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魔導機人アルミュナーレ  作者: 凜乃 初
ベルジオ王国交渉編
117/144

4

 俺は帝国の機体を叩きのめした後、ベルジオの部隊に先導されてその本部へとやって来ていた。

 そこは、森の中にある開けた場所で、先ほど休憩していたところよりもさらに小さい空間だ。

 その中にいくつものテントが並び、周囲を兵士たちが警備している。

 突然現れたアルミュナーレに驚いた警備兵たちが一瞬ざわつくが、その足元に自分たちの部隊がいることが分かるとすぐに落ち着きを取り戻す。


「すまないが、少しだけ待っていていただけるだろうか」

「分かりました。このままだとこの機体の位置で帝国側にここが見つかりかねないのですが、しゃがんでも大丈夫ですか?」

「そうだな。すまないが頼む」


 許可を貰い、機体をしゃがませる。羽根を畳んで、何とか森の木々の背よりも低くすることが出来た。

 だが、やはり森の中で白い機体というのは目立つな。カモフラージュ用に迷彩ネットでもかけてもらおうか――いや、すぐに動き出せないと困るし、それは止めておくか。

 操縦席を開けて、籠っていた空気を入れ替えていると、ゲオが戻って来た。


「こちらの総指揮官と話を付けてきた。総指揮官が直接会ってお話したいと言っているのだが、可能だろうか?」

「もちろんです。そちらの状況も確認したいですし」


 俺は機体から飛びおり、ゲオの目の前に着地する。


「あ、そうだ。後から自分の部隊のメンバーが二人来ると思うので、お願いします。女性二人ですので」

「そうか。ではこちらでテントを用意しておこう。この機体の近くでいいか?」

「感謝します」

「ではついて来てくれ」


 ゲオの案内で、俺は立ち並ぶテントの間を進みひときわ大きなテントの前へとやってくる。

 ゲオはテントの入り口を少しだけ開き、中に声を掛けた。


「ルイネル様、アルミュナーレのパイロット……」


 そこで、ゲオの言葉が止まり、俺を振り返る。


「すまない、名前を聞き忘れていた」


 ああ、そう言えばまだ自己紹介もしていなかったな。


「エルドです」

「エルド様をお連れしました」

「入ってくれ」


 中から聞こえてきたのは、女性のものだ。

 その声に驚きつつ、ゲオが開けた布の隙間から、中へと入った。

 中は中央に大きなテーブルが置かれ、隅のほうに武器や書類などが乱雑に置かれている。

 そして、入り口を入ってテーブルを挟むような位置に立つ一人の女性。

 まず目を引き付けるのが、その肌の色と面積だ。

 タンクトップとショートパンツで惜しげもなく腕や足それに胸元をむき出しにした女性の肌は、こんがりと日に焼け健康的な艶を放っている。

 盛り上がる双房にはペンダントが輝き、嫌でも目を引き付けられた。

 茶色の髪はショートボブに切りそろえられており、前髪だけはヘアピンで横へと流している。

 まるで夏場の都会にでもいるような女性の登場に、俺は一瞬呆気に取られていた。


「ククッ、驚いているようだね」

「あ、え、ええ。あなたが総指揮官でしょうか?」

「ああ。第二防衛師団の総指揮をしているルイネル・デル・ベルジオだ」

「ベルジオ――」


 自身の名前に国の名を持つ意味は一つしかない。


「そうだ。ここ以外ではベルジオ王国第一王女なんて呼ばれることが多いな」


 帝国との戦争。その最前線でゲリラ活動を行う部隊の総指揮官は、本来ならばそんな泥にまみれるようなことなどするはずがない、ベルジオ王国のお姫様だった。


 ベルジオの深い森の中で~、エルドは~、ベルジオ王女に~、出会った~。

 なんて、どこかの旅者っぽく回想してみたが、これ冗談じゃなく問題ごとなんじゃないだろうか? いや、うちのお姫様も最前線付近に出てくることは良くあるし、この世界だとそんなに問題じゃな……いや、大問題だろ。


「えっと、いいのですか?」

「ハハハ、驚くのも無理はない。私も半ば家出同然に飛び出してきてしまったからな。しかし、ここの連中が快く受け入れてくれたおかげで、いつの間にかこんな立場にまで登ってしまっていた」

