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機体を進ませ、戦線から少し離れた位置で全体の様子を確かめる。
モニターに映る光景は、乱戦の中で暴れるアルミュナーレの姿。
一機は獣のように四肢で地面を蹴り、その手に生えている鋭利な爪で胸部を貫いている。
もう一機は、盾も持たず一本の曲刀のみで襲い掛かるアブノミューレたちを淡々と処理していく機体。その動きには、薄っすらと見覚えがあった。
そして最も戦場の中で目を引くのは、戦線の中心で暴れる真っ赤な機体。
両腕の斧を振るい、次々に敵を屠っていく姿は、まるでダンスをしているようだ。
他の二機がただ破壊することに特化しているのだとすれば、最後の機体はまるで自身を輝かせるために戦っているようにもレオンは感じた。
「さて、どこから行くべきか」
モニターに映る戦場を見ながら、そんなことをつぶやく。
王国のアルミュナーレは帝国の機体を相手にしており、傭兵たちにまで手が回っていない。それが南部を押し込まれている一番の理由だろうが、北部でもそれは同じことのはずだ。
その為に、北端と南端には予備の部隊も配置されていたはずである。だが、その部隊の姿が見えない。
「傭兵にやられたか」
あの三機の姿を見れば仕方がない気もするが、もう少し頑張ってほしいと感じるところ。
「まあ、無茶は言えんな」
頑張ってほしいとは思うが、自分でもあの三機を同時に相手取るのは無理だと考える。
一機は間違いなくレイラ。もう一機は、機体の姿や戦い方から王都を襲撃した機体だと分かる。そして最後の一機は、一応王国のデータベースにあった機体。
「享楽のリゼットだったか」
最近はエルシャルド傭兵団と行動を共にしていることが多いという情報も入ってきているため、何らかの関係があるとみて間違いないだろう。
どの敵も、レオンからすれば手強い相手だ。
この中のどの組み合わせであっても、二機以上を同時に相手にすればあっという間にやられることは、レオン自身が一番よく理解している。
だから戦うべきは一機。
自分の役目は何か、それを考え、どの機体を押さえるべきか判断する。
「よし、行くか」
思考に時間はいらない。
レオンは止まっていた足を進ませ、徐々に加速。
戦列の中心、赤い花が舞う戦場へと剣を抜いて飛び込んでいく。
リゼットは焦っていた。
どれだけ雑魚を倒しても、目的の相手が出てこないのだ。
戦線を押し込んでいるのにもかかわらず、動く気配のない剣翼の機体。そしてとうとう第一席が動き出し、剣翼と戦い始めてしまった。
最悪剣翼が第一席に負け、うやむやの中自分の復讐が終わってしまうかもしれないと思うとゾッとした。だが、剣翼は第一席を打ち取り、機体整備のためか後方へと撤退していく。
その間にも、北部と中央が司令部近くまで攻めてきており、あまり余裕がなくなってきた。
「向うの応援に回るべきかねぇ」
群がってくるアブノミューレを蹴散らしつつ、リゼットは悩む。
ここまで押し込めている状態ならば、いずれ剣翼が動かなければならないタイミングが出てくる。それを待つのもありだが、場合によっては司令部が押さえられ、この戦争自体が終わりかねない。
フォルツェとレイラ、どちらかに回ってもらえると楽なのだが、フォルツェはもともということなど聞くタイプの人間でないし、レイラは北端で戦っているため増援に向かうにも時間がかかる。それに、この二人を別の戦線へと移すと、剣翼もそちらに行ってしまう可能性を考えれば、動かしたくないとも思う。
「仕方ない、あたしが動くかい」
リゼットの選択は自身が動くことだった。やはり、戦うチャンスが完全に潰えてしまう事態だけは避けなければならない。
