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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
副操縦士編
27/144

2

「次の分かれ道は左へ行きます」

「分かりました」


 夏の空は高くなり、気温は三十度を超えている。

 しかし馬を駆る俺の頬には、森林の心地良い風が当たり、その暑さを感じさせない。

 入隊から早四か月。第三十一アルミュナーレ隊は緩衝地帯の巡回任務に就いていた。


「この辺りは敵性アルミュナーレが時々確認されている場所です。注意していきますよ」

「はい」


 アルミュナーレ隊に配属になる副操縦士。その最初の仕事は、斥候役に付いて周り戦場の色々な情報を知ることだ。

 アカデミーでも一通り教えてもらってはいるのだが、やはり現場で実際に見る情報は話に聞くだけでは伝わらない実感を伴って、俺にここが戦場なのだと言うことを教えてくれる。


「エルド君、もう少し端に寄ってください。そこだと見つかりやすいです」

「すみません」


 いつもは雑用ばかりでおどおどとした雰囲気のあるブノワさんだが、斥候のための短期突撃となればその様子は一変する。

 戦場を知るための鋭い洞察力。生き残るための隠密スキル。戦士としての勘。どれをとっても一級品だ。

 俺は必死に馬を駆りながら、ブノワさんの指示に従い道を進む。

 森林の影になる路肩は、時折森から枝葉が飛び出しており、少しでも気を抜けばそれに当たって落馬しかねない。

 そんな中を当然のように全速力で進むブノワさんの姿に、ここ四か月で俺は何度評価を改めたことか。


「そろそろ予定地点です。森林を抜けますからその前で止まりますよ」

「はい」


 少しずつ速度を落としながら、森の切れ目へと近づいていく。この先は草原になっており、今回の斥候の目的はそこの状況把握だ。


「エルド君も、馬の扱いがだいぶ上手になりましたね」

「そうですかね? 自分ではいまいち分かりませんが」

「ポルの様子を見ればすぐ分かりますよ。疲労が今までより少ない。無理をさせていない証拠です」


 今俺が乗せてもらっている(ポル)も、ブノワさんが乗っている(フィル)も、二頭ともブノワさんが面倒を見ている子たちだ。故にしっかりと躾けられており、訓練したとはいえまだまだ素人の域を出ない俺なんかの指示にもしっかりと従ってくれる。

 アカデミーで初めて馬に乗った時などは少し怖かったが、今ではその可愛さも何となく分かるようになり、機械じゃない乗り物の楽しさも少し分かった気がする。けどやっぱりアルミュナーレの操縦は格別だけどな。

