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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
間章 享楽狂気そして裏切り
124/144

1

 トントンと紙の束を纏め、ふぅと一息吐く。

 部屋の中にある緊張感が弛緩するのを感じ、イネスは視線を正面へと向ける。

 テーブルを挟んだ反対側でも、ベルジオの代表たちがホッと息を吐いていた。


「正直、この短時間でこれだけ話を詰めることが出来るとは思っていませんでした」

「貴国の譲歩あってこそです。こちらこそ、想定以上の内容で驚いております」

「フェイタルでも、今回の条約はそれだけ重要なことと考えていますから」


 オーバードとの戦闘から二週間。ベルジオ王都では、フェイタルとの条約締結に向けての話し合いが大詰めを迎えていた。

 双方の要求から、受けられるもの受けられないものを選択し、譲歩や妥協点の探り合いながらの会議は非常に緊張感が漂い互いの神経をすり減らしていた。それが今日、ようやく一段落を終えたのである。


「では最後にもう一度内容を確認しましょう。フェイタルの要望は、ベルジオ王国のオーバード帝国に対する抗議声明及び徹底抗戦の宣言と、フェイタル王国との軍事同盟の締結です。軍事同盟の細かい内容は、手元の書類内に」


 軍事同盟の主な内容は三つだ。

 一つは、お互いの国への不可侵条約。二つ目は国内の軍隊の移動許可。そして三つめに、緊急時の軍備の貸し出しである。

 一つ目は当然として、二つ目はフェイタルが今後オーバードへの攻撃を考える場合に、ベルジオを一時的に通過する際の許可を迅速にするためと、ベルジオが再び攻められた際に、煩わしい手続きを飛ばして軍隊を派遣できるようにするためのものだ。

 そして三つめは、連合としてオーバードへの攻撃を決めた際に、お互いの余剰物資を貸し付けられるようにするためである。

 戦場ではなにが起こるか分からない。故に、各所に物資を分散させるのは重要なことである。これが、国を跨いで可能になれば、保険としての安全性は飛躍的に向上するのだ。

 これに対して、ベルジオ王国からの要望は以下の通りである。


「ベルジオからの要望は、フェイタルへの輸出量の拡大と、技術提供および、その技術を持った技術者の派遣。そして、我が国がオーバードからの攻撃を受けた際の軍事支援ですな」


 今回の同盟に際して、最も重要なのがベルジオの立ち位置だ。

 フェイタルのようにアルミュナーレを保有するわけでもなく、しかしオーバードから狙われる以上相応の防衛システムが必要になる。

 そして、明確にオーバードと敵対することで、今後少なくない量を輸出していた鉱石類の輸出が止まる可能性があった。それを回避するための内容だ。

 エルドの活躍により、ベルジオはアブノミューレを鹵獲することが出来た。もともと技術はある国なので、この機体を調べることでベルジオのアブノミューレを作ることは可能だろう。しかし、それ以外の所にも問題はある。

 アブノミューレは巨大だ。故に、それを作るための道具や、保存するための格納庫、燃料の運用方法などのノウハウをベルジオは有していない。

 それをフェイタルからの技術提供と技術者の派遣によりカバーするのだ。

 イネスとしては機体自体の提供も考えていただけに、技術と技師だけの提供はむしろ安くついたぐらいだった。

 そして軍事支援。

 ベルジオがアブノミューレの技術を手に入れたとはいえ、あくまでのアルミュナーレの劣化品である。

 オーバードと敵対することになれば、当然アルミュナーレと戦う可能性もあり、その場合アブノミューレだけでは心もとない。故に、フェイタルからの軍事支援を求めた。

 これは軍事同盟内の軍隊の移動自由化と合わせ、迅速な支援をしてもらうためのものだった。

 

「こちらに異議はありません」

「こちらも問題ありませんな。では調印式の日程が決まり次第お伝えいたします。それまではベルジオをお楽しみください。ずっと会議の準備ばかりで、碌に外にも出られておられないのでしょう? 少し顔色が悪くございます」

