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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
アカデミー二年目
20/144

4

「さて、次の二人……と言いたいところだが」


 ガズル教官は、ガシガシと頭を掻きながら、ファラスの乗っていた機体を指差す。


「さっき見ていた通り、こいつは基礎機動しかもうできん。そのため、残りの一機で順番にやってくぞ。少し時間掛かるが、残り人数も少ないし、まあ何とかなるだろう。次は確か――」


 生徒の一人が名前を呼ばれ、機体へと搭乗していく。俺はそれを見送りながら、腕を組み、指をトントンと動かしていた。

 そこにいつもの三人がやってくる。


「エルド、落ち着きなさいよ」

「俺は落ち着いている」

「目が据わっているぞ……いつもの眠そうなと言うよりは、寝不足のと言った方が正しい感じだな」


 レイラとレオンが、俺をたしなめてくる。

 草原に直接腰を下ろしている俺は、視線を少し下ろして足もとを確かめる。そこには、これでもかと貧乏ゆすりを繰り返す俺の足があった。


「俺はあと、どれだけ待てばいいんだ……」

「後少しだろうよ。ほら一人だいたい十分から十五分。残りはエルドを除けば三人だし、長くても一時間はかからないだろ」


 ああ、俺の足が地面を掘り始めた……

 バティスを含めた三人が顔を合わせてため息を吐く。

 ああ、何か気分を紛らわすものは無いか。そう思いきょろきょろと周囲を見渡した所で、あるものが目に入った。ファラスが三名の教官からひたすらにダメだしを受けている姿だ。教官の手には用紙が何枚かあり、それを見ながら話している。


「そう言えばレイラの成績はどうだったんだ? もう聞いたんだろ?」


 この溜まりに溜まった感情を紛らわすため、俺はレイラに尋ねた。先ほどまでレイラは、教官たちから収集したデータを下に今後の練習方針を考えていたはずである。


「全体的に高水準で保たれており、特筆して欠点を上げる必要は無し。ただ、あえて言うとすれば、攻撃を躱す際の動きをもう少しコンパクトにすると良いでしょう。こんな感じの評価だったわ。今後は機体に乗った状態でしゃがみや横移動、上体だけ反らすみたいな、ちょっと変わった動かし方を練習していくみたい。稼働率のデータはこれよ、見てみる?」


 レイラがポケットから折りたたまれた紙を取り出す。

 俺はそれを受け取り、開いてみた。

 全部で三枚。そこに書かれていたのは、先ほど収集した機体のデータである。教官が見ていたのはこれのようだ。

 濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の消費量や、燃費、関節の稼働率と負荷のかかり方。どのような操縦をしたのかまで、事細かに書かれている。

 燃料の消費や燃費はファラスの妨害のせいで少し多くなってしまっているようだが、関節の稼働率は軒並み八十%を超え、全身を上手く使っていることが分かる。それを証明する様に、稼働率に反して負荷は十%以下に抑えられていた。

 唯一負荷が十%を超えているのは、ファラスからの魔法を一番浴びた背中だ。それでも、機体制御でしっかりと衝撃を受け流していたのか、二十%にも届いていない。

 確かにこれならば、教官たちも言うことが無いはずだ。


「ダイビング剣躱しは思わず笑っちまったぜ」

「あれは結構必死だったのよ。魔法なら回数制限こそあれど、連発できるし撃ってくる予想は出来てたんだけど、剣は二振りしかないじゃない? 貴重な一本を投げるなんて、普通考える?」

