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びしょびしょに濡れた服のまま、俺は引き寄せられるようにその巨人へと近づいていく。
大きさは、足を投げ出した状態で四メートル程度だろうか。立てば八メートル、三階建ての建物ぐらいはありそうだ。
手足の装甲は、鉄板が流線型に曲げられ滑らかな曲線を描いている。胴体には騎士のような鎧。顔は人間に近い二つ目のようだ。
動かなくなってかなりの年月が経っているのか、いたる所に錆が浮いており、ところによっては、蔦が絡まってしまっている。
一見あまり損傷の無いようにも見えるが、よく見れば左腕が肩から外れ、崖に引っかかっているだけなのが分かった。
「スゲー」
ファンタジー世界でまさかSF作品を見るとは思わなかった。いや、もしかしたらこれもファンタジーな仕組みで動いている可能性もあるが、見たところしっかりとした原理に基づいて作られているように見える。
鎧の隙間や関節から覗くチューブや油圧ポンプのようなものはいかにも機械っぽく、前世の記憶と俺の心を刺激した。
どれぐらい見とれていただろう。俺は、ハッと我に返り獲物袋の中を確かめる。
崖から落ちる原因となったあの憎たらしい蜂鳥はどうなっているだろうか。
取り出した蜂鳥は――――溺死していた。
「いけねぇ。さっさと血抜きしないと」
感傷なんてある訳ない。俺が直接、手を下せなかったのは多少心残りではあるが、目の前にあれだけ焦がれたロボットがいるのだ。もうそんなことはどうでもいい。
腰から鉈を取り出し、蜂鳥の首をすっぱりと落とす。
血抜きしなければ肉が悪くなりやすく、また血の臭みが移ってしまう。せっかく狩った蜂鳥なのに、肉が臭いからと買い取り拒否されては貯まった物では無い。
鉈で地面に小さな穴を掘り、首を落とした蜂鳥からその穴に血を出す。
ぐいぐいと絞ってあらかたの血を出した所で、獲物袋に戻した。
「さて」
もう一度眼前のロボットを見上げる。
壊れているだろうが、ロボット好きとして乗らない手は無い。
べたべたと張り付く上着を脱ぎ捨て、エアロスラスターを使い、ロボットの足へと飛び乗り、胴体へ向かう。
大きさ的に、操縦席は胴体だろう。甲冑のような胴体の鎧をいろいろと調べてみる。しかし、一枚の鉄板から作られたような甲冑に、搭乗口のような物は見当たらない。
ならばと、さらに上へ登り、首の裏側へと回る。
胴体に入るなら、腹部か首と相場が決まっている。
そして俺の予想は当たった。
「これか」
首の裏側に、手の平サイズの切れ込みがあり、そこを開けばレバーが付いている。外から操縦席を開くためのレバーだろう。
俺は躊躇いなくそれを引っ張った。
プシュッと何かが抜ける音と共に、首の中心が二つに分かれ、操縦席への入口が開く。
「うっ……」
瞬間、中から腐臭が漂ってくる。
思わず顔を顰め、体をのけぞらせた。
考えてみれば当然だ。こんなところにロボットだけが置いてあるはずがない。操縦者も一緒にいるはずなのだから、操縦席が開いていなければ、その操縦者は中にいたままだろう。
ロボットの様子から推測するに、崖から落下した衝撃で亡くなったのかもしれない。
操縦席には、長年閉じ込められた状態で腐敗し、白骨化した元操縦者の遺体があった。骨は崩れ、座席にボロボロと零れ落ちている。
「これは今日乗るのは無理そうだな」
乗るならまずは中を掃除しなければならない。
換気の為に操縦席の扉を開いたまま、俺はロボットから一旦降りて周囲を窺った。
空はまだ青く、日こそ見えない物の、あまり傾いている様子は無い。流されてそれほど時間が立っていない証拠だ。
今から急いで戻れば、掃除道具を持ってまたここに来る時間があるかもしれない。
俺はエアロスラスターを駆使し、少しずつ崖を登っていく。
少し流されたためか、落ちた場所よりも崖は小さく、そこまで苦労することなく登ることができた。
そして、さらに高い木に登り、周囲を見渡す。
太陽の位置的に、まだ十五時を過ぎたあたりか、春先で日暮れは十七時半ぐらいと予想すれば、ギリギリだ。
山の位置を確認し、川の向きから自分の村の場所を推測する。
