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王都へと一報が届けられたのは、昼過ぎのことだった。
「伝令! オーバード帝国の部隊が街道沿いに進軍を開始したとのことです! 国境警備隊への輸送部隊が襲撃にあい、壊滅状態とのことです!」
「なんだと!? ルイネルやゲリラ部隊はどうなっておる!」
伝令の言葉を聞き、慌てて立ち上がったのは、ベルジオ王国の国王モンドール・デル・ベルジオだ。
この時、ちょうど条約の内容を決める会議が行われており、その場にはベルジオの王モンドールを始め、王太子のルイベや宰相そして外務大臣が同席していた。
「ゲリラ部隊との交戦は見られず、別の場所に移動している可能性が高いとのことです。前日に、キャンプ地を発見されたため、移動するとの連絡が来ておりました」
「そ、そうか……」
ホッと椅子に掛け直すモンドール王だが、現状はホッとしていられる状態ではない。
「それは何時の情報ですか?」
即座に問いかけたのは、この会談の主役を担っているイネスである。
鋭い視線に射抜かれ、伝令の兵士は一瞬口ごもり王へと視線を向ける。
王がうなずいたのを確認して、イネスの問いに答えた。
「今から五時間ほど前のことです」
「早朝、街道での戦闘となると、進軍の開始は日の出と共にと言ったところですか。となると、町まで来るつもり満々ですね」
「なっ!?」
戦争の経験が無いせいか、イネスはベルジオ側の事の重大性に関する理解がワンテンポ遅れているように感じた。
進軍の速度に関することや、そのための出撃準備、物資確保など、やはり知識だけでは分かりにくいことは多い。
嫌な慣れだと思いつつ、イネスは自身の記憶を頼りに帝国の動きを予想する。
「最初の町、確かシンジュと言いましたか。シンジュまでは、街道を使えば一日とかかりません。制圧の時間を考えても、日の出からの行軍で十分間に合う計算です」
「す、すぐに防衛部隊を! 第一師団――いや、第三防衛師団を」
「今から編制しても、着いたころにはすでに制圧されていますよ」
「くっ……いや、第三防衛師団には出撃準備をさせろ! 目的地はカイジュだ! 同時に、避難民の可能性を考えて、王都から食糧の輸送を!」
カイジュはシンジュに続く大きな町であり、シンジュが落ちた場合に次の標的になる可能性が高い町だ。
そこに防衛師団を送りつつ、シンジュからの難民の可能性を考えて食糧の補給も同時に指示を出す。
ただ、慣れていないだけでモンドール王も王としてしっかりと状況を考えられるだけの技量は持ち合わせていた。
だが少し足りないとイネスは感じる。
「ゲリラ部隊の動向の確認もお願いします。彼らも拠点を移動させたとは言え、街道の警備をおろそかにするとは思えません。何かしら動きがあるはず」
戦争の歴史に、アルミュナーレが登場したのはまだ百年ほど前の話。それも、ごく一部の大国が、小国相手に一方的な蹂躙をしたものと、大国同士の極僅かな戦いだけだ。
故に、アルミュナーレを持たない国は、その力の脅威と運用方法を理解しきれていないところがある。
今のモンドール王もそうだ。ゲリラ部隊にはエルドの機体があり、シンジュへの侵略部隊に対応できるとすれば、それはエルドのみなはずなのだ。
これまで、ゲリラ部隊が自国の武装によって敵の侵攻を遅らせることが出来ていただけに、アルミュナーレ、アブノミューレに対する危機意識がフェイタルよりも低く、戦略に組み込むのを忘れがちになっている。
「そうです! 陛下、ゲリラ部隊にはイネス様の近衛騎士がいらっしゃるはず! 敵がアルミュナーレならば、必ず助けを借りなければならない状況になります!」
宰相の言葉に、モンドール王も頷きすぐに伝令を走らせる。
一通りの指示を終えたモンドール王は席に着くと、カップから水を飲み欲し、イネスたちに向き直る。
「このような状態になってしまった以上、私たちは軍の準備を行わなければならない。申し訳ないが、今日の交渉はここまでにしていただけるだろうか?」
「当然です。国を蔑ろにする国などとは、交渉する意味もありませんから。では、交渉の続きは事態が落ち着いてからということでよろしいかしら?」
