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「お待たせしました」

「ずいぶんと良い雰囲気だったじゃないか」

「まあ、そうですね。惚れてくれるのは嬉しいですよ」

「可愛げないな」


 そう言いながらも、リッツさんは俺の頭をガシガシと撫でる。リッツさんも騎士として、女性に対してやはり思うところがあるのだろう。


「それで、自分はどこに行けば?」

「ああ、それなんだけどな。エルドはあの機体の操縦を頼む」


 視線の先にあるのは、片腕の無いアルミュナーレ。応急修理を済ませた俺の機体だ。いや、もう俺の機体じゃないのか。少しさみしいな。

 しかし、なんで俺があの機体を?


「自分が動かしてもいいんでしょうか?」


 正式な操縦士でもなく、ましてアルミュナーレ隊の一員でもない自分がアルミュナーレを動かして持っていくのは問題があるんじゃ。

 さすがに、辺境の田舎で勝手に動かすのとは訳が違うだろう。


「まあ、本来はそうなんだけどな。けど、うちの隊今アルミュナーレを満足に操縦できるのが隊長だけなんだよ」

「あれ、皆さんも一通りは習っているはずじゃ」


 養成学校(アカデミー)では、どの学科であってもアルミュナーレの基本的な操縦技術は勉強するはずである。教科書にそう書いてあった。


「まあそうなんだけどな。けど、俺達操縦はからっきしダメでな。まともに動かせないから、皆操縦士じゃなくて、整備士だったり斥候だったりを勉強したんだよ。だから、俺達は歩かせるのもおぼつかないんだよ」

「はぁ、そうなんですか」

「だからお前が乗れ。つか隊長命令だ」

「了解しました。自分も、アルミュナーレに乗れるなら、文句なんてありませんしね」


 もうしばらくの間乗ることはできないと思っていたのだ。最後の操縦を楽しませてもらおう。

 俺は、エアロスラスターで操縦席へと跳び上がり、乗り込み起動プロセスを手早く済ませる。

 ああ、やっぱ専門の整備士が整備した機体は違うな。起動させるだけで全然感覚が違う。

 荒々しく操作しても全然問題ない。


「起動します」


 近くにいたリッツさんたちに注意を呼びかけ、アルミュナーレを起動させる。

 それを確認した隊長が、話しかけてきた。


「エルド君は私の後ろに付いて来てくれ」

「分かりました」


 隊長が先頭を進み、その後ろに俺が付いて歩いていく。俺の後ろには馬車が続き、御者はリッツさんだ。馬車の中には、捕まえた盗賊たちと副長とカリーネが乗っている。

 斥候役のブノワは、一足先に馬で進んで周囲の状況確認だ。アルミュナーレの移動は、だいたいこれが基本系である。


 アルミュナーレだけで進むならば、一番近くの町まで一日もかからない。ただ、馬車が一緒だと、そちらに速度を合わせなければならないため、三日ほどかかる。

 その間、俺や隊長はアルミュナーレに乗りっぱなしだ。これが意外と体力を使うのだ。

 この機体、残念ながら自動操縦なんて便利なものは付いてない。操縦こそある程度簡略化され、ボタン一つ、スロット一つで動くようにはなっているが、歩かせることなどはペダルを踏み続けなければいけない。

 それも、一定の速度で行かなければ危険なため、足は緊張しっぱなしなのだ。

 だが俺も、伊達に八歳から森の中を駆け回っていない。早々柔な鍛え方はしていないのだ。

 三日目の夜。盗賊を町の警備隊に引き渡し、宿泊施設でホッと一息ついたところでその事を褒められ、少し驚いた。


「そんなに凄い事ですかね?」

「新人では、三日持つものも少ない。基礎を鍛えているとはいえ、長年の積み重ねによって鍛えられた筋肉とは違うものだからな。それに緊張などで無駄に力んでしまう者も多い」

「行軍に伴う筋肉痛は、新人の通過儀礼のようなもんじゃ」

「だから俺達も、安心してお前を推薦できるって訳だ」

「つまり、俺をアルミュナーレに乗せたのは、それを確かめる為だったと? でも、あの機体、俺が使っていた時より、かなり動かしやすくなってますよ?」


 関節ガタガタ、神経ボロボロ、いつ壊れてもおかしくない状態で使っていた時と違い、ペダルは滑らかに動くし、バランスのとり方も絶妙だ。片腕が無いなんてことを感じさせないほどスムーズ動く。

