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今回、あとがきに書籍版二巻の表紙が乗っています。
自分の中のキャラクターイメージを壊したくない方は、ご注意ください。
「画面表示は、デフォルトで頼んだものになってるな。ボタン配置が少し変わってるんだっけ」
手元のメモ用紙と操縦席で視線を往復させながら、俺は配置を確認していく。
足元には三枚のペダル。一つはジェネレーターの出力ペダル。もう一つは、機体の速度を調整するもの。最後の一枚は、機体の傾斜を操作できる物のようだ。
傾斜ペダルには足を固定するベルトが輪っか状に取り付けられており、軽く踏んでみると、機体がやや前傾姿勢を取る。ペダルを戻せば、また直立姿勢を取った。
左足は傾斜ペダルに固定、右足で出力と速度を調整って感じだな。
手元のレバーは従来の物がしっかりと握るタイプだとすれば、こちらは太さが二倍以上になり、鷲掴みにする感じに近い。その分指の形にフィットするようになっていて、意外と持ちやすい。
ボタンは各指先に一つずつと、親指の部分に二つとスイッチが一つ取り付けられている。このボタン一つ一つが、これまで操縦席の上部にあったものだ。
カリーネさんが、これまでの操縦履歴からよく使う物をレバー周りに移動させてくれたようだ。確かにこれなら、手を離さなくても操作が出来る。
と、操縦席内部で警報が響く。
モニターを確認すれば、八機のアブノミューレが迫ってきていた。
「新手か」
「囲め、包囲して抑え込むぞ」
『了解』
どうやら統率のとれた部隊のようだ。だからこそ、この乱戦の中で生きてこれたのだろう。
だが、俺の機体はただのアルミュナーレじゃねぇぞ?
「グロンディアレペシュ展開」
可動式になっている操縦レバーを、手首を使って軽く捻る。すると、機体背後に設置された剣の羽がフレーム部分で回転し、肩の上から切っ先を正面へと向ける。
画面にはロックオンカーソルが現れ、展開しようとしている部隊を捉えた。
「ファイア」
ワントリガーと共に、八本の剣が射出され、アブノミューレたちの操縦席を貫いていく。運よく躱した二機も、腕をもがれ体勢を崩していた。
剣は柄尻に付いたワイヤーで素早く引き戻され、再びフレームへと装填される。レバーを戻せば、羽根の形も元に戻った。
これは、近衛の一人であるレミーが使っていた機体に装備されていた、グロンディアアーミーの応用だ。
剣一本一本は、ロックオンした対象に真っ直ぐに飛び出すようになっており追尾機能はない。だが、今後はアブノミューレの登場で多対一の戦いも多くなるだろうし、一度に数機を狙える武装は必ず必要になるはずだ。
「なんなんだ、この機体は」
「動けるか? なら逃げろ。こいつのことを他の部隊に知らせるんだ」
生き残った二機は、起き上がりながら一機がかばうように前へと出る。
後ろの一機は、右腕をもがれたせいでまともな武装が無いのだろう。撤退して他の部隊に俺のことを伝えるつもりのようだが――
「情報は力だ。伝えられる前に片付けさせてもらおうか」
右レバーに取り付けられたスイッチを入れると、後部タンクにアームで接続されていたペルフィリーズィが、腋の下を通って正面へと出てくる。
グリップを握りアームのロックを外せば、自動で弾が装填され引き金を引けばいつでも撃てる状態になっている。
腕を上げ、そのまま逃走する機体の背中を狙い、引き金を引いた。
ダラァンッと多段式爆速砲独特の重なった爆発音と共に弾丸が飛び出し、逃げる機体の操縦席を背中から撃ち抜く。
「クソッ、お前は何なんだ!」
唯一残った一機が、こちら目がけて駆けてくる。逃げることも出来ないと悟り、突撃するつもりか。
まあいい。俺も逃がすつもりは無い。
ペルフィリーズィを再びアームへと戻し、背中の羽から剣を一本引き抜く。
こちらも機体を加速させ、一気に相手との距離を詰める。そして、交差する瞬間、相手の剣を躱し、操縦席を切り裂く。
「機体が少し重くなったか。まあ、タンク二つも積んでりゃ、当然か」
羽根と重なるように設置された二つのタンクは、アーティフィゴージュのマギアタンクを参考にしたもので、両側共に物理演算器も収納されている。
