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「ハァ、ハァ、ハァ……」


 苛立ちのままに周辺のアブノミューレを一掃した俺は、少し冷めた頭で状況を確認する。

 少し無茶をしすぎたかもしれない。関節の負荷がだいぶ上がってしまった。

 レイラの一撃で切断された左翼のグロンディアレペシュは、もう使えないだろう。燃料タンクの一部も破損してしまっているが、既に燃料は本体のタンクと右翼のタンクに移動済み。

 ならこれはもう荷物でしかないな。

 モニターを操作し、左翼グロンディアレペシュとマギアタンクをパージする。

 けど、オーダーメイド品のこれをこのまま戦場に投棄ってのもなんか悪い気がするな。タンクなんかは修復すれば十分使えるレベルだし。

 そうだ。

 

「そこのアブノミューレ部隊」

「は、はい!」


 俺は近くにいたアブノミューレの一部隊を呼び止める。


「撤退する機体が近くにないか?」

「自分の部隊から二機撤退する予定ですが」


 アブノミューレの部隊長が示す先には、片腕を失った機体と、その横に立つ五体満足の機体がある。


「一機はあのざまですし、もう一機はタンクが破損しててもうすぐ魔力液(マギアリキッド)が底をつきそうなんです」

「そうか、ならすまないが帰還ついでにこいつを整備場に持って行ってくれ」

「了解しました」


 撤退する機体にグロンディアレペシュを預け、俺は戦線の様子を確認する。

 俺が暴れたせいか、はたまたここの主軸だったレイラが倒れたせいか、北端の戦線は形勢が逆転し一気にアブノミューレたちが押し込んでいる。

 中央も順調に進んでいるようだが、問題は南側か。ここにレイラがいたということは、向うにいるのはおそらくフォルツェ。

 バティスの機体は万全じゃないみたいだし、一人でフォルツェの相手は厳しいはずだ。急いだほうがいいな。

 この戦争の終了が見え始める中、俺は南部北側へと機体を進ませた。


         ◇


「くそっ」


 小さく悪態をつき、四肢を使って走り回る黒の機体を追いかける。

 だが、その場で旋回しても相手の機体をモニターにとらえきることが出来ない。


「そこか!」


 相手の動きを予想して大剣を振るう。その軌道は確実に敵機を両断するかに思われた。

 だが、当たったと確信した直後、黒い機体が強引に方向を変え、その剣を躱す。


「またか!」

「ハハハ! 良い操縦だけど、甘いよね!」


 攻撃を躱した敵機が、加速しながら懐へと飛び込んでくる。そして、腕に装着された爪を振り上げた。

 あの爪で何機ものアブノミューレたちが屠られてきたのを見ている。アルミュナーレの装甲であっても、直撃すればただでは済まない。

 バティスは、後退しながら飛び込んできた敵機を大剣で受け止め、力を込めてはじき返す。

 敵機はくるりと宙返りして着地し、バティスの振るった剣を躱す。


「やっぱりレイラの同期は面白いのが多いね。ハーフマニュアルでも、他の騎士より動きがいいや。それに、こっちの速度にも付いてくる!」

「そりゃ、エルドやレイラと訓練してたからな!」


 当然のようにフルマニュアルを扱うエルドや、早々にハーフマニュアルコントロールを使い始めたレイラの速度を身近に感じていれば、相手がハーフマニュアルコントロールを使ってきていても十分に対処が出来た。