雑魚を引き離し下がろうとしたところで、飛び込んできた一機の機体。その剣を受け止め、リゼットはわが目を疑う。
「帝国の機体!? いや、鹵獲されたのかい!」
「その通りだ。この戦線の要はお前だな、享楽のリゼット」
「ㇵッ、どいつもこいつも情けないからね。ケツ引っ叩いてやってんのさ」
「叩くやつがいなくなれば、動物は大人しくなるかもな。試してみる価値はありそうだ」
「あんたにできるかい! この享楽を殺すことがね!」
斧を振るい、敵を引きはがす。
そしてもう一度しっかりと敵機の装備を確認する。
帝国の機体だが、装備は王国のものだ。剣が二本に盾が一つ。二剣一盾の基本的な武装だ。だが、先ほどの鍔迫り合いで感じた重さは他のアルミュナーレよりも強い。
改良機かとも考えたが、それならば帝国の機体など使わないはず。
そして気づく。ごく身近に同じようにノーマルの機体で他の機体よりも力を出せる操縦を行う操縦士がいることを。
「ハーフマニュアルコントロールかい。レイラの同期ってことだね。バティスってやつは大剣のはずだし、レオンってやつかい」
「僕のことまで把握しているのか。レイラもずいぶんとおしゃべりになったものだ」
レオンは剣を構え、その場に悠然と佇む。
厄介な相手だと感じる。リゼットはレイラの実力を知っているし、ハーフマニュアルコントロールの強さも知っている。それを使いこなせるのならば、並の操縦士では相手にならない。
だが、負けるつもりもなかった。
「あたしだって、レイラと散々訓練してきたんだよ。ここで終わるつもりはないからね!」
二本の斧を振るい、攻撃を仕掛けた。
一本は剣で受けられ、もう一本は盾で防がれる。それは予想通りの動きだ。
リゼットの攻撃はここから始まる。
盾側の斧を引き、素早く足元を狙う。レオンは再び盾で防ぐが、その瞬間、左腕の肩がむき出しになった。
リゼットは一歩踏み込みつつ盾を踏みつけ、肩を狙って斧を振るった。
だがレオンもタダでやられるような操縦士ではない。
盾を踏まれた時点で即座に盾をパージし、斧を振るうリゼットの機体、その腕を受け止めたのだ。
「くっ」
「その程度ではやられん」
「ンなことは分かってるんだよ!」
リゼットは踏みつけた盾を今度は蹴り上げ、簡単には拾えない位置へと飛ばす。
そして、一度離れ態勢を立て直した。
レオンは無理に攻めてこない。もう一本の剣を左手に握り、構えを直す。
「二刀流はあたしの専売特許だよ!」
再び駆け出すリゼットの機体が、両腕の斧を振り上げた。
◇
あやとり。それはどの国にも昔からある伝統的な遊び。
俺はそれを、アルミュナーレに乗って楽しんでいた……いや、楽しめねぇわ。
「隊長! 次は左のワイヤーよ!」
「こ、これか?」
「違う! その右!」
「こいつか」
「それそれ! それを左手側の穴に通して!」
一個一個丁寧に、絡まったワイヤーを解いていく。
いやー、お互い発射したり投げたりする前提のワイヤーのせいで、簡単には切れないし、つなぎ目も結び目も存在しない。そんなワイヤーが絡まってしまったのは、想像以上に面倒なことになってしまった。
整備場へと戻ってきた俺は、最初オレールさんたちに敵側のワイヤーだけカットしてさっさと戦場に戻ろうと考えていたのだが、オレールさんからこいつは簡単には切れんぞと言われてしまい、結局一つずつ解いていったほうが早いという結論に達したのだ。
今は、カリーネさんの指示に合わせて、絡まったワイヤーを解いている最中だ。
同時に腕以外の整備も進行しており、なかなかシュールな光景になっている。
「次は通したワイヤーを右の結び目の間に通して!」
「はーい」
一体いつになったら終わるのだろうか。早く戦場に戻らないといけないのにと思いつつ、俺はあやとりを続けていく。
そんなところに、バティスがやってきた。
「面白そうなことしてんな!」
