる。その先からは賑やかな話し声が聞こえており、中には子供のような笑い声もある。
俺達が村を出た後に子供が生まれたのかもしれない。俺達が出てすぐに生まれたのなら三歳ごろだろうし、色々な場所を走り回る時期だろう。
そして、村人の一人が俺達に気付いた。村人は驚いた様子で俺達を見ると、急いでどこかに駆けて行った。あれは親に知らせに言ったな。
「騒がしくなりそうだ」
「手紙に色々書いておいたから、エルド君はいっぱい怒られればいいと思うよ」
「おい、何を書いた!?」
「さあね」
アンジュは楽しそうに村の中へと入っていく。俺は、ため息を一つ吐いてその後を追う。
すると、村の奥から何人かの村人が慌てたように走ってくる。
その姿を見て、俺とアンジュは思わず足を止めた。
まあ当然だよな。俺の母さんと、アンジュの両親だし。
「アンジュ!」
「エルドちゃん!」
母さんたちは、真っ直ぐ俺達のもとまで走ってくると、そのまま俺達に抱き着いた。
俺はどうしたものかと思いつつ、とりあえず母さんの背中を撫でる。少し縮んだように感じるのは、俺の背が伸びたからだろうな。
「ただいま」
「おかえりなさい。元気だった? 風邪はひいてない? お金はちゃんとあるの? 同僚の人にいじめられたりして無い?」
矢継ぎ早に出る質問は、まさしく上京した息子に対する母の電話だ。
世界が違っても、心配することは同じだな。
そんなことを思いつつ、笑顔で問題ないと答える。
アンジュの家族も、アンジュと嬉しそうに抱き合っていた。あっちは、定期的に手紙を出していたからか、さほど生活面では心配されていないらしい。まあ、寮生活で隣の部屋は俺だしな。なんだかんだでよく俺の部屋に来てるし。
「父さんは狩り?」
「ええ、今年はまだ一匹しか狩れてないからって朝から頑張ってるわ」
「そっか。なら帰ってくるのは夕方かな」
「そうね、それまでにいっぱいお話ししましょ」
「ああ、話したいことも沢山あるしね」
アンジュ達と別れ、俺は生まれた家へと戻ってきた。
「懐かしいな。変わって無い」
「所々修理はしてるわよ。けど、立て直せるほど余裕はないわね」
「仕送りする? こっちも給料出てるし、余裕はあるけど」
「何言ってるのよ。父さんだってまだまだ現役なんだから、そのお金は自分の為に使いなさい」
「了解。まあ、大変になったら言ってよ。その程度の余裕ならあるから」
なんてったってアルミュナーレ隊の隊長ですからね!
「変わらない場所も多いけど、変わったことだって沢山あるわよ」
「そうなの?」
辺境の田舎が三年程度で早々沢山変わるとは思えないのだが。
そう思って首を傾げていると、母さんは笑みを浮かべながら家の扉を開け中へと入っていく。
俺は疑問を抱きつつ家の中へと入り、その変化に気付いた。
「ベビーベッド?」
居間の隅に置かれた一台のベビーベッド。それは俺もかつて使っていた物だが、成長と共に物置にしまわれてしまっていたはずだ。
そして、その中ではもぞもぞと動く小さな命。
「一昨年生まれたのよ。名前はエミナちゃん」
「新しい家族が出来てたんだ」
「エルドちゃんより手が掛かって楽しいわ。お父さんもべた惚れだしね」
「まあ、始めての女の子だからね」
あの凶悪な顔で赤ちゃんに近づいたら泣きそうなんだけど、その辺りはどうなんだろう?
