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アカデミーの学食は、一階の一角にある。広さは入学式を行った会議場と同程度、つまり、一学年の生徒が全て入っても余裕のある広さである。
まあ、実際は全校生徒のうち七割近くがこの学食を使うため、それでも席が足りないのだが。
昼前にもかかわらず、すでに半分近くの席が埋まっている。
「さて、何にするかな」
「種類が多くて悩むわね」
「入寮してからほぼ毎日来てるはずなんだけどな」
学食の注文形式は完全無料のバイキングだ。操縦士学科や整備士学科の生徒は体力勝負な場面が多く、ただの定食では確実に量が足りない。
かといって、定食の量を彼らの望む量まで増やせば、機動演算機学科の生徒は確実に食べきれなくなる。
バイキング形式は、なるべくしてなった形だろう。
大きなテーブルに、ずらっと並べられた色とりどりの料理。肉や魚はもちろん、野菜や果物も豊富なラインナップを揃えている。
選ぶのだけでもひと手間だ。
そのおかげで、寮に暮らし始めてからほぼ毎日通っていても飽きないのだが。
「今日は肉メインだな」
「今日もの間違いなんじゃない?」
「そんなことは無いぞ。俺の村だと魚って珍しかったからな」
川は存在したが、上流のため取れる魚はどれも手の平サイズしか無く、食べる場所がほとんどなかったため、あまり食卓に並ぶことは無かった。
その為、この世界に転生してからというもの、ほとんど魚を食べる機会が無かったのだ。
おかげで、寮で暮らし始めてから数日は、魚ばかり食べていた気がする。
塩焼に、フライ、蒸し焼きにホイル焼き、数々の料理は十分に俺の舌を楽しませてくれた。
「へぇ、私の家は海が近かったから、珍しいって感覚はあまり無いわね」
そう言いながら、レイラはローストビーフをメインに、野菜をたっぷりと自分の皿に盛りつけていく。
この場では女性がどうこう、小食がどうこうなど言っていられない。食べなければ倒れる過酷な戦場だ。
「なら生で食べることもあったのか? さすがにここでも生は出してないんだよな」
一口大に切られたステーキを、丸皿に流し込み、ソースをたっぷりとかける。
さらに、ポテトサラダやキャベツをガッツリと別の皿に盛った。
「生はあまり機会が無かったわ。でも、マリネは好きよ」
「羨ましい限りだ」
最後に飲み物とパンを取り、空いている席に着く。
レイラは俺の正面に座った。
「レイラの地元ってどこなんだ? 海が近いってことは南の方だよな?」
「ええ、国の南東。ウェルネスって町よ」
「今度行ってみたいな」
マリネがあるならぜひとも食べてみたい。
「無理ね」
だがその希望はレイラの一言でバッサリと両断される。
驚いてレイラを見れば、その表情が苦々しくゆがんでいた。
「何でだ?」
「私の村、今はもう無いもの。オーバードに滅ぼされたの」
「それは……」
「五年前にね。突然攻めてきて、一瞬で滅ぼされたわ。逃げ遅れた人は皆殺されちゃったし、逃げられた人も恐怖からあの村には戻ってない。すぐに騎士団が派遣されて追い返されたけど、村は廃村。村人は別の町へ移動したわ」
まさかこんな身近に戦争体験者がいたとは……この国がアルミュナーレで戦争していることは知識としては知っていても、どうしても日本人の感性から、どこか遠い国の事のように思ってしまっている。
「だから私はオーバードを許さない」
フォークを持つレイラの手には力がこもっていた。
「アルミュナーレ乗りになって、絶対にあいつらを殲滅するの」
「なるほど、それがレイラの行動原理か」
憎しみを持って鍛えたからこそのあの剣技。そしてあれだけの魔法。
おそらくレイラは、今日までもずっとオーバードに復讐することのみを考えて自分を鍛えてきたのだろう。
そりゃ、ただアルミュナーレに憧れてここを受ける俺達とはレベルが違う訳だ。
「そう言うエルドはどうなの?」
「そんな深い理由はねぇよ。ただアルミュナーレを操縦するのが好きなんだ」
「まるで操縦したことがあるような言い方ね」
「ああ、ちょっと機会があってな。少しだけだけど、動かしたこともある」
実際はちょっとなんてレベルでは無いのだが、さすがにあの事を勝手に話すのは不味いだろう。
「へぇ、どうだった? やっぱり難しいのかしら?」
「いや、操縦自体は簡略化されててそこまで難しくない」
基本はフッドペダルと手元のレバーだけだしな。細かい魔法なんかは上部のボタンやスイッチで発動させるから、特別な操作もほとんどない。
「ただ、戦闘となると激しい動きも多くなるし、操縦も細かくなるから結構大変だろうな。魔法の併用も考えると、操作はさらに増えるし。まあ、多重起動ができるようなら問題ないと思うぞ」
「なら安心ね。けど、私たちがアルミュナーレに乗れるのって来年からなのよね」
「そうなんだよな……早く乗りたいんだけど」
一年目はまだアルミュナーレに関する基礎知識を溜め、運動は剣技や魔法を集中的に行うことになっている。他にも礼儀作法などの授業もあり、機体に乗る機会は無いのだ。