「やるか?」
「ぜってぇヤダ」
「だろうな」
笑顔で断られたので、むなしく頷く。
バティスの機体は損傷がひどいらしく、今は腕自体の付け替えを行っている。
膝の関節も傷めているのか、整備士たちが集まって必死にパーツの交換を行っていた。
「そっちの修理はしばらくかかりそうなのか?」
「ああ、だいぶ傷めちまったからな。その代り第二席ぶちのめしてきたぜ!」
「バティスも近衛狙えるんじゃないか?」
「王族が増えたら考えるかもな! そっちは誰とやりあったんだ?」
「第一席。撃破したから、帝国はもう終わりだろう。そろそろ姫様が降伏勧告を出すと思うが……」
「レイラ達が暴れているうちは止まらないだろ」
北部の勢いがありすぎるせいで、降伏勧告は受け入れられる可能性が少ない。相手もこの戦いに全力を投入してきているからだ。
この戦いで帝国が負ければ、周囲の国が一気に同調して帝国の包囲網を築くだろう。そうなれば、帝国は再起も難しくなる。逆に、ここで俺たちが負ければ、包囲網は瓦解して帝国はこれまで以上に侵略の速度を速めるはずだ。
まあ、帝国の勝利は俺が第一席を潰した時点でほぼなくなった。あとは降伏を受け入れさせるために、北部の部隊を叩く必要がある。
「そういうことだ。今はレオンが向かっているが、レオンだけだと厳しいだろう。俺も早めに行きたいんだが、この状態だしな……」
「レオンなら大丈夫だ。なんせ俺の幼馴染だからな」
「よく分からん根拠だが、バティスが言うとなんとなく信頼できるな」
「だろ。ま、早めに戻ることに越したことはねぇし、あやとり頑張れよ」
「おう」
バティスが自身の機体へと戻っていく。それをしり目に、俺はあやとりを続けるのだった。
◇
盾を蹴り飛ばされた時点で、改修は諦め開いた手にも剣を握る。
レオンは相手の動きを見ながら、振り下ろされた斧を受け止めた。
敵機は即座にステップで後退し、左右へと機体を振りながらこちらの様子を窺っている。その戦い方を見て、確信した。
ハーフマニュアルコントロールに対する戦い方を知っている。
パワーで負けるために切り結ばない。
瞬発力で負けるために、一定の場所に留まらない。
狙うのは一撃必殺ではなく、少しずつ削る持久戦。
どれも、ハーフマニュアルコントロールでは対処の難しい戦い方だ。
「レイラに学んだ……いや、レイラとの練習で知ったか」
「あの子には勝てなかったけど、あんたに負けるつもりはないよ」
「僕とて負けるつもりはない。いつまでもレイラに前を歩かれるつもりはない」
「いい男だ。閣下に会う前なら抱かれてもよかったかもしれないね。けど!」
ステップで小刻みに距離を測りつつ、リゼットが攻撃を仕掛けてくる。
「邪魔するなら、なぎ倒すだけだよ!」
「それはこちらのセリフだ!」
斧を受け流しながら、すれ違いざまに膝を敵機の胴へと叩き込む。それはステップによってギリギリのところで躱された。
だが、レオンはそのまま足を延ばし、足首に敵の腰を引っ掛け、片足だけで踏ん張り敵機を捕まえる。そのまま振りぬくと、敵機は回転しながら大きくふら付いた。
このまま攻撃をと思ったが、強引に踏ん張ったせいで関節が悲鳴を上げる。
モニターに負荷過多による警告が出ていた。
「たった一回でこれか」
「くっ、やってくれるね」
態勢を立て直したリゼットが、再び切り込む。
足を庇ってそれを受け止めると、再び距離を取られる。
「足を傷めたかい。なら」
膝から飛び散るスパークを見て、リゼットが戦い方を変えた。
レオンの機体の周囲を回るように移動しつつ、背後へ回り込もうとする。
それに対処するためにレオンはその場で旋回するが、それはゆっくりと膝にダメージを蓄積させた。
「厄介だな。こちらから動くか」
このままでは直に膝を破壊される。そう判断し、レオンから動いた。
