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「それでは魔法の実技試験を始める! やることは簡単だ、草原に向けて、自分の全力の魔法をぶっ放せ。それを見て、俺達が点数を付ける」
「質問良いでしょうか?」
教官を囲っていた一人の生徒が手を上げた。
「なんだ?」
「点数の付け方とかはあるんでしょうか? たとえば、派手な方が良いとか、発動までの時間とか」
「採点基準は教えられない。どのような魔法を選択するのか、それも試験のうちだ」
「分かりました」
ふむ、なかなか難しい選択になるな。
通常魔法を採点する場合、大まかに三つの採点基準が存在する。
威力、速度、精度だ。
威力はもちろん、どれだけの破壊力を持った魔法を放てるか。もしくは、操作系ならばどれだけの量を一度に操作できるかが基準となってくる。
速度ならば、魔法を発動するまでの速さを調べられる。簡単な魔法ならばそれだけ早く発動できるが、大きな魔法を早く発動することができれば、それだけ加点は多くなるだろう。
そして最後が精度だ。
どこに、どの規模で、どの威力を、を指定された上で、指定した数値に近いほどいい点数となる。
今回ならば、草原に、全力で、最大限の威力をと言うことになるが、これならただの威力調査や速度調査とさほど変わらない。
だが、狙った場所から大きく外れた位置で魔法が発動したりすれば、それは減点の対象になるだろう。
「どう思う?」
「難しいわね。そもそも魔法自体に明確な基準が無いし」
「そうなんだよな」
個人個人によって得意な魔法も異なれば、魔法の性質も千差万別。放出系、付与系、強化系、補助系。あらゆる魔法が存在する中で、一概にこれが平均であると定めるのは不可能だ。
剣ならば、実際に打ち合ってみてその強さを調べることができるのかもしれないが、魔法だと下手すれば防御するまもなく消し飛ぶからな。
「とりあえず様子を見よう。きっと腕自慢が突撃してくれるはずだ」
「そんなお気楽な子ここにいるかしら?」
当たりの様子を窺っていると、一つの集団から俺に向けて声が掛けられた。
「おーい、お前は最初じゃなくていいのか? 後からだとさっきみたいにしょぼさも目立つぜ」
なるほど、実に分かりやすいお子様だ。俺の剣技がダメダメだったから、きっと魔法もダメなのだろうと考えたんだろう。
まあ、平民なら普通は剣技を優先するし、子供のころから師事してもらい魔法の練習をしている貴族からすれば、平民の魔法は弱くて当然なのだろう。
レイラは、その言葉にイラッと来たのか、鋭い視線を向けて口を開こうとする。
俺はそれを手で制した。
「何?」
「ちょうどいいからな。みんな様子見で動かないみたいだし、あいつらには道化になってもらおう」
「なるほどね」
レイラも俺の言った意味をすぐに理解し、口元に笑みを浮かべる。
俺達が小声で話しているのが気にくわないのか、一団はさらに煽って来た。
「女とこそこそ相談か? 守ってもらいながら騎士になろうってのは少し虫がよくねぇか、なあ」
「「「そうだそうだ」」」
ああ、なんてわかりやすい子供たち。
「悪いな。さっき教官にぶたれた所がまだ痛むんだよ。そんなに自信あるなら、お先にどうぞ?」
そう言いながら、俺はレイラの肩に手を置いて軽く抱き寄せる。すると、レイラも合わせるように俺の肩に頭を置き、腰に手を回してきた。
どっからどう見てもラブラブのカップルだ。
案の定、そのグループのメンバーは目を鋭くしながら小さく舌打ちする。他のクラスメイトの視線も少しだけ鋭さが増した。まあレイラはアンジュに引けを取らないぐらいに美人だしな。
しかし、いい感じに効いているみたいだが、レイラもなかなか良い性格しているな。俺のアドリブにこうも完璧に合わせて来るとは。
