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カチンという音がして、ようやくすべてのワイヤ―が元の位置へと収まる。
「ようやく終わった……」
地道に続けてきたあやとりがようやく終わり、剣を再装填していく。
これが終われば、再出撃が可能だろう。とりあえず他のチェックだけしていくか。
そう思い、各項目のチェックを行っている最中に、隣から威勢のいい声が聞こえてきた。
「シャア! 機体修理完了! 項目チェック済ませたら、出撃するぞ!」
「そっちもちょうど修理終わったのか」
「おうよ。これで北部は突破したも同然だな!」
「そうだな。さて、こっちのチェックは終わった。装填も完了。エルド機出るぞ! 周り気を付けろ!」
「こっちも出るぞ! エルドになんか負けてらんねぇ!」
二機の機体が立ち上がり、整備場から出ようとする。そんなところに、一頭の馬が走りこんできた。そこに乗っていた人物は、俺たちの様子を見て、安堵の吐息を吐く。
「良かった、間に合った」
「伝令か?」
「はい、第二十六アルミュナーレ隊には、北部方面から南部に配置転換指示が出ています! 出撃後は、南部の敵の殲滅に当たってください」
二十六はバティスの隊だったはず。そうか、バティスも南部の増援に回されたか。
「マジ! 俺南部行っていいの!」
「北部は現状の勢力で十分と判断されています」
「了解。バティス・オーバンは南部に向かう。遊撃でいいんだな」
「はい、構いません」
「うっしゃ! んじゃエルド、先行くぞ」
バティスが威勢よく出撃していく。
俺はその伝令に、俺も南部へと向かうことを司令官に伝えるように頼み、出撃した。
南部の乱戦は混沌を極めていた。
これまで中核になっていた部隊が落ちたのか、一進一退の攻防が続いている。と言っても、既にまともな隊列などなくなっており、目の前の敵を潰すことに集中しているような状態だ。
先に向かっているはずのレオンも、この混戦の中では見つけられそうもないな。
これでは、司令部からの伝令も意味をなさないだろう。となれば、数の有利がそのまま戦いに影響するはずだし、司令部も応援をどんどん送り込んでいるはずだ。
「さて、どこから行くよ」
「押されているのは、両端だな」
中央はせき止めているが、両側の敵がだいぶ押し込んできている。このままだと、中央の部隊が包囲されかねない。
乱戦とはいえ、後ろを取られるのはあまりよろしくないからな。俺たちは両端の伸びてきている部隊を叩くのがいいだろう。
「強い敵は両端か! なら俺は南に行く。エルドは北だ」
「その心は?」
「俺の方が早く戦闘に参加できる」
「ああ、距離の問題ね。んじゃ、南は任せた」
バティスの機体の肩をポンと叩き、俺は北へと機体を進ませる。
後ろから、おりゃぁあああと威勢のいい声が聞こえ、バティスが戦場の波へと消えていった。
◇
乱戦の中へと突っ込んだバティスは、大剣の威力を発揮して、その場にいるアブノミューレ部隊を蹂躙していく。
爆発魔法は、関節の負担から禁止されてしまったが、もともと重さのある大剣はその一振り一振りがアブノミューレにとっては致命傷になる。
相手からしてみれば厄介な新手であるバティスに、すぐに周囲の機体も警戒を示し近づかなくなってきた。
そんな時、帝国側の後方から一気に距離を詰めてくる機体があった。
その機体は、アブノミューレの肩を足場に大きく跳躍し、バティスの目の前に躍り出る。
「お、生きがいいのが来たな!」
「君、面白そうだね! 僕と殺しあおう!」
漆黒の機体を駆る傭兵。フォルツェだ。
バティスも、その機体の情報はあらかじめ知っていたため、すぐに噂の傭兵だと気づく。
「レイラのところの傭兵か」
「へぇ、レイラを知ってるんだ。ってことは同期ってことかな?」
「おうよ」
「なら少しは楽しめそうだ!」
フォルツェの機体が加速する。剣を抜いて正面から攻撃を仕掛けてきたフォルツェに対し、バティスは大剣を振るって、迎え撃つのだった。
◇
バティスの乱入から少し遅れて、南端へと到着したエルド。
その前には、一機のアルミュナーレが立ちはだかっていた。
漆黒の機体は、盾を持たず、その手に一本の曲刀を持つのみ。だが、左腕の肘から指先にかけて、ガントレットのようなものを装備している。
「レイラだな」
「そうよ」
「もう、何かを言うつもりはない」
「そうね、私ももう話すことはないわ」
羽から両手に剣を握り、レイラの機体との距離を測る。
レイラの機体は、左手を前にして、まるで拳法の構を取るかのようにすり足でこちらとの距離を測っている。
そして――
「いく」
「勝負よ」
同時に駆け出し、正面からぶつかり合う。
こちらの振るう刃を、すれすれで避け、カウンター気味に曲刀が振るわれる。その剣を左の剣で受け止め、右の剣で操縦席を狙い突きを放つ。
その剣は、左手に掴まれて操縦席まで届かない。
剣を握るその手も、破損は見られない。おそらく、あのガントレットが盾の役割もしているのだろう。
剣を引き、一旦距離を取る。レイラは追ってこない。
距離を測ることはあっても、積極的に攻めてくることはないのか。
なら。
グロンディアレペシュを展開し、六本の剣を一気に射出する。
数はどう対応する?