「そうですね。我が騎士も色々とこの辺りを散策していたようですし、彼らに案内させるのも面白いかもしれませんね」

「案内役ぐらいならお付けしますが?」

「ありがとうございます。けど、あえて我が騎士たちが面白いと思ってたところを回ってみるのもいいかと思いまして。パートナーとの理解を深めるのも大切なことですから」

「なるほど、もしお困りのことがありましたら、何なりとお申し付けくださいませ。出来る限りのことはさせていただきます」

「感謝しますわ」


 立ち上がり、テーブルを挟んでがっちりと握手を交わす。

 調印式までにはさほど時間はかからないだろう。フェイタル側はイネスが全権を代理しており、ベルジオも国王が逐一会議の状況を確認している。そんな状態で詰められた内容を今更どうこうするつもりは双方ともにない。

 ここ最近ずっと働き詰めだったイネスにも、ようやく少しだけの休暇が与えられたのだった。


         ◇


 ベルジオの南。オーバード帝国を越え、さらに南へと下っていくと、そこには広大な砂漠が広がっている。

 イハビット砂漠と呼ばれるその砂漠は、半島のように突き出した大地を白一色に染め上げていた。

 人はほぼいない。極わずかな先住民たちが、過酷な大地で静かに生活している程度だ。

 地下資源は豊富とされているが、昼は五十度を超え、夜には氷点下まで下がるこの大地はあまりにも過酷で、開発は進んでいなかった。

 そんな白い大地に、今二機の巨人がゆっくりと歩みを進めていた。

 後を追うように馬車が数台続き、その中には全身を布で覆い気怠そうにする男たちの姿がある。

 彼らは馬車の後部からある一点を見ていた。

 それは海だ。

 イハビット砂漠は半島すべてを埋め尽くす砂漠であり、当然海にも面している。ここを旅する者たちは、海岸線の形と星の位置で自分たちの場所を特定しているのだ。

 だが、彼らは別に位置の特定のために海を見ているわけではない。

 その理由はただ一つ。


「あれだけ水があって飲めねぇってのは辛すぎねぇか?」


 灼熱地獄の中、大量の水は彼らの喉をゴクリとならせるのだ。

 だが塩水。飲めるはずもなく、彼らの誰かがため息を吐く。

 そんな様子を見て、彼らの隊長であるエルシャルドは苦笑した。


「目的地まではもう少しだ。そしたら死ぬほど水は飲める」

「ほんと、なんでこんな厄介な場所に作っちまいますかねぇ。いくら人が来ねぇからって、利便性最悪でしょ」

「仕方あるまい、それだけ重要な施設なのだ」


 彼らが向かっている場所。それは、ドゥ・リベープルの本拠地とも言われる場所だ。

 ドゥ・リベープルに明確な組織は存在しない。ただ、加盟を宣言しルールを守ればだれでもドゥ・リベープルを名乗ることが許される。

 しかし、本拠地らしきものというものもまた存在する。


「ペイディメルでしたか? 傭兵の国というのは」


 名前を思い出しながら、御者の隣に座るレイラが馬車の中を覗いた。

 エルシャルドはそれに一つ頷く。


「ああ、そうだ。傭兵たちが集まり、自分たちの都合のいいように作り上げた国。と言っても、実際は町なのだがな。戦利品を持ち寄り売買を行い、次の戦いのための整備を行う地。そして――」

濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の精製施設がある町」


 ドゥ・リベープルをドゥ・リベープル足らしめる存在。大国とも対等に渡り合えるための切り札。かつて亡国から偶然簒奪に成功したそれが、ペイディメルには存在する。


「ペイディメルを知ることが出来るのは、ドゥ・リベープルの中でもアルミュナーレを保有する傭兵団だけだ。そして、ペイディメルの情報は最大限の秘匿が行われている。そこに連れていく意味、分かっているな?」

