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放たれる魔法はどれも、人ならば必殺の力を以てその命を刈り取るだろう。しかし、アルミュナーレには僅かな傷を作るのみだ。
お互いの放つ炎と土の槍は、その装甲に傷を残すがどれも致命傷には到底届かない。
と、隊長の機体が前へ出る。
敵が魔法を放った隙を突いて一歩を踏み出し、一気に距離を詰めた。
しかし相手も伊達にアルミュナーレの操縦士は任せられていない。距離を詰める隊長に、剣を構えて対処する。
ぶつかり合う二本の剣が、巨大な音を立てて俺の鼓膜を刺激した。
「くっ」
戦いの余波に体が震え、熱が頬を撫でる。
隊長の戦いを見て、俺は初めてアルミュナーレで戦った時の感覚を思い出した。
機体を操縦出来ているという高揚感と共に、本気の殺意を向けられている恐怖。アカデミーでは決して感じることのできないものだ。
「隊長が押してる。このままなら」
二機の戦いは、隊長が優勢に見える。奇襲による歩兵部隊の殲滅と、それによる動揺は相手の操縦士を明らかに慌てさせている。
それに隊長の戦い方は堅実だ。
アカデミーの教えを守り、防御主体になりながらも相手の隙を逃さないカウンター型の戦い方。
自身の安全を確保しながら、確実に少しずつ相手を削っていく戦法は、敵からしてみれば非常に厄介なものだろう。
何せ、今の相手には逃げる手段が限られている。
歩兵の援護が何も得られない状態では、隊長を倒すしか逃げる方法は無いのだ。それは相手の焦りを生み、隊長により有利な状況へと戦場を運ぶ。
隊長機が相手の剣を受け流し、頭部目掛けて至近距離から魔法を放つ。
放たれた火球は頭部を覆いつくし、小さな爆発を起こして敵機の頭部を破壊した。
「よし!」
思わず声が漏れる。ただカメラの一つを破壊しただけだが、壊されたという事実が相手にプレッシャーをかけるはずだ。それはさらに焦りと隙を生む。
と、敵が大きく動いた。
大きく後方へ下がりながら、地面に向けて魔法を乱発する。巨大な土煙が巻き上げられ、視界が一時的に悪くなった。
俺は、土埃が口に入らない様に腕で庇いながら、二機の後を森の中から追走する。
ひたすら下がっていく敵機は、逃げに徹しているのだろうか? しかし、一対一の中で逃げ切るのはまず不可能だ。
下がりながらけん制をする程度では、アルミュナーレからは逃げ切れない。しかし、背中を向けて逃げようものなら、その背中に高威力の魔法を叩きこまれる。
なら、下がっているのには別の理由がある?
下がった先に何かあるのか? けどここは緩衝地帯。部類的には王国の土地であり、砦などは建設できるはずもない。
なら増援? 歩兵では意味が無い。なら来る可能性があるのは――
「二機目か!」
そうならば斥候役としての俺の仕事は、その機体をいち早く見つけ隊長に知らせることだ。
アクティブウィングとエアロスラスターを発動させ、森の中を一気に駆け抜けていく。
敵の下がっている方向は変わらず真北。と言うことは、相手はαブロックから侵入している可能性が高い。きっとブノワさんもその可能性に気付いてすでに動いているはずだ。
途中でブノワさんと合流できればいいが……
そう思いながら森の中を進んでいくと、15-Bの林道へと出た。
「見つけた!」
視界が開けたことで、俺は北から真っ直ぐにこちらへと走ってくる緑色の機体を発見した。
足元は木のせいで見えないが、あの速度からするとおそらく歩兵は置いて来ている。戦闘で発生した魔法を見つけてこちらに来ているのだろう。
「どうやって知らせる」
問題は、このことをどうやって隊長に知らせるかだ。
戦闘中のアルミュナーレに近づくなんて自殺行為だし、燃料を少しでも節約するために集音の魔法は切ってあるだろう。
となれば、何か目立つ物をこちらで用意しなければ。
何かないかと四方に目をやると、近くの茂みから声を掛けられた。
「エルド君」
「ブノワさん?」
茂みから顔を見せたのは、やはりブノワさんだった。
「なんでエルド君がここに?」
「敵の動きから増援の可能性があると思って」