「父さん泣かれてない?」
「やっぱり親は分かるのかしらね? お父さんが抱くといつも笑ってるわ」
「へー」
子供ってすごいんだな。いや、俺も父さんたちの子供だけど。
そんな感想を抱きつつ、俺はベビーベッドをのぞき込む。エミナは突然現れた知らない顔にびっくりしたのか、俺の顔を凝視したまま固まっている。
そして、母さんが俺の隣から覗き込むと、嬉しそうにニコリと笑い母さんに向けて小さな腕を伸ばす。
母さんはその腕をとってエミナを抱き上げた。
「一歳ってことはそろそろ立てる時期?」
「そうね、今はつかまり立ちだけど、もう少ししたら歩き始めると思うわ。エミナちゃんも早く歩きたいみたいで頑張ってるしね」
「そっか」
俺の時はどうだったかな。確か俺も早く歩きたくてかなり頑張った気がする。
俺がエミナを見ながら昔を思い出していると、母さんがエミナを抱いたまま尋ねてきた。
「エルドちゃんも抱っこしてみる?」
「大丈夫かな?」
落としそうで不安なのだが。母さんに抱かれているエミナは大人しいけど、今日初めて会った人物に抱かれても大人しいかどうか。
「大丈夫よ、ちゃんと抱っこしてあげれば簡単には落ちないから」
「わかった」
母さんに言われ、俺はエミナを受け取る。
すでに首はしっかりと据わっているため、俺の腕に座れるように尻の下に腕を回し、体を背もたれにして、シートベルトのようにもう片方の腕をエミナ腹へと回す。
言われた通りにやってみると、エミナは俺の腕の中にすっぽりと納まってしまった。母さんが近くにいるおかげか、暴れたりぐずる様子もない。
「ね、言ったとおりでしょ?」
「ああ。赤ちゃんって結構重いんだな」
腕にずっしりとのしかかる重量感は、ただ体重だけの重みではないのかもしれない。
「エミナちゃん、おにいちゃんでちゅよ」
母さんがエミナの頬を突っつきながら赤ちゃん言葉で話す。まだ言葉をあまり理解できていないエミナは、頬を突かれて嬉しそうにきゃっきゃと笑う。
「ほら、エルドちゃんも」
「え? 俺もやるの!?
「お兄ちゃんなんだから当然でしょ? ほら」
「お、おう」
前世でも兄弟はいなかったから、どのように接していいかわからないが、本当にそれでいいのだろうか。
「エミナ、お兄ちゃんだぞ」
軽くゆすりながら言うと、エミナは再びきゃっきゃと笑う。
こんな感じでいいのだろうか。
と、エミナが母さんに向けて手を伸ばし始めたので、俺は母さんにエミナを返す。
エミナは嬉しそうに母さんに抱き付くと、その胸に顔をうずめた。
「やっぱ母さんのほうが抱かれ心地がいいみたいだね」
「母の特権ね。さ、お父さんももうすぐ帰ってくるだろうし、夕食の準備しなくっちゃ」
「手伝うよ」
「それより荷物を置いて部屋の換気をしてきなさい。定期的に掃除はしてたけど、換気しておいたほうが気持ちがいいと思うわ」
「了解」
空気は一日部屋を使わないだけで淀むからな。まあ、掃除してくれてただけありがたいか。
俺は母さんに言われた通り、自分が使っていた部屋に向かった。
部屋の換気と荷物整理を終え、俺は居間でエミナと一緒に母さんが料理を作る背中を見ている。エミナは、俺のことを家族と認識してくれたのか、俺が抱っこしても笑ってくれるようになった。
「母さんは変わらないな」
エミナを生んでもその体型は変わらず、いつもニコニコと楽しそうにしている。少し小じわが増えたようだが、それでもまだ実際の年齢よりは幾分か若く見えるだろう。
そんなことを思いながら、エミナの頭をなでていると、突然玄関の扉が勢いよく開かれた。
驚いてそちらを見ると、息を切らした父さんが汗だくで立っている。
「エルドが戻ってきたって本当か!」
あまりの慌てように、エミナがビクッとなってぐずりだした。俺はすかさず頭を撫で、顎を軽くくすぐってやる。すると、エミナはすぐに笑顔を取り戻した。
顎をくすぐって笑うって、なんだか猫みたいだな。
「父さん、エミナが驚くだろ。もう少し静かにドアは開けてくれ」
「あ、ああ。すまん。ってエルド、本当に帰ってきてたんだな!」
「休暇をもらっただけだけどね。ただいま」
「そうか、アンジュちゃんからの手紙で正式にアルミュナーレの操縦士になったのは知っていたが、上手くやれているのか?」
「もちろんだ。今はアンジュと同じ部隊に配属されて、一緒に頑張ってるよ」
配属されたというか、自分で配属先を志願したんだが。
「父さんのほうはどうなの? 狩りで怪我とかしてないか? そろそろ年なんだから、気を付けてよ」
「もちろんだ。村に新人の狩人が一人入ったから、今はそいつを教育しながらだが、俺はまだまだ現役だ」
