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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
変わる世界
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2

 王都から緊急の伝文が届いた。


「エルド、機体の状態ってどうなってる?」


 伝文を受け取った姫様は、それを読むと顎に手を当てながら真剣な表情でこちらに問いかけてくる。


「本体の修理は完了しています。ペルフィリーズィライフルとヒュージャーショットガンも昨日予備の物が届きました。パイルバンカーも補充は完了しています。ただ、グロンディアレペシュは予備がありませんので、王都の工房で製作中とのことです。完成は早くても半月後かと」


 ペルフィリーズィライフルやヒュージャーショットガンはある程度俺の機体で実績を積むことができたので、工房で弾丸共々量産が開始されていたためすぐに配備することができたが、グロンディアレペシュは装備していたもの自体が試作品のため、すぐに次のを配備というわけにはいかなかった。

 製作するにも職人たちが慣れていないため時間がかかる。幸いなのは、戦場から回収した起動演算機(センスボード)をそのまま乗せ換えればいいということぐらいだろう。


「帝国で反抗の動きでもありましたか?」


 俺の機体の状態を聞いてくるということは、戦いの気配が近いということだろう。しかも、現状で俺が動かすということは、敵もそれなりの強さが予想されるということになる。


「オーバード自体は静かね。けど、傭兵をこれまで以上に集めているからその可能性もあるわ。けど、もっと重要な情報が分かったの」


 姫様は側付きに指示を出し、テーブルの上に地図を広げさせる。

 緩衝地帯やオーバードの地図ではなく、その先の国まで描いてある世界地図だ。


「N37,11,58 E19,36,20」

「それって」


 レイラから教えられた座標の数値を言葉にしながら、姫様が地図上に指をさす。

 そこは、オーバードから南下し砂漠の先にある海岸線だ。


「エルドから頼まれて、隠密部隊に調べさせていたこの座標が何なのか分かったのよ。この海岸線のすぐ近くにある孤島に、ドゥ・リベープルが有する濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の精製施設を発見したわ」

「精製施設!?」


 レイラの言っていた最後の鍵が精製施設の座標だったってことか!?


「フェイタルはオーバードに対して精製施設の開示を停戦条件にしているわ。けどオーバードだってそれは到底受け入れられるものじゃない」


 当然だ。精製施設は軍の心臓。ここを押さえられれば、もうアルミュナーレの燃料を作ることはできなくなってしまう。フェイタル相手にそれは負けたと同義だ。


「だからオーバードは戦力を確保するために傭兵を集めている。たぶん、それを使ってもう一度戦うつもりでしょうね。けど、ここで私たちが傭兵の精製施設を押さえたらどうなると思う?」


 補給拠点を失ったアルミュナーレ持ちの傭兵たち。その行き先は当然大々的に募集を掛けているオーバードのはずだ。


「傭兵がオーバードに集まり、反抗戦の時期が早まりませんか?」

「他の国が何もしなければそうなるわね。けど、傭兵を雇っているのは何も帝国だけじゃなわ。他の国だって当然募集を掛けてくる。落ち掛けの国と勝ちそうな国。傭兵だったらどっちに行くかしら?」

「当然、勝ち馬に乗りますね」


 そういうことか。てっきりフェイタルが傭兵を募集していないから、傭兵を募集しているのがオーバードだけだと勘違いしてしまっていた。

 だが、オーバード以外にも当然傭兵を雇っている国はある。そこが戦力を拡大するために、多少の無茶をしても傭兵たちを引き込むはずだ。

 となれば、オーバードは予定の戦力を補充できなくなり、抵抗自体が不可能な状態になる。


「オーバードの最後の抵抗を潰すことができると」

「そういうことよ。当然ドゥ・リベープルの本拠地になるわけだから、防衛も強固なはず。けど、今のフェイタルには大規模な部隊移動をさせるだけの余裕がないの」


 各町で睨みを利かせつつ、消耗した機体の修理や部隊の補充など、常に自転車操業で行っているのが現状だ。

 オーバードが傭兵を戦力にしようとしたように、こちらもあまり余裕はないのである。


「だからこっちに話が回ってきたわ。お兄様から、エルドに頼めないかって」


 流石に俺も眉をしかめた。


「自分一人で落とせってことですか? さすがに無茶じゃ」


 単騎で基地に突入して制圧する。以前に一度だけ似たようなことをやったこともあるが、あの時とはものが違う。敵が奪った自国の基地と、精製施設の防衛能力を一緒にしてもらっては困る。

