8
機体を走らせ続けて約一時間。少し疲れてきたところで、占拠された町レルストの外壁が見えてきた。
町の規模としては臨時本部を置いているパラストほど大きくも無く、拠点としての重要度も言っては悪いがそれほどない町。しかし、サルサ砦の兵士達が休暇の度に訪れる為、自然と人が集まり大きくなった町だ。
緩衝地帯に近いため、町をぐるっと外壁が囲んでおり、その中の様子を窺うことはできない。しかし、外壁の向こう側から空へと登っていく黒煙が、あまり良い状態とは思わせてくれなかった。
俺が町へと近づいていくと、一人の兵士が馬に乗って掛けてくる。
「どこの部隊の者か確認を!」
「第三十一アルミュナーレ隊。副操縦士のエルドだ。応援に来た」
「助かります!」
「状況を説明してくれ」
「現在、敵機アルミュナーレはレルスト外壁付近に潜伏。逃げ遅れた町民を人質にとって、立てこもっています。こちらは歩兵部隊と大砲部隊で町を包囲しています」
「大砲部隊だけじゃ辛いだろうな」
まだ馬車が主流のこの時代では大砲を運ぶのも一苦労だ。その上、装弾性に問題もあり、一発撃ったら弾詰めてなんてやっていれば、アルミュナーレに魔法で薙ぎ払われるのが落ちだ。
「引きこもっているのは、一般的な敵国のアルミュナーレか?」
「はい、緑の機体に赤いラインが入ったものです。外壁の上から確認したところ、特に変わった装備もありません」
「了解した。とりあえずそちらの部隊に合流する」
人質を取って立てこもられているとなると、強引に突っ込むわけにもいかないしな。
俺は外壁近くに集まっている歩兵部隊の下へと機体を進ませる。
俺がそこに辿り着くと、兵士達が軒並みこちらに向けて敬礼を行っていた。それで思い出す。操縦士の立場は、一般兵よりも一段地位が高いのだ。整備士や機動演算機ライターも地位としては一般兵よりも上なのだが、一般兵への命令権を持たない。しかし、操縦士副操縦士だけはその命令権を有しているのである。まあ、非常事態でもない限りは、使われないけどな。基本的に向こうにも指揮官はいるし、指揮官がいるならそっちの命令が優先される。
機体を停止させ、操縦席から飛び降りる。
瞬間、兵士達からザワッとどよめきが走るが、俺が魔法で静かに着地するとそのざわめきは感嘆へと変わった。
操縦士学科にいれば当たり前の魔法なのだが、一般兵にはこんなものでも珍しいらしい。
「ここの指揮官にお会いしたい」
「ご案内します」
馬でここまで連れて来てくれた兵士が、そのまま俺を一つのテントへと案内してくれた。
「アベル隊長、第三十一アルミュナーレ隊のエルド様がお会いしたいとのことです」
「通せ」
テントの中から返答が来たので、俺は中へと入る。
そこには三人の兵士がいた。中央の俺とちょうどテーブルを挟んだ位置にいる、少し豪華な鎧をまとった男がおそらくアベル隊長だろう。その左右は他の兵士と変わらないみたいだし、副官とかかな?