どちらかが破壊されても、もう片方で機体の制御を維持できる仕組みだ。
俺は機体を走らせたまま、戦場の中心へと駆ける。デニス隊長が、俺の代わりにタワーシールドの機体を押さえてくれているはずだ。
時々ちょっかいを出してくるアブノミューレを一撃で屠りつつ、俺は最初の場所へと戻る。そこでは、今も二機のアルミュナーレが激しい戦闘を繰り広げていた。
デニス隊長の機体が剣舞を放ち、ダニエスの機体がそれを全て受け止める。
剣舞の終わりでカウンターを放たれるが、ギリギリの所で回避し次の攻撃へとつなげる。その応酬は、まさしく最高レベルの戦いだろう。
だが、攻撃を完全に防いでいる敵機に対して、カウンターはどうしても躱しきれない部分があるのかデニス隊長の機体は若干傷が目立つ。盾にもランスで貫かれたような穴があり、あまり長くは持たないかもしれない。
「デニス隊長!」
「その声、エルドか!?」
「新手、いや戻ってきたのだな。その機体、新型か。むっ!」
声でこちらに注意を引き付けつつ、ペルフィリーズィで敵機の頭部を狙う。それは、ギリギリのところで気づかれ、タワーシールドによって防がれてしまった。
しかしその間にデニス隊長は後退し、俺の場所まで下がってくる。
「その機体はどうした?」
「完成したものを届けてもらったんですよ。ここからは俺がやります。デニス隊長は装備の交換を。そろそろ燃料も危ないのでは?」
デニス隊長は、こいつとやり合う前に別の機体とも戦っている。魔法だって結構使っているだろうし、濃縮魔力液の残量も心配になってくる頃のはずだ。
「正直を言うと、かなり危なかった。後は任せて大丈夫なんだな」
「ええ、俺とこいつが揃えば無敵です」
「分かった。後を頼む」
「また交代か」
「そろそろ燃料がマズいんじゃないか? けど逃すつもりはねぇぞ」
敵機からいらだたしげな声が聞こえてくる。まあ当然だろう。相手も戦いっぱなしで燃料が厳しくなってきているはずだ。
俺との戦闘を避けるために退くか? けど、俺とデニス隊長のように、交代できる人員はいないはずだ。
ここで八将騎士の三席を落とせれば、それは帝国に対してかなりの衝撃を与えることが出来るはずだ。戦いとしては卑怯かもしれないが逃すつもりは無い。
ペルフィリーズィをアームへとしまい、グロンディアレペシュから剣を一本引き抜く。
八本の羽は、ワイヤーに取り付けられているだけであり、ロックを解除すれば普通に剣として使えるのだ。そして、回収も背中側から降りてきたワイヤーに近づけるだけで、ワイヤーの先端が勝手に柄尻へと接続しロックする便利使用である。
「ふん、私の機体を甘く見るな」
ダニエスは、ランスを地面に突き刺して維持すると、盾の裏から一本のチューブを引っ張り出す。そして、それを自機の腰へと装着した。
なるほど、直接つなげてはいなくとも、盾の裏にタンクを保有してたってことか。
そして、燃料の注入が終わったのか、チューブが勝手に外れ、盾の裏からガコンとタンクが落ちる。
「待っていてよかったのか? 絶好の機会だったろうに」
「馬鹿言え。その状態でも問題なく動けたくせに」
燃料の供給途中であっても、チューブの長さにはかなりの余裕があったし、そもそも引っ張り出したところを見ても、巻き取り式になっているはずだ。それに、ランスを構えこちらの動きを十分に警戒していた時点で、相手がカウンターを仕掛ける気だったのは見え見えだ。
下手に動いて、供給の終わる前にと焦ってもいいことなんて一つもない。
それに、こちらの機体もまだ万全じゃないしな。
指を細かく刻むように動かしながら、操縦レバーの感触を体になじませていく。
俺は、この機体に乗るのは今日が初めてなのだ。知識では操作方法を知っていても、体がそれに追いつけない可能性もある。
今は、出来るだけ時間をかけてしっかりと体になじませることが先決だ。
じりじりと距離を測りながら、敵機の様子を確かめる。
被害はほとんどない。盾にいくつかの傷があるが、だからどうしたと言えるレベルの物だろう。デニス隊長の機体では、あのタワーシールドを抜くだけの威力の技が無いからな。躱して本体に当てるしかないのは、なかなか大変だったはずだ。
けど、この機体なら!