 それに、今の俺の機体は不完全な状態だ。グロンディアレペシュが来ない限り、俺の機体は本領を発揮することはできない。


「ええ、そのことはお兄様も承知しているわ。だから、エルドに頼むのは別のこと」

「何でしょう」

「アリュミルーレイ、あれの準備ができているの」

「なっ!? あれは危険すぎるからって開発を中止したはずじゃ!?」


 戦略魔法アリュミルーレイ。

 俺の構想をカリーネさんや技術部が研究し、最大威力は町一つを火の海に変えられるだけの力を持つと想定されていたレンズ式ソーラーレイを発射する魔法だ。一時期、試作用の低威力版をアーティフィゴージュに搭載していたが、取り扱いの難しさとあまりに危険すぎる魔法のため、起動演算機(センスボード)を完全に廃棄し、データなども削除されていたはずだ。


「あれだけの威力の魔法よ。簡単に捨てられるわけがないわ。フェイタルの精製施設と同じクリアランスで極秘に研究は進められていたの。あ、これはカリーネも知らないことだから、責めちゃだめよ」

「あれは危険すぎます! すぐにでも完全に抹消すべきだ! 情報が敵に渡ってからじゃ遅いんですよ!」


 遠距離から一撃で都市を火の海に変えることができる魔法だ。

 そんなものは生み出すことすらしてはいけない。


「分かっているわ。けど、これはお兄様の、陛下の決定なの。私も最初は反対したけど、勅命として押し切られたわ」

「くっ。それを俺に使えって言うんですか」

「アリュミルーレイを知っているものは極力少ない方がいい。お兄様はそう考えたんでしょうね。エルドの部隊ならあの魔法を全員が知っているし、情報が広がる心配もない。何より、単独で基地を破壊できる」


 届けられた伝文によると、精製施設は孤島の地下に建設されており、アヴィラボンブでは効果がなく、アルミュナーレを突入させようにも、入り口が狭く大規模部隊も意味を成さないらしい。

 そこで、威力の収束率を上げれば地表から地面の中まで焼き抜くことができるアリュミルーレイが矢面に上がったらしい。

 確かに、それだけ聞けばアリュミルーレイは最善手かもしれない。

 けど、使えば使うほど、あれの原理が判明する確率は高くなる。原理さえ分かってしまえば、他国でも作れる魔法なのだ。

 やはり、俺はあれを使うことに反対だ。


「納得できません。あれを使うぐらいならば、自分が単騎で突入します」

「不完全な機体で?」

「それでもです」

「死ぬ可能性が高いわよ」

「騎士になったときから、覚悟は決めています」

「アンジュを残していくことに?」

「……」

「ごめんなさい、言い方が悪かったわ。けど、アリュミルーレイを使うということは、あなたを危険にさらさないためでもあるの。いろいろ無茶を言ってきたけど、私だって可能ならエルドを危険な場所になんて送りたくないのよ。戦争が終わりに近づいている今なら余計にね」


 姫様の視線が不意に窓の外に向く。そこには、アブノミューレの足元で談笑する兵士たちの姿。

 オーバードが疲弊し簡単には動けない状態のため、フェイタルの兵士たちも肩から力が抜け徐々に穏やかな表情を取り戻しつつあった。


「……分かりました。お受けします」

「ありがとう。アリュミルーレイの装備は王都にあるから、私たちは王都へ戻るわよ。隊のみんなにも伝えておいてね」

「了解しました」


 敬礼し俺は部屋を後にした。



「さあさあ見せてもらおうじゃないの! 私抜きで作ったアリュミルーレイをね!」


 カリーネさんがツインテールを激しく揺らしながら、格納庫内に入っていく。

 どうやら、自分が途中まで関わってきたものを他人に取られたのが気に入らないらしい。しかも、カリーネさんには内緒で進められていたのだから余計にだろう。

 俺やオレールさんもその後に続き、機密格納庫へと入っていく。

 格納庫内は照明が落とされており真っ暗だ。スイッチはどこだったかと辺りを見回すと、カリーネさんの声が格納庫内に反響する。


「エルド隊長! 照明点けるわよ!」

「お願いします」


 ガシャンと音がして、魔力灯が点灯する。

 浮かび上がるのは、先に運ばれてきていた俺のペスピラージュ。

 だがそれ以上に視線を奪われたのは、ペスピラージュの横に鎮座する懐かしい武装。


「これ、アーティフィゴージュか」


 巨大な鉄柱にも思える円形の武装。一部パーツは変わっているようだが、それは間違いなくアーティフィゴージュだった。

 まだペスピラージュに乗り換えてから数カ月しか経っていないのに、アーティフィゴージュのシルエットを懐かしく感じた。


「もうお着きでしたか」


 俺たちがアーティフィゴージュを前に立ち尽くす中、入り口から数名の男たちが入ってくる。

 その先頭にいた眼鏡の男が、俺の前まで歩み寄る。


「はじめまして。機密技術顧問のオレアスといいます。アリュミルーレイの開発を担当させていただきました」

「はじめまして。第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女親衛隊隊長エルドです」

「あなたね! 私のアリュミルーレイを勝手に作ったって技術者は!」


 俺たちが挨拶を交わしていると、照明をつけて戻ってきたカリーネさんがずんずんとオレアスの下にやってくると、キッとにらみつけるように見上げる。

 いつからアリュミルーレイがカリーネさんのものになったんですか。


起動演算機(センスボード)担当のカリーネさんですね。お会いできて光栄です。あなたの書いた起動演算機(センスボード)のおかげで、私たちはこれを開発することができたんです。部署のみんなも、この起動演算機(センスボード)の構築には度肝を抜いていましたよ」

