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「おらおら! その程度か!」
ブンブンと棍棒を振り回しながら、赤い機体が威嚇してくる。
他の二機は剣を構えているものの、あの棍棒に攻めあぐねているようだ。
「こちらから攻め込むぞ」
「はい」
グッと手すりを掴み、体を固定する。
隊長が魔法を発動させ、赤い機体に向けてクレイランスを放った。
赤い機体は、マジックシールドでクレイランスの結合を弱め、その棍棒で叩き割る。それだけ見ても、この機体の操縦士がかなりの腕を持っているのが分かった。
「あの機体、帝国のものじゃないですよね?」
「ああ、おそらく戦争屋だろう。帝国は傭兵も雇って戦力の補強を行っていると聞く」
「ドゥ・リベープル」
その名前は、俺にとっては懐かしいものだ。
何せ、初めての戦闘はそのドゥ・リベープルとの戦いだったのだから。
確かフォルツェと言っただろうか、あの操縦士は今どこで何をしているのか。できることなら、二度と会わないのが一番いいんだろうけど。
「ちっとはマシな奴が来たじゃねぇか! 雑魚どもはすっこんでな!」
赤い機体から聞こえてくる好戦的な声に、隊長は剣とタワーシールドを構え冷静に様子を窺う。
「ボドワン、こいつかなり強いぞ」
「気を付けろ」
「了解した」
その間に、他の二機が隊長に忠告しながら後方へと下がり始めた。さすがに、損傷した機体のままでは戦闘の邪魔になると判断したのだろう。まあ、魔法で応援してくれるだけでも十分だ。
「来ねぇなら、こっちから行くぜ!」
敵機が左腕から炎弾を放つ。それはマジックシールドとタワーシールドの二つで難なく凌ぎ、お返しとばかりに隊長がファイアーランスを放った。
それはまたも、棍棒によって叩き割られる。
「あの棍棒が要か」
そうつぶやいた隊長が動いた。
機体を前へと進ませ、敵との距離を詰めると、タワーシールドを突きだす。シールドバッシュだ。しかし、敵機は盾に棍棒を叩きつけることで、それを防ぐ。
だがこれで棍棒は潰した。この状態からなら、すぐにこちらの攻撃に棍棒を使ってい対処することはできないはずだ。
隊長機の右腕が敵機の操縦席目掛けて剣を突き出す。
「甘い甘い!」
しかしそれは、敵が機体をしゃがませることで回避された。さらに、しゃがんだままこちらの足もと目掛けて蹴りを放ってくる。
隊長はそれに気づくと、タワーシールドを地面に突き立て蹴りを受け止めた。
「おら、まだまだ行くぞ!」
続けざまに、棍棒がタワーシールドへと叩きつけられる。重い衝撃が腕を通して機体を震わせた。
その間に敵機は機体の立て直し、隊長機との距離を取る。
「クッ……」
「ボドワン、援護する!」
「こちらも行くぞ!」
後方に下がった機体が、両機の間に距離ができたことで援護を始めた。
アイスランスとファイアーランスが赤い機体に向かって飛翔する。それに合わせるように、隊長も即座にファイアーランスを放つ。
三方向からの攻撃に、どう対応するのかと赤い機体を見ていると、敵機は突然走り出し隊長機との距離を詰めながら、ファイアーランスの一本を棍棒で叩き割る。
「そろそろ本気だ! ぶっ倒れんなよ!」
赤い機体の操縦士が、歓喜するような声で隊長に向けて言葉を放ち、同時に左腕を機体の背後に回したかと思うと、そこからケーブルのような物を引っ張りだし、棍棒の柄の部分に接続した。
あの棍棒、ただの棍棒じゃないのか?