「そっか、良い判断だね」
「けど、どうやってそれを隊長に知らせればいいか」
「それなら僕が信号弾を持ってる。これを打ち上げれば、赤い光が灯るから分かるはずだ。けど、敵の煙幕のせいでタイミングが難しくてね」
「なるほど」
敵が後退しながら放ちつ続ける魔法のせいで、ここから信号弾を打ち上げても土煙に紛れて光が届かない可能性があった。
敵の煙幕は、攻撃から身を守る他にもこれを見越しての物だったのか……けどそれなら
「俺が一時的にでもあの煙幕を吹き飛ばします。その間に信号弾を」
「うん、そのつもりだった。頼むよ」
「分かりました。全力で行きますので、少し離れます」
あまり近い位置で魔法を発動すると、打ち上げた信号弾が魔法に巻き込まれてしまう可能性もある。それを考慮して、俺は道の反対側へと移り、魔法を準備する。
「この煙を一度に吹き飛ばすには」
大規模の強力な魔法で一度に吹き飛ばさなければ、敵の魔法で再び土煙を巻き上げられてしまうだろう。なら使う魔法は一つだ。
「よし、行きますよ」
反対側にいるブノワさんに一度合図を送り、詠唱する。
「エアブラスト、セクスタプル・インストレーション」
詠唱の完成と共に手を掲げると、俺の周りの空間が六つ大きく歪む。
「オープン!!」
かざした手を振りおろし、待機中の呪文の解放ワードを放つ。六つの歪みから噴き出された突風は、周囲の木の葉を巻き上げながら、隊長のアルミュナーレへと襲い掛かり、その周辺の土煙を勢いよく吹き飛ばした。
それと同時に、ブノワさんがいる方角からパシュッと気が抜けるような音がして、上空に赤い光が打ちあがる。
「エルド君、すぐに移動してください! 攻撃が来ますよ!」
「え? は、はい!」
隊長機が気付けたかどうか確認しようとしていた俺は、ブノワさんの声に反応してとっさにその場から飛び退る。
直後、俺のいた場所の周辺に巨大な土の槍が降り注いだ。
木々が薙ぎ倒され、折れた枝が俺の体を直撃する。
「ぐっ……」
俺は痛みに耐えながら、降ってきた槍の衝撃波で地面を転がりつつ、何を馬鹿なことをやっているのだと後悔する。
魔法の発動に、信号弾の発射。その発生源には、歩兵がいることはバレバレじゃないか。
歩兵だけではアルミュナーレに対抗する手段を持たないが、だからと言って何もできない訳ではない。
今のように、戦いをサポートすることもできるし、足場を崩して邪魔することだってできるのだ。ならば、隊長がやったように、真っ先に狙われるのは歩兵のはず。
場所を特定されたのに、ボケッとしていていいはずがない。
ゴロゴロと転がされた俺は、一本の木の幹に背中をぶつけようやく止まった。
「がはっ」
背中を強くぶつけたせいか、呼吸が上手くできない。
せき込みながら、何とか呼吸を整えようとしていると、ブノワさんが駆け寄って来てくれた。
「エルド君、無事ですか?」
「は、はい。ゴホッ」
意識はしっかりしている。怪我も、転がった際のかすり傷と枝による打撲程度だ。多少青あざになるかもしれないが、これなら行動に支障は無い。
「すみません。うっかりしてました」
「生きていればいいです。それに役目もしっかり果たせたみたいですし」
見上げれば、木々の隙間から隊長機が増援の機体に対して魔法を放っているのが見えた。つまり、しっかりと俺達の信号弾は役に立ったということか。
「よかった」
「撤退しますよ。僕たちに出来ることはここまでです。後は邪魔になってしまう」
「でもまだ二対一」
増援の存在を知らせることは出来たが、数の面で不利であることに変わりは無い。
俺達が、増援を引き付けておかなくては、隊長がやられるんじゃ……
「その心配はありません。ほら」
そう言ってブノワさんは、林道の先。ジャカータがある方面の空を見上げた。
「緑の光?」
俺が見上げた先に浮かんでいたのは、緑色に発光する信号弾だ。
「あれってもしかして」
「こちらの増援だよ。緩衝地帯は広いけど、それをカバーしあえるように僕たちの巡回ルートは組まれているから」
