10
翌日になり、俺たちは護衛任務を隊の仲間たちに任せ、予定通り朝からデートへと出かける準備をしていた。
「えへへ――エルド君、どうかな?」
その場でくるっと回るアンジュは、ベルジオの民族衣装である浴衣っぽい服を着ていた。
浴衣と言っても細かい違いはあるようで、太ももまである深いスリットを数本のリボンで閉じているような中華っぽい要素も含まれている。
帯は細めだし、背中の結び目も木製の留め具を使い、そこに装飾の施された飾り布をかぶせているようだ。
髪は結い上げられており、うなじがエロい。たまには髪を上げたアンジュもいいな。
「よく似合ってるぞ」
浴衣っぽい衣装は、この城の雰囲気ともマッチしている。
なんというか、やはり旅館に泊まりに来た気分になるな。
「ありがと。あとはっと」
アンジュは何やら浴衣と帯の隙間や、スリットの裏側に指を入れ始める。
「何してるんだ?」
「ん? 暗器の収納だよ。サポートメイドたるもの、いかなる時でも敵の攻撃には対処できるようにしておかないといけないしね」
見本とばかりに、手首をクイッと捻ると、袖口からナイフが飛び出してくる。それをそのまま帯の隙間へと差し込み、綺麗に隠した。
きっとさっき触ってたスリット部分にも暗器が仕込まれてるんだろうな……
全身武装状態の我が嫁である。安心感ハンパねぇ。
「解毒剤とかも持ってるから、毒飲まされたらすぐに言ってね!」
「飲まされる前に対処できるように頑張るよ。んじゃ行くか」
アンジュの準備ができたところで、俺たちは町へと繰り出す。
朝と言っても、すでに朝食の時間を終え、人々は普通に働き出している時間だ。
ここベルジオ王都でも、露店が並び、活気にあふれている。
「あっちは食べ物屋さん、あれは金物屋さんかな?」
「露店で金物ってのも珍しくないか?」
「木と鉱物資源の町だからじゃないかな? 工芸品も木工製品と鉄鋼製品両方あるみたいだし」
「へぇ、両立してるってのは珍しいな」
大抵どっちかに偏るもんだが、資源の豊富さが可能にさせてるってところかな?
「ちょっと見てみようよ」
「おう」
アンジュに腕を引かれながら、俺たちは一軒の露店を覗く。
そこは木工製品を扱う露店のようだ。編み込みの籠や木目の綺麗な器、種類の違う木を組み合わせた工芸品などが並んでいる。
アンジュがその中で気になったのは、飾り彫りされた一つの球体。
その中には、自立した飾り彫りが何層にも分かれて入っている。前世だと象牙とかで作られてる多層球体だな。
木製のものは珍しい気がする。
「これ凄い! どうやって作ってるんだろう? 切れ目とかもないし、継ぎ合わせた訳じゃないよね?」
「大きな穴から層を削りだして、外側から少しずつ飾りを彫るらしい。職人技だよな」
やり方は昔ネットで見たことがあるが、知っているからと言ってできるとは到底思えない。技術もそうだけど、主に労力的な意味で。
「一つ買っていくか?」
「うん、どれにしよかな」
象牙のものだと、その時代の文化からかフリルのようにやけに派手な飾りが多かった記憶があるが、ここの物は意外とシンプルな飾りが多い。魔法陣や謎の文字っぽいものが彫られているのを見ると、どことなく厨二病をくすぐられるな。
「これにする」
「じゃあおじさん、これ一つ」
「まいど。激しく振ると割れちまうから気を付けてな」
「ありがとう、おじさん」
多層球を手に取り、軽く振りながら飾り彫りを楽しむアンジュ。
俺はアンジュの代わりに周りに少しだけ気を配りつつ、散策を再開させる。
立ち並ぶ露店を物色していると、今度は香ばしい臭いが漂ってきた。
見れば、野菜や果物を焼いている店がある。