「だいたいあそこらへんだと思うんだけど」
肉眼では分かりにくいが、うっすらと煙のような物が上がっている気もする。
「行ってみるしかないか」
俺はアクティブウィングとエアロスラスターを併用し、全速力で村へと戻っていった。
森を抜け、見えた村は予想通り俺の生まれた村だった。
森に入る時は、村の裏側から入ったはずだったのだが、川に流されたせいか、戻って来たのは、村の正面側女性たちが畑仕事をしている場所だった。
そこで俺は足止めを喰らう。
「ちょっとエルド君!?」
俺が村への道を歩いていると、突然大きな声で名前を呼ばれ、それを聞いた畑仕事をしている女性たちが何事かと一斉に俺を見る。
俺はため息を吐いて、声がした方を向いた。
そこにいたのは、アンジュだ。収穫中だったのか、足元に野菜を散らばらせているのを見ると、驚いて落としたのだろう。
「おい、野菜を落とすと痛むぞ」
「あ、ああ! いけない! ってそうじゃなくて、何でそんなびしょ濡れでうろついてるのよ! これで拭いて!」
アンジュは慌てて自分のタオルを俺に渡してくる。
俺はそのタオルを受け取って、髪の毛をワシャワシャと拭く。
そして俺達二人を見ながらニヤニヤとしている女性陣。さっさと仕事に戻れ。
「悪い悪い。ちょっと川に落ちたからな
「川に落ちたって、もしかして谷に落ちたの!?」
アンジュが驚いたように俺を見る。まあ、谷から落ちて無事な人間とかこの村じゃまずいないだろうしな。俺も結構ギリギリだったし。
「まあな」
「大丈夫だった? 怪我とかしてない!?」
駆け寄ってきて、ぺたぺたと体を触る。ついさっきまで俺の裸を見て顔を赤らめていた奴はどこに行った……
「なんともないさ。蜂鳥も三匹狩れたしな」
「そういう問題じゃなくって! ってとにかく体温めて! そのままだと風邪ひいちゃう」
「分かってるって。とにかく家帰りたいから離してもらっていいか?」
「はうっ」
俺の体を直接触っていたことに気付いたのか、アンジュの頬が、ほのかに赤く染まる。まだ夕方じゃないから、夕日で赤くなったとは言えんぞ。
ついでに俺は、背負っていた袋をアンジュに渡した。
「それ蜂鳥だ。少し濡れちまったけど、血抜きはしてあるから大丈夫なはず。村長に渡しといてくれ」
「分かったから早く乾かしに行ってよ!」
「はいはい」
俺はアンジュに背中を押され、村へと戻った。
結局その日は、ロボットの下へ戻ることはできなかった。
びしょ濡れになって帰ってきた俺に驚いた母さんが驚いて悲鳴を上げ、その悲鳴を聞いた父さんが慌ててやってきて俺を見てまた驚く。
何があったのかと問い詰めてくる二人に、俺は蜂鳥を追って谷に落ちたことを説明。当然説教を喰らった。
そんなことをしているうちに、夕方になってしまい俺はロボットの下へ行くのを諦める。夜の森はさすがに俺でも危険だ。
まあ、明日からは毎日通うだろうけどな。
説教も終わり、夕食になる。今日は鹿肉のシチューのようだ。
「まったく、だからあれほど谷には気を付けろと言ったんだ」
「もう分かったって。ほんと悪かったから勘弁してくれ。どうせ明日もアンジュの説教が待ってるんだ」
俺は深くため息を吐きながら、ヤギの乳を一息に飲み干す。
さすがに一時間以上母さんから説教くらったあげくに、飯の時間まで父さんから説教など貰いたくはない。
「はぁ……仕方ないな」
「お父さんは甘すぎ。エルドは何でもそつなくできちゃうんだから、調子に乗りやすいの。ちゃんと叱って、反省させないと」
「ほんと悪かったって。反省してるよ」
一時間以上も正座させられて反省しない奴はいない。つか、それは絶対に説教されることを楽しんいでる奴だけだ。
もちろん俺にそんな特殊な性癖は無い。
「言葉だけじゃ信用できません。明日から一週間は森に入るのを禁止します」
「そんな!?」
それは俺にロボットの下へ行くなと言うことか!? そんなお預け辛すぎる! 罰ってレベルじゃねぇぞ!
「その反応が反省していない証拠です! 一週間はお母さんと畑の手伝いです」
「父さん……」
縋る思いで父さんを見る。
父さんは、シチューを一口食べ、俺を見ると、ゆっくりと首を横に振った。それってどうにもならないってことか!?