「感謝します」
「いえ、こちらとしてもベルジオの国土が荒らされるのをよしとは思えませんので」
交渉は一時中断され、イネスたちは自分たちに与えられた部屋へと戻る。
イネスはすぐさまオレールたちアルミュナーレ隊を呼び出す。
「イネス様、どうかいたしましたかい? まだ交渉中なのでは?」
突然呼び出されたオレールたちは、首を傾げる。
「帝国が侵攻を開始したみたいです。おそらくエルドが動いていると思うので、一両日中には決着がつくでしょう。その後は一気に交渉を進めますので、皆さんは我が騎士がここに来たときの準備をしておいてください。主に機体の補給ですね」
濃縮魔力液は別れる時に満タンにしてある。しかし、数日間孤立した状態で稼働していれば、嫌でも消費は大きくなっているだろう。戦闘していたとなれば、剣や弾薬の補充も必要のはずだ。
ベルジオにはアルミュナーレ用の設備が無いため、それを補給するにも準備が必要なのだ。
「ああ、そう言うことですかい。了解しました」
オレールは事態を理解し頷く。イネスはそれを見て、今度はカトレアへと声を掛けた。
「それとカトレア」
「ハッ」
「カトレアは出陣する第三防衛師団に同行してカイジュへと向かってください。そこでエルドたちのお出迎えを」
「何かお伝えすることはございますか?」
「そうですね、お疲れ様でしたとでも伝えておいてください」
「了解しました」
エルドがどうにかするだろうと確信しているイネスは、その言葉を選び、カトレアが頷く。
「では皆さん、この仕事も大詰め間近です。がんばっていきましょう」
『了解!』
隊員たちが退室した後、イネスは自らの手元に視線を落とす。
そこには先ほどまで交渉が続けられていた、条約に関する細かい内容が書かれている。
お互いの条件のすり合わせは、これから行う予定だったため、今日は相手側の要望の最終確認といった状態で終わってしまった。
「さて、後は私の仕事ですよね」
帝国の侵略が本格化し、エルドが動いたとなれば戦場は一気に時を進める。
それを見越し、イネスは交渉に本腰を入れるべく、気合を入れ直すのだった。
◇
帝国との戦闘から二日。俺はようやく見えてきた王都に、大きく息を吐く。
「ようやくついたかぁ」
「長かったねぇ」
操縦席にはアンジュが同席しており、機体の足元を王都から迎えに来てくれたカトレアが馬で並走している。
戦闘後、俺たちは壊滅寸前だった部隊の生き残りと共にシンジュへと向かい、帝国の侵攻を撃退したことを伝えた。
即座に王都へと伝令が出されたが、すでに王都からは防衛師団が出発しており、今はカイジュで非難してきた市民の誘導や、国境防衛部隊の再編が行われているはずだ。
「結構燃料がカツカツだな。やっぱり燃費の悪さは何ともならないか」
モニターで機体の情報を確認しながら呟く。
燃料の残量系は、機体内蔵タンクはまだ七割ほどあるのだが、背中に設置されている二つの大型タンクはすっからかんになっていた。
これは、燃料の補給でもまた大量の請求書を書かなければならないとがっくりと肩を落としつつ、他の装備なども確認する。
剣は、左羽が全て無くなり、右羽に二本を残すのみ。
ヒュージャーの残弾はゼロだし、ペルフィリーズィは弾倉を一つ消費してしまっている。
馬車で予備の燃料弾薬装備などは持ってきているが、やはりこの消費は大きい。主に俺の精神的な意味で。
「よしよし、私も付き合ってあげるからねぇ」
苦笑するアンジュに頭を撫でられつつ、王都へと近づいていく。
すると、ベルジオの兵士らしき人達が、馬に乗って駆け付けてきた。
「フェイタル特使の近衛騎士様でいらっしゃいますか!?」
「はい。第一近衛アルミュナーレ大隊、第二王女親衛隊隊長エルドです」
「ありがとうございます! このまま町中に入られると、道路が崩壊してしまいますので、こちらについて来て下さい」
「あ、分かりました」
カメラをズームさせてみると、町周辺から道路が木板で舗装されていた。
フェイタルだと石畳なんだけど、アルミュナーレみたいな重量の兵器が無いから木板でも十分なのだろう。その分、木目が美しく、街並みが滅茶苦茶綺麗だ。