朝食からあまり時間は経っていないが、この匂いを嗅いでしまうと食欲をそそられる。
「アンジュ、なんか半分ずつにしないか?」
「いいよ、何にしようか」
屋台に近づきつつ、品を見る。焼いているのは、かぼちゃ、玉ねぎ、にんじんなどの野菜や、リンゴ、トウモロコシなどの果物だ。
タレの匂い的に醤油ではなさそうだが、バーベキューっぽい感じかな? となると、かぼちゃとかいいかもしれない。
「かぼちゃでいいか?」
「うん」
「じゃあかぼちゃを一本」
「まいど」
代金を支払い、串を受け取る。程よく焼き目の付いたかぼちゃは、いい色で美味そうだ。
一口齧れば、強い甘みとかぼちゃの風味が口いっぱいに広がる。まるで、デザートみたいな甘さだ。
「美味いな。ほれ」
「あーん」
アンジュがパクリと齧り付く。
「甘い! すごく美味しい。このかぼちゃってこの近くで取れたんですか?」
「そうだよ。この近くに大きな農場があってね。そこで作ってる野菜さ。散歩コースにもなってるから、時間があるなら行ってみるといいぞ」
「ありがと」
屋台の店主にお礼を言い、もう一口。
「これはぜひ見に行きたいね」
「行ってみるか」
「とりあえずはこの辺りの散策が先かな。時間はいっぱいあるしね」
「それもそうだな」
今後の予定を決めつつ、俺たちは屋台の冷やかしへと戻るのだった。
周辺の散策も一通り終わったころ、俺たちはそのままの足で聞いていた散歩コースへと向かう。
そこは、アルミュナーレを置いている広場からさほど離れていない場所にあった。
入口は公園になっており、近所の子供たちらしき姿がちらほらと見え、その奥に池とそこに流れ込む川。その川に沿って遊歩道が整備されていた。
散歩コースというのはこれのことだろう。
「綺麗な場所だね」
「だな。つい昨日まで戦闘してた国とは思えない」
ここから馬車で三日ぐらいの場所で、アルミュナーレ同士の戦闘が行われていたなんて言われて信じられるだろうか。俺は無理だ。
それだけ穏やかな空間がここには広がっていた。
遊歩道を進んでいくと、やがて店主の言ってた畑が見えてくる。
徐々に山に近づいているのか、畑は段々になっており、一区画ごとに作っている野菜が違うようだ。
中にはちょうど収穫時の野菜もあるのか、収穫作業を行っている人たちの姿も見える。
「この景色を守れたと思うと、戦って良かったって気もするな」
今までの戦闘じゃ、こっちは攻められてばっかりでどこも俺が駆け付けた時には火の手が上がっていたり、建物が倒壊していたりした。砦を取り返すときだって、戦闘の余波で多くの建物を破壊してしまった。
ただ、攻めてきた敵を追い返すだけの戦いに、俺自身疲れてきていたのかもしれない。
「こんな景色を沢山守るために、今もここに来てるんでしょ?」
「そうだな。もうひと踏ん張りか」
「頑張ろうね」
「ああ」
遊歩道を散策していくと、やがて山脈の麓の所まで到着した。
ここが終着点らしいが、その奥にも一応道はある。近くにある案内板を見ると、この先は廃坑に続いているようだ。
もともとこの道も掘り出した鉱石を運ぶためのトロッコが敷かれていた場所の再利用のようで、今後の計画で廃坑も観光できるようにすることを考えているらしい。
なんとも、観光都市っぽい雰囲気が出てるな。
「ここまでみたいだし、引き返すか」
「あっちの道は回り道みたいだよ」
遊歩道に沿うように流れていた川を挟んだ先にも道があり、ちょうどここから渡れるようになっている。
おそらく、さきほど見えていた畑へと続いているのだろう。
「畑のほうも見てみるか」
「うん」
まだ時間もあるので、もう少し歩こうかと橋を渡っていると、向こう側から一人の子供が駆けてくる。
