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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
アカデミー三年目
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 はい、無事三年になりました。

 残っている操縦士学科のメンバーは全部で七名。内四名は俺達四人組で、残りの三人は第二グループから選出された見込みのありそうな人たちといった感じだ。

 さらに少なくなったメンバーを集めた教室で、ガズル教官が教卓の前に立ち、来週に迫った都市外遠征についての説明を続けている。


「お前たちの中で今まで野宿をしたことがあるものはいるか?」


 教官の問いかけに、手を上げたのは俺とレイラだけだ。まあ当然だろう、なにせ残りのメンバーは全員貴族だ。親がそんなことを許すはずがない。それどころか、この町から出たことが無いものだっているはずだ。

 それに俺も、野宿と言ってもこの町に来るときに数回やった程度で、料理の準備や見張りなどはほとんどアルミュナーレ隊のメンバーたちがやってくれてしまった。多少手伝ったとは言え、自慢げに言えることでもない。

 実質野宿の経験者はレイラのみと言うことだ。


「実際の戦場では、野宿などは当たり前だ。故に、お前たちにも体験してもらい、実際にどういった動きをすればいいのか、道具はどのように使うのか、見張りの過酷さなどを体験してもらう。実戦で初めて野宿しますなどと言われても、迷惑なだけだからな」


 確かにこればかりは体験してもらうのが一番早い学習方法だろう。いくら机の上で勉強したからと言って、簡単に使いこなせるような道具ばかりでもないだろうし。

 それに、火をつけるのは着火のような簡単な魔法で可能だが、たき火を燃やし続けるには、薪をくべ続けなければならない。人力の大切さというものが身に染みるはずだ。


「期間は予定通り来週の初めから約三週間。二グループに分かれて、それぞれ馬車で移動してもらう。班割は――いつもつるんでいる連中でいいな?」


 教官も、第二グループのやる気があまり無い事に気づいているうだ。レイラたちもマニュアルコントロールを徐々に習得し始めたため、さらに俺達との差は開いてしまっている。一応三年に進級できたから授業は受けているが、諦め半分といった様子である。おそらく毎年こんな感じなんだろうな。

 とりあえず俺たちはいつものグループで野宿を経験しつつ、目的の場所を目指す訳か。

 んで、その目的の場所が――


「片道約一週間、目的地はジャカータだ。そこで前線の騎士達の様子を見たり、整備の様子を見学させてもらう」


 ジャカータは王国の東寄りにある大都市だ。魔力液(マギアリキッド)の生成工場や濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の貯蔵タンクを有しており、アルミュナーレの整備施設も完備されている。

 ここからさらに東へと進めば、小さな町や村をいくつか経て、オーバードとの緩衝地帯があり、その先がオーバード帝国である。

 緩衝地帯がもっぱらの戦場であり、ジャカータが戦場になることは無いが、修理や補給の為に前線のアルミュナーレが定期的に戻ってくるのがここである。

 ここならば、確かにそれほど危険を冒さずに、戦場の雰囲気を感じることができるだろう。


「見学後は、同じように馬車でこの町まで戻ってきてもらう。順調に進めば、二週間と少しで終わる予定だ。残った分は休日とするが、もし予定が遅れて遅くなったら、その分の授業はぎっちり詰め込んでやるからな」


