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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
変わる世界
141/144

5

 砂漠を進み、日が傾くころに合流地点へと到着した俺を待っていたのは、沖合に浮かぶ巨大な帆船。

 帆にはフェイタルの紋章が刻まれており、王国のものだと分かる。つまり、あれが俺のお迎えのようだ。

 そして海岸には小型のボートと、その乗組員らしき数人の影。

 影は、こちらが近づくと手を振りながらぴょんぴょんと跳ねていた。


「こちらです! エルド様、やりましたね! ここからでもはっきりと爆発の跡が見えましたよ」


 鼻息を荒くし、頬を上気させながら跳ねているのは、女性兵士のようだ。どことなく行動がパミラに似ている気がするが。


「ご苦労様です。合流はここで間違いありませんでしたか?」

「あ、はい! 紹介が遅れました。フェイタル王国海運部隊所属、イネス号乗組員のエミリアと申します。妹のパミラがいつもお世話になっております」

「妹!? パミラに姉なんていたのか!?」


 おかしいな。姫様の近衛部隊だから戸籍の確認はしっかり済ませていたはずだ。その時に、パミラに姉妹なんていなかったはず。


「あ、実の姉妹じゃないですよ。幼馴染で、子供のころ良く一緒に遊んでいたんです。私はあの子より少し先に軍に入って、海運部隊に配属されたんです」

「そうだったのか。部隊との合流基地に行けばパミラも来ているはずだ。久しぶりに会っていくのもいいんじゃないか?」

「時間があればそうしたいですね。海運部隊も何かと忙しいので」

「そうか――っと、いつまでもここで話しているわけにもいかないな。俺はどうすればいい?」

「あ、そうですね失礼しました。私が指示を出すので、そこまで海に入ってください。そこから船のクレーンで釣り上げて、格納します」

「了解」


 あの大きさの船ならば、アルミュナーレを乗せるぐらいならば大丈夫なのだろう。もともと物資を積み込むためのクレーンを使って、この機体を船に乗せるらしい。

 エミリアがボートに乗り込み、沖へと進んでいく。俺はその後に付いてゆっくりと機体を海の中へと進ませる。

 水の抵抗は、思ったよりも感じない。というよりも、川を渡る訓練もしているので気にならないといったほうが正しいか。


「そのままあと五歩分前にどうぞ!」


 指示に従い五歩進むと、少し先から海の色が変わっているのがはっきりと分かる。

 そこから一気に深くなっているのだろう。


「そこで待機していてください! 船に戻って寄せます」

「頼みます」


 エミリアがボートで船へと向かい、小型クレーンでボートごと船へと運び込まれる。

 そして船上から大きく手を振ったあと、艦内へと駆けて行った。


「ほんと、姉妹みたいだな」


 動きやはつらつさがパミラとそっくりだ。まあ、姉と自称するだけあって、パミラよりかは落ち着いているようだが。

 エミリアが船内に入って少しすると、男の声が聞こえてくる。


「あー、エルド隊長。俺はイネス号艦長のゴドウィンだ。これからそっちに近づくが、波に注意してくれ。これだけでかい船だと、ちょっと動くだけでも結構大きな波になっちまう」

「分かりました! どうぞ!」


 俺は機体の腰を落として、身構えつつ船が接近してくるのを待つ。

 船は少し横へと移動してから、ゆっくりとこちらに腹を見せるようにして近づいてきた。

 同時に、波がこちらへと押し寄せてくるが、細心の注意を払ってくれているのか思ったほど強くはない。本当に表面だけの簡単な波だ。これならば、アーティフィゴージュを装備しているこの機体が流されることはない。