だが、ケーブルを接続してもなにか変化があるようには見えない。
「受け止めるのは危険か」
隊長も何かあると判断したのだろう。タワーシールドを敵機に向けて投げつけ、空いた手にも剣を握る。
投げつけられたタワーシールドを、敵機は左腕で受け流しさらに突っ込んでくる。二刀流にあの棍棒一本で対処するつもりのようだ。
「まず一発!」
振り下ろされる棍棒を、隊長は後方に下がることで躱す。
直後、勢いよく地面へと突き刺さった棍棒が、激しい爆発を起こした。
「なに!?」
「うわっ!?」
スレスレで躱してカウンターを狙った隊長機は、その爆発に巻き込まれ後方へと激しく転倒する。
俺は必死にパイプへと捕まり、操縦席内で転げまわるのを防いだ。
「エルド、大丈夫か」
「はい、問題ありません。それより」
「分かっている!」
隊長機が追撃に備えて横へと転がる。するとやはり、隊長機が倒れていた場所目掛けてもう一度棍棒が振り下ろされていた。しかし今度は爆発が起きない。
爆発させるかさせないかは、向こうが自由に設定できるみたいだ。おそらく、あのケーブルを繋げたことで、その機能が発生したのだろう。
と、考えればあの棍棒は今機体の一部として扱われているはずである。ならば、火器のあまり発達していないこの世界でのあの爆発は、魔法の可能性が高い。
「接続式の魔法武器か、厄介だな」
「やっぱり魔法ですか」
「条件付けで発動させる魔法だ。あれは棍棒が当たった時にその場所で爆発を起こすように設定してあるのだろう」
仕組み自体は割と簡単なものだ。そもそも発動条件のある魔法に、接触の設定を加え、魔法の発動位置を最初から固定しておけばいいのだから。
俺がマニュアルコントロール時に行う、射撃地点の固定集束とやっていることは変わらない。
「面倒な武器に当たったな」
機体を起こしながら、隊長が毒づく。
あの武器は受け止めることができない。ただの剣で受け止めようものなら、至近距離からの爆発で簡単に剣を折られ、そのままの勢いで殴られるだろう。
回避しようにも、カウンター狙いの回避では爆発の衝撃を浴びて先ほどのようにバランスを崩される。
隊長がタワーシールドを捨てた判断は正しかったようだ。あんな衝撃をタワーシールドで浴びれば、左腕が壊れかねない。
「けど弱点もありますよね?」
「ああ、頻繁には撃てんはずだ」
あれだけの爆発を起こす魔法なのだ。濃縮魔力液の消費もそれなりのもののはず。
それにあれほどの衝撃。連発すれば、相手にも相応のダメージが入らない訳がない。
そこに攻略のヒントがあるはずだ。
「ハハ! よく躱した! 次行くぞ!」
テンションの高い敵は、ヒャッハーと叫びながら俺達に向けて棍棒を振り上げる。
隊長は左手から剣を放すと、機体を密着させ振り下ろされる前の敵機の腕を掴む。
「やはり、棍棒に触れなければ爆発は起きないか」
「だからどうしたよ!」
振り下ろせないと分かった途端、棍棒を逆手に持ち変え手を放す。
落下してきた棍棒が、隊長機の左腕に触れたとたん、激しい爆発が起きた。
隊長機は激しく吹き飛ばされながら地面を滑る。
「エルド、大丈夫か?」
「俺は大丈夫です。それより左腕は?」
「完全に吹き飛んだな。だが、相手も無事では無いはずだ」
爆発の直撃を受けた隊長機の左腕は肘から先が完全になくなっていた。
しかし、煙が晴れ相手の機体を確認すると、相手の機体にも相応のダメージが入っているようだ。
棍棒を持っていた右手は肩の関節がダメになっているのかブランと垂れさがり、脇腹にも削れた跡がある。
棍棒は地面に落ちており、コードだけが機体と繋がっていた。
「ハハ! 面白れぇ! さあ、お互い片腕だ。ここからが本番だぜ!」
「棍棒さえなくなれば!」
「俺達でも十分潰せる!」
敵機が動き出そうとした時、敵機の左右へと回っていた味方機が攻勢へと出る。
二機とも多少の傷を負っているものの、今の敵機ならば数で押せると思ったのだろう。
だがそれは判断ミスだった。
「雑魚がうろちょろしてんじゃねェ!」
敵機は棍棒に繋がっているコードを掴むと、それを引っ張りコードを鞭のように振り回し始めた。
「棍棒が来るぞ! 躱せ!」
何をしようとしているのか気付いた俺は、とっさに叫ぶ。それと同時に、敵機がコードを操り棍棒を味方機に向けて放った。
「なっ!?」
一直線に味方機へと向かった棍棒は、操縦席を直撃し激しい爆発を起こす。
「ハハハ、これで三機目だ!」
「三機目だと!? ……まさか!」
「そうよ、砦にいた雑魚どもは俺が蹴散らしてやったぜ! この爆殺のヤヴァン様がな! おめぇもすぐにそいつと同じ場所に送ってやるよ!」
「そう簡単に!」
剣を構え、敵機へと向かう味方機。ボドワン隊長は機体を起こすとそれを援護するために魔法を放つ。
ヤヴァンはそれを横にずれて躱し、コードを操り棍棒を味方機に向けて飛ばす。