 そう言って、ニヤリと笑みを浮かべるガズル教官。その笑顔に、全員の表情が引き締まった。

 まあ、ただでさえ訓練や勉強で詰め込まれた日程なのに、さらに詰め込まれたら死にかねないからな。皆全力になるさ。


「何か質問はあるか? 無いようなら説明は以上だ。各員、真剣に取り組むように」

『はい!』


 さて、んじゃ俺は、向こうで使える自由時間に何をするか考えないとな。

 鞄の中からジャカータのガイドブックを取り出し、俺はどこに行くかを考え始める。

 旅行気分かって? ええ、修学旅行ですよ。



 あっという間に時は経ち、出発の日。集合時間は日の出と共にだが、俺はその少し前に町の門の前へとやってきた。


「おはようございます」

「おはよう。いつもは一番先に来るお前が二番目とは珍しいな」

「教官、エルドはアルミュナーレが関わる時だけ早いだけですよ」

「そう言うことです」

「ぶれないな……」


 俺が門に到着するころには、すでにレイラと教官三人が待っており、馬車も二台とも用意されている。馬はまだ繋がれておらず、馬車の側には荷物が積み上げられていた。


「これが俺達の荷物ですか?」

「そうだ、全員が来たら荷物の確認をして、その後お前たちで荷積みをしてもらう。そこから全て訓練だ」

「なるほど」


 アルミュナーレ隊になれば、サポートメイドがいるとはいえ積み込みもある程度自分でやらなきゃいけないしな。どんな積み方が良いのか、固定のやり方はどうすればいいのか、そういうのも実際に試しながら覚えていけってことか。まあ、こういうのは説明聞くだけより覚えやすくていいな。

 日の出が近づくにつれて、他の生徒たちも順に集まりだす。

 そしてそろそろ集合時刻になろうという所で、バティスとレオンが姿を現した。

 バティスの髪はぼさぼさで、いつもの主人公然とした颯爽とした雰囲気は無い。そして、レオンはなぜかすでにくたびれている。


「おはよう、どうしたんだ?」

「この馬鹿が寝坊したんだ。町の外へ出るのは初めてだからな。興奮して眠れなかったんだろう」

「子供か……」「子供ね」

「ふわぁ~、まあ間に合ったから良いじゃねぇか」

「俺が迎えに行かなかったら遅れていただろうが」


 なるほど、レオンが疲れていたのは、この馬鹿をたたき起こして準備させていたかららしい。幼馴染だと色々と大変だな。これが女だったらラブコメ展開もあったんだろうけど、残念なことに二人とも男だ。

 そう言えば俺の幼馴染であるアンジュは元気だろうか。なるべく早く帰ると伝えてから、すでに二年経っちゃったしな。他に好きな男とか出来てるかもしれないな。あいつももう十七だし、結婚していてもおかしくない年だ。

 ああ、自分で考えて心がもやっとする。さすがにあんなに真っ直ぐに好かれてて、好きにならないはずないしな。将来について考えろなんて偉そうなこと言った俺自身が、アンジュが誰かと付き合うことを嫌がってんじゃん。笑えるぜ、ハハ……

 アンジュからもらったペンダントを握り締め、村の方角の空を見上げた。


「エルド、どうしたの?」

「俺の幼馴染は元気かなってね。ちょっと気になっただけだ」

「アンジュちゃんだっけ? 手紙とかは出さないの?」


 この世界の手紙は、専門の配達員がいる訳ではない。その村に立ち寄る行商に、金を渡してついでに届けてもらうのだ。


「書こうと思ったこともあったんだけどな。白紙を目の前にしたら睡魔に襲われた……」


 俺だって、当然家族やアンジュに手紙を出そうとしたことは何度かある。しかし、授業で疲れ、剣の修行で疲れ、ギリギリまで勉強して疲れきった体で、白紙を目の前にすると、強烈な眠気に襲われ、いつもそのまま眠ってしまうのだ。

 三回ほどそれを繰り返した時点で、手紙は諦めた。


「確かに、寮に帰ったらヘトヘトだものね。手紙を書くのは辛いかも」

「その上、月に一度来るか来ないかの行商をこの町で探すのは至難の業だ」

「それは確かに難しいかも。でもその子、心配してるんじゃない?」

「どうだろうな。あいつも意外とアクティブな所あるから、もしかしたらこの町に来てたりして」


 アンジュの奴、別れ際に「今の自分じゃ」なんて言いやがったからな。もしかしたら、本当に来てるかも……いや、まさか。ねぇ――


「ふふ、それだったら紹介してね」

「ただの冗談だよ。本気にすんな」

「全員集まったな。では説明を始めるぞ」


 ガズル教官に呼ばれ、話しは中断した。

 集合したのを確認したガズル教官が、荷積みの説明をしていく。一通り説明し終えれば、今度は実戦だ。


「では始め。分からないところは俺達に聞けよ」

「よし、んじゃ始めるか。バティスは目が覚めたか?」

「おうよ、レイラの氷は効くな……」


 教官の説明が始まっても眠そうにしていたバティスに、俺が命じてレイラに氷の魔法を使わせたのだ。どんな魔法か簡単に言えば、小石サイズの氷を生み出し、バティスの背中にシュートしただけである。