「分かったよ! 後で思いっきり笑ってやるから見てな! 教官、自分から行きます!」
「よし、やれ」
一人が教官の横に並び、魔法を発動させる。
「フレイムボム、トリプル・インストレーション。オープン! 行け!」
ズドンッと激しい音と閃光に草原が包まれ、遠くで土煙が立ち上る。
ふむ、爆弾系の三重起動か。確かに、威力も速さも申し分ない。自慢するだけのことはあるな。さすがに、アルミュナーレ操縦士を目指すだけあって、漫画のようにショボイ奴が自慢しているなんてことは無いか。
「大口を叩くだけはあるか。三重だが、その分速度もある。実戦向きの技だな」
「そうね、ただ彼のレベルだとちょっと無理していたみたいね」
見れば、魔法を放った少年は、膝に手を付いて肩で息をしている。あの一発でかなり疲労しているようだ。
魔法の仕様は術者の精神に負担を及ぼすらしい。俺の場合は、昔から使っていたせいで疲労を感じたことはほとんどなかったが、アンジュも魔法を習い始めて最初のころはフレアブースターで少し浮くだけでも息を切らしていた。
体力的には問題ないのに、息が切れるとは不思議なものだ。アンジュ曰く、全身から力が抜ける感じだそうだ。風邪をひいた時の感覚に近いらしい。
少年は、俺達の方をキッと睨みつけ、グループの下へと戻っていく。そこで、仲間から手荒い歓迎を受けていた。
まあ、男子特有の歓迎だな。あ、倒れた……
「さて、次の者は!」
「俺が行きます!」
最初の一人をきっかけに様子見していた生徒たちが次々に魔法を発動させていく。
大半の生徒が三重起動の高威力技を放ち、稀に四重の中威力を使う者もいる。
どうやら、その辺りがエリートと呼ばれるレベルの魔法らしいな。と、なると俺の魔法は威力も重複起動も全力でやるとやり過ぎになる。
まあ、ここで自嘲する気はない。剣技の方で差が開いちまってるからな。取れる所でとっておかないと。
「さて、そろそろ」
「いえ、私が行かせてもらうわ」
俺が立ち上がろうとしたところで、レイラが俺の肩を抑え、先に立ち上がると、教官の下へと向かってしまう。
タイミングを逃した俺は、中腰のままその背中を見送ることになった。
仕方ないので、再び草原に腰を下ろしてレイラの魔法を見る。剣技一位の魔法はどんなものだろうか。若干楽しみだ。
「すー、はー……行きます。アイスワールド、オクタプル・セットアップ。スタート!」
直後、爆発や風の刃、大量の水などでぐちゃぐちゃになった草原が、一瞬にして霜に包まれる。
草には霜柱が立ち、ドームの天井に届きそうな氷柱がそそり立った。天井付近まで行っているということは、あの氷柱三十メートル近くあることになる。
草原の一部が瞬きした瞬間には氷の世界へと変化していたのだ。
その光景に、生徒たちも教官も言葉を失っている。
俺はその中で一人、拍手をしていた。
「凄いな。八重起動に広範囲指定魔法。起動場所も完璧じゃないか」
氷柱の数は全部で八本。つまり、魔法の中心点はその氷柱と言うことになる。
氷柱は草原に等間隔で立ち並び、その効果範囲が被らないギリギリの距離で生えている。自身の魔法の威力を完璧に把握し、かつ制御がしっかりと出来ている証拠だ。その上、レイラには疲労の様子が見られない。
これは満点もらえてもおかしくないかもな。
しかしいやはや、やってくれたものだ。
後魔法を使っていないのは、俺を含めて数人。まずこんな光景を見せられては、委縮しても仕方がないだろう。
なるほど、俺より先にやった理由が分かった。レイラめ、俺を潰す気だな。
視線を魔法からレイラに向けると、レイラもそれに気づいたように俺を見て小さく笑みを浮かべる。
仲間になっても、競争相手であることに変わりは無い――か。高得点を出しそうな相手を適度に潰しつつ、有用な手ごまとする。
本当に、アルミュナーレ乗りになるために全力を掛けてるな。