まあ、そもそも練習機だってジェネレーターは戦場にいるアルミュナーレと同じ物であり、その値段は城一つ分。量産機みたいに大量に作ることもできないのだから、二年や三年が優先されるのは当然か。むしろ、練習用に置いてあるだけでも奇跡に近い。
「なぁお二人さん、隣いいか?」
パクパクと食事を進めていると、二人組が声を掛けてきた。
誰かと顔を見れば、基礎体力テストで最後まで残っていた組のうちの二人だ。
俺がレイラを窺えば、レイラも俺を見て頷いていた。
「どうぞ」
「ありがと。結構混んできてんだよな」
見れば、食堂には大分人が増えてきていた。
席を探すのも少し大変そうに見える。
「俺はバティス。バティス・オーバンだ。んでこっちのメガネが――」
「レオン・ラザールだ。よろしく」
バティスはなんというか、物語の主人公のようだ。金髪の少し伸びた髪に青の瞳。顔立ちもよく、さぞモテるだろう。
逆に青髪にメガネのレオンは一見大人しそうに見える。ただ、バティスと親しいみたいだし、体力テストでも最後まで残っていたのを考えるに、しっかりと鍛えているようだ。
「俺はエルドだ。よろしくな」
「私はレイラよ。よろしく」
「なあ、お前らって付き合ってんの!? テスト中もかなり仲良さそうだったけど」
「おい、いきなり失礼だろ」
ふむ、何となくバティスとレオンの関係が分かった気がする。
「付き合っては無いわよ」
「あれはあいつらを挑発するためにやったことだしな」
「あれは面白かったな! つか、二人の魔法異常だろ! アルミュナーレに乗ってても喰らったらやべぇんじゃねぇのか?」
確かにあの氷柱は喰らうとキツかもしれない。俺のは完全に見かけ倒しだけど。
しかし、レイラは首を振って否定した。
「さすがにそれは無理ね。精々躓かせたり、進行方向の邪魔をするのが限界よ。氷柱以外は、ただの寒いだけの空間だし」
「俺のは空気を塊にして下ろしただけだからな。氷柱が割れたせいで派手に見えたけど、実際は人を跪かせるのが限界だ。アルミュナーレにはとてもじゃないが効かないよ」
「マジかよ、あれでも効かねぇとかアルミュナーレ凄すぎんじゃん!」
「バティス、少しボリュームを落とせ。周りに迷惑だ」
「悪い悪い」
レオンの注意に、バティスは苦笑しながら謝る。あんまり反省はしてなさそうだな。
レオンもそれは理解しているのか、ため息を吐いてスープを啜るのだった。
全員が昼食を食べ終えたころには、ちょうどいい時間になっていた。
「そろそろ行かないとマズイな」
「そうね」
「午後は筆記か……苦手なんだよな」
「ちゃんと勉強しないお前が悪い」
バティスはどうやら勉強が苦手なようだ。会話から察するに、レオンは得意なのだろう。まあ、何となく想像はできた。バティスって運動とかそっち方面にステ全振りしてそうな性格だし。
「二人はどうなんだ?」
「私は問題ないわ。一年目の内容は全部頭に入ってる」
「俺は歴史がちょっとまずいかな」
基礎的な数学や国語、アルミュナーレに関する問題ならば全くと言っていいほど心配はないのだが、この国の歴史に関してはいまいち理解出来ていない。
精々、何年にどのような戦争があったか程度を把握しているだけで、何代目の国王が何を成したかなどは全く知らないのだ。
寮に入って教科書をもらってからすぐに歴史学の勉強もしたのだが、いかんせん時間が足りなかった。
まだ、建国してすぐの時代までしか読めていないのである。
「歴史は暗記科目だからな。教科書が無いとどうしようも無かった」
「そうか、平民だと事前に教科書を手に入れるのも難しいんだな」
「お前はその有利な点を全て棒に振ったのだがな」
「はてさて、何のことかな~」
ひゅーひゅーと口笛を吹きながら、バティスは明後日の方向を見る。
こうして会話していると、二人はどうも貴族らしからぬ性格のようだ。食事中の会話も、特に身分を盾に威張る様子は無かったし、むしろ平民の暮らしに興味津々といった様子だった。
教室への道を歩きながら、俺はその事を尋ねてみる。
「二人はどうも貴族っぽくないって言われないか? なんか、想像していたのと違うんだけど。もっと威張ってるもんだと思った」
「それは私も思ったわ。なんていうか、肩肘張ってないのよね」
レイラも同じ感想を抱いていたらしい。
「ああ、よく言われるな。けど俺はこういう性格だからな。昔から市場とか駆け回ってたし。露店の爺さんや婆さんにも良くしてもらってたから、特に偏見は無いな」
「俺はこいつに付き合っているうちに自然とな。エルド達が想像するような貴族もやはりいるぞ、お前たちに絡んでいたのも下級ではあるが貴族に代わりは無い」
「ああ、あいつら」
俺を挑発してきたメンバーも貴族だったようだ。
と、いうよりあの段階でつるんでいた者たちは、事前に知り合いだった可能性も高いし、そうなると必然的に貴族である確率は増えるのか。
平民は、仲間内で揃って入学なんて余裕がある村無いだろうしな。
「あいつらが何かちょっかい出して来たら俺達に言ってくれよ。こう見えてもけっこう家の位は上の方だからな」
「あの程度の連中なら、名前を出せば黙るはずだ」
「そりゃありがたいが、勝手に家の名前を使っていいのか?」
相手が取引先とかだと、後々遺恨が残ったりしないだろうか?