 だが、効果は抜群だったようだな。


「んじゃ荷物乗せてこうぜ」

「まずはあまり使わない物だったわね」

「アルミュナーレ用の整備道具だな」


 今回は、実際に支給されている物と同じ物を持って移動するため、俺達だけでは使い道のない、アルミュナーレの整備道具一式や、機動演算機(センスボード)用の書き込み機材などもそろっている。

 それらはキャンプ中や拠点に着かなければ馬車から降ろすことはまずないので、一番奥の方へと詰め込んでいく。

 そして次に食料、水の樽などはすぐ蓋を開けられるようにしつつ、その周りに日持ちのする野菜、パン、塩漬けの肉など食材や調理道具を固めて置いておく。

 反対側には、テント用の道具一式や、予備の薪、たき火用の石などを置き、最後に武器なんかをすぐに取り出せる場所へと乗せた。

 それぞれが衝撃で倒れたりしないよう紐で縛ったり、他の物と詰めて固定したりして、三十分ほどを要して積み込みは完了する。


「けっこう疲れるのだな」

「重い物が多いわね。テントのフレームがこんなに重いものだなんて知らなかったわ」

「水ってこんなにいるんだな。予備も含めて一週間分だろ?」


 実際に片道分の荷物を積み込んでみると、その量の多さに驚く。まず一番多いのは水だ。樽二個分になみなみと注がれた水は、それだけで相当な重さを有している。男手三人でなんとか持ち上げたが、正直何度もやりたい物じゃない。フォークリフトが恋しい。

 食材の多さ。基本的に今回の旅では現地調達をしないため、ここで乗せた食料をやりくりしつつ町を目指す必要がある。

 本来ならば、ここからジャカータまではいくつも町や村があるため、こんなに詰む必要はないのだが、もっと国境近くへ行けば、村の数も減り補給も困難になる。そのため、食料の消費を考えて使うための制限だ。

 テントは鉄パイプを使った壊れにくい物が採用されており、大きさも隊員が集まって会議をできる程度には大きい物と、四人はいれば一杯になってしまいそうな物の二種類が積み込まれている。

 それに加えて、機材や武器を乗せてしまうと、馬車の中にはほとんどスペースが残っていなかった。何とか二人ぐらいが荷物を椅子替わりに座ることができる程度だ。


「こちらできました」

「そうか、向こうは人数が少ない分少し遅れている。向こうの準備ができたら出発するぞ」

「了解です」


 もう一つのグループは三人組なだけあって、積み込みに苦労しているようである。その分荷物は少ないが、重いもんは重いもんな。

 それから十分ほどで、第二グループも積み込みが完了する。

 それぞれに教官たちが確認して、問題ないかを調べ、両方ともOKがでたため、ようやく出発となるのだった。



「とうとう着いたかジャカータ」


 町の規模はフォートランとほぼ同等。主要都市だけあって、同じようにがっしりとした外壁が町を覆い、堅牢な要塞と化している。

 七日後の夕方。第二グループも合わせて、俺たちは何事も無くこのジャカータに到着した。基本的には野宿経験者で料理もできるレイラが指揮を取り、俺達がその指示に従う形で動きいたが、それが正解だった。

 レイラの作る料理は美味く、指示は的確で誰かが手持無沙汰になることも無い。

 食材の使用量も明日で無くなる程度と余裕を持たせてのゴールだ。

 正直、男たち三人だったらどうなったか……俺もあんまり料理はできないし、あいつらは自信満々に「料理は料理人が作るから料理というのだろう」とか言いやがった。なんだその、カレーは辛ぇから取った日本語だみたいな言い訳は! こんな時だけ、貴族様発言爆発させやがって。

 それ以外には特に問題も無く、予定通りに進むことが出来た。

 と言うか、問題なんてそもそも起こりようがないのである。ここは、王都からフォートラン、そしてジャカータへと大都市を繋ぐ主要道路であり、商人も頻繁に行き来する。そのため、兵士達の見回りも厳しく行われており、盗賊や野生の危険な獣なんかもことごとく駆逐されてしまっているのである。