 森の切れ目が見えた所で、馬の歩みを止めさせ降りて森の中へと誘導する。


「さて、ここからは徒歩です。調べるものは分かってますね?」

「敵性アルミュナーレの有無と、周辺の状況把握ですよね。主に機体や馬の足跡を調べて、どれぐらい前にここを通ったかを調べる」

「そうです。では行きましょうか」


 ブノワさんは俺の答えに満足そうにうなずくと、馬を置いて森の切れ目に向かう。

 この二頭は非常に頭がよく、ブノワさんにもなついているためどこかに縛り付けておかなくても逃げないし、呼べば駆けつけてくれるのだ。愛い奴らである。

 茂みの影に身を隠し、二人で草原の様子を窺う。

 そこは静かなもので、敵性アルミュナーレは確認できない。遠くから鳥のさえずりも聞こえるが、機械の駆動音のような物は無い。

 アルミュナーレならば、少なからず音は出るし歩けば地面が揺れる。それを頼りに、俺達は周囲の様子を探っていく。


「機影は見つからず」

「音も無いですね。静かなもんです」

「なら少し草原に出て、調べましょうか」

「はい」


 茂みから出て、草原を進む。起伏の少ない草原は、遠くまで見通しやすく奇襲される可能性は少ないだろう。

 下に視線を向ければ、時々草原の間に土がむき出しになった場所があった。


「これアルミュナーレの足跡ですよね?」

「そうだね。時期的には割と新しい。方向は北か……もしかすると今回はもしかするかもしれないね」


 発見したのは、まだ新しいアルミュナーレの足跡。その進む先は北。俺達の巡回もこのまま北に向かって進んでいるので、場合によっては戦闘になるかもしれないということか。

 この四か月、第三十一アルミュナーレ達が戦闘状態になったことは無かった。もし遭遇するとなれば、それが俺の初めての戦争と言うことになる。


「大丈夫だよ。隊長も伊達に十年以上操縦士はやっていないさ。油断はできないけど、僕たちがしっかり仕事をこなせば隊長が負けることは無い」


 俺が緊張しているのに気付いたのか、ブノワさんがそう言って慰めてくれた。

 そうだ、俺は俺の任された仕事をきっちりこなす。それが今一番重要な事で、部隊の安全性を少しでも上げる唯一の手段だ。


「じゃあもう少し調べてから戻ろうか。通った後ってことは、歩兵の跡もあるはずだし」

「分かりました」


 俺たちは十分ほど草原の探索を続け、敵の部隊の大まかな規模を確認して、隊長たちの下に合流するのだった。


 合流ポイントにはすでに隊長たちが待機しており、俺達の到着を待っていた。

 だがここにアンジュとミラージュさんのサポートメイド組はいない。緩衝地帯に突入する前にある砦に待機しているのだ。


「隊長、報告します」

「頼む」

「15-Gの地点で敵アルミュナーレと思われる足跡とそれに付随する部隊の移動痕跡を発見しました。進路は南東からゆっくりと曲がりつつ北へ向かっています。おそらく、15-B地点までのルートの偵察かと」

「なるほど、巡回ルート上だな」


 地図を睨みながら隊長がうなる。

 フェイタル王国では緩衝地帯での作戦行動を行いやすくするため、広大な緩衝地帯をαからεまでの五つのブロックに地図を分割し、その地図上にAからJ、1から20までの数字を網目状に振っている。

 俺達が巡回している、βブロック緩衝地帯の状態は大まかに分けて三つ。

 緩衝地帯と領土の間にある森林部。道を限定させることで、大部隊による侵入を防ぐ物だ。当然その道の先には砦が建設してある。

 そして緩衝地帯の大部分にあたる草原部。アルミュナーレどうしの戦闘は主にここで行われている。

 最後に、オーバードとの国境になっている川だ。

 しかし川と言ってもそこまで大きい物では無く、場所によっては馬でそのまま渡れてしまう程度に浅く流れも緩やかだ。

 今回の敵もその浅い部分から侵入し、森を北上しているのだろう。目的はまだ明白になっていないが、部隊の規模がそれほど大きくないことから、敵は俺達と同じような偵察部隊なのではないかとブノワさんは推測している。

 と言っても、相手は攻める側、こちらは守る側で立場は大きく違うが。


「敵機体がこの先にいることはほぼ間違いない。ならばやることは一つだけだ」


 隊長の言葉に、全員の表情が一段と引き締まる。戦いの前の張りつめた空気が場を支配していた。


「オレール、リッツ、カリーネは16-Eで待機。六時間経過して、誰も戻ってこないようならば、撃破されたと考え15-Gルートを通って砦に帰還。敵アルミュナーレに侵入された可能性を伝えろ。ブノワとエルドは斥候役として俺の補佐だ。こちらが先に見つけられたのは幸運だ。最初の一撃で歩兵部隊を叩き、その後アルミュナーレと戦闘に入る」