「第三十一アルミュナーレ隊副操縦士エルド、応援に参りました」
「特殊兵装団隊長のアベルだ。応援感謝する」
隊長と軽く敬礼を交わし、早速本題に入る。
「それで、現状は? 人質を取られていると聞きましたが」
「敵アルミュナーレ隊の歩兵部隊が、逃げ遅れた町の住民を一か所に集め、人質としている。相手からの要求はまだないが、おそらく自国への安全な退路の確保だろうな」
「他のアルミュナーレ隊が全滅していることを教えても、投降は促せそうにありませんか?」
六機中五機はすでに破壊し、こちらが回収作業を始めている。その事を教えれば、敵だって絶体絶命であることを理解できるはずだ。
「おそらく無理だろう。こちらに敵機の全滅を確かな物とする証拠が無い」
なるほど、確かに倒しはしたのだが、それを証明する方法が無いってことか。まあ、破壊した機体をここまで運ぶわけにもいかないし、敵の嘘の情報だとでも思われればそれまでか。と、なると――
「人質を自力で救出するしかない訳ですか」
「そうだ。幸い敵歩兵数は少なく、人質が集められている建物も判明しているため、すでに救出部隊を編制している。ただ――」
「敵機が邪魔だったと」
「そうだ」
いくら歩兵部隊が頑張っても、アルミュナーレに出張られたら人質ごと吹き飛ばされるからな。ほんと、アルミュナーレって暴力的すぎるわ。それ一機で戦場のことごとくが支配させられる。
「では自分の任務は、救出に合わせて敵機を叩くことですね」
「出来ればそうしてもらいたいのだが……」
歯切れの悪い隊長の言葉に、俺は首を傾げる。もしかして、実力が疑われている? そりゃ、まだ副操縦士になって半年も経ってないですけど、これでもアカデミーは主席で卒業してますし、さっきまでに二機も撃破しましたし!
そう思いながら隊長を見ていると、ようやく理由を話しはじめた。
「この町の外壁は十メートル以上ある。門はすでに奴らに破壊されているため、アルミュナーレの進行ルートが無いのだ」
ああ、その心配か。
「門の瓦礫を撤去するとなれば、相応の時間がかかるし、敵に挑発と取られ人質に危害が及ぶ可能性がある。この問題をどうにかしなければ」
「それでしたら、問題ありませんよ」
隊長が悩んでいるところ悪いが、俺からしてみればその程度の問題は問題にもならない。
俺の答えに、隊長が驚いたように目を見開いた。
「何か策があるのか?」
「あの外壁でしたら、大砲部隊が協力してくれれば飛び越えられます。敵機は外壁に取りついているという話しでしたし、そのまま襲撃でもしましょう」
それで俺は、めでたく三機目の撃墜となり勲章をゲットできるのだ。
「本当にできるのだな? 失敗は許されないのだぞ?」
「問題ありません。すでに、一度やっていることなので」
隊長の探るような視線に、俺は笑顔で答えるのだった。
隊長との作戦会議を終え、俺は機体に乗り込んで作戦開始の時を待つ。
機会は一度だけ。どちらか片方が失敗すれば、その時点で人質の命はないものと考えた方が良いだろう。
俺は乾燥してきた口に、水筒から水を流し込み、再びスカーフで口元を隠す。
「さて、そろそろか」
予定通り作戦が進行していれば、そろそろ合図が来るはずだ。
俺は出力ペダルを踏み込み、ジェネレーターの出力をゆっくりと上昇させていく。
徐々に高まっていくジェネレーターの駆動音に、俺の心臓が合わせて高鳴る。
二つの鼓動を同調させるように感情を昂らせていくと、外壁の向こう側から信号弾が打ち上げられた。作戦開始の合図だ。
それと同時に、俺はフッドペダルを踏み込み、機体を走らせる。直後、俺の真横に設置された大砲がズドンッと重い音を立てて砲弾を発射した。
砲弾は俺の横を通り抜け、まっすぐに進むとそのまま外壁に直撃し壁を削る。
さすがにアルミュナーレに対処するために作られた外壁だけあって、大砲の一発ではビクともしない。しかしそれでいい。
さすがにいくら強固な外壁と言えど、砲弾がぶつかった場所は石が砕け凹みが出来ている。
俺が欲しかったのは、その凹みだ。
そこに向かって俺は勢いよく機体を跳躍させる。
つま先を突きだし、凹みに向けて勢いよく突き刺せば、仕込みは完了。
後は全力で!
「踏み切る!」
突き刺した足に全力を込めて、空へと向けて二度目の跳躍。さらに手を伸ばし、外壁の淵にひっかける。
ああ、思い出す。初めてアルミュナーレを操縦した日のことを。
これはあの時の再現だ。崖を一息に登り、敵目掛けて蹴りを放った時の!