「この町、時間があれば観光とかしたいかも」
「どうだろう。最初の予定だと、会議はまだ途中のはずだし、師団が来てたことも考えると、少し遅れているぐらいじゃない?」
「こいつの整備も合わせれば、少し回れるぐらいは時間取れるかもな。戦闘続きで疲れたし」
しっかりとしたテントを与えられていたとはいえ、やはり野営は疲労が抜けきらない。それに、今回の敵はなかなか強かったしな。戦闘自体も結構疲れた。
「到着したら、姫様に頼んでみるか」
「久しぶりにデートだね!」
「出来ればな」
兵士たちに案内されつつ、そんな会話をしながら町の周囲を進んでいく。
やがて、開けた場所に到着した。どうやら、資源の貯蔵倉庫がある一角のようだ。
いたるところに線路が敷かれ、その上に鉱石が乗ったトロッコが並んでいる。
俺はその一角に見慣れた車を見つけた。
「お、あれは」
「あ、カリーネさんたちだ!」
それは、俺たちが運んできた補給用の整備などが乗せられた魔導車だ。
俺が操縦席のハッチを開くと、アンジュは機体の肩へと登り、そこに待っていた隊員たちに手を振る。
「よう戻って来たな! イネス様が首を長くしてまっちょるぞ」
「お待たせしました。ちょっと面倒な敵がいましたが、問題なく排除してきましたよ」
「そりゃいい戦果じゃ。ほんで、機体はどうなっとる?」
「燃料と武装の消費は激しいですが、破損はほとんどありません。ただ、関節部は一通り見ておいてほしいです。結構高低差や起伏がある場所を走らせましたから」
「分かった。リッツ、カリーネ、パミラ、早速掛かるぞ!」
俺が機体をしゃがませジェネレーターを停止させると、早速パミラが機体に取り付き、装甲の開閉作業を開始する。
それを見ながら、俺はアンジュと共に地面へと降りた。
「お疲れ様、隊長。イネス様が待ってるから、先に行っちゃって。カトレアはこっちで預かるから」
「分かった。あ、そうだ。カリーネさん、後で物理演算器に描き込む魔法の変更をお願いしたいんで」
「魔法を変えるの?」
「ええ、武装も増えて攻撃魔法の使用頻度が結構減ってますから、そっちを削って少し防御と機体制御に回そうかと」
「なるほどね、了解。欲しい魔法はリストアップしておいて。夜にでも相談しましょ」
「ええ。ではよろしくお願いします」
引き続き案内してくれるという兵士たちに付いて、町中へと入っていく。
木造の建造物が多く、どことなく古い日本の街並みを思い出させてくれるようだ。と言っても、俺の生きていた時代じゃコンクリの家の方が多かったから、ちょっと京都に旅行に来ましたって気分でしかないけどな。
今更ホームシックになんざならないさ。
コトコトと木板を踏む音を鳴らしながら、俺たちは王城へと到着する。
第一印象日本旅館。うん、間違いないわ。
そんなことを思いつつ、廊下を進み姫様が待っているという部屋へと到着した。
「イネス様、エルドです。到着の挨拶に参りました」
「入って」
「失礼します」
扉を開き、中へと入る。
予想通りとなんというか、目の前に姫様が飛び込んできた。
俺はそれを素早く受け止め、そのまま隣のアンジュへと渡す。
「ナイスエルド君」
「いい加減慣れたよ」
呆れたため息を零しつつ、しっかりと羽交い締めにされた姫様に向き直る。
王族への対応じゃないけど、姫様が王族らしくしてくれないから仕方がないよな。
「と、いうことで前線の帝国兵は一掃してきました。しばらくは大丈夫でしょう」
「ぐぬぬね。完全に読まれていると、それはそれで癪だわ。まあ、状況はベルジオの伝令からだいたいのことは聞いているわ。お疲れ様」
「話し合いはどれぐらい進んでいますか?」
「まだお互いの条件を確認したところよ。帝国が派手に侵攻してきたおかげで、少し遅れてるわ」
「アンジュの予想通りですね。ではもうしばらくは?」
「ええ、ここで待機ね。機体の整備もあるでしょうし、護衛はエイスがしっかりやってくれているから、エルドとアンジュには明日一日休暇を与えるわ。しっかり休んで、疲れを取っておいてちょうだい」