なるほど、広い緩衝地帯で数の多い相手を抑え込むためには、横の繋がりが重要になる。そのために、アルミュナーレ隊の巡回ルートは細かく設定され、何か問題が起きればすぐに駆けつけられるようになっているらしい。
今こちらに向かって来ている部隊も、おそらく最初の火柱や戦闘の音を聞いて駆けつけて来てくれているのだろう。
「ならこれで」
有利に立てる。そう思った時、突如隊長と戦っていたアルミュナーレが背中を向けて逃げ出した。
それが愚の骨頂のはず。予想通り、隊長の機体が強力な魔法を放つために、腰を低く構える。
しかし、すぐに構えを解いて、機体を後方へと下がらせた。すると、その足元に土槍が飛来する。
「狙撃!?」
「撤退するみたいですね。まあ、妥当な判断でしょう」
敵の増援は、その場に足を止め遠距離からこちらを狙うことにしたようだ。そして、その間に戦闘をしていたもう一機が全速力で撤退していく。
隊長はどうするのかと見ていると、魔法を放つことを止め、増援の一機に注意しながら森林部へと下がってくる。
「ブノワ、エルド、こちらも後退するぞ。増援部隊と合流する」
「追わないんですか?」
いくら遠距離から狙撃されているからとはいえ、専門の機体でもなければ命中率は低いはずだ。それに、後方から増援が来ているのならば、ここで一気に攻めるべきではないのか?
「深追いは禁物だ。撤退先に別の機体がいる可能性もある。そうなれば、今度は私達が袋叩きにあう。危険は冒すべきではない」
「失言でした」
「気にするな。新兵ならば誰でも考えることだ。徐々にこの戦場に慣れて行けばいい。そのために私達がいるのだからな」
「ありがとうございます」
増援部隊が到着するまで、俺達はただ逃げていく帝国のアルミュナーレを見守る事しかできなかった。
「換えのケーブル持ってこい!」
「こっち! 装甲外すぞ! 周り気を付けろ!」
「油圧チェック。異常なし。シリンダーポンプ問題ありません!」
俺の背後で整備員の面々が隊長の機体の破損状況を調べ、手早く修理を行っていく。
「いっつ……」
「これぐらいで何言ってるのよ。アカデミーの時はもっとズタボロになったはずでしょ」
増援部隊と合流した後、待機組とも合流し俺はカリーネさんから傷の手当を受けていた。
一番酷いところで、枝にぶつかった所が内出血を起こしていたが、それ以外は本当にかすり傷程度で、消毒液がしみる程度だ。
「それにしても、無茶したわね。初戦でいきなりアルミュナーレの戦闘に割り込むなんて」
「割り込むなんて凄いものじゃないですよ。ただ土煙を飛ばしただけです」
「それでも十分凄い事だって言ってんのよ。実際あんたは敵の機体に狙われて、土槍まで降らされたんでしょ?」
「あはは、まあそうですが」
けど、三年前にはアルミュナーレと追いかけっこしてますし……あの時は氷の槍をこれでもかってぐらい浴びせられましたからね。
それに比べれば、土槍の一本程度なら正直どうってことないよな。まあ、傷だらけにはなりましたけど……
「ほら、これで終わり!」
カリーネさんが、包帯の上から俺の傷口をぺチンと叩く。ただでさえ消毒液でしみているのに、その上から叩かれた俺の傷口は悲鳴を上げた。
「いっ!? 何するんですか!」
「生き残ったお祝いよ。痛みがあるのは生きてる証ってね」
「それはもっと重体の人にやってください。ただのかすり傷なんですから」
「だったらそんなに痛がるんじゃないわよ。んじゃ、私は機体のデータ調べて来るから」
「あ、はい。ありがとうございます」
カリーネさんは立ち上がると、整備員たちが修復を行っている隊長の機体の下へと行ってしまった。
俺は広げたままの救急箱を片付け、何か手伝えることは無いだろうかと指揮をとっているオレールさんの下へと向かう。
しかし、声を掛けようとしたところで、逆に俺が後ろから声を掛けられた。
「ようエルド、相変わらず眠そうだな!」
振り返れば、そこには一年で少し身長と髪が伸びたバティスがいた。
「バティス! 久しぶりだな! この目は元からだ」
バティスが出してきた拳に、俺の拳をこつんとぶつける。
「と、言うか増援部隊ってバティスの所だったんだな」