「と、当然でしょ。私は天才なんだから」


 思いっきりおだてられ、さっきまでの勢いはどこへやら髪の毛先をいじりつつ、視線を右往左往させている。

 オレアスの容姿がホストっぽいとはいえ、ちょろいなカリーネさん。


「それで、なぜアーティフィゴージュなのでしょうか?」

「あれは外見上アーティフィゴージュですが、実際のところ中身はエルド隊長が使っていたものとは全くの別物です。機動機構や起動演算機(センスボード)やタンクも搭載していません」

「では中身は?」

「すべて起動演算機(センスボード)ですよ。演算処理に必要な起動演算機(センスボード)がぎっしり詰まっているんです。おい、あれを開けろ」

「はい」


 後ろに付いてきた男の一人がアーティフィゴージュへと駆けていき、横にあった機材を操作する。

 すると、アーティフィゴージュのカバーが自動で開き、中身を露出させた。


「おお」


 誰ともなく声が漏れる。

 アーティフィゴージュの中に入っていたのは、ぎっしりと積み込まれた起動演算機(センスボード)の層だった。


「私たちは積層型起動演算機(センスボード)回路と呼んでいます。並列処理を行い、複雑な太陽光の入射角調整や屈折率の計算、収束方向の指示を行い、発射までをサポートします。これのおかげで、エルド隊長が手動で行っていた計算も全てアルミュナーレに任せることができた。操縦者は、ロックオンとトリガーを引くだけでよくなっているんだ」

「それは凄いですね」


 あの計算、結構大変だったからな。緯度や経度と時間から太陽の方角傾き、その日の天気なんかも考慮して集光のタイミングを考え、発射までの展開するミラー量まで手動入力だったからなぁ。魔法でサポートがあったとはいえ、やってくれたのは電卓レベルだったし。


「な、なかなかやるじゃない」


 カリーネさんも積層型の起動演算機(センスボード)に圧巻されたのか、アーティフィゴージュを眺めながら慄いている。


「これの基礎原理は、もともとカリーネさんが提唱し、アーティフィゴージュやペスピラージュにも搭載していたデュアル起動演算機(センスボード)の理論ですよ」

「そうなの?」

「ええ、あれは直列に回路を繋いで、純粋に処理能力を向上させつつ機体制御を行っていましたが、この並列型は全ての起動演算機(センスボード)が別々の処理を行い、中枢が受け取った情報を総合してさらに計算を行うんです」

「中枢はあの一番上のね」


 オレアスの説明で、カリーネさんの視線が鋭くなる。

 カリーネさんが示す起動演算機(センスボード)を見れば、その一枚だけが他のものよりも大きい。


「流石ですね」

「色々聞きたいことは他にもあるけど、今はいいわ。とりあえずこのアーティフィゴージュを装備させればいいのよね? 機体とのリンクはこれまで通りでいいの?」

「はい、リンクは中枢との直列で大丈夫です。多少調整が必要になるとは思いますが」

「それはこっちでやっておくわ」

「お願いします。こちらはキャリアボンブの調整もありますから」

「キャリアボンブ?」


 アヴィラボンブなら知っているが、初めて聞く名前だ。


「ああ、エルド隊長は知りませんでしたか。王都からペスピラージュを運んだキャリアボンブですよ。翼と格納スペースを正式に作って、再利用を可能にしたものです」


 それってまんま輸送用飛行機なんじゃ。まあ、翼はただ安定させるためで、完全にアヴィラボンブの出力だけで飛んでるから、まだロケットともいえるけど、翼の原理が発見されればこの世界にも飛行機の概念が登場するかもしれないな。


「作戦の決行は明後日となります。それまでに親衛隊の方には機体の調整をお願いします。この格納庫の整備士は自由に使ってもらって構いませんので」

「分かった。リッツ、パミラ、早速始めるぞ」

「了解」「了解なのですよ」

「ではオレールさん、俺たちはいったん城に戻ります。姫様と作戦の詳細を打ち合わせしますんで」

「分かった。こっちは完璧に仕上げてやる。そっちは頼んだぞ」

「はい」


 オレールさん達が機体の整備を始める中、残ったメンバーは作戦会議のために王城の会議室へと向かうのだった。


次回予告

戦略魔法アリュミルーレイを搭載した機体が、目的座標へと向かう。

戦いに終止符を打つ最後の一撃が放たれようとしていた。

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