「普通じゃないから妨害なんて考えるんだ。流れ次第じゃ、飛びかかって来たかもな」


 俺だったら思いっきり挑発して、向こうから攻撃させた。その上で、叩き潰してやったのに。


「ほんとバカよね」

「まったくだ」

「まったくだよな」

「そうだな」


 説教になり始めた教官たちの指導を見ながら、俺達は同じようにうなずく。


「んで、バティスやレオンはどうだったんだ? 見てた感じ、そんなに酷い動きは無かったけど」

「俺は負荷がかかり過ぎって言われちまった。最大負荷が足関節で四十超えてたからな。戦場だとすぐにダメになるぞってさ」

「四十は確かに高すぎるな。強引な方向転換か?」

 確かにバティスの性格だと、細かい方向の調整は難しいだろうし、強引に機体を動かす場面も多かったんだろう。

 オートジャイロやバランサーシステムが、強引な指示でも極力可能レベルで動かしてしまうから、機体に負荷がかかり過ぎるのだ。


「そ、森林部で木を避けるための動きで無理があったみたいだ。今後は森林部を中心に、脚部のコントロールを集中的に練習するってよ」

「体で慣れろって感じだな。レオンは?」

「僕はバティスとは逆だった。機体を大切にし過ぎたせいで、能力を出しきれていなかった感じだ。燃費効率が悪く、もっと踏み込んでいいと言われてしまった」

「ああ、しっかり力入ってないと、バランス崩しやすくなるからな」


 バランスを崩しやすくなれば、機体はジャイロとオートバランサーを使い、姿勢を維持しようとする。それにも当然濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)を消費するため、燃費効率が悪くなるのだ。

 真っ直ぐ同じ速度で走る車と、加速と減速を繰り返す車の違いのようなものだ。

 機体の操縦にも操縦士の性格が出るんだなと思いつつ、俺の操縦はどんな癖が出るのだろうと、余計に演習が楽しみになった……

 ああ、早く操縦させろよ!



 さらに待つこと三十分。ようやく、ようやく俺の番が来た!


「よし、じゃあ最後にエルド――エルドはどこ行った?」

「エルドならもう機体の上に」


 そう言ってレイラが指差す先は、アルミュナーレの操縦席。俺はその入り口で教官の指示を待っていた。さすがに勝手に乗り込むのは不味いからな。


「はぁ……乗って良いぞ。機動までさせろ」

「了解!」


 飛び込むように座席に座り、シートベルトを締める。

 ペダルやレバーの挙動確認、異常なし。ハッチ閉鎖、始動開始。

 ジェネレーター起動を確認。出力第一次安定領域を維持。モニター点灯を確認。各種メーター異常なし。濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)残量三割。さすがに一日使っていればこうなるな。まあ、コース一周ぐらいなら余裕だろう。

 では――

 出力ペダルを踏み込み、ジェネレーター出力を上昇させる。

 第二次安定領域到達を確認。アルミュナーレ機動――確認。マイク及び集音魔法発動。確認。頭部可動式モニター、異常なし。稼働領域百四十度異常なし。後部サブカメラを半球最下部の一枚に表示。

 二十四面モニターの最下部四枚のうち一枚がアルミュナーレの後方を映し出す。そこにレイラたち三人が見えた。

 稼働テスト開始。肩、ひじ、手首、指関節異常なし。脚部、正常稼働。バランサーも問題なし。

 装備確認、魔法はレバーの人差し指ボタンにショックバースト一つだけ。剣は両腰に一振りずつ。連続運用で刃に一部欠けを確認。試験自体には問題ないな。


「どうだ、準備できたか」

「はい」

「では演習を開始するぞ」

「その前にちょっと質問良いですか?」

「答えられる物ならいいぞ」


 重要な事を聞き忘れていた。


「このコースって毎年やってるものですよね?」

「そうだ」

「なら歴代のベストタイムってどれぐらいですか?」

「…………五分二十一秒だ」

「分かりました。後一分ください」

「そちらの準備が完了したら声を掛けろ。スタートの合図をする」

「ありがとうございます」


 ふむ、五分二十一秒か。レイラのタイムが確か五分四十秒、バティスが五分三十二秒、レオンが六分ジャストだったな。そう考えると、通常機動で走った場合、五分二十秒を切るのは物理的に難しいはずだ。