「ルイネル様の指示は的確なんです。おかげで、自分たちは今も戦いを続けていられる。以前の部隊のままでしたら、おそらくもっと前に町が戦場となっていたと思います」


 そう告げるのは、俺の後から入って来たゲオだ。


「ルイネル様は、指揮を知っておられたのですか?」

「少し図書館で齧った程度だがな。だが、今の分隊長たちのおかげで、私でも何とかここの部隊を回すことが出来ている」

「えっと、言いにくいのですが以前は?」


 さっきから、今はとか今のとかの言葉が耳に残る。

 ってことは、昔の部隊はもっと指揮系統マズかったってことか?


「ああ、戦争の無かったこの国の上部は言っては悪いがなかなかに腐っていてな。いや、腐っているという訳でもなかったのだが、教本通りの戦いしかできない連中だった。おかげで、帝国の今の戦い方に適応できず、私がここに来た当初は正面からぶつかるなどという愚策を繰り返していたよ。即座に権力を使って指揮を奪い、強引に作戦を変えさせて、何とかここで持ちこたえているといった状態だ。まあ、それも厳しくはなってきているが」


 なるほど、ベルジオは特に目立った産業もある訳でもなく、特に珍しい鉱石が取れるという訳でもなかった。それに周囲の国との貿易にも問題が無かったため、どこからも攻められるという経験が無かったのだろう。

 故に、どこかの国から貰ってきた戦争の教本を手本にしてきたのだろうけど、ここの土地の特徴が偏り過ぎていて、その教本が役に立たなかったってところか。

 けど、それしか知らない連中が、律儀にそれを決行していたために、ここまで追い込まれていたと。

 まあ、アルミュナーレもアブノミューレも無い状態だから、最初からルイネル様が指揮していてもどこまで持ったかは分からないが、死者は今よりも少なかったかもしれない。


「さて、こちらはある程度自分たちの事情を話した。そちらの真意を聞かせてもらいたいな」

「こちらの真意ですか? はて、何のことやら」


 俺がとぼけると、ルイネル様はククッと笑みをこぼす。


「私も王族だ。貴殿の立場は分かっているさ。フェイタルが今来たと言うことは、特使としてこちらとの協力を求めに来ているのだろう? そんな状態で、この介入。とても正気とは思えなくてね」


 どうやらこちらの真意は何となく察しているようだ。話を聞く限り、先ほどの茶番も早馬なんかで伝えられているのだろう。

 そのせいか、さっきから俺の後ろでゲオが笑いを必死に堪えているのが分かる。


「まあ、なんというか。自分の上司がそういう人でしてね。交渉事以前に、守れるものは守りたくなる主義なんですよ」

「クックック、そう言うことか。ずいぶんとお人よしな方のようだ」

「ルイネル様とは気が合うかもしれませんね」


 なにせ、二人とも王女様だし、めっちゃアクティブだし、最前線出たがるし……二人会わせたら、むしろ大変なことになりそうな


「そうだな。一度お会いしたいものだ」

「王都へ戻ればお会いできますよ?」

「せっかく君をここに置いてくれたのだ。それを有効に使える者が必要だろう?」

「大丈夫なのですか? 確かに自分はここに残るつもりですが、あまり出撃するつもりは無かったのですが」


 敵との主な戦闘は、ベルジオの部隊に任せて、俺はたまたまここにいた風を装って本部の防衛に徹しようと思っていたのだが。

 むしろ、それ以外だと協力として取られかねない。せっかくの演技が無駄になってしまう。


「それに関しては問題ない。私は王族だぞ? 現場での正式な協力の要請ぐらい可能さ。それをとがめられるものは父しかいないが、父は私に強く出られないタイプでね」


 そう言うルイネルの表情は、悪戯を成功させた娘のようだ。


「故に、貴殿には私の部隊に合流し、前線で戦ってもらいたいのだが、可能だろうか? 協力の要請である以上、これに強制力はない。貴殿の上司の意志に従って決めてもらいたい」