「信用してもらえたと、そう思っているわ」


 レイラには、傭兵の国ペイディメルの名はこの砂漠に来るまで聞かされていなかった。そういうものがあると言うことは知っていたが、場所は誰にも教えてもらえなかったのである。

 それを知ることが出来た。ある意味、レイラがエルシャルド傭兵団の一員として認められた瞬間でもあった。


「フェイタル王都への襲撃。ジェネレーターの簒奪。これまでの戦果も合わせて、俺たちはお前を信じると決めた。だからこそ、お前の機体修理のためにペイディメルへと向かう」

「ええ」

「裏切るなよ?」

「裏切っても、私に帰るところなんてないわ」


 故郷は既に燃えた。仲間とは本気で殺し合っている。数多くの騎士も殺してきた。レイラに帰る場所はない。今この場所を守る以外に、生きていく方法は残されていない。それはレイラ自身が一番よく理解している。


「今の私の居場所はここよ」

「それならいい」


 水平線を見るレイラの瞳は、ひどく濁っていた。


 砂漠で一日を過ごしさらに半日。傭兵団はようやく目的の場所へとたどり着く。

 そこは、砂漠の海岸線。少し離れた場所に島が存在するそんな場所だ。


「本当にここなんですか? 何もない気がしますが」


 レイラは砂漠に降りて周囲を見渡す。しかし、あるのは海と砂ばかり。少し離れた島には、木も見えるが、到底町がある場所とは思えなかった。

 そんな様子のレイラに、頭上から声がかかる。


「面白いもんが見られるよ。あんたもこっちに来てみな」


 見上げると、操縦席から顔を出したリゼットが、レイラを手招きしている。

 レイラは魔法で飛び上がり、アルミュナーレの肩へと登る。そこにリゼットも出てきた。


「何があるんですか?」

「一日に二回。ここじゃ不思議なことが起こる。ほら、始まったよ」


 リゼットが顎で指す先にレイラが見たのは、潮が引き剥き出しになった砂浜。それが、沖合にある島まで伸びている姿だった。


「引き潮で島がつながった……」

「んじゃ行こうか。あたしが先頭でいいんだよね? 団長さん」

「ああ、任せる。フォルツェは後ろだ」

「はーい」


 気の抜けた返事と共に、フォルツェ機が後方へと下がる。それに合わせてリゼットは操縦席へと戻り機体を進ませる。

 現れた道の半ばまで来て、レイラは気づいた。道が舗装されているのだ。


「石舗装……わざわざこんなところを」

「じゃないと、馬車が進めないからねぇ。濡れた砂地じゃ車輪を取られちまうからね」

「なるほど」

「そら、見えてきたよ」


 島へと近づいていくと、旗を振っている人影が見えた。

 リゼットはそれに対して機体の手を上げ、指で犬の形を作る。それを合図に、島の一部が開閉し、洞窟が姿を現した。


「凄い、こんな施設が」

「中は簡単な洞窟だよ。その奥に傭兵の町がある。島一つが丸々町に改造されてんだ。ドゥ・リベープルの創始連中が少しずつ掘ったって話だよ」

「凄い」


 洞窟は緩やかな坂になっており、その奥に光が見える。

 そして奥へと進んでいった傭兵団は、町へと入った。

 町と言っても、そこは小屋のような木製の家が立ち並ぶだけの小さな町だ。だが、その周囲にはどこからから奪ってきたのだろう機体のパーツが散乱し、町の奥には他とは明らかに違う作りの建物があった。