「こりゃ、出し惜しみはしてらんねぇな」


 整備士たちからは、爆速は使うなと言われていた。関節の負担を考えれば当然のことだが、既に全力を出し惜しみして勝てるような相手ではないことは分かり切っている。

 危険であろうと、使わなければ負けるのならば、使わない理由は存在しない。


「後でじっくり説教は聞いてやるよ! おら! 食らいやがれワンコ!」


 ズドンっと剣の背で爆発が起き、反動によって加速した剣が振るわれる。

 突如の加速に、フォルツェも反応しきれなかった。

 とっさに回避を試みるも、その剣の先端が敵機の装甲を抉る。


「くっ……」

「まだまだ行くぜ!」


 連続して爆発を起こし、黒煙に包まれながら剣を振るう。

 フォルツェは、その連続攻撃に耐えきれなくなり、一度大きく後退して距離を取った。

 バティスはあえて深追いせず、攻撃を中断して構えを直す。


「躱された」

「僕がここまで攻められるのは久しぶりだよ。やっぱりレイラの同期は……いや、剣翼の同期が素晴らしいっていうべきなのかな」

「エルドか。確かにそうかもな。俺もレイラもあいつに鍛えられた。だからこそ、俺はあいつやレイラを超えたい。こんなところで、躓いてはいられねぇ!」

「その気持ち心地いいね! まぶしい光が見えるよ! その光、僕が食い破ってあげる!」


 フォルツェ機の全身から白煙が噴出し、機体を覆っていく。


「リミッティア・ペルフェシィー発動! 行くよ!」


 覆われた白煙から機体が急速に飛び出し、バティスの機体に向かって襲い掛かる。

 バティスは大剣で敵機の攻撃を受け止めつつ、もう片方の剣を振り被る。

 フォルツェも深くは攻めずに、剣が振り上げられた時点で距離を取り、再びバティスの隙を窺いながら、ちょこちょことフェイントを掛けつつ周囲を回る。


「さっきより早くなってやがる。情報通りってやつか」


 前もって、この白煙が出る状態のことも聞いていた。関節に薄い氷の幕を張り、摩擦を極力まで抑え機体の性能を極限以上に引き上げる魔法。

 白煙は、氷が摩擦熱で一気に蒸発したときに出ているものだと考えられている。同時に、その白煙が目くらましとなり、フォルツェの不規則な動きをさらに読みにくくしていた。

 厄介極まりない魔法だが、弱点が無いわけでもない。

 まず、時間制限。機体の性能を引き上げても、それを操作するのは生身の人間だ。極限状態の集中力はいつまでも続くわけではない。

 そして、関節の膜もいつまでも熱を逃せるわけではない。白煙が上がっている時点で、排熱が追い付いていないのは間違いないのだ。長時間の使用は、関節への負担が甚大なものになる。