「それでしたら、決まっています。自分の全力をもって協力させていただきますよ。それが、自分の上司の意志でもありますから」


 思わぬ強権により、ベルジオでの参戦が決まった。

 そして、今後の動きについて話を詰めていこうとしたところで、テントの外から声が掛かる。


「失礼します。協力者のサポートだと名乗る二人組が到着しました。いかがしますか?」


 その声に、ルイネル様が俺の方を向く。

 二人組ってことは、アンジュとカトレアだろう。俺は一つ頷いた。


「ここに案内してくれ。丁重にな」

「了解しました」


 少し待つと、テントの入り口が開き、二人の女性が入ってくる。

 そのうちの一人は、ルイネル様の姿を見た途端、俺の背後へと回り込み俺の目を両手で覆った。


「エルド君には過激すぎるよ! 目に毒だよ!」

「今更過ぎませんかねぇ。これでもすでに三十分以上は話してるんだけど」

「それでもだめぇ! 奥さんの前なんだから、少しは自重して!」

「自重するのはいいけど、アンジュの目の前の方、第二防衛師団の総指揮官で、ベルジオ王国の第一王女様だからね? アンジュも少し自重しようか」

「え?」

「まあ、そう言うことだ。よろしく頼むぞ」

「あ、も! 申し訳ありません!」


 アンジュが素早く土下座し、その隣でカトレアが普通に頭を下げる。


「ご挨拶が遅れました。第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女親衛隊斥侯カトレアと申します」

「同じく第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女親衛隊サポートメイドのアンジュと申します」

「第二王女!?」

「はい。申し遅れましたが、自分は第一近衛アルミュナーレ大隊第二王女親衛隊隊長エルドと申します。以後お見知りおきを」

「と、言うことは今回の特使は第二王女様自らと言うことか!」

「ええ、それだけ本気だと理解していただければ」

「そうか、ならばこちらも相応の答えを用意せねばな! そのためにも、よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いします」


 俺とルイネル様はがっちりと握手を交わし、今日の夜に部隊長たちを集めて、今後の作戦を立案することとなった。


 与えられたテントへと戻って来た俺たちは、とりあえず先ほどまでの会話をかいつまんで二人に説明し、今後の予定を考える。

 といっても、俺はこのままここで前線として戦うことは決定しており、アンジュはそれのサポートだ。

 問題は、カトレアである。

 一度姫様に状況の説明のために走ってもらうのは決定だが、その後をどうしようかと言うことである。

 ここの本部もある意味仮の本部であり、帝国側に気付かれれば移動することも考えられる。つまり、こっちに戻って来ようとしても、その時にはすでに移動してしまった後の可能性もあるのだ。

 そこで、そのまま姫様に付いて行ってもらうか、それともベルジオの伝令と行動を共にしてもらうかと言うことになるのだが――


「カトレアとしてはどうしたい?」

「私としてはですか? 命令に従うつもりですが」

「俺としてはかなり迷ってるんだよな」

「何を迷ってるの?」


 アンジュが水筒から注いだお茶を受け取りつつ、さっきまでのゲリラたちの視線を思い出す。


「ここのゲリラ部隊、押され続けた戦いのせいでフラストレーションがだいぶ溜まってるみたいなんだよ。二人を見る目も隠してはいるようだったけど、ちょっと危ない感じだった。二人なら、もっと感じたんじゃないか?」

「あぁ、まあそれはねぇ?」

「あの視線が男からの視線というものか。女性からの視線よりもあっさりしたものなのだな」

「なんか感想がおかしい気がしたが、とにかくあの視線はマズい気がする。アンジュなら片手間でも撃退できるだろうけど、カトレアは囲まれた場合厳しいだろ? さすがに他国の軍人を襲うとは思えないが、ゲリラだと何が起こるか分からない」


 森の中で襲って、帝国にやられたと言われても、こちらには調べるすべがないのだ。

 戦争での危険性なら承知しているだろうし、こちらも遠慮なく命令できるのだが、それとは違う部分の危険ならば、出来るだけ遠ざけたいと思うのはおかしなことだろうか?