 それを指摘すれば、カリーネさんがフンと鼻を鳴らした。


「当然でしょ、私が機動演算機(センスボード)を最新の情報に書き換えたんだから。数十年前の情報とは訳が違うわよ」

「なるほど、機動演算機(センスボード)の影響もあるんですね」


 数十年たてば、機械のプログラムも簡略化されてより操縦しやすくなるってことか。にしても、OSだけでここまで動きが変わるとは。


「それでも、十分にエルド君がやっていることは凄い事だ。自分を誇るといい」

「ありがとうございます」

「さて、明日も朝から移動だ、皆しっかりと体を休めて明日に備えてくれ。以上、解散」


 隊長の号令と共に、俺達はそれぞれに与えられた部屋へと戻っていった。


 翌朝から移動を再開し、さらに五日。いくつかの村や町を経由して、俺たちはとうとう目的地であるフォートランへと到着した。

 アルミュナーレの優に二倍はありそうな高さの巨大な壁に囲われた、要塞都市だ。

 それも当然だろう。ここには、アルミュナーレに関するフェイタル王国の主要拠点が集まっている。

 アルミュナーレの整備工場をはじめとして、濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)の生成工場、各種パーツの製作所、騎士を目指す者達の養成学校(アカデミー)など、もしこの町を落とされれば、フェイタル王国そのものが崩壊の危機に瀕しかねないほどの重要拠点が集まっているのである。ある意味、第二の王都と言えるだろう。

 町が近づいて来たところで、斥候の任を終え馬車と同じ速度で進んでいたブノワさんに、隊長が指示を出す。


「ブノワ」

「はい、なんでしょう?」

「一足先に行って、整備班にアルミュナーレの受け入れ準備を進めるように頼んできてくれ。予定よりも一機機体が増えてしまったからな。突然では向こうも困るだろう」

「分かりました」


 ブノワさんが馬を蹴って走らせる。あっという間に、米粒ほどの大きさになり、町の中へと入っていった。


「自分もこのまま操縦して中に入ってしまってもいいのでしょうか? 一応部外者なのですが」


 町に入る際は、簡単な検査がいる。検査と言っても、指名手配犯じゃないかどうか、顔を見るだけで、後は軽く手荷物の中身を調べるだけだ。

 軍人や商人はあらかじめ国が身元を保証する手形を発行しているため、そのような検査は必要ないのだが、自分は一応まだ平民。本来町に入るならば、検査を受けなければならない立場である。


「大丈夫だ。ブノワが伝えているだろうし、俺達が身元の保証人になる」

「分かりました」


 町がだんだんと近づいてくると、その外壁の大きさが際立つように思える。

 なにせ、アルミュナーレの優に三倍、つまり二十五メートル以上の壁が反り断っているのだ。その迫力は凄い物である。よくもまあ、これだけの物を作り上げたものだと感心する。

 隊長が門の前で機体を停止させたので、俺も止まる。すると、隊長機の足もとに人が駆け寄ってきた


「お疲れ様です。ブノワさんから事情は聴いております。第三格納庫に、空きが二つあるので、機体はそちらにお願いします」

「了解した」

「アルミュナーレ入るぞ! 注意音鳴らせ!」


 足元にいた兵士が、門へと戻っていきながらそう叫ぶ。すると、街中からリンゴーンリンゴーンと鐘の鳴る音が聞こえてきた。


「この音は?」

「アルミュナーレが街中を移動する時は、この音を鳴らすんだ。それが住民への注意喚起になっている。こいつらは大きいからな、普通に入ったのでは人を踏み潰しかねない」

「なるほど」


 前世やアニメじゃ、こういう機体のハンガーは町とは別の場所に作っている。だが、この町は町一つが大きな基地として稼働しているため、分けることができなかったのだろう。


「町に入ったら細心の注意を払うように。人は避けているだろうが、子供が飛び出す可能性もゼロじゃないからな」

「分かりました」


 じんわりと手ににじんでいた汗を服で拭い、再びレバーを握る。

 そして俺たちはゆっくりと町の中へと入っていった。


「おー!」


 門を越え、町の風景を見て、俺は思わず感嘆の吐息を漏らした。

 外壁に囲われて見えなかった町は、ずいぶんと発展している。と言っても、前世のような物では無く、石造りの建物が整然と並ぶ洒落た街並みだ。

 四階建て五階建てもさほど珍しくも無く、アルミュナーレの高さでは完全に埋もれてしまう。


「どうだ、スゲーだろ。国でもここまで発展しているのは王都かこの町ぐらいだ」

「なんであんたが自慢げなのよ」

「俺はこの町の出身だからな。良い店もたくさん知ってるぜ」


 いったいどんな具合に良い店なのか……


「ハッ、どんな店だか」


 カリーネさんも、俺と同じ意見なようで、頬を赤く染めながらリッツさんを睨みつけていた。意外と初心なようで。


「その話はまた今度にでも」


 適当にお茶を濁しつつ隊長に続いて先へ進む。

 少し進んで道を曲がると、大きな通りに出た。町を南北に結ぶ主要道のようだ。門は東西に分かれており、そちらの道もアルミュナーレが並べるほどには広さがあるのだが、こちらは倍以上並べそうである。

