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なんとか間に合った……
バティスの機体が貫かれそうになったのを見た時点でとっさに剣を投げたが、それが功を奏したようだ。だが、まだ敵機の剣を弾いただけで、その剣は敵の手にしっかりと握られている。
とにかく優先すべきは、バティスの機体から奴を引き剥がすことだ。
ペスピラージュを走らせ、羽から新たな剣を補充し振るう。羽の残りは二本。少し大切に使わなければ。
敵機は後退して剣を躱し、こちらの様子を窺うように適度な距離を保ったまま攻めてこない。
攻めてこないなら、今のうちに――
「バティス、大丈夫か」
「ギリギリな。危うく死ぬところだった」
「撤退は?」
「ちょっと待て」
俺が敵機を警戒する中、バティスの機体が背後でゆっくりと立ち上がる。
「モニターは全損してるが、なんとか動ける。撤退は可能だ」
「なら下がれ。あいつの相手は俺がする」
「いいけどそっちも大丈夫なのかよ。ずいぶんボロボロじゃん」
まあ、片羽根捥がれちゃってるしね。さすがにレイラとの戦闘で無傷とはいかなかった。けど、それほど深刻なダメージは受けていないし、武装もまだある。
「大丈夫だ。早く行け」
「悪い、後は任せる」
背部モニターに、バティスが撤退していくのが見える。
「逃げられたか。今日一番の光が見えると思ったのに――まあいっか。君を殺せれば、それ以上のものが見られそうだ」
「戦闘狂フォルツェだな」
「そうだよ、剣翼のエルド」
「今日は逃がさない」
「逃げるつもりはないさ。今日のために、僕もヴィーストを改良をしてきたんだ! どっちかが死ぬまで、徹底的に戦おうね!」
敵機ヴィーストが駆け出し、剣を振るう。
こちらも距離を詰めて、剣で受け直後に一歩踏み込み膝蹴りを放つ。
ヴィーストはこちらの膝を左手で受け止めつつ、大きく払って体勢を崩そうとしてくる。
切り結んでいた剣を流し、俺はヴィーストの横へと払われた足を延ばし、背後へと回り込もうとする。
ヴィーストも機体を反転させながら、こちらの動きについてきた。
俺はその瞬間を狙って、羽のワイヤーを伸ばしヴィーストの右手へと絡ませた。
「なっ」
「捕まえた」
ワイヤーを回収するように力を籠めると、絡まったヴィーストの右手が引っ張られる。剣では簡単に切れないワイヤーだ。さぞ剣を振るのに邪魔になるだろう。
だが、フォルツェも素早く対応してくる。
持っていた剣を地面へと突き刺し、絡まったワイヤーを掴んで逆に引っ張り込もうとしてきた。
こちらもワイヤーを掴んで、引っ張る。
パワーはこちらの方が上だ。このままバランスを崩させてやる
「パワーなら上――本当にそうかな!?」
「なに?」
「ビーストモード」
フォルツェの機体が突然地面に手を着いた方と思うと、機体が変形し獣のような四つ足状態となる。
すると、これまでこちらが有利だった引っ張り合いが、再び拮抗した。
四つ足で踏ん張られたせいか。
「チッ」
小さく舌打ちするが、まだ拮抗しているだけだ。こちらは片腕開いているし、攻撃の手段はある。
背中からペルフィリーズィライフルを取り出し、踏ん張っているヴィースト目掛けて発射する。
ヴィーストはジャンプで弾丸を躱し、着地すると同時にこちら目掛けて駆けこんできた。その前足には、爪が伸びている。
あれが武装か。
ペルフィリーズィライフルを格納している時間はない。その場に投げ捨て、地面に突き立てていた剣を回収する。
「犬なら犬らしく、お座りしていろ!」
「狩りは楽しくやらなきゃね!」
剣と爪がぶつかり合い、拮抗するかに思われた。だが、ペスピラージュが押し込まれている。
やはり、四肢での機動がパワーを大幅に上げているのか。
だが!