左足を庇いつつ、右足で踏み切り加速。リゼットの機体へと切りかかる。
リゼットはその剣を受け止めつつ、蹴りを左足にはなってくる。
徹底的に左足を狙うリゼットに対し、レオンはその蹴りを甘んじて受け止めた。
「受け止めた!?」
スパークが激しくなり火花が上がる。だが、まだ耐えられる。
お返しとばかりに、蹴りを放つ。
軸足を払われたリゼットの機体が激しく転倒し、そこにレオンが剣を振り下ろす。
とっさに斧で払いつつ、転がりながらその場から脱出。姿勢を立て直している間に、再びレオンが攻撃を仕掛けた。
踏み込んでの切り上げ。斧を弾き上げるような軌道を描き迫る刃を、リゼットは強引に斧で押さえ込む。
回避する余裕がない。ステップを踏む暇がない。
一撃一撃は、ハーフマニュアルコントロールとは思えないほど軽かった。だが、軽いゆえに続けられる攻撃に、対処が間に合わない。
そして、とうとう間に合わなくなった防御の隙を突いて、レオンの剣がリゼットの機体へと届く。
腕を掲げた瞬間を突かれ、腰を剣で深く斬られる。
致命傷ではない。だが、後々に響く損傷だ。
本来ならば引くべき損傷。だが、目の前の敵が逃がしてくれるような敵だとは思えない。
ならば、倒すしかない。
リゼットは覚悟を決め、斧を構える。
だが、レオンのほうは剣を構えなかった。
「引くつもりはないか」
「何だって?」
「この場は撤退するつもりはないかと聞いている」
「見逃すってのかい」
レオンの提案に、リゼットは訝しむ。
「そうだ。そちらの機体も、今の破損は看過はできないだろう。ここで引くなら僕は追わない」
それはレオンの紛れもない真意だった。
だがそれにも理由はある。
レオンがここに来た目的。それは、この戦線をこれ以上踏み込ませないことだ。それに必要なのは、一番戦線を押し上げていたリゼットの撤退。そして、左右で暴れているレイラと傭兵の機体を押さえることだ。
言ってしまえば、エルドが来るまでの、南部が司令部を制圧するまでの時間稼ぎなのだ。
そして、膝のダメージも無視できない程度には蓄積している。負けるつもりはないが、その後レイラや例の傭兵を相手取ることを考えれば、これ以上の負担は避けたいところだった。
だからリゼットに誘いをかけた。引くならば、見逃すと。
帝国の騎士が相手だったのならば、この誘いは意味のないものだっただろう。騎士は軍を、国を優先する。故に、レオンをここで潰せるのならば、命を失うこともいとわない可能性が高い。だがリゼットは違う。傭兵ならば、仲間よりも自分を優先する。そう考えたからこそ、レオンは誘ったのだ。
「嬉しい提案だね」
「ならば」
「断るよ」
「なに? 死を選ぶのか、傭兵が」
「いいや、生き残るさ。あんたを倒して、剣翼を倒す。それが今あたしがここにいる理由だからね!」
「なら仕方がない。倒させてもらう」
剣を構え、間合いを図る。
引いてくれないのならば仕方がない。レイラや例の傭兵を暴れさせてでも、ここは止めなければならない。
両者が同時に踏み込み距離を詰めた。直後、レオンの機体の膝が火を噴き、一気に力が抜ける。倒れそうになる機体のバランスを強引に整え、片方の剣を杖代わりにリゼットの機体目掛けて飛び込んだ。
予想外の動きに、リゼットは驚きながらも、タイミングを調整して両手の斧を振り下ろす。
レオンの剣が胸部を貫き、リゼットの斧が肩口から胸部に目掛けて深い切り込みを作る。
二機がその機能を停止し、もたれ掛かるように崩れ落ちる。
その光景は、すぐに戦場の中へと飲まれ、土煙の向こう側へと消えていくのだった。
次回予告
バティスそしてエルドが再び戦場に降り立つ。そこに対峙したのは、フォルツェ、そしてレイラだった。
決着に向けて、戦いは加速する。