 つまり、どちらにしても時間を稼げばこの魔法は攻略できる。

 稼げればの話だが――


「ま、そういうのは得意分野だ」


 バティスの大剣は、何も攻撃だけの武器ではない。その肉厚の刀身は、横にすれば盾にもなりえる。

 二枚の大盾を持ったようなものなのだ。防御とて、並大抵では無い。


「傭兵! 根競べだ。どっちが先にへばるか、勝負してやるよ!」

「じゃあ、行くよ!」


 周囲を回っていたフォルツェの機体がその進路を変え、懐へと迫る。

 バティスは踏み込ませまいと剣で進路を妨害し、その先に剣を振り下ろす。

 フォルツェの踏み込みは、フェイントだった。

 加速からの急激な減速でバティスの剣は空振りして強かに地面を打ち付ける。


「チッ」

「ハハッ!」


 そして再加速した機体が、盾替わりにした剣を足場に、バティス機の頭上へと躍り出た。

 振り下ろされる爪をしゃがんで躱し、大剣を振るう。

 それは爪で受け止められたが、そこから爆速を利用してさらに力を込める。

 受けきれないと判断したフォルツェは、剣を受け流しつつ態勢を整えて着地した。


「まず一本」

「なに、うおっ!?」


 フォルツェの呟きに眉をしかめた直後、機体の左腕が強く引っ張られ態勢を崩す。

 とっさに踏ん張るが、引っ張られていた左腕から大剣が離れていく。

 その大剣の先には、フォルツェの機体の尻尾が巻き付いていた。

 受け流した瞬間に、尻尾を巻きつけていたのだ。

 フォルツェは、尻尾を振るってその大剣を遠くへと投げ飛ばす。


「さあ、あと一本だ」

「あんたぐらい、一本あれば十分だ」


 それは強がりであるが、完全に嘘というわけでもない。

 本来大剣とは両腕で構え振るうものなのだ。それに爆速の効果を合わせれば、関節への負担を減らしつつ、攻撃速度を上げることが出来る。

 もともとフォルツェ機の速度が速すぎて、攻撃をなかなか当てられていなかったのだ。だからこそ、速さを高めるこの使い方は無しではない。

 大剣を両手で握り、それ用に少しだけ構えも変える。それは、バティスが子供のころから習ってきた大剣の構えだ。


「ハァァアアア!」


 駆け出し、フォルツェ機目掛けて剣を振り下ろす。

 フォルツェは、爆速の危険を考え、受け止めずに回避することを選んだ。

 だが、バティスは爆速を使っていなかった。自身が学んだ剣の技のみで初速を稼ぎ、即座に剣を跳ね上げながら二撃目を振るう。


「危ない危ない」


 だがそれも難なく躱される。

 重い剣を振れば、その直後には隙が生まれやすい。それはアルミュナーレでも同じであり、連続して二回大剣を振るったバティスの機体には、その胴に大きな隙が生まれている。

 フォルツェは躊躇わずその隙へと飛び込み、とっさに転がりながら横へと飛んだ。

 直後、爆速によって強引に方向を修正された大剣が、フォルツェ機の太ももを切り裂く。


「本来爆速ってのはこう使うんだ。重い剣使って崩れた態勢の隙を強引に埋めるためにな」

「厄介だね。けどそれだけだ!」


 太ももの装甲を斬られながらも、フォルツェは再び踏み込んでいく。

 バティスも即座に応戦し、二機のアルミュナーレがその刃をぶつけ合う。

 二度、三度とぶつかり合い、お互いに少しずつの傷をつけて、フォルツェがようやく距離を取った。


「ククッ」

「何がおかしい」

「おかしい――違うね。楽しんだ。殺し、殺され、傷を負わせ、負わされ、お互いが消耗しながら少しずつ魂を削っていく。その時に出る光は、どこまでも綺麗で、僕を魅了する!」

「完全におかしくなってやがる」


 フォルツェの言葉に、バティスは戦場で心が壊れた操縦士だと判断した。

 そして冷静に、どこまでも堅実に、剣を構え敵の隙を窺う。そんな中、フォルツェはしゃべり続ける。


「光は勝利の喜びを感じて強くなる。仲間を殺された怒りで強くなる。仲間を殺された哀しみで強くなり、戦いの高揚感で強くなる! 感情が光を強くして、そして高まった光は死ぬ瞬間に弾ける! 光だ! あの光を僕は見たい! だから殺す! いい戦いをして、ギリギリの状態でしのぎを削りながら、一瞬の活路と直後の絶望を叩きつけてね! さあ、君も活路は見えただろ! 僕の機体から白煙は消えた。もうこの姿を保つのも難しい!」


 そしてフォルツェの機体が四足歩行から二足の元の形へと姿を戻した。

 腰から剣を抜きつつ、フォルツェは言う。


「さあ、今が勝機だ! 君の実力なら、僕を殺せるのは今しかない! だから!」


 フォルツェ機が深く腰を落として、準備を整える。


「――最後の殺し合いをしよう」


 加速しながら剣を構え、バティス機に向かって駆ける。

 バティスはカウンターの姿勢を取った。攻めてくるなら、それに合わせて一撃を叩きこむ。大剣だからこそできる、一撃必殺の攻撃。


「死ね!」

「お前が死ねや!」


 振り下ろされる剣。それに合わせて振り上げられる大剣。

 二本の刃が交差する直前、バティス機の視界が白煙によって包まれた。


「なっ!?」


 振りぬいた大剣に手ごたえはない。

 そして背後からの激しい衝撃が機体を襲う。

 受け身を取りながら背中から転倒し、シートに体を打ち付け咳き込む。


「ゴホッ、なにが……」

「勝ったと思ったでしょ。完璧なタイミングのカウンターで、この日一番の剣の振りで、僕を殺せたと思ったでしょ。でも残念、全部・う・そ」


 白煙の晴れた視界。倒れるバティスの機体の上で、フォルツェ機が剣を抱えていた。その切っ先は、操縦席に合わせられている。


「全部演技。魔法はまだまだ使えるし、機体はまだまだ万全の状態。君に斬られた部分も、装甲一枚斬られただけ。内部には全くの損傷なし」

「んだと……」

「いいね、その絶望感。光が凝縮してる。さあ、後はその光を解き放つだけだ。見せてよ! 君の魂の光を!」


 振り下ろされる刃。その切っ先が操縦席の装甲を破り、モニターを破壊して、そして真横へと吹き飛んだ。

 傷口から見えるのは、フォルツェ機の驚くような立ち姿。

 モニターは全て破壊されていて、周囲の様子は確認できない。

 だが、なんとなくだが予想できてしまった。

 こんな時、こんなタイミングで現れるのは、あいつぐらいしかいないと。


「遅ぇよ」

「また邪魔をするのか」

『エルド』


 そこに立つのは、剣を投げた状態で立つ一機のアルミュナーレ。

 片翼を失ったアルミュナーレが、最悪の傭兵の前に立ちはだかる。

次回予告

エルド対フォルツェ。最後の戦い

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