「そっか、村も少しずつ変わってるんだ」
変わっていないように見えて、エミナやその新人のように、少しずつ変わっているところもあるらしい。
と、母さんが台所から料理をもってやってくる。
「お父さんお帰りなさい。ごはんができるから、話は食べながらにしましょう。お母さんもいろいろとエルドちゃんのお話聞きたいわ」
「そうだな」
夕食を食べながら、俺は今までどんな生活を送ってきたのかを話した。
フォートランの発展具合。アカデミーでの仲間たちや教官、師匠のルネさん、三十一隊の仲間、初めての戦闘、敵の侵攻。軍事秘密もいくつかあるため、すべてを語ることはできなかったが、それでも夕食の時間だけでは到底語り切れず、エミナがぐずり出すまで俺は話し続けた。
母さんが一足先にエミナを連れて寝室へと向かい、俺と父さんは今でお茶を飲みながら語り合う。
「ずいぶんと色々な経験をしてきたんだな」
「ああ、今度は隊長になるし、知らないことばっかりだ」
「だが仲間は信頼してくれているんだろう?」
「どうだろう……隊長がいなくなったから仕方がなくじゃないかな?」
まだ部隊に参加して半年しか経っていない新米にそんなすべてを任せられるとは思えない。ただ、操縦士が隊長になることが決まっているから仕方なく従っているだけかもしれない。そんな不安は、俺の中に付きまとっている。
「確かに不安は分かる。だが、それはエルドがこれから信頼を勝ち取るしかない。最初はだれだって初めてなんだ。エルドの部隊の人たちは、最初からできないからと言って見捨てるような人たちか?」
「違う」
短い時間しかまだ一緒に仕事をしていないが、それは違うと言える。
あの人たちは、そんな器量の狭い人たちじゃない。
じゃなければ、あの戦場で即座に俺の支持に従ってくれたりはしないだろう。
「ならあとはエルドしだいだ。信頼を勝ち取るには、まず相手を信頼しないとな」
「ありがと、少し安心した気がする」
移動の疲れもあるのか、安心したら少し眠くなってきた。
俺があくびをひとつすると、父さんは苦笑してそろそろ寝るかと俺の分のカップも持って台所へともっていく。
「しばらくはここにいるのか?」
「三日か五日ぐらいかな。移動時間も考えると、遅くても七日後ぐらいには出たい」
常に旅が順調に進むとは限らない。途中で雨に降られれば、移動速度は著しく遅くなるし、何かトラブルに巻き込まれる可能性もゼロではない。
そう考えると、移動に十日程度の余裕は持たせておきたかった。
「そうか、ならゆっくり過ごせばいい。村も少しずつ変化している。それを見つけるのも面白いと思うぞ?」
「エミナを見て実感してるよ。村に入るときに、子供の声が聞こえたってことは、エミナ以外にも生まれてるんだろ?」
「ああ、何人かな。お前たちがいなくなって、跡取りがいないことに不安を覚えた人たちが頑張ったんだ」
「今までが不思議なぐらい子供少なかったもんな」
町へ出て行ってしまう子も何人かいたとはいえ、それでも村の子供の数は少なかった。どうせいなくなってしまう。そんな考えが蔓延していた村は、確かに滅びの危機に瀕していたのだ。しかし、今はその村に子供が増え始めている。
「この村もまだまだ頑張れそうだ。アンジュが定期的に手紙を出してくれたおかげで、商人も定期的に顔を出すようになってくれたからな。少しは町の物が入ってきて、生活が楽になった」
「悪かったよ。手紙出さなくて」
「まったくだ。少しは母さんの不安も考えてやりなさい」
俺からの手紙が全く来ないことで、母さんはかなり不安を抱えていたらしい。それはエミナの出産にも影響が出たのか、難産だったらしい。今は問題なく生活できているが、生んだ直後は疲労が酷かったそうだ。
それを聞いて、さすがに反省する。
「月一は出すようにするよ」
「そうしなさい。まあ、母さんはアンジュに監視するように頼むようだから、サボれないだろうな」
「面倒な……」
手紙を書けと催促してくるアンジュの姿が目に浮かぶ。
「さ、夜も更けてきたことだ。そろそろ一杯と行こうか」
台所から戻ってきた父さんが持っていたのは、二つのグラスと酒の瓶。
「明日の狩りは大丈夫なのか?」
「手伝ってくれるだろ?」
父さんの答えに苦笑しながら、俺はグラスを受け取るのだった。
PCを新調し、慣れないキーボードに苦戦しながら書いています。
そのせいで、少し更新速度が落ちるかもしれません。enter、backspace、shiftキーが今までよりかなり小さくて押しにくい




