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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
アカデミー二年目
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2

 レイラ機の暴走事件は、結局パーツの破損による事故として処理されることになった。

 明らかに犯人は分かっているのだが、それを証明するための物がない。一緒に乗っていた教官も、パーツを壊す姿を見ていないとあって、これ以上強く責めることができなかったのだ。

 まぁ、パーツに傷をつけるぐらいなら、目を離した一瞬でもできるし、教官は責められないわな。

 結論をガズル教官が言い渡した時の、ファラスのニヤニヤとした表情は思い出すだけでも腹立たしい。

 そして、事故から二週間後、再び実機演習の日がやってきた。

 今日の機体は、前回の機体と同じだが、その腰には一振りの剣が装着されていた。


「では今日は森林部での歩行訓練と剣を振る練習を行う。それと前回事故で訓練ができなかったレイラは、草原部での歩行訓練を行った後、そのまま森林部の訓練に移行してもらう。良いな」

「分かりました」

「エルドはサポートしてやれ。お前なら色々カバーできるだろ」

「了解。いやぁ、機体に乗れる時間が長く取れるのは良い事ですね」


 俺がニコニコと笑みを浮かべながら答えると、教官は乾いた笑いを浮かべつつ、生徒たちに指示を出していく。

 それを聞きながら、レイラが俺の下へ近づいて来た。


「よろしくね」

「任せろ。暴走しても前みたいに止めてやるよ」

「二度とあんな間抜けなことはしないわ。もう、あいつらに隙を見せることはしない」


 レイラは、教官の説明を聞いているファラスをこっそりと睨みつけ、拳を握りしめた。よほど前の事件が屈辱的だったようだ。


「だな。今年からはああいう妨害も多そうだし、俺も注意しないと」


 教官曰く、ある意味これも訓練の一環なのだという。敵に隙を見せず、工作を看破し、その上で踏み潰す。それができなければ戦場では生き残れない。ここで脱落した方が幸せなのだとか。

 厳しい意見ではあるが、エリート軍人を育てる上では必要な事なのかもしれない。


 演習は何事も無く無事に進み、俺達の番になる。

 俺は当然のように即座に乗り込み、始動前にペダルやレバー、シートベルトや各種ボタンを試し押しして、さらに目視の確認も行い細工されいないのを確かめる。前のような罅を入れられた状態では、踏んだだけでは気付けないからだ。