 ならやることは一つでしょ。

 俺は上部スイッチやボタンを押して、機体の設定を変更していく。

 下部の残り三枚に、機体状態を常に表示する様に設定。各種圧力、バランス、出力、を表示させる。さらに、魔法照準機能をオフに。照準の絞りをモニター2.C(中央やや左)と4.C(中央やや右)に最大固定。スイッチでどちらを狙うか決められるようにする。バランサー機能をオフに変更し、それぞれの圧力調整をフットペダルに連結。左腰の剣は常にロック状態にして外れないようにし、右腰のものだけ上部スイッチで切り替え可能に。機動演算機(センスボード)の処理能力を限界まで上げるため、削れる処理能力は極力削っていく。人力でやった方が速い場合もあるしな。

 良し、全システムオールグリーン。


「教官、お願いします」

「そうか。ではエルド機――――スタート!」


 合図と共に、俺はペダルを全力で踏み込む。

 バランサーを切った機体は、踏み込みに合わせて、思いっきり機体を前へと動かした。

 同時に、レバーを操作し、上体を前方に倒す。左手でボタンを、足で出力を調整して機体のバランスを保つ。

 四枚のモニターが常に機体の状態を表示し、俺はそれに合わせて出力配分を変更させながら、草原を駆け抜けはじめた。


「速い……」


 集音魔法が誰かの声を拾った。当然だ、バランサーを切ったアルミュナーレは問答無用で足を進める。そこに、重心や安定性と言ったものは考慮されない。

 それを、自らの手で逐一設定し、最高のパフォーマンスを引き出させる。

 せわしなくフッドペダルとジェネレーターペダルを往復させ、左手は常に上部のボタンにかざしている。

 少しして第一目標の的が見えてきた。

 向かって左側。本来ならば、ロックオン機能を使い、照準が絞られた時点で魔法を放つのだが、ロックオンを切った俺の機体は、すでに照準が絞り切られ、その時間をカットする。

 指定したモニターにはロックオンカーソルが白く点灯したまま、最小サイズまで収まっている。そこに的が来た時点で、俺は発射ボタンを押した。

 ズドンッと衝撃が機体に加わり、一瞬バランスが崩れそうになる。それもしっかりと操作し、機体を安定させ草原を駆け抜ける。

 俺の機体が的の横をすれ違う頃は、的は衝撃波によって砕かれ、ボロボロと崩れ落ちていた。

 ここまで二十秒。バティスの最速タイム二十二秒よりも早く動けている。

 やはり自分でコントロールする方が、機体が思うように動く。なんでもかんでも自動化しても、良い事ばっかじゃないな!

 草原にある的全てを破壊した時点で、ジャスト二分。折り返しは森の中を走りながら、剣での的破壊だ。

 右腰のロックを外し、剣を持つ。鞘が無い分、ロックだけ外して少しずらせば握れるアルミュナーレの剣は、わざわざ腰を捻って反対側の剣を抜く必要はない。

 皆騎士の姿の固定概念にとらわれ過ぎなんだ。

 機体の手首を捻らせ、最少の動きで森林部最初の的を斬り裂く。

 次の的は最短進路上だ。俺は抜き放ったばかりの剣を再び腰にロックし、目標へと近づいていく。

 枝を降り、木を躱し、根を踏んだ際のバランスに注意しながら森の中を駆け抜け、二つ目の的が視界に入った。

 即座に機体の右手を正面へと伸ばし、的を掴む。機体は的の真横を通り過ぎ、その勢いに負けて、的を立てている骨組みが折れた。

 通り過ぎた後に、的は無く、その的は俺の手の中にある。

 何の考えも無く、的を引き千切った訳ではない。この的はこの後必要になるのだ。

 この後の標的がある場所は、最短コースから少し離れた場所になる。これを壊すためには、どうしても遠回りをしなければならない。このコースで時間を一番縮められるのはここだろう。