「分かりましたね?」
「…………はい」
「よろしい」
俺がしぶしぶ頷くと、母さんは満足げに笑うのだった。
だが、俺は諦めない。確かに一週間ロボットの下へ行くとこはできなくなってしまったかもしれないが、ロボットに関して色々と調べることはこの村でもできるはずだ。
まずは、あのロボットがこの世界の人たちにとって当たり前の存在かどうかと言うことだ。
もしかしたら俺が子供だからまだ知らされていないだけで、町にはあんなロボットが沢山いるのかもしれない。
「そうだ父さん、今日狩りの最中に変なのみつけた」
「変なの?」
「鉄で出来た巨人が山の方を歩いてたんだよ。ズシンズシンってすごい音がしてて、森が凄いざわついてた」
いかにも、ロボットのことなんて知らないかのように父さんに尋ねる。もし知っているのならば教えてくれるはずだ。
「ふむ、そりゃ多分アルミュナーレだな」
ビンゴ! あのロボットはアルミュナーレと言うらしい。
「アルミュナーレ?」
「詳しい原理は知らないが、鉄で出来た人形の中に人が乗って動かせるんだ」
「スゲー! あの中に人が乗ってるのか!」
まあ、実物見てきたから知っているけどな。ついでに仏さんもバッチリ見てしまった。
「しかし、この辺でアルミュナーレが活動しているのは珍しいな。この辺りは国境付近でもないし、こんなところを警備する余裕なんてないはずだが」
父さんはそう言っていぶかしげに顔を顰める。
「沢山は無いの?」
「ああ、あれを動かすのは非常に金がかかるらしい。この国でも三十台前後あるかどうかってところだ。だから、普通なら王都や国境に配備されてる。こんなところにいたとなると、少し調べてみる必要があるかもしれない」
「そうなんだ。どんな人が乗ってるの?」
「国の騎士だな。専門の訓練を受けたエリートって話だ。詳しく聞きたいなら、村長の所に行ってみるといい」
「村長?」
なぜこのタイミングで村長が出てくるのだろうか?
「村長も昔はアルミュナーレ乗りを目指して村を飛び出したことがあるとザッツさんから聞いたことがある。アルミュナーレに関しては俺よりも色々と詳しいはずだ」
「村長にそんな経歴が」
まさかアンジュの親父さんが、そんなやんちゃな人だったとは。家の父さんと違って、目元は優しそうだし、若干白くなり始めたヒゲがダンディーな優しくて落ち着きのある人だと思ってたんだが。
「アルミュナーレに興味を持つなんて、エルドちゃんもやっぱり男の子ね」
俺と父さんの話を聞きながらシチューを食べていた母さんが、優しげな笑みを浮かべながら俺を見る。
そして母さんの言葉に、父さんもうんうんと頷いた。
「どういうこと?」
「一度でもアルミュナーレを見たことがある男子は、大抵が一度はアルミュナーレ乗りを目指すんだ。まあ、王都での出発式や、パレードなんかであの姿を見せられれば、目指したくなる気持ちも分からんでもないがな」
「お母さんも、子供のころはアルミュナーレ乗りの人に憧れたりもしたわ。真っ白な騎士服を纏って、アルミュナーレの肩に乗ってパレードを進んでいくのを、近所の友達とキャーキャー言いながら見ていたのよ」
どうやら、この世界のアルミュナーレ乗りは、超エリートのスポーツ選手のような立場らしい。男の子のなりたい職業ナンバーワンであり、女の子の憧れの的。
まあ、三十機しかないってのもプレミア感を煽ってるんだろうな。普通に乗ろうと思ったら倍率高そうだし。と、言うか――――
「母さんも見たことあるんだ」
「そうか、エルドには言って無かったな。俺も母さんも出身は王都だったからな。比較的にアルミュナーレを見る機会は他の町より多かった」
「そうなの!?」
え、なにそれ初耳なんですけど。
この村には狩りのために転移してきたとは聞いてたけど、まさか王都出身だったとは……ってことは、もしかして実は貴族だったとか、俺の血にも高貴な流れがある可能性がワンチャン――
「つってもただ王都で生まれただけで、ただの平民だけどな」
無かったらしい……
「ならなんでハンターなんかになったの? 王都ならもっと別の仕事もあったんじゃ」
「あの味をもう一度食いたかったからだ」
「あ、うん。良く分かったわ」
王都で三角牛の肉を食べる機会が在って、その味を忘れられなかったわけね。
「そんで母さんを攫って来たと」
「ブフッー!」
俺がぼそりと呟いた言葉に、親父がシチューを噴きだし、母さんがあらあらウフフと笑う。
「ゲホッゲホッ、どうしてそうなる!」
「いやいや、普通そう考えるでしょ。父さん自分の容姿少しは自覚しようよ。野生の狼を睨みつけるだけで服従させるなんて、普通の人はできないから」
村に迷い込んだ逸れ狼を、目力だけで封殺した伝説は、今後この村で一生語り継がれていくことになるはずだ。
俺も、唸り声をあげていた狼が、父さんが睨んだだけで突然腹を出して仰向けになったことは一生忘れられないはずだ。
尚、その狼は翌日の夕食になった模様。弱肉強食って怖ぇわ。
「違うぞ! 俺がハンターのライセンスを取った時に、母さんから告白してきたんだ!」
「え!?」
驚いて母さんの方を見れば、母さんも懐かしそうにうなずいていた。
「そうよー。売店で働いていた私が、離れるのが嫌で告白したの」
まさか母さんから動いていたとは。見た目によらずかなりのアグレッシブさ。つうか、よく父さんの眼力に怯えなかったな。いや、むしろ母さんみたいな人の方が気付かないのか?
その後、母さんたちのなれ初めを聞きつつ、夕食の時間はゆっくりと過ぎていくのだった。