「ああ、巡回中にうちの斥候の人が戦闘の影を見つけてな。急いで駆け付けて来たって訳だ。それより聞いたぜ、お前敵のアルミュナーレに魔法ぶつけて止めたんだって?」
「何だそりゃ」
確かにアルミュナーレに魔法をぶつけはしたが、それは隊長機に向けてだし、理由も邪魔な土煙を飛ばすためだったから、機体をどうこうするようなものじゃない。そもそも俺の魔法じゃ機体の動きを止めるなんて、到底できるはずがない。
「なんだ違うのか? 隊じゃもっぱらの噂だぜ。今年の新人はヤバいの揃いだってな」
「違う違う。そんな凄い事できる訳ないだろ。信号弾が見えるように、土煙を飛ばしただけだよ。てかヤバい新人ってなんだよ」
確かに成績は今までの新人よりかはよかったかもしれないが、そんな噂になるほど凄い事をした覚えはないぞ? 今回の戦闘だってポカやらかす始末だし。
「知らねぇのか? 俺達意外と噂になってるらしいぜ。斥候よりも斥候役に向いている男、レオン。喰らう男、バティス。片腕を捨てた男、エルドってな」
「初めて聞いた……けど何となく納得できた」
レオンは、持ち前の洞察力と頭の回転の良さで色々とやらかしているんだろう。僅かな痕跡から情報を整理したり、敵の位置を予測したりするのは得意だろうし。あいつにかかれば、敵を罠に誘い込むことぐらい造作もなさそうだ。
それにバティスは……うん、女食いまくってんだろうな。正操縦士になって、余計にモテるようになったし……ってまさか。
「バティス、お前もしかしてもうサポートメイドの子に手を出したのか?」
「求められると断れない主義なんだ……」
「隊の仲間から刺されないようにな……」
嫌だぞ、同期が痴情の縺れで死んだとか聞くのは。
んで俺は、まあそのままだな。機体の片腕捨ててスペックを強引に向上させてる。
なるほど、ある意味噂にはなりやすいメンバーかも知れない。
「つまり、そんな噂のせいで、今回の話も大げさに伝わったってことか」
「みたいだな。隊の皆には俺から説明しとくわ」
「頼む。生身でアルミュナーレと戦える人間なんて思われたくない」
「そりゃそうだ」
俺が苦笑すると、バティスは突然真面目な表情に変わる。
それが不思議で、俺は首を捻った。
「どうした?」
「エルド、お前今回が初戦だったんだろ? それにしては随分落ち着いてるんだな。正直もっと震えてると思った」
俺はバティスの言葉の意味を理解し、ああと納得する。
確かに俺は、表面上は落ち着いているように見えるだろう。けど――
「内心かなり震えてる。隠してはいるけど、まだ手の震えが止まらないんだ」
初めて人を殺した。戦闘中は必死で思い出す暇すらなかったが、傷の手当を受けている最中にふとそれを思い出してしまった。
それ以降、必死に止めようとしているのに、手の震えが止まらない。
右手を持ち上げてグッと拳を作ってみても、その拳がブルブルと震えていた。
「そんなこと聞くってことは、バティスももう実戦は経験したんだよな? 初めて人を殺した時、どうだった?」
「エルドと同じだ。震えは止まらねぇし、目を閉じれば殺した奴の姿が思い浮かんできた。俺の部隊の人も一人殺されちまったし、夜は茂みでずっと吐き続けてた」
「どうやって乗り越えたんだ?」
「乗り越えたっつっか、割り切っただな。慣れたとも言えるかも。俺達アカデミーの時に病院の終末治療室見せてもらったじゃん?」
「ああ」
あの光景は、決して忘れられるものではない。
「俺はああなるつもりはないからな。そのために、敵を殺して自分を守る。そう考えたら、二回目の時は意外とあっさり殺せちまった。だから慣れたってことだろうな」
「そっか」
「人それぞれあるだろうけどよ。それぞれに何とかなっちまうもんだぜ。んじゃ俺はそろそろ行くわ。あんまり駄弁ってても、また怒られちまう」
「ありがとう。少し楽になった」
背中越しに手を振るバティスに、俺は礼を述べる。
隠していたことを打ち明けられたからか、それとも仲間がしっかりと乗り越えていけたことを知ることが出来たからか。
俺の腕の震えは、いつの間にか治まっていた。