外壁へと乗り上げれば、目の前にはめちゃくちゃになった町が広がっていた。いたる所で火の手が上がり、消火する者のいない町はゆっくりと黒く染められていく。
救出部隊と歩兵部隊が戦っているのか、すぐ近くで剣をぶつけ合う音や悲鳴が聞こえてきた。
できればそちらを助けてやりたいのだが、俺の仕事はそれじゃない。
俺のやるべきことは――
「見つけた」
俺が飛び上がった外壁の真下。そこを走っている一機のアルミュナーレ。
おそらく歩兵部隊の援護に向かうつもりだろう。だが、それはさせない。
一撃で終わらせる。
俺は外壁の上を敵機に合わせて並走すると、外壁の上を走る音に気付いたのか敵機が足を止め振り返りながら頭部カメラをこちらに向けた。
「な、何故アルミュナーレがそんなところにいる!」
「お前を叩くためだ!」
逆手に剣を持ち勢いよく外壁から飛び降りる。目標は敵機の真上だ。
「そんな!? こんなはずじゃ!」
「それは戦争被害者全員のセリフだ! テメェのセリフじゃねェ!」
「うわぁぁああああ!」
落下の加速を持って振り下ろされた刃は、敵機の頭部から切先を刺し入れ、操縦席を貫いた。
危うくその下にあるジェネレーターも壊しそうになったが、とっさに剣を曲げて背中側へと抜けさせることでそれを防ぐ。強引に曲げた衝撃で剣が歪んでしまったが、元々敵の物だし気にしなくてもいいだろう。
「これで三機目。っと、救出部隊は」
勲章ゲットを喜んでいる場合じゃない。向こうが失敗したら、俺のがんばりも水の泡なのだから。
機体情報を表示していたモニターの一枚で、可動式カメラの映像を写し救援部隊を探す。
彼らは、礼拝堂のような建物を守るように敵と戦っている。おそらくあの中に人質がいるのだろう。守るように戦ってるってことは、中の連中は排除出来たのかな?
とりあえず俺は、こっちの作戦が終了したことを宣言しますか。マイクの魔法の音量を最大にまで上げ、町中に俺の声が届くようにし、勢いよく息を吸い込む。
「第三十一アルミュナーレ隊のエルドだ! 帝国のアルミュナーレは撃破した! 繰り返す、帝国のアルミュナーレを撃破した! 敵の脅威はもう残りわずかである! これより掃討戦に移行せよ!」
俺の放った言葉は、全味方を奮起させ、敵歩兵部隊を敗走させるのには十分すぎる威力を持って、救出作戦を勝利へと導いた――と、思う。
レルストを解放した俺は、後処理を行う部隊を残してパラストへと戻って来ていた。
日はすでに傾き始め、一日の終わりを告げようとしている。
「ふぅ、さすがに連戦は疲れるわ」
俺は隊用に用意されたテントの中で、足を投げ出し濡らしたタオルを目に当ててだらりと体の力を抜いていた。
現在はオレールさんたちに機体の整備を任せて、俺は休憩だ。そろそろ日が沈むころだし、翌朝までは一時的に休戦になるかもしれないが、俺はブノワさんが情報を仕入れて戻ってきたら、速攻でソーレ砦の援護に向かうつもりだった。
何せあそこにはバティスやレオンがいるのだ。あいつらなら簡単に死ぬことは無いと思うが、気になっておちおち眠ってもいられない。
と、不意に入口の布が持ち上げられ、誰かが入って来た。
「エルド君、大分お疲れかな?」
「その声はブノワさん?」
タオルをどけて顔を上げれば、テントの入り口にブノワさんが立っていた。
「ブノワさんこそ、目元に隈が出来てますよ」
「はは、さすがに頑張り過ぎちゃったかな。まあとりあえず手に入れた情報だけ伝えるよ」
「お願いします」
「ソーレ砦は現在こう着状態。アルミュナーレ隊の隊員に被害は無いみたいだけど、守衛は大分やられたみたいだね。ただ、巡回部隊の物資がそろそろ危なくなってきそうな気配はあるよ。さすがにあの状態じゃ補給は受けられていないだろうし」