放たれた六本の剣が一斉にレイラの機体を目指す。
レイラ機は腰を低くし、左腕を前へと突き出す。
そして、最初に到達した一本の剣。その柄をタイミングを計ってキャッチした。
そのまま勢いを殺してしっかりと握り、残りの剣を二刀で叩き落していく。
俺は即座に掴まれた剣のワイヤーを回収し、レイラ機の動きを妨害するが、レイラは剣にこだわることなく、すぐに剣を放し、残りの剣をガントレットの甲で後方へと受け流す。
「そんな温い攻撃、いつまでたっても当たらないわよ」
「そりゃどうかな」
グロンディアレペシュはもともと囮だ。本命はこいつ。
右腕に握るペルフィリーズィライフル。その銃口はすでにレイラの機体をロックオンしている。その上、レイラ機の周囲には、グロンディアレペシュを受け流したせいで大量のワイヤーに囲まれている。
逃げられねぇぞ。
ダンッと衝撃と共に放たれる弾丸。
狙いは確実に操縦席を打ち抜くコースだ。
レイラはそんな銃弾の前に、その曲刀を構えた。
直後、着弾と共にレイラ機の両側、その後方に弾丸が突き刺さる。
「斬った、のか」
「この曲刀ね、切れ味だけを最大限追及してもらったの。おかげで、こんな芸当までできるようになったわ。さあ、ここからは私のターンよ」
レイラ機が駆け出し、一気に距離を詰めてくる。
俺はワイヤーを回収しながら、ペルフィリーズィライフルを格納し、剣を握る。
そして、正面から振り降ろされる剣を受け止める。直後、こちらの剣が半ばから断ち切れる。
とっさに後方へと退避しながら、その断面を確かめる。
剣が完全に断ち切られていた。
「そんなんありかよ」
弾丸を切って、こっちの剣まで叩き切る曲刀とか、いったいどこから手に入れてきたんだか。
けど、戦い方が無いわけじゃない。俺は知っている。切れ味を追求した剣ってのは、得てして折れやすいものだと。
まともに受ければこちらが斬られるかもしれないが、受け方さえ気を付ければ対処は可能なはず。
新な剣を羽から取り出し、両手に構えてレイラ機へと迫る。
相手の武装は剣一本そして、左腕のガントレット。あのガントレットも色々と使い道が多そうだし、気を付けるに越したことはない。けど、それ以外の武装が無いのならば、物量で押し込むのみ。
「はぁ!」
突き出しは、ガントレットによって受け流される。そして左の曲刀は、こちらの剣で受け止める。
ガリッと嫌な音がしたが、断ち切れはしない。表面の刃を削られただけにとどまった。
レイラもすぐにそれに気づいたのか、剣を引いて突きを放ってくる。
剣を合わせて、操縦席から軌道を逸らす。
さらに、剣を手放し、ヒュージャーショットガンを取り出した。
この至近距離からの散弾。剣とガントレットじゃ防げないだろ。
「ちっ」
小さな舌打ちが聞こえてくる。やっぱりこの攻撃は対処が難しいか。
ためらうことなく引き金を引く。
レイラ機は、銃口から逃れるように機体をひねらせ、地面を転がりながらすんでのところで回避した。
地面に散弾が突き刺さり、土煙を巻き上げる。
立ち上がりながら、こちらに剣を振るうレイラ機。その狙いは、ヒュージャーショットガンだ。対応できない武器を潰すつもりか。
だが、簡単に斬られるつもりはない。
右手の剣で曲刀を受け流し、再びヒュージャーショットガンをレイラ機に向ける。
すると今度は、さらに懐へと飛び込んできた。銃の間合いの内側に入り込む気か。
レイラ機のガントレットは、拳としても痛そうだし、それは避けるべきか。
後退しながら剣を振るう。
その剣は、ガントレットによって掴まれた。
だが、何とか銃口の合わせが間に合い、ギリギリのところで引き金を引く。
ダンッと二発目の散弾が放たれ、至近距離からそれを浴びたレイラ機の脚部が大きく抉れた。
しかし、振るわれた曲刀によってヒュージャーショットガンが真っ二つに切断される。
「くっ」
「このっ」
ヒュージャーショットガンを即座に捨て、羽からもぎ取るように剣を握る。
そして足の止まったレイラ機に対して攻撃を仕掛ける。
レイラ機もとっさに受けようとするが、その足なら背後も取り易い!
