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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
副操縦士編
26/144

1

「本日付で第三十一アルミュナーレ隊に配属となりました。操縦士のエルドです。よろしくお願いします」

「同じく、サポートメイドのアンジュです。よろしくお願いします」


 総司令部の一室で、俺達は目の前に並んだ六人に対し敬礼する。


「よく来てくれた。第三十一アルミュナーレ隊隊長ログヴェル・ボドワンだ」

「同じく、副隊長兼整備士長のオレールじゃ」

「整備士担当リッツだ」

機動演算機(センスボード)ライターのカリーネよ」

「斥候担当のブノワです」

「サポートメイドのミラージュよ。よろしくね」


 俺達の目の前にいるのは、第三十一アルミュナーレ隊の懐かしいメンバー五人と、初めて会うサポートメイドの人だ。

 今日は、新規入隊組の入隊式であり、別の部屋でもバティスやレオンたちが顔合わせをしていることだろう。


「さて、額面通りの挨拶はここまでで十分だろう。よく来てくれたね、二人とも」

「騎士に成れる逸材だとは思っとったが、まさか二人とも主席で卒業するとはのう。良い拾いもんをしたもんじゃわい」

「おやっさん、だから俺の勘は当たるって言ったろ?」


 堅苦しい挨拶をさっさと済ませ、隊長たちが砕けた口調に変わる。それはそのまま歓迎会の開始を合図するものだ。

 すると、サポートメイドのミラージュさんがさっそく近づいてくる。

 初めて顔を合わせるミラージュさんは、ボドワン隊長が美人だと断言するのも納得できる美人だ。

 ふんわりとウェーブした栗色のショートヘアに、くりくりと丸い目。ルネさんとは違い、明るい系の美人である。


「私は本当に初めましてよね。隊の皆から話は聞いているわ。よろしくね。アンジュちゃんも、先輩としてどんどん頼ってくれていいからね」

「どんな話か気になりますが、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「おいおい、そんな先輩風吹かせて大丈夫か? 相手は主席卒業だぜ?」


 ミラージュさんと軽く握手をしていると、リッツさんが後ろからミラージュさんの腰に腕を伸ばしてきた。

 するとミラージュさんは、まるで後ろに目でも付いているかのようにその腕を捕まえると、簡単に捻り上げる。


「あたたたた」

「おさわりは禁止です。それに私も一応主席卒業だったんですけど?」

「あれそうだっけって、あダメ! そっちにそれ以上は曲がらない!」


 リッツさんのタップを受けて、ミラージュさんが軽く突き飛ばす。すると驚くほどの勢いでリッツさんが部屋の壁へと叩きつけられた。

 確かに強いわ、サポートメイド。いくらリッツさんとはいえ、仮にもアカデミーを正式に卒業した整備士である。それをああも簡単に手玉に取るとは。


「アンジュちゃんも、もしリッツが手を出して来たら容赦なく叩きのめしちゃっていいからね」

「人の女に手を出すほど、俺は飢えてねぇよ」

「あら、もう恋人がいるの?」

「えっと、まだ付き合ってる訳じゃないですけど、好きな人なら」


 ミラージュさんの問いかけに、アンジュは若干目を俯かせながら俺を見た。

 それに気づいたミラージュさんは、あらあらと目を細めて笑みを浮かべる。なんだか嫌な予感がします。


「ほうほう、ならばお姉さんがそっち方面も色々と教えてあげないといけないねェ」

「未経験が何を教えるん、あ、なんでもないです」

「よろしい」


 ミラージュさんの一睨みで、リッツさんが黙る。完全に上下関係が出来上がってるな。それでも必死に絡むリッツさんは、もしかして?