「あの程度の連中、吐いて捨てるほどいるからな。すり寄られることはあっても、自分から離れていくことはほぼ無い。むしろ邪魔なぐらいだ」
「ならありがたく使わせてもらうわ。女ってだけで色々舐めてきそうだし」
「ああ、遠慮なく使ってくれ」
そんなことを話しているうちに、俺達は教室へとたどり着いた。
「よし、全員そろっているな」
時間になり、教官が入ってくる。その手には、冊子のような物が積まれている。
「一つずつ取って後ろに回せ。まだ開くなよ」
俺は冊子を一冊取り、後ろへと回していく。もう何十年前に経験した懐かしい動きだ。
ここが学校なんだなと思いつつ、その冊子を見る。
総合学力評価試験。どうやらこれがテストの内容らしい。
教官は、冊子が全員にいきわたったのを確認し、説明を始めた。
「試験の時間は三時間。早く終わった者は、回答を教卓にある箱に入れて退室も可能だ。ただし、一度退出すれば試験終了まで入室は認められない。気を付けるように。それと、今日の日程はこれで全部終了だ。退室したら好きに帰って良いぞ」
三時間ぶっ通しのテストか。ってことは、この冊子の中に全教科の問題が入っているということなのだろう。
「腹を壊した奴は手を上げて俺に言え。それぐらいなら退出も入室も許してやる。それと、カンニングだが、見つかれば問答無用で退学だ。だが見つからなければ問題ない。危険を承知でカンニングするもよし、実力で点数を勝ち取るもよし、好きにしろ」
まさかカンニングを了承してくるとは……けど、見つかれば退学だから、了承はしていないのか? バレなきゃ犯罪じゃないんですよの精神だな。
まあ、さすがに最初のテストからカンニングやらかす馬鹿なんていないだろう。
と、思ったら、俺の右隣の奴が溜めいきを吐きつつ鞄に何かをしまった。
「おい、バティス……」
「な、何かな?」
「お前……」
「何も言ってやるな……こいつは馬鹿なんだ」
バティスを挟むように座っているレオンから、憐みの視線が飛んでいた。
「では試験を開始する。始め!」
おっと始まってしまった。それじゃ、集中し直して頑張りますか。
俺は冊子を捲り、問題を解いていった。
一時間半経過したところで、レイラが席から立ち上がる。その速さにクラスメイトのほぼ全員からどよめきが走った。
当然俺も立ち上がったレイラを見上げてポカンと口を開いたままである。
俺も分かるところから優先して解いているが、それでもやっと八割がた終了したと言った所だ。ここから全部の問題に目を通し、分からない場所をじっくり考え、見直しまでするとなると時間ぎりぎりになってしまうかもしれない。
「先に行かせてもらうわね」
「あ、ああ」
レイラは余裕の表情で答案を教卓の箱に入れると、荷物をまとめ教室から出て行ってしまった。
その自信はいったいどこから来るんですかね……
と思っていると、今度は反対側の男が席を立つ。
「ふ、終ったな……」
その呟き、絶対普通の意味じゃないよな!? テストが終わったじゃなくて、成績が終わったになってるよな!?