後方へと下がりつつ、俺は再びワイヤーを引っ張る。
四肢で踏み込もうとしたヴィーストは、ワイヤーに肩腕を取られバランスを崩した。
「そこ!」
即座に前進へと切り替え、ヴィーストの頭部に蹴りを叩きこむ。
さらに倒れた機体を踏みつけ、つま先に装備されたパイルバンカーのトリガーを絞った。
ズガンッと敵機に衝撃が走り、ビクリと跳ね上がる。
だが、破壊したかを確認するまでもなく、ヴィーストは踏まれた状態から四肢で立ち上がりこちらの足を爪で狙ってくる。
俺はその爪を回避し、一旦距離を取った。さらに、近づいた拍子にゆるんでいたワイヤーも外されてしまった。
「操縦席を打ち抜いたはずだ」
「ハハ、残念。ビーストモードの時は、操縦席も機動演算機も位置が変わってるんだよ」
「チッ、そういうことか」
まあ、四肢で立っている状態で、操縦席がそのままだったら大変だもんな。向きや場所が変わっていても当然か。
ならあいつの操縦席はどこにある。
モニターに映るヴィーストを見ながら、俺は操縦席がありそうな場所を検討する。
胸部にはなかった。頭部もさっき蹴ったときに動きが鈍る様子はなかったし、可能性は低い。
となれば、ジェネレーター付近か。面倒な位置に移動している可能性が高いな。
ジェネレーターの間近にあるとすれば、操縦席を破壊すると一緒にジェネレーターも破壊してしまう可能性がある。
要は、あの巨大な爆発を起こしてしまう可能性があるということだ。
ここには、大破したがまだ操縦者が生きている味方の機体も多い。こんなところで爆発は起こすわけにはいかない。
となれば、まずはあのビーストモードを解除させるところからだ。
剣を握り直し、構えをとる。
ビーストモードの厄介な点は、あのパワーと速度、それにアルミュナーレでは本来あり得ないような変則的な動きだ。あれに、奴の以前見た限界を超える魔法を併用されると、フルマニュアルコントロールでも後手に回る可能性が高い。
なら狙うのは、カウンター。魔法を使われる前に、一撃で落とす!
「来ないなら、こっちから行くよ!」
こちらが構えたのを見て、フォルツェが動き出す。
ジグザグに進み、こちらに的を絞らせない。
そして、少し距離を空けたまま、後方へと駆け抜ける。背後からの攻撃を警戒しつつ、しかし俺は振り返らない。
背後にもカメラはあるのだ。それをモニターで確認して、相手の位置は特定できる。
カウンターに必要なのは見極め。どのタイミングで攻撃してくるのか、それさえ見極められれば、背後からの攻撃でも十分対処できる。むしろ、下手に反転して足元を不安定にすれば、カウンターの威力が削がれ、一撃で決められない。
「いいね、その殺気! 殺しがいがある!」
来た!
ヴィーストが進路を変え、一気にこちらへと踏み込んできた。
狙いは背中か。ならタイミングを合わせて、振り返りざまに!
「そこ!」
「ハァァアア!!」
腰の回転を合わせて振りぬかれた剣は、ヴィーストの爪に直撃し、お互いの刃を破壊させる。
「剣が持たなかったか」
「この爪が壊されるなんてね! けど!」
こちらは武器を失った。だが、ヴィーストの武器はまだ片腕にある。
足元に着地したヴィーストが、即座に腕を振り上げる。
後退して回避するも、距離を詰められ振り切ることが出来ない。だが、この時間があれば、新しい剣の補充はできる。
羽から最後の剣を取り出し、同時に不要になったタンクと枝をパージする。
軽くなった分、速度がわずかにだが上がった。
さらに、左腕にヒュージャーショットガンを構え、狙いも碌に定めずに引き金を引く。ショットガンなのだ。至近距離にいるヴィーストには効果てきめんだろう。
そう思ったのだが、なんとヴィーストは大きくジャンプし、ショットガンの弾を全て回避した。
さらに、尻尾をヒュージャーへと巻き付け奪おうとてくる。
少しもったいないが、これはチャンスだ。
俺はヒュージャーから手を放しつつ、その弾倉に自身の剣で切り込みを入れた。
そして、即座にファイアランスを打ち込む。
弾丸の中には、爆発を起こすための魔力液が詰められている。
残りの弾丸は一発だが、それでも十分な威力だ。
直後、ズドンっと弾倉が爆発を起こし、ヒュージャーを掴んでいた尻尾が吹き飛んだ。
だが、その衝撃を利用して、ヴィーストはさらに踏み込んできた。
「もらい!」
「くっ」
回避しきれず、ヴィーストの爪が腹部を抉る。だが、お返しとばかりに振るった剣が、同じようにヴィーストの腹部を貫いた。
さらに、左腕でヴィーストの胴体を掴み、投げ捨てる。
空中で器用に体勢を立て直し、地面へと着地する。だが、一瞬ガクッと力が抜けるような動作が出た。
そのチャンスは見逃さない。
一気に近づき、剣を振るう。
ビーストモードを解除する一番早い方法は、四肢での歩行を不能にすること。前足を主な攻撃手段としているこの機体ならば、どちらかの手を斬られた時点で、ビーストモードの維持はキツイだろ!