「でしょうね」
数の多い相手を挟撃しながら補給するなんて曲芸、俺でも無理だ。
さすがに日がくれれば戦闘は一段落するだろうし、勝負は明日の朝になるな。
まあ、アルミュナーレ隊の隊員に被害が無いと分かったのは幸運だ。バティスとレオンも無事ってことだし。
ホッとしたら眠くなってきたな。
「明日、日の出前にソーレの増援へ向かいます」
「了解。斥候は任せてね」
「お願いします」
オレールさんたちに頼んだ整備も、今日中に終わると言っていたし、明日の日の出には間に合うだろう。
後は、俺の体調を万全にしておかなければ。
「じゃあ俺は少し眠りますんで」
「僕も少し寝るよ。さすがに動きっぱなしで疲れた」
俺達はそれぞれに用意された簡易ベッドへ倒れ込み、そのまま眠りにつくのだった。
四時間程度の睡眠を経て、体力を回復し俺は再び機体の下へと向かう。
夜間の修理時間を掛けて修理された機体には、しっかりと左腕が付いていた。
「左腕付けたんですね」
「いつまでも片腕じゃさまにならんじゃろうが」
ぼさぼさの髪を余計にぼさぼさにしたオレールさんが、ガシガシと頭を掻きながら唸る。
「それもそうですね。道具持つぐらいはできますし」
「もっと別の使い方があると思うんじゃがのう……」
はは、左腕なんて武装のロック替わりでしょ?
「とりあえずお疲れ様です。ここからは俺達の仕事なんで、オレールさんも少し休んでください。じゃないとあっちの人たちみたいに倒れますよ?」
俺の視線の先には、地べたに直接倒れて眠るリッツさんをはじめ数多の整備士たちの姿があった。
昨日の戦闘開始からずっと機体の整備や拠点設営で走り回ってたしな。体力が尽きて当然だ。
「そうじゃな、後は任せるぞ」
「ええ、サクッとソーレの敵機を叩いて、こんなバカげた侵攻さっさと終わらせますよ」
「自信を持つのは良いが、慢心するでないぞ。油断は一瞬の隙を生む」
「はい」
そうだな。これはゲームじゃなくて現実だ。コンテニューなんて出来ない戦いで、油断や慢心なんてもってのほかである。
常に全力で、確実を取って勝利する。
パチンと頬を叩いて気合いを入れ直し、俺は機体へと乗り込んだ。
機体のチェックをしていると、足元にブノワさんがやってくる。
「おはようございます。調子はどうですか?」
「バッチリだよ。僕は先に行くね」
「お願いします。俺もすぐに出ます」
ブノワさんが町を出ていく。
「エルド機、出るぞ!」
その後を追って、俺も機体を出撃させるのだった。
パラストは王都からサルサ砦へと途中にあるため、ソーレ砦までは少し距離がある。
俺は日が昇る前の暗い空の下、草原を進んでいた。
さすがに足もとが見えないと、自分で出力調整するのも大変なので、バランサーやスタビライザーを起動させて、通常機動でのんびりと進んでいる。
「あと三十分ぐらいか? 日の出には間に合うけど」
ただ空が白み始めると同時に戦闘が開始されたら、少し出遅れることになるかもしれない。
速度を上げるべきか悩んでいると、少し先を進んでいたブノワさんが速度を落とす。
「どうしました?」
「エルド君は後十分ぐらいしたら一旦待機しておいてほしい。僕は砦に入って、作戦を聞いてくるよ。敵にこの機体の存在を知られてない方が、作戦の幅も広がるはずだし」
通常通り戦線に配備されるのなら、そのまま砦に向かえばいいし、奇襲として森から襲撃を掛けるのなら、この機体の存在は気づかれない方がいい。相手もソーレ砦への増援は注意しているだろうし、確かにあまり近づかない方がいな。
「分かりました」