「俺は精製施設へ向かう。お前らはハンガーと宿の確保をしておけ。リゼットはどうする?」

「あたしも精製施設に行くよ。団員はそっちに任せるさ。けど、強引に手ぇ出すんなら承知しないよ」

「と、いうことだ。お前ら気を付けろよ」

『うーい』


 気の抜けた返事を返しつつ、傭兵たちはそれぞれに行動を開始する。


「レイラは俺と一緒に来い。フォルツェは格納庫だ」

「了解したよ。レイラも後でこっちに来てみるといいんじゃないかな。自分の機体を直さないといけないんだしね」

「ええ、そうさせてもらうわ。いいわよね?」

「ああ、ここは傭兵の町だ。探せば好みのパーツもあるだろう。好きにするといい」

「ありがと。じゃあフォルツェ、あとで町の案内よろしくね。リゼットも協力してくれると助かるんだけど」

「仕方ないねぇ。この坊やだけじゃ心配だしね」

「あはは、言えてる」


 あっさりと笑いながら認めるフォルツェは、リゼットと共に格納庫へと向かう。

 それを見送り、レイラたちは再び馬車を進める。

 それほど広くないこの町で、最初は遠くに見えていた精製施設もすぐに到着した。

 まるで研究所のような建物は、そこだけが格納庫と同じく金属のフレームで補強され、重要施設であることを示している。

 エルシャルドに続いて中へと入っていくと、そこはまるで酒屋のような光景が広がっていた。木造のフロアに椅子とテーブルが並び、そこで傭兵らしき人達が酒を呷っている。

 横にはカウンターがあり、その奥で豪華なドレスを身に纏った女性がグラスを拭いていた。

 その女性は、チラリとエルシャルドの様子を見ると、視線をグラスに落として呟く。


「おや、誰が来たのかと思えば、久しぶりの顔だね」

「最近は帝国にいたからな。ただ、少しばかり事情が変わった。しばらくは世話になるぞ、マスター」

「好きにするといいさ。ルールを守るなら、拒まないし、止めない。それがここだよ」

「そうだったな。そうだ紹介しておこう。うちに新しく入ったレイラだ」


 エルシャルドはカウンターへと近づきながら、レイラの背中を押してマスターの前へと押し出す。

 するとマスターが視線をレイラへと向ける。


「噂は聞いているよ。初めまして、裏切りの姫様。私がここの管理者だよ」

「初めまして。何とお呼びすればいいのかしら?」

「マスターって呼ばれてるからね。そう呼べばいいさ」

「分かったわ」

「私たちは裏切りを許さない。それも分かってるわよね?」

「ええ」

「ならいいさ」


 会話は終わりだとばかりに、マスターが視線をグラスへと戻す。

 レイラも特にこれ以上会話したいこともないため、エルシャルドへと視線を向けた。


「女性同士の会話とは思えない静けさだな。まあいい、マスター今回は三機分を用意してほしい」

「三機? ……ああ、享楽のぶんね。分かったわ」

「そっちも知っていたか」

「当然でしょ。私はここのマスターよ」


 精製施設の管理人。それは全てのアルミュナーレを使う傭兵たちの管理人にも等しい立場だ。故に、どこからでも情報は入ってくるし、その権力を使えばある程度の指示を出すこともできるだろう。

 ただ、ドゥ・リベープルのルールにのっとり、彼女が指示を出すことはない。あくまでも商売として付き合い、互助組織としてサポートするだけだ。


「随分と厄介な敵に目を付けたみたいだね」

「隻腕、フォルツェの奴は今は剣羽などと呼んでいるが、あいつは俺たちの邪魔をし過ぎたからな。いい加減死んでもらう。ただ、フォルツェやレイラがいうには今の機体では物足りないらしい」

「エルドの機体は強力よ。彼のスペックをフルに引き出すために作られた専用の機体。あれに勝つつもりなら、こちらも相応の機体を用意する必要があるわ」

「聞く限りは、かなりヤバい相手らしいね。まあ、そういうことならこちらも協力は惜しまないさ。剣羽のに殺された奴は多い。ドゥ・リベープルとしてもいい加減鬱陶しい存在だよ。各店には連絡を入れといてあげる。多少は安くしてくれるはずさ」

「感謝する」

「持ちつ持たれつよ」

「レイラ、行くぞ」

「ええ」


 話を終えたエルシャルドは、レイラと共に精製施設を後にするのだった。


次回予告

作られていく新型機。その試運転の標的は、ベルジオと同じようにオーバードに反旗を翻す小国であった。

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