敵機目がけて加速する。
剣を構え、左腕側のペルフィリーズィを展開して握る。だがこいつは、正確に言えばペルフィリーズィではない。
名称は、ヒュージャー。弾薬は三発しかなく、口径はペルフィリーズィの二倍ある。
弾丸の射出方法も多段爆速式ではなく、一般的な炸薬式だ。
だが、最も大きな違いは――
敵機に向けて構え、引き金を引く。
バンッと放たれた弾薬は、途中で分裂し大量の弾丸となって敵機を襲う。
ダニエスは、とっさに構えを解き、全身をタワーシールドに隠した。その盾を大量の弾が襲い掛かる。
こいつは散弾。
ペルフィリーズィが狙撃ライフルならば、ヒュージャーはショットガンなのだ。
「面倒な武装を」
「ハッ、お互い様だ!」
敵機が完全に盾に隠れたってことは、こっちの動きは見えねぇだろ。
一機に接近し、左手側へと回り込む。
そこにはナイフを構えたダニエスの機体があった。
突き出されるナイフを躱し、お返しとばかりに剣を振るう。
軽い衝撃が剣先から伝わってきたが、クリティカルはしていない。
通り抜けた後に反転し、敵機の様子を確認すれば、左肩の先に少しだけ破損が見られる。
「やはり新型機の相手は面倒だな」
「面倒でも、最後まで相手してもらうぞ」
再び加速、今度は左側へと回りつつ、銃口を向けることでけん制。
相手の動きを抑制しつつ、攻撃のタイミングを窺う。
すれ違いざま、相手が反転するタイミングを狙って、トリガーを引き至近距離から散弾をばらまく。
敵機はタワーシールドで全てを受けるも、その衝撃によろめいた。
その瞬間を狙って切り込む。
ダニエスも、バランスを崩しながらランスを突き出してくる。
バランス崩してるのに、的確な狙いだな。でもだからこそ――
「躱しやすい」
「そうでもない」
ランスの先端が右わきの下を通り過ぎる直前、そのランスが中ほどから折れる。
ロックを外し、柄だけを残したのだ。そして、腕を振るい残った部分で腋腹を打ち付けられる。
「クッ」
今度はこちらがバランスを崩した。しかし相手のランスに先端は無い。
俺は機体を踏ん張らせつつ、剣を振るう。しかし、タワーシールドに防がれる。
本当に厄介だな。その盾。
ダニエスは、機体を後退させ距離を取りながらタワーシールドの裏からランスの先端を装着する。
その間に、俺も少し後退し距離を取りつつ、ヒュージャーをアームへと戻した。
「動きが悪くなったな。慣れない機体での戦場は命取りだ」
「ふっ」
「何がおかしい」
確かに、前の機体に比べれば、今の俺の動きは遅いし、反応も甘いかもしれない。
けど、もうそろそろいいだろう――
「そろそろ始めようか。ペスピラージュ」
操縦席の前面に取り付けられた、一つのスイッチを入れる。
とたん、機体のバランス制御が切れ、全身から無駄な力が抜けていくのが分かる。
ゆっくりと傾いていく機体。それは、俺の踏み込みと同時に爆発的に加速した。
その速度は、今までの比ではない。
これがこいつの本来の動きだよ。
モニター越しに、ダニエスの機体を見ながら独りごちる。
俺が機体のコントロールを掌握するまで、フルマニュアルは使わずに操作していたのだ。けどもうその必要はない。
配置は体に叩き込んだ。
操作を間違えることはない。
「なっ!?」
ダニエスは驚きつつも、即座に盾を構える。その辺りの対応力は、さすが三席。
でも――
本気になった俺たちを、止められるものはいない。
走りながらグロンディアレペシュを敵機目がけて射出。盾で防がれるも、回収途中の剣を掴み、敵機の足元へ投げる。
突き刺さった剣を足場にして、敵機の目前で跳躍。
「二度も同じ手は喰わんぞ」
ダニエスは、同じように盾を頭上に構え、俺の機体を受け止めた。
だが、あの時とは機体が違うぞ?
足先に装備された四本の爪。そのうちの一本がズガンッと爆発を起こしながら射出された。
パイルバンカー、ロマン武器です。足先に装備しちゃいました。
打ち付けられた鋼鉄の杭は、盾に深々と食い込み、周囲に罅を入れる。
ダニエスは咄嗟に盾を動かし、俺の機体を振り落とした。
俺は着地しながら、機体を深くしゃがませ、相手の足元目がけて足払いをかける。
ダニエスは即座にステップでそれを躱す。
さっきまでなら、それで距離を取られたかもしれない。
けど、フルマニュアルコントロールを使っている、今の俺からは逃れられないぞ。
バネのように機体を弾ませ、一気に立ち上がりながら相手の懐へ。
ダニエスはタワーシールドでその進路を塞ぐ。けど――
「その盾、破壊させてもらうぞ」
回し蹴りからのパイルバンカー二発目。
同じ位置を狙って打ち出したそれは、一発目から少しだけずれた位置へと打ち込まれる。
そして、ピシッと大きな音がすると同時に、タワーシールドが真っ二つに割れた。
「私の盾が!?」
「これで終わりだ」
立ち上がると同時に動かしていた左のアーム。
俺はグリップを握り、ヒュージャーの銃口を敵の操縦席へと突きつけた。
最後の一発。盛大にお見舞いしてやる。
トリガーと共に、敵機の胸部が破砕され、背中から破片が飛び散った。
◇
「この光」
フォルツェは操縦席の中から、その光を感じ取る。
強烈な輝きは、まさしく英雄が死んだときの証だ。
「あの輝きは隻腕の!? いや、八将騎士のかな!?」
どちらにしろ、それだけの英雄が死んだということは、相応の相手がその場にいるということだ。
ならば、向かわない手はない。
フォルツェは、自身の機体が持っていた、両腕と頭を無くした機体をその場へと放り投げる。
それは、元近衛ジャン・ローランのものだった。
両腕と頭部を失ったその機体にかつての面影はなく、動く気配も見せない。
「これの相手もつまらなかったし、そろそろ戻らないとね」
残骸散らばる草原を後に、フォルツェは主戦場へと舞い戻る。
そこに熾烈な戦いと命の輝きを求めて。