頷いて俺は機体の速度を落とし、どこか隠れられそうな場所を探す。と言っても、全長八メートル超の機体が隠せるような場所がそうそうあるはずも無く、俺は少し進んだ先にある林の中にしゃがむことで隠れているフリをする。ぶっちゃけ、少し気を付けてみれば遠目からでも簡単にわかるしな。こういうのは気分よ気分。
ブノワさんが砦へと入っている間に、俺は簡易食料を齧り、水で腹を満たす。いい加減温かい料理が食べたい。
パラストでは配給部隊が食事を作ってくれていたので、昨日の夜に食べようと思えば食べられたのだが、疲れのせいで寝てしまい食べ逃したのだ。
「今日中に終わらせるか」
後は砦だけなのだ。今日中に全部終わらせて、さっさとジャカータに戻りたい。情報は色々と行ってるだろうけど、アンジュも心配しているだろうしな。
しばらく待つと、ブノワさんが戻ってくる。
「どうでした?」
「とりあえずソーレの指揮官に作戦を聞いて来た。エルド君にはこのまま砦には入らずに、森の中を進んで敵を強襲して欲しいって。巡回部隊だった味方機も森の中に潜んでいるからそれだけは気を付けてって言ってた」
「敵の識別はブノワさんに任せますよ」
「はは、責任重大だな」
ブノワさんの能力なら十分できると思ってますよ。
「じゃあ行きましょうか」
「そうだね。いい感じに明るくなってきた」
森の影に光がさしはじめ、太陽の上部が小さく顔を出す。それと同時に、俺達は動き始めた。
森の中を進みながら、指揮官たちから聞いてきた情報を元に敵と味方の大まかな位置を割り出す。
先に巡回部隊と合流することも考えたが、それも敵にこちらを知らせてしまう可能性があるため後回しにした。とりあえず、現状の優位性を最大限に引き立てるため、初撃で何機か落としたいところではある。
そう思っていると、少し先の森の中でアルミュナーレ同士が戦う地鳴りの混じった独特の戦闘音が鳴り始めた。
「戦い始めた、巡回部隊か」
俺が機体を立ち上がらせると同時に、信号弾が森の上空に輝く。あれはブノワさんから味方に対してだ。つまり――
「行く!」
ペダルを踏み込み、機体を加速させる。
森の中を一気に駆け抜けた機体は、すぐに切り結ぶ二機のアルミュナーレを発見した。
両機とも連戦で疲弊しているのか、どことなく動きが重く、機体も傷だらけである。正直、あの動きなら相手にならない。
突然飛び出してきた俺に慌てた敵機だが、信号弾で俺の存在を知っていた味方機が慌てずに抑え込む。その隙を突いて、横から操縦席に剣を一突き。
あっさりしすぎるほど簡単に、一機の撃破に成功した。
「第三十一アルミュナーレ隊エルドです。増援に来ました」
「第二十六アルミュナーレ隊ヲンだ」
二十六隊と聞いて、ふと引っかかりを覚えた。最近どこかで聞いたような――
「エルド! エルドが乗ってるのか!」
声は、少し離れた森の中から聞こえた。
カメラを向けると、馬に乗った二人の騎士の姿が見える。
その一人は俺のよく知る顔。
「そうか、二十六隊はバティスが配属された隊だったな」
「君はバティスと同期か?」
「はい、ボドワン隊長が戦闘で負傷したので、代わりに乗っています」
「ボドワンさんは無事なのか?」
「命に別状はありません。ただ、派手にやられましたので、怪我は少し酷いですね」
その攻撃の跡は、今も機体にはっきりと刻まれている。さすがに一日の応急修理では左腕をくっつけるのがやっとだし、そもそも交換用のパーツが無いからな。
「そうか。今の動きは素晴らしかった。初戦での撃破おめでとう」
ヲン隊長は、これが俺の初陣だと思ったらしい。
それなら、その言葉は正しいんだけどな……俺は内心苦笑しつつ訂正する。
「すみません。これで四機目です」
「な!?」
巡回部隊は、あまりこちら側の情報を得られていないようだったので、俺はサルサ側の情報をざっとヲン隊長に渡す。