麦わら帽子をかぶった少女のようで、肩から革の鞄を下げていた。
「地元の子かな?」
「こんなところまで来るのは珍しいんじゃないか?」
入口の公園には沢山いたが、ここまで来る途中には全く見なかった。
「畑でご両親が働いてるとかかな?」
「かもな」
すれ違い通り過ぎていく少女を何となく目で追うと、突然少女は道を外れ立ち入り禁止のはずの廃坑の中へと飛び込んでいってしまった。
「おいおい、それはさすがに危ないだろう」
「連れ戻しに行こう」
「ああ」
観光名所にする予定とはいえ、廃坑の中はまだ整備されている様子が無かった。
そんなところだと、崩落の危険性もあるだろうし、子供一人で行っていい場所ではない。
俺は当然頷き、アンジュと共にその少女を追いかける。
廃坑の中は一定間隔でランプが設置されているが、明かりとしてはかなり心もと無い。
足元もほとんど見えないし、ランプとランプの間では全く見えなくなってしまっているところもある。
こんなところに少女が一人とか危険すぎる。
早く見つけなければと思ったところで、その少女の後ろ姿が見えた。
やはり少女も、この暗がりの中では走ることは出来なかったのか、壁際に手を付いて少しずつ進んでいる。
「君!」
「待って!」
相手は少女ということで、俺は声を掛けるだけに止めアンジュが少女の肩を捕まえる。
驚いた少女が振り返り、トサリと麦わら帽子が落ちた。
「あ、え、あ、ご、ごめんなさい」
今にも泣き出しそうな少女に、俺もアンジュもどうしたもんかと顔を見合わせた。
とりあえず頭ごなしに怒るのも何なので、事情を聴いてみる。
「なんで廃坑の中に入ったの? ここ立ち入り禁止だよね?」
「お母さんが病気で。薬に洞窟百合が必要だって。それで、それで……」
ふむ、何となく事情は分かった。
つまり、病気を治す為の薬を作るための素材が欲しかったわけか。んで、洞窟百合っていうぐらいだし、洞窟に咲いているんだろうけど、この廃坑の奥にもあるかもしれないってわけね。
「普通に買うことは出来なかったのか?」
「今は在庫が無いって。あった薬は全部買われちゃったからって」
「エルド君、どう思う?」
「うーん……」
薬の買い占め。考えられることとしては、このタイミングだと軍での利用か商人が予想する戦争特需だよな。
けど俺はその病気に関して詳しくないから何とも言えないところ。
「アンジュは病気がどんなやつか分かるか?」
「洞窟百合が原料なら、魔鉱山病だね。鉱山の中の魔力石の魔力に当てられて身体機能が低下する病気。筋力だけじゃなくて、免疫機能とかも低下させちゃうからほっとくと厄介な病気だよ」
「よく知ってるな」
「サポートメイドだからね。みんなが行く場所でかかる可能性のある病気とか、怪我とかは一通り確認してあるの」
「頼もしい限りだ」
となると、軍での買い占めって線は薄いな。商人の特需狙いだろう。
まあ、それが分かったところで俺たちがどうにかできるわけでもないが。
とりあえず目下の課題としては――
「んで、洞窟百合ってのはこの先にあるのか?」
あるかないか。それだけだ。
「お父さんが前ここで働いてたの。その時に洞窟百合が咲いてる地底湖があったって言ってた」
「なるほど、だから一人できた訳か」
俺はアンジュへと視線を送る。それを受け取り、アンジュも頷いた。
ここまで聞いて、じゃあ戻ろうねなんて言えるわけないよな。
「保護者がいなくちゃ、こんなところに来ちゃいけない」
「ごめんなさい……でもお母さんが」
「だから私たちが保護者代わりになってあげる。地底湖の場所は分かるの?」
「え? あ、うん!」
一瞬何を言われたのか分からなかったようだが、少女はその意味に気付き笑顔を咲かせた。