「よし、こんなもんか。機関停止! クレーン下ろせ! 仕事は迅速にな!」

『らじゃー』


 男たちが甲板をせわしなく走り回り、大型クレーンがゆっくりと機体の頭上へと延びてきた。

 クレーンからワイヤーが下ろされ、機体の肩に触れる。


「こっちで掴みますか?」

「いや、こちらで縛って固定しちまう。動かさないでくれ」

「分かりました」


 言っている間にも、クレーンを伝ってきた男たちがするするとワイヤーを降りて機体に飛び乗る。


「失礼しますよ」


 ぺこぺこと頭を下げつつ、男たちは太いワイヤーの先から分裂した細いワイヤーを機体の肩や背中の武装へと固定していく。

 手際がかなり良い。初めて見る機体のはずなのに、バランスを考えながら適格に固定された。


「固定完了です、艦長!」

「クレーン巻き上げ開始! しっかり捕まってろよ」


 ウィーンとワイヤーが巻き取られ、ゆっくりと機体が持ち上がり始める。

 固定作業を行っていたものたちは、機体の上ででっぱりに手をかけて体を固定している。そのまま船に戻るようだ。

 モニターに映る景色が少しずつ上っていき、やがて甲板が見えた。

 中央にこの機体を釣り上げている巨大なクレーン。その後方には広大な空間が広がっている。

 本来ならば、軍事物資などを運ぶためのコンテナスペースだ。

 機体はそこにゆっくりと下ろされていく。

 こちらは着地に合わせて膝を曲げ、そのまま膝立ちの状態で安定させる。

 本来なら寝かせるのが一番なのかもしれないが、この機体はいろいろとトゲトゲしていて何もない場所に寝かせると傾いてしまうのだ。


「船体に固定開始!」

「うぃーす!」


 機体が手早くワイヤーによって固定されていく中、船長の声が響く。


「よし、とりあえず乗せたし出発するぞ! 長居しすぎるのも危険だからな。向うの操縦士も迎えに行ってやらなきゃいかんし」


 確かに、地下基地にいた傭兵たちが逃げたとはいえ、補給に来た他の傭兵たちがこちらに襲い掛かってこないとも限らない。イネス号にマジックシールドなんて乗せてないだろうし、魔法を撃ち込まれたら守るすべがないからな。素早い撤退は大切だろう。

 ゆっくりと船体が動き始め、海原へと向かう。

 俺は機体の肩に出ると、潮風を感じながら未だ炎上を続ける島を振り返るのだった。


         ◇


 エルドのドゥ・リベープル基地襲撃から三日。その知らせはオーバード帝国の帝都にも届けられた。

 と同時に、ワイングラスの砕ける音が室内に響く。

 伝令は恐怖に肩を震わせ、重鎮たちもただ沈黙を守るばかり。

 そして音の原因。皇帝ガンドロイス・ビジルバーグ・オーバードは砕けたワイングラスの破片を握りしめたまま、顔を真っ赤にして震えている。

 手から滴る真っ赤な液体がグラスに残っていたワインなのか、はたまた破片で裂けた傷口からこぼれる血液なのかは定かではない。


「なるほど、それが原因か」


 今日の会議は、集まる予定だった傭兵たちが突然依頼を断り別の国に移動し始めたことに関することであった。ズバリ、その原因が今の知らせにあったのだ。


「既に集まっている傭兵には金を払え。絶対に逃げられないように、監視もつけろ」

「よろしいので? 内部から反乱を起こされる可能性もありますが」

「いざとなれば機体を奪うまでだ。これ以上、我が国の戦力を減らすわけにはいかん。合流予定の傭兵にも連絡しろ。裏切るのならば容赦はしないと」

「承知しました」

「反抗戦の戦略も変えねばならん。担当の者たちは至急戦力の減少を考慮し、勝てる作戦を提出せよ」

「恐れながら陛下……」


 顔を下げたまま、静かに手を上げたのは作戦参謀の大臣であった。


「なんだ」

「これ以上の戦力減少は致命傷となります。考えられる作戦が、希望的観測の下フェイタルの失策を待つだけのものとなる可能性が非常に高くなります。作戦参謀として、フェイタルへの侵攻の中止を提言いたします」