 俺はあえて最短ルートを進む。このまま進めば二秒で目標から遠ざかり始めるが、その為に引き千切ったのがひとつ前の的だ。

 一瞬だけ出力を上昇させ、圧を足に掛ける。

 力強く踏み切ったアルミュナーレは、高く跳び上がり、森からその全体を表した。草原で見てる連中はさぞ驚いただろうな。なにせ、機体が森から突如跳び上がったんだから。

 だが俺はこれを一度経験している。初めての戦闘の時、俺は谷から出る為上空へとあがった。

 あの機体ですら高く跳び上がれるだけの出力を有しているのだから、数十年後のこの機体が持っていないはずはない。

 高く跳び上がったところで、俺は機体を制御しながら目標の位置を確認する。そして、腕を振るわせ、標的に向けて、持っていた的を投擲した。

 へし折られたパイプは鋭利な刃物のようになり、次の標的を砕く。

 これも、魔法を使わず森林部の標的を破壊しているから、ルール上はセーフだ。ダメならダダこねてやる。

 っと、いけない。着地の準備をしなくては。

 出力を上昇させたまま、衝撃に備える。

 ズドンッと機体が着地するとともに、モニターでは機体の関節に強い負荷がかかっているのが表示された。

 俺は全身を使って機体にかかる負荷を分散させていく。

 二本脚だけの着地なら負荷で機体の関節が悲鳴を上げる所だが、俺は足で付いた後に、手も地面に着けて負荷を押させている。

 おかげで、関節は悲鳴を上げず、想定内の負荷でしっかりと稼働していた。

 そして再スタート。レイラのマネをするように、クラウチングで加速を掛ける。

 残り二つの森林部の的は最短進路上にある。それらも、剣で油断なく破壊し、俺は森林部を抜けた。

 抜けた時点でタイムは四分五秒。最速記録は確定だな。

 ニヤリと笑みを浮かべながら、ゴールに向けて加速させる。

 そして最後の標的が見えた。

 抜刀したままの剣で、標的をすれ違いざまに破壊。一切減速することなくゴールへと飛び込む。

 だがここで気を抜いてはいけない。俺はあらゆる機能をマニュアルコントロールにしているのだ。当然止める時も自身で出力操作しなければならない。

 出力を落としながら、フッドペダルを徐々に上げていく。

 剣をロック状態に戻し、上体を起こさせ競歩へ。そのまま徒歩へと移行させ、教官たちの待つ、校舎近くまで歩いてきた。

 その間にバランサー機能をオンにして、他の機能も元に戻していく。このままだと、次乗るのが教官でも大変なことになりそうだしな。

 しかし、マニュアルコントロールは楽しいけれど、やっぱりすごい疲れるな。

 機体を停止させながら、額の汗を拭ってシートベルトを外し、ハッチを開く。

 外の冷たい空気が火照った体に気持ちいい。

 さて、俺のタイムはどうなったのかね? 最速タイムを出せたのは間違いないと思うけど。

 ジェネレーターを切った機体から降りて、俺はポカンと口を開けたまま呆然とする生徒と教官の下に戻るのだった。


 草原に降りた瞬間、俺は駆け寄ってきたレイラたち三人に速攻で囲まれた。


「ちょっと! あれどういうことよ!」

「あの動きはおかしいだろ! なんであんな速度が出るんだよ!」

「速度もだが、魔法の発射位置もかなり早かったはずだ。どうやった?」

「おう、落ち着けや。説明するから」


 詰め寄ってくる三人をなだめつつ、とりあえず教官の下へと進む。

 ガズル教官は、俺達が近づいて来たことでようやく我に返り、俺を出迎えてくれた。


「とりあえず、とんでもないことをやってくれたな。最速記録の更新は七年ぶりだ」

「ありがとうございます。どれぐらいでした?」

「四分三十七秒だ。これ抜ける奴いるのか?」

「出来る人はできると思いますよ」


 なにせ、マニュアルコントロールとはいっても、やってることはMT車の運転とさほど変わらない。まあ、ギアチェンジしながら、ワイパーとランプをガチャガチャやらなきゃいけないが、できる人はできるでしょ。俺だって出来たんだし。