「俺はエルドだ。んでこっちのお姉ちゃんがアンジュ。君の名前は?」
「私はコリン」
「じゃあ地底湖までの道案内。よろしくねコリンちゃん」
「うん任せて! こっち!」
笑顔を取り戻したコリンは、俺たちの手を引いて廃坑の中を進んでいった。
廃坑の中を歩き始めて三十分ほど。RPGのように魔物が出現するわけでもなく、映画のように入り口が崩落で塞がれることもなく、何事もなく地底湖へと到着した。
まあ、戦うとか暴れるとかしない限り、いきなり廃坑とはいえ整備されている坑道が崩れるはずはないわな。
そんな感じに地底湖へと到着。そこは、神秘的な光景――とは全く別の光景が広がっていた。
「うーん、泥水」
がっかりしたように肩を落とすアンジュ。地底湖なんて聞いてたから、きっと鍾乳洞のような幻想的な雰囲気でも期待していたのだろう。
だけど現実はこれだ。
地底湖と言っても、地下からしみだしてきた水が溜まり、採掘の際に出た土と混じりあって泥水が出来上がっている。
鍾乳石などがあるはずもなく、ただ暗いだけの空間だ。
俺がライトの魔法で照らしていなければ、何も見えなかっただろう。まあ、そっちの方が、イメージは守られたかったかもしれないけど。
「そんで、洞窟百合ってのはどこにあるんだ?」
「えっと、洞窟の壁から突き出るように生えてるって聞いたけど――あ、あれだ!」
アンジュがさっそく見つけたようだ。指さす先を追えば、洞窟の壁それも天井付近に小さな百合が咲いているのが見える。
「あれが洞窟百合か」
「私じゃ届かない……」
「俺たちが来て正解だったな。取ってきてやるから少し待ってろよ」
「うん」
ちょっとがっかりしたように頷くコリン。
苦笑しつつ、俺は魔法で壁際へと飛び、洞窟の石に手を引っかける。
「これ茎ごと取っていいのか?」
「花の根元をねじると、ぽろっと取れると思うよ」
「こうか? お、取れた」
アンジュの言う通り、花の根元からぽろっと取れる。
それをもってコリンたちの下へと戻って来た。
「ほら、これでいいんだろ」
手のひらに乗せた花をコリンへと差し出す。コリンはそれを震える手で慎重に受け取った。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「大切に持って帰れよ」
「うん」
「んじゃ戻るか」
やることもやったし、さっさとこんなところとはおさらばしたほうがいいだろう。本当は立ち入り禁止だしな。
そんなことで、そそくさと廃坑の入り口まで戻ってくる。外を確認するが、人影は見当たらない。
「よし、今だ」
俺の合図でコリンとアンジュが廃坑から飛び出し、遊歩道へと戻って来た。
「やっと外だぁ! 土に囲まれるって肩がこるね」
「あの閉塞感はちょっと嫌だな。操縦席の狭さなら気持ちいいぐらいなんだけど」
「それはエルド君だけじゃないかな?」
「そうか?」
「くすくす。お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう」
「帰るまでが冒険だぞ?」
「気を付けてね」
「うん、ありがとね!」
コリンは大きく腕を振って遊歩道を走っていく。
これで一見落着かな?
「んじゃ俺たちも戻るか。そろそろ昼だし、どこかで食べて帰ろうぜ」
「うん」
アンジュが再び俺の腕に抱き付き、俺たちは町目指して遊歩道をのんびりと歩き出すのだった。
次回予告
ベルジオとの交渉が大詰めを迎えるころ、そこから遥か南にある捨てられた港、そこに二機のアルミュナーレの姿があった。
エルシャルド傭兵は、機体修理と改修のため傭兵の為の国ペイディメルへと向かう。