味方機は横から飛来する棍棒を躱すべく、飛び上がった。
しかし、ヤヴァンはコードを操り棍棒の軌道を修正する。
とっさに剣でガードするも、爆発は剣を簡単にへし折り、その胴体を穿った。
「四機目! 今日は大収穫だな!」
「そうはさせん!」
距離があってはあの鞭棍棒の餌食だ。しかし、間合いにさえ入ってしまえば、コードを操っても棍棒でこちらを襲わせることはできない。
こちらの味方機を爆破したことで、地面を転がる棍棒は、すぐには威力を溜められないはずだ。それを隊長も把握し、一気に機体を突っ込ませる。
ヤヴァンはコードを引っ張ると、棍棒を左腕に握り振り上げる。隊長の突撃にカウンターで返すつもりのようだ。
けど隊長だって伊達に隊長やっていない。
隊長は右手に握った剣を振り上げた棍棒に向けて投げつけた。
「なに!?」
剣は棍棒へと当り、強制的に爆発を発生させた。やはりあの爆発は、予め発動するかしないかを設定しておく必要があったようだ。
隊長はそれを逆手に取り、敵の態勢を崩させた。
爆発した棍棒の衝撃で、敵機の左腕が大きく後方へ流れる。今相手の胴体は完全に無防備だ。
隊長機は、左腰にジョイントしておいたもう一本の剣を抜き、敵機に向かって突き出す。
ガシャンッと鉄のひしゃける音と共に、赤い機体の操縦席を隊長の剣が貫いた。
「俺の勝ちだ」
「さすが隊長!」
剣を引き抜きながら、隊長機が一歩下がる。
赤い機体はその場に立ったまま、動く気配が無い。まあ、操縦席を貫かれれば当然か。操縦席の背後には機動演算機もあるし、それを破壊されれば万が一操縦士が生きていても機体は動かないはず――
「まだ死んでねェ!」
「なっ!?」
突如、敵機の目が光ったかと思うと、その左腕が動きだし棍棒を振り下ろす。
隊長はとっさに左肩へと剣を突き立てるが、ケーブルを引き千切られながらも左腕の動きは止まらない。
「テメェだけは道連れだ!」
そのまま振り下ろされた棍棒が、隊長機の胸部を叩いた。
ズガンッと激しい衝撃と共に、モニターが拉げ、バチバチと火花が飛び散り、金属の破片を隊長に降りかからせた。
俺はその激しい衝撃に頭を打ち、視界を暗転させた。
不意に意識が覚醒する。
ゆっくりと目を開けると、ぶら下がっているコードが目に入った。そして、頭に痛みを感じてとっさに手で押さえる。
ぬるりとした感覚が手に伝わり、驚いて押さえた手を見る。そこには液体が付着していた。たぶん、俺の血だ。
けど、意識はしっかりしている。そこまで危険な傷では無いのだろう。
俺はゆっくりと体を起こし、周囲を確認する。
薄暗い操縦席の傾きを見る限り、機体は仰向けに転倒しているようだ。これではハッチは開けないだろう。
とにかく隊長の無事を確認しなければと、俺は操縦席の前へと回る。
「隊長、無事ですか」
「う……うう」
俺の呼びかけに隊長が目を覚ました。
「エルドは無事だな」
「はい、少し頭を切ってますが、それだけです。隊長は……」
大丈夫ですか。そう言いかけ、口が止まった。
隊長は、操縦席を殴られた拍子に拉げたパーツで、その左足を押しつぶされていた。
さらに、モニターの破片から顔をかばったのか、左腕には無数のガラス片が突き刺さっている。
「す、すぐに傷の手当てを」
「それより先に敵機の確認だ。操縦席は貫いたが、敵がまだ生きていた」
隊長はそう言うと、アルミュナーレを再起動させる。ここまでボロボロに破壊されても、機動演算機と濃縮魔力液のタンク、そしてジェネレーターが無事ならば機体は起動するのだ。
機体を始動させると、僅かに生きていたモニターが外の状態を映し出す。
そこには、隊長機の目の前で仁王立ちしたまま黒煙を上げる赤い機体があった。そして、この機体の周辺には整備員らしき歩兵が集まっている。
どうやら、あの爆発の衝撃をもろに受けて、操縦士は焼け死んだらしい。
「倒せているみたいですね」
「どうやらそのようだ。外と連絡を取ろう」
隊長が痛みに耐えながらマイクと集音を発動させ、外の兵士達に話しかける。
「ボドワンだ……外の兵士達、少し離れてくれ。機体を起こす」
「よかった、無事でしたか! すぐに離れます! お前ら、機体から離れろ!」
兵士の一人がホッとしたように息を吐き、すぐに指示を飛ばして機体から兵士を退避させた。
それを確認して、機体を起こさせる。
操縦席と左腕こそ酷い損害だが、稼働には問題なさそうだ。
ハッチを開けられるようになったところで、隊長がハッチを開くと、光と共に夏の暑い空気が操縦席内に溜まった血の匂いを換気する。
「エルド」
「はい、なんでしょう?」
「後を任せる」
「ちょっ! 隊長!?」
隊長はそれだけ告げると、再び気絶してしまった。
後を任せるってなんだ、俺にこの機体を任せるってことか? え、それってもしかして俺が操縦していいの? 確かにボロボロだけど、まだまだ動かせるよね?