 よし、全パーツ異常なし。


「始動させます」

「いいぞ」


 同乗する教官からの許可をもらい、アルミュナーレを始動させる。

 モニターが写り、隣の機体を映し出した。

 そこにはレイラが緊張した面持ちで乗り込んでいくのが見えた。


「あいつ、大丈夫か?」


 モニターでレイラ機を観察する。レイラは入念に機体のチェックをしているのか、なかなか始動させるようすは無い。

 三分ほどして、ようやくアルミュナーレのジェネレーターが動き出した。


「では起動させろ」

「了解」


 いつもの手順でジェネレーターの出力を上げ、起動状態へ移行させる。

 マイクと集音の魔法を手早く発動させ、レイラに話しかけた。


「どうだ、そっちの機体は」

「問題ないわ。さすがに連続でどうこうするつもりはないみたいね」

「そりゃよかった」

「では歩行訓練に入るぞ」


 俺達の機体が二機とも起動状態に移行したところで、ガズル教官が指示を出す。


「レイラ機は草原部分を壁際まで進め、エルド機はレイラの後ろから続け。では教官、後はお願いします」

「レイラ機発進します」


 ゆっくりとレイラが操縦する機体が動き出す。前回のように、突然走り出すことも無く、一定の歩行ペースで進んで行った。

 俺はレイラ機が少し離れた時点で、機体を進ませ始める。

 すると、レイラ機から教官の声が聞こえてくる。マイクが拾ってしまったようだ。


「レイラ君、もう少しペダルを踏み込め。速度を上げろ」

「りょ、了解」


 しかし、一向に速度が上がる気配が無い。


「どうした? 故障か?」

「いえ、大丈夫です。速度上げます」


 教官の不安そうな声と、焦るようなレイラの声が聞こえる。しかし、速度が上がることは無い。

 何か異常があったのかと、俺はレイラ機に近づく。


「レイラ、どうかしたのか?」

「大丈夫、大丈夫のはずなんだけど」

「はずなんだけど?」

「足が動かないの。自分の意思に従ってくれない……」


 おいおい、それって前回の事件がトラウマになってるってことじゃないか。


「手は自由に動くのか? 左足は?」

「手は大丈夫。足がダメ。出力ペダルは普通に踏めたのに、何で!」

「レイラ君落ち着いて。一度深呼吸をするんだ」


 教官の指示に従い、レイラが深呼吸をする。ハッチは空いたままなので、操縦席内の空気は新鮮なはずだ。これで多少は落ち着いてくれればいいが。


「この機体は大丈夫だ。それは俺も調べたんだ。機体には何も異常は無い。だから心配する必要はない。ゆっくりでいい。少しずつ足に力を入れるんだ」

「は、はい」


 さすが教官だ。レイラの不安なポイントを適確に潰して、安心させるようにしている。

 すると、レイラ機の速度が僅かに上がる。通常歩行から早歩きになった程度の上昇だが、全く動かなかった足がすこし踏み込めただけでも、十分だろう。


「良いぞ。その調子だ」


 レイラ機の速度が徐々に上がり、駆け足間近程度まで上がる。しかし、それ以上が上がらない。

 こちらの機体の速度を合わせているから分かるが、これ以上踏み込めばアルミュナーレは走り出す。その一息ができないようだ。

 トラウマの根源は、走らせることらしい。まあ、暴走してた時、ずっと走ってたもんな。仕方ないか。


「無理です……これ以上動かない…………」

「大丈夫だ。君ならできる! 自分を信じるんだ! これまで全ての教科でトップの成績だったのだろう? 実機演習だって、トップを取れるはずだ!」

「動いて! 動いてよ!」


 教官が必死に励ますが、レイラ機の速度が上がることは無い。


「教官、俺が行って来てもいいですか?」

「どうするつもりだ?」

「ここは同じ騎士を目指す生徒としてガツンとやって見ようかと。トラウマの克服にはそれ以上の感情でってね」

「荒療治か……」


 教官たちのレイラに掛ける期待は大きい。だからこそ、こんなところで潰れてなど欲しくないはずだ。

 せっかくここまで一緒に頑張って来たんだしな。剣の修行も時々付き合ってもらってたし、そろそろ溜まった恩を返さないと。

 精神が問題でアルミュナーレを走らせられない操縦士を置いておいてくれるほど、ここは優しい世界では無い。レイラが走らせられないうちに、他の生徒はどんどんと実践的な訓練を積むことになる。それは埋めようのない差となってレイラの前に立ちはだかることになるだろう。


「少し不安だがやってみるしかないか……俺はどうすればいい?」

「機体の操縦をお願いします。直接あっちに乗り込んで、ガツンとしてやりますよ」

「分かった」


 シートベルトを外し、教官と操縦を代わる。

 空いているハッチからアルミュナーレの肩へと移動し、並走するレイラ機を確認した。

 早歩き程度ならば、風圧はさほど考えなくていい。距離も教官がかなり詰めてくれているから、少し魔法を発動させれば問題なく飛び乗れるはずだ。

 っとそうだ。


「教官、対人用の吹き飛ばす魔法ってこの機体付いてないですよね?」

「ああ、大丈夫だ」


 良かった。あれやられると、さすがに対処できないからな。

 とりあえずあの魔法が無いと分かれば、遠慮なく飛び移られる。


「エアロスラスター」


 魔法を発動させ、一気にレイラ機の肩へと飛び移る。着地で少しバランスを崩したが、顔のでっぱりに手を引っ掛け、振り落とされるのを防ぐ。

 そして、外部からの開閉レバーでハッチを開き、操縦席の中に飛び込んだ。


「エルド君!? 何をしているんだ!」

「ちょっとすみませんね。向こうの教官には許可貰ってるんで」

「エルド!? 何しに来たのよ……」


 操縦席から振り返ったレイラは、強がってはいるが、その瞳にたっぷりと涙を溜めていた。

 その涙が、振り返った拍子に頬を伝う。


「情けないお前を激励しにきたんだよ」

「情けないですって!」

「今の状況見てそれ以外になんて言うんだ?」


 たった一度、作為的な工作により機体を暴走させてしまっただけで、自分には何の落ち度もないのに、それをトラウマにして機体を思うように動かせなくなるような奴が、情けない以外のなんだってんだ。


「俺はそんな奴に勝っても嬉しくないんでね」


 俺の最終目標はオールパーフェクトのレイラなんだ。レイラの成績に追いつくか抜くかして、俺が主席でこのアカデミーを卒業する。そのために、ルネさんの厳しい練習にも耐えてきたし、必死に勉強もしてきた。

 こんなところで勝手に潰れてもらっちゃ困るんだよ!


「てなわけでちょっとした荒療治だ」


 俺はシートの横に体を滑り込ませ、ボタンを操作しハッチを閉じさせる。

 そして俺の体を固定するために、レイラが握る操縦レバーを、レイラの手の上から握り締めた。


「な、何する気!?」

「こうすんだよ!」


 そして右足を思いっきり前へと付きだし、レイラが踏み込めないペダルを思いっきり踏みつけた。

 当然、ペダルは限界まで踏み込まれ、アルミュナーレは機動演算機(センスボード)に従って、一気に加速する。

 強烈なGが体にかかり、後方へと倒れそうになるが、俺はレバーをガッチリと握り締め離さない。


「ハハハ! どうだ、踏み込めただろ」

「きゃぁぁぁあああ!」


 どうだとレイラを見れば、レイラは目をギュッと瞑り、悲鳴を上げていた。

 おいおい、それじゃ俺が頑張って踏み込ませた意味が無いじゃないか。


「レイラ、目を開けろ! 前を見ろ!」


 俺の声に反応して、レイラが少しずつ瞼を開いていく。

 そうだ、それでいい。この光景をしっかりと目に焼き付けろ。操縦席から見える光景が、アルミュナーレの全てだ。


「ほら、さらに加速するぞ!」


 レイラと俺が一緒に握るレバーを強引に操作し、機体に前傾姿勢を取らせる。それに合わせて、アルミュナーレが走り方を変えた。

 今までの走りが、背筋を伸ばした姿勢の良い物だとすれば、今は背中を丸め体を前に倒した空気抵抗の少ない走り方だ。このまま肩を突き出せば、ショルダータックルにもなるだろう。