「ちょうどよかった。俺たちも休暇を貰えないかって思ってたんで」
「イネス様、ありがとうございます。明日は一日デートしてきます!」
「逆に疲れを溜めないように、ほどほどにね。それを、そろそろ放してくれないかしら?」
アンジュの喜びによって左右に振らされていたイネスが、腕をタップして降ろすように要求してくる。
アンジュはおっとと言って拘束を解くと、イネスはスタッと綺麗に着地する。これも慣れたものだ。
「とりあえず二人にも部屋を用意させてあるから、そっちでゆっくり休みなさい。ここからは私の仕事よ」
そう言ってイネス様が扉の外を見る。そこには、いつの間にか一人の男性が立っていた。
「会議の再開かしら?」
「はい、陛下より再開したいとの要望が届いております」
「今からでも大丈夫だけど?」
「ではすぐにでも。第二防衛師団にいたルイネル様もお戻りになっております。ぜひご挨拶したいと申しておりました」
おお、ルイネル様もこっちに戻ってきていたのか。まあ、戦闘自体が無くなれば、あそこにいる意味もないしな。
つうことは、鹵獲したアブノミューレもこっちに届いている頃だろう。
まあそれはいいとして、ルイネル様が戻ってきているってことは、俺の動きも王様に伝えられているはずだ。
「ルイネル……確か」
「第一王女様ですね。姫様と似てアクティブな方ですよ」
俺は静かに姫様へと近づき、耳元で小さく伝える。
「そう、それは楽しみね」
「ではご案内いたします」
「エイス、行くわよ」
「はい」
『え! いたの!?』
姫様がエイスを呼ぶと、なぜか別室へと続く扉からエイスが現れた。
その存在をすっかり忘れていたが、そう言えば姫様も護衛に付けていたんだっけ。
「旦那様、その反応は寂しい……」
「悪い、悪い。けど、しっかり役目は果たしてるみたいだな」
「今も仕事中。大丈夫、傷一つ付けさせない」
「ああ、頼むぞ」
姫様とエイスが男について廊下を歩いていく。
それを見送り、俺たちも与えられた部屋へと向かう。
そこは、姫様の部屋のすぐ隣。部隊の控室とは反対側の部屋のようだ。
部屋に入ると、目に飛び込んでくるのは一面のパノラマビュー。青々とした木々と遠くに続く山脈の光景に、思わずため息が漏れる。
「わぁ、綺麗!」
「やっぱり街道から見るのとは違うな」
王都に来るときにも見てきた光景だが、計算されつくされた景色を見るとやはり違うと思う。なんというか、葉の色合いから違って見えるから不思議だ。
「ここが私たちの部屋なんだね。うわ、お風呂もある!」
室内を探検していたアンジュが、風呂を見つけて感嘆の声を上げる。
完全にホテルだな。
「これ魔石型の湯沸かし器だ。こんなのまであるんだ」
「まあ、重要人物を泊める部屋だし、色々なものも最新式なんだろうな」
「ワンボタンとか、衝撃的。今から入っても大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないか?」
「じゃあ入る!」
アンジュが風呂場に設置されていたボタンを押すと、湯船に湯が注がれていく。
手でその温度を確かめながら、アンジュが楽しそうに振り返った。
「エルド君も一緒に入る?」
少し品を作った妖艶な笑みに、思わず入ると即答しそうになるが、そこをグッとこらえる。
なにせ、一昨日昨日とかなり頑張ったからな。一緒に入ると、それこそ最後まで搾り取られそうだ。
「遠慮しとく。たまにはゆっくり浸かれよ」
「じゃあそうするね」
湯船にお湯が溜まるのを楽しみに待つアンジュをしり目に、俺は部屋へと戻ってベッドへと倒れ込む。
ふかふかなベッドは、俺の意識をすぐに闇へと誘うのだった。
次回予告
イネスとベルジオで条約締結のための会議が進む中、エルドたちは久しぶりの休みにゆっくりとベルジオ王都の街並みを楽しんでいた。二人が遊歩道の散歩を楽しんでいると、そこで一人の少女と出くわす。その少女は、二人に助けてほしいと縋り付いてきたのだった。
気付いていましたか? エルドと戦った八将騎士のクスィ、名乗り合っていないので、エルドからはちょっと強い帝国兵を倒した程度にしか思われていません。八将騎士の中で一番哀れな変態です。