けど――
「じゃあ次は俺だな」
「悪いわね。少し張り切り過ぎたわ」
俺が教官の下へと歩み寄ると、いけしゃあしゃあとレイラがいう。
少しお仕置きが必要だな。
「まあ、俺の前にはちょうど良いパフォーマンスだ」
「そう、なら頑張ってね」
「まあ見てろって」
ようやく機能を回復した教官たちが、各々に今のレイラの魔法に点数を付け、俺の審査の準備をする。
その視線はどこか心配そうだ。
まあそうだろうな。今の魔法の後でやらされるんだ。普通はどんな魔法でも陳腐に見えて、点数も下がりかねない。普通はな――
悪いが俺は普通じゃないんだ。レイラが立てたあの氷柱、利用させてもらおう。
地の利を利用するのも、戦略としては重要だしな。
「良いですか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
「では」
使うのは、レイラと同じ範囲系高威力魔法。当然重複は俺の限界である六重を使う。
その上で、あの氷柱を利用できる魔法はこれしかないだろ。
「エアスクワッシュ、セクスタプル・セットアップ。スタート!」
発動される魔法。それは、上空から大気を下ろし押しつぶす魔法だ。
これならば、レイラの魔法の全域を覆うことはできなくとも、氷柱の生えている部分は全て効果範囲となる。
発動直後こそ、周囲に変化は訪れない。二秒、三秒と経ち教官がいぶかしみ眉を顰めた瞬間、バキンッと大きな音を立てて、大気の重みに耐えきれなくなった氷柱が割れた。
あるものはその力に耐えきれず真ん中からポッキリと、またあるものは、頂点から徐々に削り取られるように。
しかし、そのどれもが氷を破砕しながら崩れ落ちていく。
轟音と共に、氷柱が倒れ、なおもバキバキと音を立てて割れていく。そして、落下した大気が押しつぶした空気が、突風となってこちらに押し寄せてきた。
突然の強烈な風に、全員が顔を抑えて地面に伏せる。俺は魔法を発動させて、自分に当たる風の流れを制御している。じゃないと苦しくなるしな。
一分ほどして、俺の魔法は終了した。残されたのは、割れた氷柱の破片が漂い、太陽の光を反射してキラキラと輝く幻想的な空間だけだ。
「ま、こんなもんだな」
レイラを見れば、ポカンと口を開けたまま、氷柱の残骸を見ている。そして、俺の視線に気づいたのか、キッと俺を睨みつけてくる。
「そう簡単には潰されんさ」
「……そうね、少しあなたの実力を評価し直さないといけないかも」
「剣技は最低のままでいいぞ。マジでできないからな」
軽口を叩きつつ、俺達は教官が復活するのを待つのだった。
教官の思考が回復したのは、それから五分後のことだった。そして、次の生徒を呼ぶも、誰もやろうとしない。まあ当然だろうな。残りの三人、すまんな。
順番の譲り合いで一向に試験が進まなくなってしまったので、教官が怒って残りの全員が一斉に魔法を放つことになった。
他の生徒と同じような三重の高威力魔法だ。さすがに三人同時に放てば、少しは見栄えのするものになった。まあそれでも、教官怒らせたから減点だろうけど。
「よし、これで午前中の内容は全て終了だ。午後は教室で筆記試験を行う。開始時刻は十三時だ。遅刻は厳禁、即失格とする。注意するように。では解散」
教官たちが、先ほどの魔法の感想を話し合いながら校舎へと戻っていく。
「さて、ようやく昼か。レイラは昼飯どうするんだ?」
アカデミーでは学食も購買も充実しており、値段はなんと無料。入学資金や授業料に含まれているのだ。
俺は、推薦で学費免除されているため、実質ただである。もう、ボドワン隊長に足向けて眠れないな。
「私は学食に行くわ。エルドは?」
「俺も学食だ。一緒に行くか」
「ええ」
俺達は学食へと向かう。背後に、生徒たちからの呆然とした視線を向けられながら。