「確かに、私一人が襲われた場合、抵抗は難しそうですね」


 カトレアはあくまでも斥侯であり、その身体能力は、整備士よりは上だが、サポートメイドには遠く及ばない。

 囲まれた場合、対処は難しいだろう。

 カトレアの判断を聞いても難しいと言うことならば、俺からの命令は一つだ。


「カトレアは姫様と合流して、そっちの警備を頼む。ルイネル様がいるってことは、伝令関連も結構しっかりしているみたいだし、連絡役はベルジオに頼めばいいさ」


 最初は、国境の部隊とゲリラ部隊で連絡が間に合っていなかったので大丈夫かと不安に思うところもあったが、第一王女がいるような場所の連絡がおろそかになっているとは思いにくい。

 単純に、本拠地を移動させた後だったために、情報の伝達が遅れたのだろう。

 となれば、本国との連絡はもっと綿密に行われているはずだ。わざわざカトレアに危険を冒させる必要はない。


「了解しました。言伝はなにかありますか?」

「手紙を書くから大丈夫。そいつを確実に渡してくれ」

「了解」


 こちら側の計画を決め、俺たちは会議の開始を待つのだった。


         ◇


 エルドたちをテントへと案内した後、ルイネルは心の中でガッツポーズを掲げていた。


「ゲオ、すぐに第二師団の全隊長を招集してくれ」

「全員ですか?」

「そうだ。警戒に当たっている部隊の隊長も全て呼び戻せ。会議自体にそこまで時間をかけるつもりは無い。副隊長たちでも十分回せるだろ?」


 全部で六部隊ある第二防衛師団の中でも、全部隊の隊長を招集すると言うことは、今までほとんどなかった。

 どうしても、周囲の警戒や敵の情報収集のために、二、三部隊は常に森の中に展開しているからだ。

 ゲオが第三部隊の隊長に就任してからの記憶では、全部隊の隊長が集められたのは、これまで二度しかない。

 一度目は、ルイネルが総指揮官へと就任した時。そしてもう一つは、本部を後退させると決定した時だ。

 つまり、今回エルドの協力を得られたというのは、それと同等の重要度を誇ると言うことになる。


「了解しました。伝令を走らせます」


 ゲオがテントを後にしたところで、ルイネルはこらえていた感情を爆発させるかのように、テーブルをバンバンと叩く。


「よし! これで反撃に出られる! もう帝国の連中に好きな顔で我が国の土地を歩かせずに済む!」


 アルミュナーレもアブノミューレもベルジオにとっては大きな脅威だ。

 アルミュナーレは濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の精製が出来ず、そもそも機体を作ることが出来ない。アブノミューレも魔力液(マギアリキッド)で動いているということは知っているが、その分帝国も機体の回収が徹底されており、情報が伝わってこないせいで開発が難航しているのだ。

 故に、帝国の部隊には容易に国境を越えられ、今最初の町に近づかれつつある。

 天然の防壁である大森林も、アルミュナーレたちにとってみれば、ちょっとした柵と変わらない。

 自分が総指揮官となった後も、そのことにはずっと頭を悩ませ続けていた。

 抜本的な解決策が無い状態では、ゲリラも所詮その場しのぎの時間稼ぎに過ぎない。それですらも、徐々に押し込まれていたのだから、その場しのぎにすらなっていなかった。

 最初、フェイタルからの協力要請が来たときは、もしかするととも思った。しかし、その内容は合同で非難を行い帝国の動きをけん制しようというもの。すでに攻め込まれてしまっているベルジオには、あまり意味のない要請だったのだ。

 だから、国王は断ったし、そのことに関してルイネルにも異存はなかった。

 フェイタルに遠回しに断りの手紙を出し、手を貸すことは出来ないがこれで援助を求めることもできなくなったと思っていた。

 だが、まさかフェイタルが交渉のために王族を特使としてよこし、自らの近衛騎士を前線に置いて行ってくれるなど、奇跡としか言いようがない。

 その上、何かしらの見返りを求められると思っていたのだが、茶番を聞く限りそれもなさそうであるが、その辺りは父とその特使の話し合いの結果によるだろう。だが、近衛騎士であるエルドの話を聞く限り、そこまで悪い状況になることはなさそうである。

 これは、千載一遇のチャンスだ。

 粘り耐え続けた自分たちに回ってきた、次があるか分からないこのチャンスを、ルイネルは逃すつもりは無い。


「考えろ。彼を有効に使い、少ない手で帝国を排除する方法を」


 大森林の地図を見下ろし、ルイネルは隊長たちが集まるまでに必死に頭を働かせるのだった。


次回予告

顔合わせ

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