って、それどころじゃない。すぐに隊長を救護班に預けなければ。
「救護班! それと整備士一人来てくれ! 操縦席が激しくやられてて、隊長が機材に足を挟まれてる!」
俺の呼びかけにすぐさま反応した兵士達の活躍で、隊長は五分程度で操縦席から運び出され、近くの町へと搬送されていった。
隊長が搬送された後、俺は機体の肩に乗ってさてどうしたものかと悩んでいた。
現状、撃破出来た敵性アルミュナーレはたった二機。侵入したアルミュナーレが全部で六機であるならば、後四機残っている計算になる。
他の二機がその四機を追っているらしいが、おそらく撃破は無理だろう。となれば、動けるこの機体で救援に向かうしかない。しかもその後にはもう一つの砦の様子を調べなければならない。最悪、そこも陥落していれば、またアルミュナーレを追うことになる。
しかし、武器も無く操縦席もボロボロの機体に何ができるだろうか?
そんなことを考えていると、ジャカータからの物資輸送組が到着した。
その中にオレールさんたちの姿を発見した俺は、即座に機体の肩から飛び降り、皆の下へ向かう。
「エルド! 無事だったか!」
「俺は。ただ隊長が負傷して今近くの町に運ばれています」
「何じゃと!」
「様態は!? 危険なの!?」
「いえ、命に別状はありません。ただ、左足を激しく骨折していましたので、即復帰というのは無理でしょう」
「そうか、ならエルドが今は三十一隊の操縦士と言うことじゃな」
「ええ、一応隊長から任せるとは言われましたが」
「機体の問題か?」
オレールさんは、俺の抱えている問題にすぐに気付いてくれた。まあ、隊長が怪我するような機体状況ならすぐわかるか。
「ええ、モニターはほぼ全滅。左腕も肘から先が無くなっています。武器もないし、濃縮魔力液も心もとなくなってきています」
「燃料なら持って来ておるが、損傷がだいぶ酷いのう」
話しながら、機体の下へ案内すると、オレールさんとリッツさんはガシガシと頭を掻きながら唸った。
「ここじゃクレーンなんて無いしな。交換は無理だろ」
「やっぱりですか。左腕が無いのはどうでもいいんですけど、やっぱりモニターが死んでるのが厳しいんですよね」
「いや、左腕も問題じゃろ……」
いやいや、俺が操縦するときは、結局左腕なんて使わないし。
左腕なんて飾りです。整備士にはそれが分からないんですよ。
「モニターだけでもなんとかなりませんか?」
「無理じゃな」
「だな。他の機体から持ってこようにも、全部操縦席を破壊されてるし」
そうか、アルミュナーレを倒す方法が操縦席を壊すことだから、倒された機体は必然的にモニターが全部だめになっているのか。
となると、方法は一つしかないな。
「仕方ないですね。分かりました。オレールさんたちは燃料の補給と武器の調達をお願いします」
「おいおい、どうする気じゃ」
「こうします」
俺は機体へと飛び乗り、起動させる。
そして、右腕を操り胸部の割れた装甲の隙間に指を突っ込んだ。
「ま、まさか!」
「えい」
ベリッとひしゃけた装甲は、簡単にはがれた。
視界がクリアになり、荒れ果てた町が直に見える。
俺は、操縦席部分を覆う胸部装甲を引きはがし、壊れているモニター部分を取っ払ったのだ。
たかがメインモニターをやられただけ。有視界戦闘で何とかしましょうかね。
「無茶をする」
「けどこれが最善です。オレールさんたちは補給を、カリーネさんは俺用の機動演算機に書き換えをお願いします」
「分かったわ」
機体面でお願いしたいことは全て言った。後は――
「ブノワさんはいますか?」
「ここにいるよ。エルド君が退避していなくてヒヤヒヤしたよ」
「すみません、撤退信号を見逃していました。それより、ブノワさんは他の人から敵性アルミュナーレの情報をもらって来てください。補給が済み次第討伐に向かいます」
「分かった。整備が終わるまでには情報をまとめておくよ」
「お願いします」
とりあえずこれでお願いしたいことは全部言ったかな。
んじゃ最後に。
「救護班。俺の治療お願いします!」
いい加減、頭から溢れてくるこの血を止めないと……ああ、少しクラクラする。
俺は救護班の人に治療を受けながら、実戦でアルミュナーレを動かせるワクワク感に、感情を昂らせていった。
次回、エルド君初陣です