 俺が疑惑の篭った眼で見ていることに気付いたのか、カリーネさんが近づいて来て小さく耳打ちしてくれる。


「気付いたみたいね」

「リッツさんとミラージュさんですか」

「正解。まあ、ミラージュは気づいてないみたいだけどね」

「原因はリッツさんにありそうですけどね」


 軽薄で誰にでも茶化すように話すリッツさんは、好きな子を弄る精神を発揮してもたぶん気づかれないんだろうな。話した感じ、ミラージュさんは男子とも友達になれるタイプの人だろうし。

 まあ、カリーネさんが気付いてるってことは、周りから見ると意外とバレバレなのだろう。気付かないのは当人のみってね。


「いつまでも立ち話でもなんじゃろ。そろそろ移動せんか?」

「そうだな。ブノワ、店の予約はとれているか?」

「はい、バッチリです」


 ん? 店の予約? ってかブノワさん、店の予約管理までやってるって、本当に雑用係じゃないですか……


 隊の皆でやって来たのは、総司令部から少し離れたところになる一軒の店。

 営業中の立札が掛かったその店の扉からは、賑やかな喧騒が聞こえてきている。つまり、居酒屋だ。

 まあ、新人の歓迎会と言えば、世界が違っても酒なんだろうな。

 前線に出てる兵士なんて、特に酒でも飲まなきゃやってられないだろうし。

 ブノワさんを先頭に見せの中へと入ると、すぐに奥の個室へと通された。

 俺達が席に着くころには、お通しとビールが当然のように並ぶ。


「メニュー決まりましたら、そちらの伝声管でお呼びください。ごゆっくりどうぞ」


 店員が一礼して個室を後にする。


「さて、メニューはとりあえず後にして、乾杯と行こうか」

「俺が音頭取りますよ」

「ならリッツに任せよう」


 まあそういうのはリッツさんに最適だろうな。


「おほん、えーでは、新しく入った隊の仲間に!」

『乾杯!』

「乾杯」「乾杯です」


 皆とグラスを打ち鳴らし、中の酒を一気に飲み干す。前世以来の久しぶりの酒は、なんとも懐かしい味がした。のど越しもなかなかいい。この体、酒とは相性が良さそうだ。


「お、良い飲みっぷりだな」


 すかさずリッツさんがお代わりを注ぎ、俺もお返しにと皆さんのカップにビールを注いでいく。

 アンジュは最初こそ恐る恐る舐めるように飲んでいたが、やがて慣れてきたのか少しずつ勢いがよくなっている。若干頬や耳も赤くなり始めているし、酔いが回って来たのだろう。意外と弱いみたいだ。

 俺の現世の体はまだまだ行けるみたいだな。



 数時間が経過し、程よく全員酔いが回ってきた。

 アンジュは先ほどからミラージュさんと何やら話し合い、時々ちょっかいを掛けるリッツさんが吹き飛ばされている。

 カリーネさんはイメージ通り静かにおつまみをつつきながらお酒を飲んでいる。ブノワさんは、無くなった料理の追加や、酒の補充の注文をしていた。それ本当なら自分達の仕事なのにすみません。今度は絶対手伝いますから。

 そして俺は、ボドワン隊長やオレール副長と機体の新装備や操縦方法に関して語り合っている。


「噂には聞いているが、そこまで違うものか」

「パワーが段違いと聞いておる。それなのに負荷もそれほど変わらんとな」

「タイムは軒並み更新しました。ただ、学生レベルなので、隊長たちが今同じことをやれば、もっと速いタイムが出ると思いますよ?」


 実機演習のタイムアタックは、俺たちの世代が軒並み更新してしまったが、それはあくまで学生レベルでの話。実戦を経験し、より熟練した動きをできる隊長たちならば、マニュアルコントロールなしでも俺達と同等のタイムを出せる気もする。


「そうかもしれないが、やはり目の前により強くなる方法があるのならば試してみたい。おそらく四月の初めには私たちの部隊にも出撃命令が下ると思うが、それまでに一度マニュアルコントロールを見させてもらってもいいだろうか?」

「ええもちろんです」


 こちらとしても、隊長たちがより強くなってくれるのは嬉しい事だしな。もしかしたら俺も隊長の機体に乗るかもしれないのだし、その場合に備えてオレール副長やカリーネさんには俺用の設定を準備してもらわないといけないし。