 そして、その道の両側には屋台などが窮屈そうに集まっている。そして、その影から子供たちが目を輝かせてアルミュナーレを見ていた。


「この道は、いつもは露店街になってんだ。食い物なんかの店も集まって、夜は屋台広場になる場所もある。何食べるか悩んだら、とりあえずここに来ればいいって感じだな」

「なるほど」


 これだけだだっ広い道をただ道として使うことは無いようだ。今端に詰めている露店が、本来は道の中央にずらっと並び、大規模な露店街を形成するらしい。

 そして、アルミュナーレが来る注意音が流された時だけ、端に移動して通り過ぎるのを待つということか。


「もうすぐお前の通う学校が見えてくるはずだぜ」

「どこですか?」

「左側だ。次の通路を越えれば見えるはずだ」


 機体を進め、ドキドキしながら左側を注意深く見る。そして、通路を越えたところで巨大な建物が目に飛び込んできた。

 ここからだと少し距離はあるようだが、それでもはっきりと分かる巨大なドームの屋根。

 学舎だと思われる建物は、ゆっくりと弧を描きながら外壁に繋がっている。


「あれが国立フォートラン養成学校(アカデミー)だ。学舎と外壁の間がグラウンドになってる」


 そのグラウンドを覆っているのが巨大なドーム状の屋根と言うことか。


「全天候なんですね」

「ああ、兵士なんて体作りが基本だからな。雨で休みますなんて甘い考えは許されない。つっても、雨用の訓練とかを外でやることもあるんだけどな」

「それ以前に、そんな甘い考えだと、選考で弾かれそうですが」

「違いない」

「町の案内はそこらへんにしておけ。そろそろ第三格納庫だ」

「すみません」

「了解」


 隊長の注意で再び操縦に専念する。

 町の南部に近づくと、風景が何となく変化した。

 今までは人の住む町だったのだが、ここら辺は工業区のように見える。建物も同じように三、四、五階建てなのだが、窓が少なかったり、一階部分が全て扉になっているような建物もある。

 さらに少し進むと、道の真ん中で旗を振っている兵士がいた。その隣には、五階まで全て吹き抜けになった巨大な倉庫のような建物があった。


「お待ちしておりました。誘導しますので、指示に従ってください」

「頼む」

「お願いします」


 旗に導かれるまま、俺達はその倉庫へと入っていく。

 そこは、アルミュナーレ専用の整備工場のようだ。内壁に沿って通路が設置され、そこをせわしなく人が駆け回っている。

 外壁こそ石造りのようだが、中はしっかりと鉄で補強されている。通路も全て鉄製だ。何となくだが、ここだけ前世に戻ってきたような気がする。まるで飛行機の車庫だ。


「ボドワン隊長は二番ハンガーに。片腕の(かた)は三番ハンガーにお願いします」

「エルド君、場所は分かるな? ゆっくりでいい。ハンガー内で向きを変えるのが難しいなら、後退で入ってもらっても構わない」


 言いながらも、隊長は慣れた手つきで二と書かれたハンガーに入り、その場で向きを変える。そうすると、壁側から伸びて飛び込み台のようになっていた通路が、操縦席の乗り込み口に伸びる専用の足場に早変わりした。

 なるほど、あれで普段は乗り降りしている訳か。毎回魔法で機体を駆け上がる必要が無いのは助かるな。


「大丈夫です」


 俺も同じように三番ハンガーへと進み、中で向きを変える。少し足場からずれてしまったため、その場で足踏みのように位置を調整して手順通りにジェネレーターを落とした。


「ふぅ」


 やはりどんな操作でも車庫入れが難しいのは変わらないらしい。小さくため息を吐いて、気を抜く。

 ハッチを開き、外に出ると隊長がすでに待っていた。


「上手いもんだな。初めての奴は大抵どこかにぶつけるか擦るんだが」

「それならやらせないでくださいよ。整備士の皆さん、絶対にハラハラしてたでしょ」

「それが面白いんじゃないか。こっちだ付いて来てくれ」


 ククッと笑って、隊長が通路を進んでいく。俺もそれに続いて進むと、整備士の人たちがすぐに俺達の機体を色々と調べ始めた。

 まあ、古い機体だから、色々と調べることも多いんだろう。歴史的な価値もあるかもしれない。


「えっと、今からどこに行くのでしょう?」

「とりあえず上の人間に君のことを含め色々と事情を説明しないといけないからな。アルミュナーレ隊の総司令の下へ行く」


 それもそうか。敵性アルミュナーレの発見報告を受けて出撃したら、知らないアルミュナーレと少年一人を拾って帰ってくることになったんだから。

 隊長に付いてハンガーを出ると、正面でブノワさんが待っていた。ジープに乗って――


「自動車?」

「惜しい、魔導車だ。エルド君は後ろに乗ってくれ」


 慣れたように助手席の扉を開け、隊長が乗りこむ。

 魔導車か。ってことは濃縮魔力液(ハイマギアリキッド)で動いているのだろうか? だとしたら偉い高級品になりそうなもんだけど。


「多分、今エルド君が考えている心配は杞憂ですよ。移動中に説明しますから、まずは乗ってください」

「あ、はい」


 俺はブノワさんに言われるままに後部座席へと座る。三人掛けの後部座席は、一人だとかなりゆったりしている。

 ちなみに、今乗っていない副長やリッツさん、カリーネさんは整備士たちと一緒に隊長のアルミュナーレの点検をしている。もともと整備士だから当然か。


「ブノワ、出してくれ。」

「司令部でいいんですよね?」

「ああ」


 ブノワさんの運転で、魔導車は滑らかに動き出した。


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