『了解!』

「それとエルド」

「はい!」

「お前には初めての戦闘になる。人の死に見とれるなよ。呑まれると死ぬぞ」

「肝に銘じます!」

「では五分後に移動を開始する。各員準備を」


 戦いの気配は、目と鼻のすぐ先まで迫っていた。



 途中まで後方待機組と共に進み、途中で分かれる。

 今は、俺とブノワさんの二人で少し先を進み周囲の警戒を行っていた。


「そろそろ敵の後方警備班と遭遇するかもしれません」

「どうすれば?」

「殺してください。声を上げられる前に」

「分かりました」


 声を上げられれば、本隊に俺達の存在が気付かれてしまう。それを防ぐためには、何としても先手で殺さなければならない。

 もし見つけてしまったら、どの魔法を使うか考えつつ道を進んでいくと、対面から走ってくる馬を見つけた。乗っている兵士の姿は帝国の鎧を身に纏っている。

 瞬間、俺もブノワさんも同時に魔法を発動させた。


「ウィンドカッター」

「アイスランス」


 俺は発動まで時間のかからない単発で、かつ殺傷能力が高く対処もしにくいウィンドカッターを選択する。

 ブノワさんは水系統の魔法が得意なのか、アイスランスを放った。

 相手も同じように魔法を放とうとしたが、俺の放ったウィンドカッターが迫る馬の首を落とし、その背に乗っていた兵士の腹を斬り裂き魔法の詠唱を止めさせる。

 そして直後に飛来したアイスランスが、兵士の頭部を吹き飛ばした。


「良いですよ、その調子です。このまま進みます」

「はい」


 初めての人殺しはあっさりと終わった。

 死体の横を走り抜ける寸前、俺はその死体に視線を落とす。

 俺の魔法で斬り裂かれた腹は、鎧ごと裂け内臓を溢れさせている。

 ブノワさんの魔法で吹き飛ばされた頭部は無残に潰れ、脳漿がぶちまけられていた。

 急激に胃がねじれ、吐き気が込み上げる。


「エルド君、考えるのは後です。今は目の前に集中してください」

「は、はい」


 ブノワさんの声に引き戻された俺は、馬の上で吐き気を強引に抑え込み、先を見据える。

 後方警備が一人とは限らない。それに、時間を掛ければ今の兵士が戻ってこないことに疑問をもたれる可能性もある。

 今はいち早く本隊を見つけ、奇襲の準備を進める必要がある。

 目的を見失うな。もう戦闘中なのだ。

 自分の頭に意志を叩き込み、色々と考えそうになる頭を止めさせた。


「振動が強くなってきました。アルミュナーレが近そうです。速度を落としますよ」


 ブノワさんが馬の速度を落とす。俺もそれに合わせて速度を落とすと、そこで初めてブノワさんの言った振動に気付いた。しかし、まだ距離があるのか振動は微々たるものである。


「こんな小さい振動よく気づきましたね」


 馬を走らせながら、僅かな振動を感じるなんて、やはりブノワさん斥候としてかなりの腕を持っている。

 緩衝地帯の警備任務に就いてから、俺のブノワさんに対する評価がうなぎのぼりである。


「まあその辺りは経験だよね。それに僕は乗り物に乗ってると、それと一心同体になったように思えるんだ。だからこの子の足から、僅かな振動が伝わってくるのを感じられたんだよ」

「凄い能力じゃないですか」

「まあアルミュナーレには役に立たなかったけど。さあ、おしゃべりはここまでだ」

「すみません」


 振動が近づいて来たところで俺たちは馬から降りて森の中を進んでいく。

 しばらくすると、馬車を引き連れた歩兵の集団が見えた。そしてその先頭をアルミュナーレが進んでいる。

 全体は濃い緑色に塗られ、墨入れのように赤いラインが入っている。

 腰には二本の剣が提げられているだけだ。こちらと違い、実弾兵器はまだ実用化されていないのだろう。


「あれが帝国の機体」

「馬車は二台。歩兵の数は見て取れるだけで三十ですか。機体の先にも斥候がいるでしょうし、四十は覚悟した方が良さそうですね」

「隊長に知らせますか?」

「そうですね。エルド君、隊長にこの情報を届けてください。十分以内なら奇襲は成功します」

「分かりました。お気をつけて」


 ブノワさんがこのまま部隊の行方を任せ、俺は隊長に敵の発見を知らせる為来た道を戻る。

 五分ほど走ったところで後方を進む隊長の機体と合流することが出来た。


「報告します。14-Cにて敵アルミュナーレ部隊を確認。機体数一に、歩兵が約四十。馬車が二台です。ブノワさんが言うには、あと五分以内なら奇襲は成功すると」

「よくやった。エルドはこのまま後方へ退避。待機部隊と合流しろ」

「いえ、自分も行かせてください」


 俺は隊長の命令を拒否した。


「隊長の戦いを見させてください」

「…………分かった。だが戦闘には参加させないぞ」

「ありがとうございます。森の中で待機します」


 許可をもらい、速度を上げた隊長の後ろを追走する。

 機体が全力を出せば、馬よりもはるかに早く走ることができる。隊長の機体はあっという間に俺を振り切り、先行していった。

 そして隊長機の周囲に火球が浮かび上がったかと思うと、それらが地面目掛けて放たれる。

 遠くからでもよく分かるほど大きな火柱が上がり、黒い点が上空へと舞い上がった。

 それが人だと気付いたのは、黒い点の一つが俺の方へ飛んできたときだ。

 近くの地面へと落下したそれは、黒焦げた人型。つい先ほどまで、道の先を歩いていた歩兵の一人だ。


「これが戦争……」


 近づくにつれて、隊長によって行われた蹂躙の結果がよりはっきりと見えてくる。

 砕かれ燃え上がる馬車。火に巻かれ、地面を転がる兵士。

 アルミュナーレにかかれば、歩兵など塵クズも同然。戦いにもなりはしない。それを実感させるだけの生々しい光景が、その場に広がっている。

 さらに先では二機のアルミュナーレがすでに戦闘を開始していた。

 お互いが魔法を放ちながら、近づくチャンスを窺っている。

 マジックシールドによって致命傷を与えられない魔法は、精々がけん制や隙を作る程度のための物だ。

 勝負が決まる瞬間は、いつもその剣を相手の操縦席に突き刺す時である。

 俺は魔法の余波を喰らわない様に、周囲の倒れている兵士に警戒しながら森の中へと進み、枝の隙間から対峙する二機のアルミュナーレを見つめた。


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