 俺達が人為的に問題を起こさない限りは、ただの旅行となんら変わりないのだ。


「ふむ、予定通りだな。一度騎士団の司令部に顔を出し、馬車を預けるぞ。町の中には入らずに壁沿いに進めてくれ」

「分かりました」


 御者担当のレオンが手綱を使い、馬を進ませる。向こうの教官も同じように指示を出しているのか第二グループの馬車も俺達の後ろに続いて付いてくる。

 壁沿いに進んでいくと、やがてもう一つの閉ざされた門が見えてきた。こちらは、さっきの門と違いかなり広くアルミュナーレでも通り抜けられるほどの大きさで作られている。

 そして、その門を警備しているのは、どうやら町の警備兵では無く、国の軍人のようだ。


「アカデミー教官のガズル・オルティガだ」

「連絡は受けております。お待ちしておりました。今門を開きますので少々お待ちください」

「頼む」

「開門! 開門!!」


 兵士が叫ぶと、閉ざされてた門がゆっくりと音を立てて開き始めた。

 その光景を、俺達四人は口を開けて見ている。

 開いた門の中は、まるでどこかの基地の様だった。広い道路に、並ぶハンガー。奥には管制室のような物の付いた建物まで見える。

 違いがあるとすれば、全て表面は石で覆われているということだろう。まあ、どうせ中は鉄で補強してあるんだろうけどね。


「よし、進んでいいぞ」

「は、はい」


 レオンが若干緊張した面持ちで馬を進める。

 中は、民家が一軒も無く、それどころか料理屋のような物も見受けられない。遠くには円柱状の巨大な物が立っており、その足元には複雑な足場が設けられている。


「ここは国軍専用の土地と言うことですか?」

「そうだ、フォートランのように、町と一体化はさせず、完全に分離させてアルミュナーレの点検整備修復を一挙に行える基地を設置している」

「なるほど」


 つまりここは、アルミュナーレの前線基地という訳か。ならあのハンガーの中には、前線に向かうために整備をしているアルミュナーレが並んでいる訳だな! いや、アルミュナーレは数が限られているはずだし、そんなには無いか。あって二機か三機だろうな。


「お前たちの寝る宿も、ここの寮を貸してもらう」

「それでは私たちは、この基地から出られないのでしょうか?」

「いや、後でお前たちには通行パスを渡す。それを使えば、町側に通じる門を通ることが可能だ。さすがにここまで来て缶詰にはさせんよ」

「よかったよかった。これで――」

「女遊びは禁止だがな」

「そんな!? 俺の溜まった欲はどこに発散すれば!」

「ドブにでも流しておけ」


 頭を抱えるバティスを、レイラが冷たい視線で見下していた。まあ、当然だな。


「さあここだ。降りるぞ」


 教官が馬車を止めさせたのは、先ほど管制塔がありそうなと言った建物だった。

 どうやら、ここがジャカータのアルミュナーレ指令施設らしい。

 第二グループも合わせて、二人の教官の後を俺達が追う形で進んでいく。

 すれ違う人たちは、皆整備員ばかりでアルミュナーレ隊の騎士服を着ている人はいない。今は皆で払ってしまっているのだろうか? けど、基地の防衛に少しは残すよな?

 そんなことを考えながら、きょろきょろと基地内を見回していると、レイラの背中にぶつかった。


「ちょっと、ちゃんと前見て歩いてよ」

「悪い」


 レイラが止まったのは、教官たちが止まったからだった。つまり、ここが目的の部屋と言うことになる。

 教官がノックして扉を開く。

 真っ赤な絨毯が敷き詰められた、煌びやかな部屋だ。

 天井で輝くシャンデリアに、高級そうなソファーやテーブル。部屋の壁には剥製や剣が飾られ、どこをとっても素晴らしいと言う言葉が出てくる。

 しかし、俺達の目をもっとも釘付けにしたのは、シャンデリアでも、剥製でも剣でもない。

 目の前でスクワットを続ける、上半身裸のムキムキなボディービルダーだった。


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