隊長はサルサが陥落したことに狼狽し、町が被害に遭ったことに落胆し、すでに取り戻していることに歓喜し、俺が三機を潰したことに驚愕した。感情表現の忙しい人だ。ある意味バティスに似ているのかもしれない。
いや、バティスがヲン隊長に似ているのか? まあどちらでもいいか。
「サルサ側は一通り収拾がついています。後はこちら側の敵を撃破するか押し返せば、今回の侵攻は一段落になると思います。それで、二十六隊の補給はどうなってますか? そろそろ厳しくなると予想していたのですが」
「ああ、見ての通り機体はボロボロだし、燃料も心もとない。今も魔法の使用は極力抑えている」
「やはりですか。では自分が敵機の数を削るので、その間に砦に入ってください。できるなら撃破したいところですが、こちらの機体が砦に入れば簡単には落とせなくなりますし、敵も撤退する可能性が出てきます」
現状挟撃しているせいで、逆に敵の退路が断たれてしまっている。それを作ってやれば、戦況が不利なのを知っている向こうは勝手に撤退してくれる可能性もある。今も一機潰した所だしな。
「そうだな。エルドの意見に賛同しよう。巡回組のもう一部隊にも連絡を取る。クルラ」
「分かったわ。バティス、行くわよ」
「了解!」
ヲン隊長の指示に、バティスと一緒にいた騎士が答えバティスを連れて森の中へと入っていく。
と、二人が消えた反対側に赤い信号弾が打ち上げられた。
「敵機か!」
「ブノワさんナイスです」
俺は即座に機体を反転させて、森の中を進む。
木々の間をすり抜け、敵機を確認した直後その敵機からファイアランスが放たれた。
森の中でもファイアランスとは遠慮なしだな!
躱すと森が火事になる可能性もあるため、俺はマジックシールドで威力を減衰させ、剣で槍をかき消す。
「森は大切にしましょうね!」
一気に駆け寄りながら剣を振り下ろす。敵機はしっかりと受け止めるが、こいつも連戦で消耗しているのか動きが悪い。パワーが出ていないのか、右腕一本の振り下ろしでも押しきれてしまいそうだ。
だが、俺にはこの後も残り四機と戦わなきゃならないんだ。ここで無駄なエネルギーを使うつもりはない。
鍔迫り合いからすぐに引き、剣を左腕へと持ち変える。そう言えば久しぶりに左の操縦レバーを握ったな。まあ、持ち替えただけで使う訳じゃないんですけどね!
空いた右手でハーモニカピストレを構え、右ひじに狙いを定め放つ。
至近距離で放たれた弾丸は、一撃で関節を破壊し握力を奪う。
さらに続けざまにもう一発を放ち、反対の腕も無力化した。
「さ、これで終わりだ」
両手を失った機体に出来ることなどほとんどない。
俺はハーモニカピストレを腰裏に戻すと、左手の剣を右手に持ち替え突きの構えを取る。
相手はすでに戦意を喪失しているのか、その場に呆然と立ちすくんでいた。
「こ、降伏する。助けてくれ」
「なら機体から降りて地面に伏せ、両手を頭の上に回せ。少しでも変な動きをすればすり潰す」
「分かった」
プシュッと空気の抜ける音と共に、敵機の後部ハッチが開き操縦士が機体から飛び降りる。その場で膝を着くと、俺の言うとおりに地面にうつ伏せになり、頭の上に手を回した。
「そのままでいろ。こちらの歩兵がお前を捕縛する」
敵機の降伏で、戦いは終了となったが、これって撃破数のカウントに入れてもいいのだろうか? 機体的には無傷なんだけど。つか、この機体どうするんだ? このままここに置いといたら敵に回収される可能性もあるし、持ち帰った方が良いんだろうけど、まだ森の中には敵機がいるみたいだしな。
この後どうするかを考えながら、俺はブノワさんが戻ってくるのを待つのだった。