「ほう」


 ガンドロイスは立ち上がると、ゆっくりと大臣の下へと歩み寄る。

 そして、下げたままの頭を思いっきり踏みつけた。

 ぐえっと大臣の口から悲鳴がこぼれ、周囲の大臣たちが恐怖に肩を震わせる。


「我が国の兵士たちが、フェイタルにも勝てない弱兵と申すか!」


 怒鳴るようなガンドロイスの言葉に、なおも大臣は踏みつけられながら抵抗した。


「戦いは単純なものではありません! 連敗による士気の低下! 指揮官の不足! 傭兵の大量雇用による陣の崩壊! それに加えて、八将騎士のほとんどがっぁ!?」


 一気に紡いでしまおうとした言葉を、ガンドロイスは腹を蹴り飛ばすことで強引に止めた。

 その言葉を、ガンドロイス自身が聞きたくなかったのだ。

 これまで育ててきた自国が、今危機に瀕しているという状態に怯え、そして怯えを隠すために怒りで感情を塗りつぶす。


「貴様は我が帝国を侮辱するか! 貴様の発言は、帝国に対する明確な反逆である! その首、この場で切り落としてくれるわ!」


 腰に下げていた絢爛な剣を抜き放ち、高く掲げる。しかし、大臣ももはや止まることはない。

 身を案じるのならば、最初から提言などしない。適当な作戦を考え、適当にガンドロイスをおだてながら、適当なタイミングで大臣を引退すればいいだけなのだから。

 だが、今の帝国では勝てないと。今の陛下の考えでは、帝国自体が滅びかねないと、大臣は自らの命を懸けて進言する。


「陛下! 情勢を見てくだされ! 今のままでは確実に帝国は滅びます!」

「死ねぇ!」


 振り下ろされる剣。その剣がガキンという音と共に、横から伸びてきた剣によって途中で受け止められた。

 ガンドロイスが目をむいて自身の剣を受け止めた先を見る。


「どういうつもりだ」


 その剣は、ガンドロイスの近衛兵から伸びたものだった。


「陛下、私は大臣の意見ももっともだと思えるのです。ただ、怒りに任せて首を跳ねるだけならば、大臣の意見最後まで聞いてみることはできませぬか?」

「貴様も裏切るというのか。近衛である貴様が余を!」


 ガンドロイスは数歩後ずさると、再び剣を構える。その額にはくっきりと血管が浮かび上がり、もはや誰の言葉も耳に入っている様子はない。

 そんなガンドロイスの姿を見て、近衛兵は大きくため息を吐く。それは、皇帝の前では本来ならばあり得ない行動だった。


「やはり彼の言葉は正しかったようだ」

「何を言っている! 貴様、ただ死ぬだけでは済まさんぞ! むごたらしくその首を広場に晒してくれる!」


 ガンドロイスの剣を受け止め、兵士は鍔迫り合いに持ち込む。その状態で倒れている大臣へと声をかけた。


「あなたは勇敢だ。帝国の未来を真摯に憂い、今の陛下に進言することができた。あなたはきっとこの先の帝国に必要な人材なのだと思います。だからこそ、私も剣を抜きました」


 実力を認められ近衛となった兵士と、ただ剣技を学んだだけのガンドロイス。技量の違いは明白だ。

 兵士は一度力を籠め、鍔迫り合いからガンドロイスの剣を大きく弾くと、その胸を左手でトンと押す。

 ただそれだけで、ガンドロイスはたたらを踏み尻もちを付いて倒れこんだ。


「なっ、なっ……」


 現実を受け入れられないガンドロイスと、その前に悠然と立つ近衛兵。

 そして近衛兵は大きく息を吸い込み、会議室の外まで聞こえる大きな声でその合図を放つ。


「帝国で未来を生きるために!」

『帝国で未来を生きるために!』


 ドンっと勢いよく開かれる会議室の扉。それと共に、近衛兵と同じ言葉を叫びながらなだれ込んでくる大勢の兵士たち。

 兵士たちは一瞬のうちに会議に参加していた大臣や官僚、近衛兵を取り押さえると武装を取り上げ縄で縛っていく。その中には当然ガンドロイスも含まれていた。


「貴様ら! どういうつもりだ! この我を裏切るのか!」

「見たままですよ、お父様」


 声を荒げ抵抗を見せるガンドロイスだが、開け放たれた扉の先から聞こえてきた声に、その動きを思わず止める。


「エンドロスか」

「ええ、第四皇子エンドロスです。お久しぶりですね、お父様」

「この兵士たちは貴様の差し金か」

「ええ、今の帝国を憂い、未来を求めた価値ある兵士たちです。そしてあなたも」


 エンドロスはその手を倒れていた大臣へと差し出す。


「あなたもまた、真摯に帝国を憂い決断をした。ともに立ちましょう。この国の未来に生きるために」

「エンドロス様が先頭に立っていただけるのですか」

「ええ、僕も覚悟を決めました。そして成した。僕が皇帝となるためのことを」

「エンドロス貴様!」

「お父様、お父様の時代はもう終わりです。今日この時より、オーバード帝国の皇帝は僕エンドロス・ビジルバーグ・オーバードとなります。お父様には空の綺麗な別荘に隠居していただきますよ。安心してください、戦争のない安全な場所です」


 人のよさそうな笑みを浮かべ、ガンドロイスに対して宣言する。


「そんなことが許されると思うのか! 貴様の他にも兄弟は大勢いるのだぞ!」

「今言ったではありませんか。僕が皇帝になるためのことを成したと」

「なんだと!?」

「兄弟はもういませんよ。残っているのは優秀な姉妹と、私を支えてくれる優秀な部下たちだけです」

「そこまで……いつのまに……」

「お父様が視線を背け、妄想に囚われて戦争の準備を始めているときからですよ。さあ、この後はやることが多いので、不要な方々には早々に退室願いましょう。新な大臣たちと共に、この国は僕が舵取りします」


 縄を引っ張られ、強引に立ち上がらされた大臣たちが床を見ながら重い足取りで会議室から出される。彼らの行く先にあるのは、暗い牢屋だ。

 そしてガンドロイスもまた兵によって立ち上がらされた。


「ククク」

「何かおかしなことでも?」

「いや、嬉しくてな。我が子がここまで悪魔となれるならば、我は大人しくこの身を引こう。見ているぞ、貴様が我が国をどう導くのかを」

「ええ、ごゆっくりどうぞ」


 一瞬の視線の交差。まるで二匹の毒蛇が、互いの体に牙を突き立てようと狙う鋭い視線が交差し、両者は反対の方向へと歩みを進める。

 ガンドロイスが退室し、エンドロスが上座へと着いた。


「会議を始める! まずは期限が差し迫るフェイタル王国への返答からだ!」


 新たなる帝国が動き出す。それは、一つの時代の終わりを静かに告げ、新たな時代の産声を確かに響かせるものだった。

次回予告

帝国の返答を受け、フェイタルは交渉の場へと赴く。そこに待っていたのは、新皇帝エンドロスだった。

オーバードとフェイタルの交渉は、世界に大きな変化を促す。

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