 行った操縦方法を伝えれば、ガズル教官は何かを考えるようにうむむと唸る。今後の教育方針に加えるかとでも考えてるんだろうな。とりあえず自分でどれぐらい出来るかやってみてからの方が良いだろうけど。


「速さの理由は分かった。お疲れ様だ。この後データを収集して渡すから少し待っていろ」

「了解です」


 ガズル教官が俺の乗って来た機体に近づいていく。そこにはすでに、他の教官たちがデータの抽出に取り掛かっていた。

 俺はそれを見送って、三人に向き直る。


「って訳だ」

「バランサーを切るなんて……」

「そこまで自分で操作とか、馬鹿じゃねぇの!?」

「正直できる気がしないのだが」


 おおむね反応は似たような物だった。


「まあ、俺も最初のころからちょくちょく練習してたからな。今からは自由な練習期間も多いし、一年あれば使えるようにはなるだろ。けどこれ、かなり疲れるぞ」


 荷物の中から水筒を取り出し、ぐびぐびと飲み干す。緊張のせいで、喉もカラカラだ。


「なら私は練習するわよ。このまま負けっぱなしなんて嫌だし」

「お、俺だってやるぞ! なんか難しそうだけど、やれれば強くなれるんだろ?」

「あの動きができれば、戦場での生存確率は飛躍的に上がるだろうな。試験で使うかはさておき、練習しておいて損は無いか」


 全員マニュアルコントロールを練習するようだ。そうなると、三年最後の試験はますます大変なことになりそうだな。つか、これができない奴は、間違いなく落とされるだろう。

 俺も罪な技を生み出してしまったもんだ。

 ホッと息を吐き、汗が引いてきた頃、ガズル教官たちが俺を呼んだ。


「んじゃ、少し行ってくるわ」

「どんなことを言われるか、少し楽しみね」

「きっと素晴らしいの一言で終わるな」

「言ってなさい」


 軽口を叩きつつ、俺は教官の下へと向かった。



 そこの空気はどことなく重い。ただ、お葬式と言うよりも、部下が大事な仕事でミスした時のような空気の重さだ。

 まあ、どっちにしろ居心地は悪いんだけどな。


「どうかしたんですか?」


 恐る恐る尋ねてみる。


「ああ、今エルドのデータを抽出しているのだがな、どうも数値がおかしいのだ」

「おかしい? どのようにでしょうか?」

「機体の左手だけ数値が異様に低い。おそらく正しく記録できなかったのだろう。これでは正確な判断ができないのだ。悪いがもしかするともう一周、別の時に回ってもらうことになるかもしれん」


 そう言って見せてきた資料によれば、確かに俺の機体の左手稼働率が異常なほど少ない。

 操縦時間は、他の部分がほぼ百%なのに対して、左手だけは十五%にも満たない。演習中のスタートからゴールまでの間に限っては十%すら届いていないのだ。

 しかし、他のデータはしっかりと取れているようだ。

 機体稼働率は左腕を除き、九十七%。最大負荷はおそらく着地の時の三十五%だが、平均負荷は十%を切っている。これなら、関節も問題ないだろう。

 燃料効率も、ジェネレーターを細かく操作したおかげで、優の判定だ。

 となれば、確かに左手の数値が異常に見えるだろう。ただ俺には一つの確信があった。


「多分、このデータで正しいですよ」

「何を言っている。左腕が明らかに取れてないだろう。十五%も稼働させないなんて、普通は考えられない」

「けど俺、演習の間は左の操縦桿ほとんど握ってませんでしたし」


 そう、左手は上部ボタンやスイッチをひっきりなしに操作していたため、操縦桿を握るタイミングと言うのはほとんどなかった。

 せいぜいが、着地のタイミングで衝撃に耐えるために握ったぐらいだろう。

 後は、ほぼ全部右手と足だけで動かしている。

 教官たちは、俺の説明に驚いたように目を白黒させていた。


「なぜそんな操縦方法に?」

機動演算機(センスボード)の負荷を最大限に減らすために、自分で出来る操縦は全部自分でやってたんですよ。ロック機能も解除して、画面の指定位置に最大限に絞った状態で固定させていましたし、さっきも言った通りバランサーも解除してました。バランサーなしの方が、機体速度は出ますし。さすがにジャイロ外すと安定性が保てなくなるんで、それは付けたままですけど、他にも、ジェネレーターの出力やら、圧の調整やらを全部その場でやっていましたから。おかげで、操縦桿を握る暇なんてほぼ無かったですし」