「んじゃ、外で待ってるぜ」
バティスは、レオンにそう告げて教室から出ていく。
突然二人もの生徒が退室したことで、教室の中に僅かな焦りのような感情が浮かんでいるのを、俺は感じた。
まあ、一人は自信満々に、もう一人は煌びやかな笑顔で教室を出て行ったし、焦ってもしょうがないか。
真実を知る身としては、後者が哀れでならないが。
っといけない。俺もテストに集中しないと。
その後退出者はなかなか現れず、二時間半経過した時点で、少しずつ退出する者たちが現れた。
「では自分もお先に失礼します」
「おう」
レオンが荷物をまとめ席を立つ。
それを見送って、俺は最後のミスチェックを行っていた。
計算や国語は現代とさほど変わらない問題だ。アルミュナーレに関する知識も、特に問題は無いだろう。
ただやはり歴史が難しい。
テストの回答は数字の選択式なのだが、聞いたことのない名前が並んでいると、どうしようもなくなる。
こればかりは運に頼るしかないか。
「三時間経過だ! 回答を止めて答案を前に提出する様に」
結局俺は、最後まで問題を見直し続けた。歴史で確実に離される分、他の教科の凡ミスはゼロにしなければならない。
五週ほど見直したところで時間が訪れ、俺は答案を提出し教室を出る。
俺以外にも、最後まで残っていた生徒たちが続々と教室を出てきて、廊下が少し混雑した。
「ふぅ、やっと終わった」
グッと伸びをして固まった筋肉を解し、俺は寮へと戻るのだった。
俺の住む寮は、学校から徒歩五分の場所にある。アカデミーに入学する生徒の大半が寮生活を行うため、寮の数自体もかなり多く、ずらっと立ち並ぶ姿は、まるで市営住宅街のようだ。
俺が入った寮は、第六寮で全寮の中でも割とアカデミーから近い位置にある。たまたま入学できなくなった生徒の部屋を譲り受けることができたため、かなりラッキーだった。
「ただいま戻りました」
寮の入り口で掃除をしている管理人さんに声を掛ける。
管理人さんは、サポートメイドを引退したおばあさんのため、同い年の管理人的なラブコメも無く、未亡人的恋物語も発生しないほどのご年配だ。完全に腰曲がっちゃってるし。
まあ、それでも管理人として働けるのは、料理の必要が無いからだろう。
寮の生徒は基本的に学食で朝昼夜を済ませるし、遊びに行くときは大抵が露店街で食べてきてしまう。
そのため、この寮には食堂というものが存在しない。一応キッチンは付いているのだが、お茶を沸かせる程度だ。カップ麺があればそれも作るのだろうが、残念ながらこの世界ではまだ発明されていなかった。
チキンラーメンぐらいなら作れるかもしれないし、暇になったら考えてみるか? いや、暇になる余裕が無い気がする。
「おかえりなさい。試験はどうだった?」
「良いのと悪いので差が激しかったですね。上位には食い込めたと思いますけど」
「弱点が分かってるのなら、それを補わないとね」
「ええ、今日からまた勉強です」
とりあえず歴史の教科書を暗唱できるぐらいにしておかないと。後は剣の稽古だよな。どうするかね……
「何か悩み事かい?」
「勉強は一人でもできるんですけど、剣の稽古は師事する人がいないと難しいかと思いまして」
「授業だけじゃ足りないのかい?」
「上に行くにはどうしても個人的な練習は必要になりますから」
授業はあくまで復習、おさらい、再確認。その程度の認識にしておかなければ上の連中には付いていけない気がする。
なにせ、成績トップになりそうなレイラなんて、教官を圧倒できるぐらいの強さがあるのだ。魔法もかなりできるようだし、あの自信を見るにテストも問題なかったのだろう。全てをハイレベルでこなすにはどれだけ訓練が必要だったのか分からないが、血のにじむような努力をしていたに違いない。
彼女に追いつくには、並みの練習では足りないはずだ。
その事を管理人さんに話せば、うんうんと頷いてくれた。
「良い覚悟だね。なら、私が師事出来そうな人を紹介してあげようか。二十年若ければ、私が教えてあげられたんだけどねぇ」
「良いんですか? かなり嬉しいんですが迷惑になるんじゃ」
「なに、私の後輩でサポートメイドを引退しようか考えている子だったからね。この寮の管理も手伝わせれば、一石二鳥さ」
「じゃあお願いします」
「分かったよ。決まったら連絡するからね」
「はい、では失礼します」
思いがけないところで師匠を手に入れることが出来てしまったかもしれない。しかし、管理人さんの後輩ってことは、それでも結構ご年配のはずだよな。
なら、実戦の相手は他の人を見つけておいた方がいかもしれない。レイラとか付き合ってくれると助かるんだけどな。
今度聞いてみるか。
自室に戻り、制服を脱ぎ捨てる。備え付けのハンガーに制服を引っ掛け、パンツとシャツのみになってベッドへと倒れ込んだ。
薄い布団と木のベッドが地味に痛い……
「はぁ……明日から頑張らないとな」
入学式の後にすぐテストで、俺は意外と疲れていたのかもしれない。
重くなる瞼に逆らわず、俺は眠りに落ちて行った。