「そうか、ではそのついでに今の機体について色々と説明しておこう。アカデミーの機体と、専用機では違いも多いからな」

「そうですね。機動演算機(センスボード)だけでも動きが大分変るのを実感しましたし、隊長の使う武装や魔法とかも気になります」

「最近配備されたハーモニカピストレと言う実弾兵器もなかなか面白いぞ。整備は面倒じゃがな」


 ほう、ハーモニカピストレですか。実弾兵器と言うことは銃なのだろう。


「実弾兵器もとうとう実用化されたんですね。自分がジャカータへ見学に行ったときは、まだまだ問題も多いと聞いていましたが」

「全ての問題が解決された訳ではないがね。弾薬の補充や射程の問題も残っている。ただ、もしもの時の非常武器としては役に立つだろう」

「今から見るのが楽しみです」

「ちょっとエルド君! こっち来てもらっていいかしら?」


 と、そこでミラージュさんからお呼びがかかった。

 隊長を見れば、笑顔でうなずいている。本来なら、隊長ほっぽって別の人と話しをしに行くのはダメなんだろうけど、酒の席では無礼講と言うことだろう。


「じゃあちょっと行ってきます」

「楽しんでくるといい」


 隊長たちの下を離れ、ミラージュさんたちに近づく。すると突然アンジュに首を掴まれ、抱え込まれた。


「な、何!?」

「エルドふん! ルネしゃんって人の事教えて!」

「ルネさん? 俺の剣技の師匠だけど何でルネさんの事知ってんの?ってかアンジュ酒臭!」


 アンジュ、飲み過ぎで泥酔してます。顔真っ赤だし、目は据わってるし。てかなんで涙目?


「私ね、ルネちゃんと同期だったんだ~。それで今でもたまに会うんだけど、ルネちゃんエルド君の事話すときは、凄く楽しそうなのよ。それまでは、ほとんど笑わないし、しゃべらないしで不安だったんだけど、前の隊長に会った時みたいになって安心したんだ」


 なるほど、アンジュはミラージュさんから聞いたわけね。てかルネさんが楽しそうか、いつも落ち着いていて、練習の時は鬼のように厳しいし、ほとんど笑顔も見せないから、楽しそうって姿があまり思い浮かばない。


「ああ、ルネさんは俺が前の隊長と似てるって話してましたよ」

「えぇ! 似てないよ! 隊長、もっと不細工だったもん」


 いや、そう言うことじゃなくてね。てか、五十超えたおっさんと十代後半の若者を一緒に扱うな!


「夢が同じだとか、目標が似てるとかそんなこと言ってました」

「へぇ~もしかしてルネちゃん、惚れちゃったのかな?」

「エルドふん! 浮気はらめです!」


 ああもう! さっきからアンジュのホールド外そうとしてんのに、全然外れない! きっちり極まり過ぎだろ! それなのに全然苦しくないし、てか胸が当たる……


「浮気って、そもそも付き合ってないだろ」

「じゃあ付き合います! 私だけのエルド君です!」

「あらあらエルド君モテモテねェ」

「笑ってないで、アンジュのロック解くの手伝ってくださいよ。これ全然解けない」

「メイド学科直伝の拘束術だからねェ。アンジュちゃんが納得するまで放してくれないんじゃないかしら?」

「だから助けろっつってんでしょうが!」

「むむ、先輩にそんなこと言う子にはこうだ!」


 ミラージュさんはおもむろに立ち上がると、アンジュの反対側から俺の首に腕を掛けて同じようにロックを掛けてくる。


「ミラージュしゃん、横取りはダメです。ミラージュしゃんでも容赦しましぇんよ」

「うふふ、私に勝てるかしら?」


 なぜか俺の顔の上で火花を散らし始めるアンジュとミラージュさん。ダメだこれ、完全に酔ってる。アンジュはもう自分が何をしてるのかも分かって無さそうだわ。

 誰か助けをと、他のメンバーを見てみると、壁際に撃退されたリッツさんがうらやましそうな目で俺を見ていたが、あれはダメだな……

 他に助けてくれそうな人は、そう考え俺はカリーネさんに視線を向ける。カリーネさんは、酒の締めなのかピザのような物を食べている。いつの間に注文してたんだ!?