「ふむ、話を聞く限りではこのデータで正しいような気もするが」


 ガズル教官がつぶやくと、他の教官たちが抗議の声を上げた。


「そんなめちゃくちゃですよ。自分達でもそんな操縦できるかどうか」

「そうですよ。自分は以前バランサーの壊れた機体に乗ったことがありますが、じゃじゃ馬なんてレベルじゃありませんでした。全身バネみたいに、その場で飛び回るんですから。止めるのも一苦労だったんですよ。それをあんな簡単に……」

「しかし、データは説明と一致している。操縦記録もそうなのだろう?」


 ガズル教官が、唯一何も言っていなかった機動演算機(センスボード)学科の教官に尋ねると、その教官はゆっくりとうなずく。


「収集機械にも、機動演算機(センスボード)にも異常は無かった。彼の言葉はこの機体が証明している」

「しかし!」

「それとも、こちらのミスであると?」


 言葉と共に、教官に向けて鋭利な視線が飛ばされる。操縦士学科の教官とは違い、機動演算機(センスボード)学科の教官はかなり細身で、どちらかと言えば白衣を纏った博士を連想させる。しかし、その細い目から放たれる眼光は、教官たちに引けを取らない。


「いえ……」

「それぐらいにしておけ。カロン教官も失礼した」

「いえ、疑いたくなるデータなのは事実ですから」

「ではこのデータを下に、今後の練習メニューを考えたいのだが、何か意見はあるか?」


 ガズル教官が他の教官に意見を求めるが、まあ返っては来ないよな。

 なにせ、今までやったことも無い操縦で、誰よりもいい成績を出すことになったんだから、アドバイスのしようがない。


「ふむ、では私から一つ良いでしょうか?」


 そう言って手を上げたのは、機動演算機(センスボード)学科のカロン教官だ。


「エルド君は、機動演算機(センスボード)の処理能力が落ちると考えて、かなりの行動を手動に切り替えたそうですね?」

「はい、負荷が大きくなれば、動きが悪くなるのは機動演算機(センスボード)も同じと考えましたので」


 OSがいくら良くても、色々な稼働データが蓄積され、許容量が増えてくれば、動きが遅く重くなってくる。それと同じ原理だと思ったのだが。


「確かにその意見は正しいです。限られた範囲内の大量の文字を刻み込む機動演算機(センスボード)は、エルド君のような操縦をすればさらに多くの魔法や稼働方法を書き込むことができるようになるでしょう。ですが、剣のロックや、操縦席の冷房システム、ライトなどの簡易魔法は隙間に書き込めるほど簡単なものです。それを削っても、効果が表れることは無いでしょう。後で、機動演算機(センスボード)の内容比率を書いた本を渡しますので、それを参考に、どこを削るか、どこを残すかを考えてみても良いでしょう。冷房システムなどは、操縦者の体調を管理するシステムの一部です。それほどの操作をするのならば、操縦席内の環境は少しでも良いほうがいいでしょうしね」

「ありがとうございます」

「ふむ、ではエルドは今後、その本を使い自分に合った操縦を見直すということで良いな?」

「はい」


 俺が頷くのを見て、ガズル教官が他の生徒たちにも向けて声を発する。


「ではこれで戦闘演習を終了する。今日の授業はこれだけだ、各自後は好きにしていいぞ」

『お疲れ様でした!』


 こうして俺の初めての戦闘演習は、幕を閉じるのだった。


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地面に着けて負荷を押させている。→抑えて では
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