剣を振るフェイントを入れつつ、レイラ機の横をすり抜け背後に回る。レイラもとっさに反転しようとしたのだろう。だが、大きく脹脛を抉られたレイラ機は、その操縦に付いて来れず、機体のバランスを大きく崩し、その場に転倒した。
「これで!」
「まだよ!」
レイラ機目掛けて剣を突き立てる。その剣を、レイラ機が再びガントレットで受け止めた。
だが、勢いの乗った剣を受け止めたことで、さすがのガントレットも耐えきれなかったのか、装甲が砕け散り、内部を露出する。
さらに、もう片方の剣を振るうが、レイラが握った剣を強引に動かし、攻撃を防がれる。
そして足元を狙って振るわれる曲刀。
切れ味からして、当たれば切断される可能性が高い。即座にジャンプで躱しつつ、後退して距離を取る。
レイラはその隙の機体を立て直し、立ち上がった。
だが、その右脹脛は、内部を大きく露出させ、火花を散らしている。ほとんど力も入っていないだろう。
「ほんと、嫌になるぐらい強いわね」
「……」
「私もあなたぐらい強かったら……いえ、それでもきっと私はここにいた。そしてあなたと敵対した。それが私の覚悟、そして私の最後の使命」
「……」
「何も言ってはくれないのね」
俺は操縦席の中で歯を食いしばった。
言いたいことならいっぱいある。なんでこんなことをしたのかと、直接ぶん殴ってやりたいぐらいだ。けど、もう言葉でどうにかなるレベルではない。それほどに、レイラはやりすぎた。
だからここで!
「決着をつける」
「来なさい。エルドの覚悟を私に見せて!」
レイラ機が構え、ペスピラージュが加速する。
集中が極限を超え、全てがスローモーションのように感じる。
機体の動き、踏み込む強さ、剣の傾き、肩の動き、機体の全てが把握できる。
そして、モニターに映るレイラの機体。ゆっくりと曲刀を動かし、こちらの攻撃にカウンターを決めるつもりのようだ。
だが、ここで止まることはしない。そのカウンターごと、レイラの全てをねじ伏せる!
「レイラァァアアア!!!!」
「ハァァアアア!!!!」
突き出される刃、それに合わせて放たれる渾身のカウンター。
確かな手ごたえと共に、レイラ機の胸に剣が突き刺さり、曲刀が脇腹を抜けてグロンディアレペシュの枝を切断する。
レイラ機から徐々に力が抜けていく中、レイラの声が聞こえた。
「N37,11,58 E19,36,20」
「その数字はなんだ」
「戦争を止める、最後の鍵は、そこにあるわ」
苦しそうな声が返ってくる。
「最後の鍵?」
「それを破壊しなければ、戦争は止まらない。彼らがいる限り、戦争は終わらない。あのお姫様は、考えが甘いのよ。後は、エルドに……任せるから…………」
「よく分からないが、任された」
「ありがと」
その言葉を最後に、レイラの声は聞こえなくなり、機体のジェネレーターも完全に停止した。
周囲のアブノミューレたちは、こちらの様子を窺って動く気配はない。
「なんで」
なんでありがとうなんて言われなきゃいけない! 俺は殺した相手だぞ!
なんでそんな、救われたような声で、ありがとうなんて言いやがる!
ふざけるな! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!
俺が、どんな気持ちでレイラに剣を突き立てたのか、お前は分かっているのか!
この苛立ち、どこにぶつければいい!
俺は操縦レバーを強く握りしめ、ペダルを踏み込む。
振りぬかれる刃は、やみくもに、がむしゃらに周囲のアブノミューレたちを破壊いていくのだった。
次回予告
バティスがフォルツェに挑む。そして、散々暴れたエルドが向かう先は……
レイラに関していろいろ思ところがある方が多いでしょうが、レイラ死亡です。
残る敵はフォルツェのみに。