「カリーネさん、助けてください」

「良いじゃない。役得でしょ?」

「酔っ払いに絡まれることの何が役得ですか!」

「ほら、胸とかお腹とか。今なら触っても事故で済むわよ」

「そこまで飢えてないですよ」

「ホモなの?」

「待てコラ! どうしてそうなる!」


 確かに柔らかいのが当たってるけど、堪能できるような状態じゃねぇよ。てか隊長たちが笑いながらこっち見てんだぞ! 楽しめる訳ねぇだろうが!

 ひたすらに恨めしそうな視線を送り続けると、カリーネさんはハァとため息を吐き立ち上がる。


「ほらミラージュ、その辺にしてあげなさい。新人いじめ過ぎると嫌われるわよ」

「しょうがないなぁ。カリーネちゃんが言うならそうする」


 カリーネさんが説得すると、ミラージュさんは簡単に拘束を解いてくれた。やけにカリーネさんの言うことは素直に聞くな。残るはアンジュの拘束だけだと、文句を言おうとしたところで、その拘束は簡単に外れた。


「すぅ……すぅ……」


 アンジュを見れば、コクコクと船を漕いでいる。


「アンジュは寝ちゃったみたいね。ならそろそろ解散かしら?」


 カリーネさんは独りだけ締めの料理食べてましたもんね。


「そうだな。では今日はそろそろお開きと行こうか。ブノワ、代金は領収書を私宛に」

「分かりました」


 隊長を先頭に、店を出ると外はすでに真っ暗になっていた。まあ、九時過ぎてるから当然なんですけどね。

 けど、あいさつの後すぐに来たから、四時間以上も飲んでたことになるのか。そりゃアンジュも潰れる訳だ。

 とりあえずアンジュには、自分の酒の限界を覚えといてもらわないとな。

 俺の背中で眠るアンジュを見ながら、ため息を吐く。


「そういやぁ、二人はどこに住んでんだ? やっぱり寮か?」

「ええ、第三兵寮です。ちょうど空きがあったんで」


 学生寮が使えるのは、二月の末までだったので、正規の軍人となった俺やアンジュは今までの寮を出て兵士達が借りられる国営の寮へと移動した。ここは学生寮よりも広く、食堂も完備されている。さすがに料理を出す時間は決まっているけど、これからは国からの給料も出るし、外の屋台で食べる機会も多くなるだろう。


「なになに、もしかして同棲してるの?」

「そんなわけないでしょう。まあ、一緒に申し込んだんで、隣部屋にはなりましたけど」

「ならアンジュ君はエルド君が責任を持って送って……大分眠そうだが大丈夫か?」

「この目は元からです。俺が責任もって送りますよ」


 隊長に言われ、頷く。どうせ最初からそのつもりだしな。


「俺は別の店に飲みに行くつもりだけど、皆どうする?」

「僕も行きます。まだ飲み足りないので」


 ブノワさん、ずっとみんなの面倒見てたもんな……そりゃ飲み足りないだろうよ。


「私は帰るわ」「では私もこれで」


 女性組は帰るらしい。


「儂らは少し書類の整理がある」


 隊長たちは書類整理が残っているらしい。隊長職になるとそう言うこともしなければならないのか。いずれ俺も隊長になる立場だし、今からでも少しずつ手伝った方が良いかもしれないな。

 今日はアンジュを送らないといけないから無理だけど、今度手伝えるか聞いてみよう。


「んじゃブノワ、行こうぜ」

「はい」

「私たちも帰りましょ」

「また明日ね」

「では失礼します」

「うむ、お休み」

「狼になるんでないぞ」

「アンジュちゃんは望んでるかも」

 

 定型文と化した煽り文句を受けながら、俺達は寮へと戻るのだった。もちろん狼なんかにはならんかったぞ?

 ただアンジュのことはちゃんと考えないといけない。

 以前断ったのは、俺が軍人になって離れ離れになるからだ。だけどアンジュは、同じ軍人となり、同じ部隊に配属となった。

 当初の理由は消滅したことになる。

 アンジュは今も、俺のことを好きだと言ってくれている。なら俺の気持ちは? 今俺の気持ちはいったいどこにあるのだろう――


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