 そんな姿勢で草原を駆け抜けていく。

 機体を走らせながら、俺はレイラに尋ねた。


「どうせお前、村を襲ったアルミュナーレを思い出して怖くなったんだろ?」

「ち、違う!」

「その焦り方は図星だな」


 レイラは帝国のアルミュナーレに村を襲撃されている。前回の暴走で、村を襲われた時のアルミュナーレの怖さを思い出してしまったのだろう。

 けど違うんだ。操縦している最中に感じるべき感情は、恐怖じゃない。


「怖いか? これが、お前()扱う兵器の速度だ!」

「……」


 さらに俺は、機体の進行方向を変え、森林部へと突入する。

 強引に枝をへし折り、木々をなぎ倒し、盛り上がった根を踏み潰して進む。


「これが、お前()扱う兵器の力だ!」

「……」


 ダメ押しと言わんばかりに、俺は腰に備え付けられた剣を抜き放ち、その一振りで周辺の巨木を一気に切り払う。


「これが、お前()扱う兵器の威力だ!」

「……」


 これだけ見せつければ十分だろう。

 俺は、機体を森林部から草原部へと戻し、足を離して機体を停めさせる。


「どうだ、まだ怖いか? 自分が扱える兵器の力は」

「…………いいえ」

「ならどう感じる?」

「すごく頼もしいわ」


 そうだ、それでいい。

 この機体は俺達が使う兵器だ。敵の使う兵器じゃない。

 なら感じるのは、恐怖では無く頼もしさや力強さ。自らの武器の強さを実感した時に感じる満足感。その武器が自分の手にある安心感。


「これがアルミュナーレだ。どうだ、ペダルは踏めそうか?」

「やってみる」


 機体がゆっくりと歩きだし、徐々にその速度を上げていく。

 さきほどまでと同じ早歩きの速度で、上昇が止まった。

 レイラは大きく深呼吸すると、何か覚悟を決めるようにキッとモニターを見つめ、近づいてきている外壁を見る。


「走って!」


 全体重をかけるように、レイラがペダルを踏み込んだ。

 機動演算機(センスボード)が情報を処理し、機体へと伝える。

 振動が大きくなり、モニターに映る風景の上下が激しくなった。そして、流れる風景も早くなる。

 速度計は加速を感知し、メーターの針を上げていく。


「やった!」

「やればできんじゃん。んじゃこのまま外壁まで行くか。そこで教官が来るのを待とう」

「分かったわ」


 レイラの操縦で機体は外壁へと一直線に進んでいく。

 滑らかではあるが凹凸のある平原でまっすぐ進むと言うのは意外と難しい。搭載されたジャイロのおかげで、バランスを崩すことは無いが、少しずつ方向がずれてしまうのだ。

 レイラはそれをしっかりと認識し、計器を確認しながら、進行方向をきっちりと修正している。

 やはり、機体の操縦技術もしっかりと有しているのだ。問題は、機体に対する感情のみだった。

 これなら、俺の捉えるべき目標として十分価値がある。


「そう言えば教官がやけに静かだな」


 草原を進みながら、俺は入ってきたときにはやけに騒がしかった教官が静かな事に気づき、後ろを振り返る。そこには、笑顔ながらその背後に鬼を携える教官の姿があった。


「あ、あのどうしました?」


 放たれるプレッシャーに思わず冷や汗が垂れる。と、教官の右手が動いたかと思うと、俺の頭をがっしりと掴み、締め上げる。


「あがががが」

「エルド、ずいぶんむちゃくちゃをやってくれたな」

「こ、これがベストだととととと……」

「何か言ったか?」

「いえ、なんでもありません」


 締め付けられる頭に、俺は反抗する気力を一瞬で奪われた。


「そうか。それじゃあ、こんなむちゃくちゃな事をしたお前には、罰を与えなければならないな」

「な、何をすればよろしいのでしょうか?」

「授業が終わったら、二機のアルミュナーレを清掃するように。傷は仕方がないが、泥や汚れは全て洗い流せよ」


 それは……それは!


「ご褒美です! ぎゃぁぁあああああ!!!!」


 マイクに拾われた俺の悲鳴は、校舎の近くで待機していた操縦士学科の全生徒にも聞こえるほど大きなものだったらしい。


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