振り下ろされる剣が、ヴィーストの左腕へと突き刺さる。切断こそできなかったが、フレーム内部に届く致命傷だ。
だが、剣が深く入り込みすぎた。すぐに抜けない剣に、一瞬の隙が生まれる。
「死ねぇ!」
「やらせるかよ!」
ヴィーストの右腕。その爪が操縦席へと迫る。
俺はとっさに左腕で攻撃を受け止めた。だが、爪が手の平へと突き刺さり、肘までを一気に破壊する。
破壊されながらも、爪は受け止めた。
両腕を封じた状態で、俺はヴィーストの胸部に蹴りを叩きこんだ。さらに、パイルバンカーも発動させ、破壊力を増大させる。
ドンっとヴィーストの下で爆発が起き、反動で大きくのけ反り後退した。
俺もその間に剣を回収し、被害状況を確かめる。
左腕は動くが、肘から先が完全に死んでいる。パイルバンカーの残弾はなくなった。剣も右手の一本だけ。膝の刺は使えるかもしれないが、どうもさっきから膝蹴りは警戒されているっぽいんだよな。有効打になりにくい印象がある。
なかなか武装が足りなくなってきたな。
そして、起き上がったヴィーストは、胸部に大きな穴を開けながらも、二本の脚で立ち上がる。
その穴の先に、フォルツェの姿が見えた。
ビーストモードの解除には成功したみたいだな。
「ああ、最高だ。やっぱりエルドとの戦闘は心が躍る!」
「戦闘狂が」
「そうだ! 僕は戦闘狂! 戦いが僕を狂わせ、そして輝きを見せてくれる!」
天を仰ぐヴィーストの背後。そこに、数色の信号弾が打ちあがった。
それに合わせて、帝国の機体が戦闘を止め、呆然とした様子でその場に立ち止まる。同時に、北部側から徐々に歓声が広がってきた。
「勝ったのか」
おそらく北部の部隊が帝国軍の本部を制圧したのだろう。あの信号弾は帝国側の投降の合図のはずだ。
けどきっと――俺たちの戦いはまだ終わらない。
モニター越しに眼前の敵を睨みつける。
「戦おうエルド、どちらかが死ぬまで、ひたすらに!」
「そういうと思った。それに俺も、中途半端に終わらせるつもりはない!」
「リミッティア・ペルフェシー起動」
ヴィーストの関節から白煙が噴出し、周囲を白く染めていく。
「やっぱり使えたか。なんで今まで使わなかった」
まさか舐めていたなんてことはないだろ。
「この魔法、機体へのダメージも結構あるし、僕への負荷もかなり強いんだよ。ビーストモードでこれ使って君と戦うと、すぐに動けなくなっちゃうぐらいに。せっかくの戦いなんだ、長く楽しみたいでしょ?」
「まるで使えば確実に勝てるような言い方だな」
「そうだよ。フルマニュアルでも、この速度には付いて来れない。レイラとの模擬戦で実証済みだからね」
「俺と、俺の仲間が作ったこの機体、そこらへんの傭兵の作った機体と一緒にするなよ」
こいつは、俺のフルマニュアルコントロールを最大限引き出し、俺の操作を百パーセント再現できるだけの力を有した機体だ。
「負ける理由は、万に一つも無い!」
『勝つのは! 俺だ(僕だ!)』
次回予告
決着。




