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「斥侯部隊より連絡。敵アルミュナーレ及びアブノミューレ部隊が緩衝地帯に駐屯中とのこと。数は、確認できるだけでもアルミュナーレ五、アブノミューレは百二十は超えるとのことです」
「やっぱりいたか」
伝令からの情報に、俺は森に設置されたテントの中で頷く。
「だが、想定よりも少ないと思わないか?」
緩衝地帯の地図を見下ろしながらつぶやくのは、デニス隊長だ。他には、各部隊の隊長と、今回の部隊総指揮を担当するウォード兵士隊隊長がいる。さすがにここは危なすぎるので、姫様は第二防衛線であるフォックレーキでお留守番だ。レイターキだとアヴィラボンブが降る可能性もあるからな。
レイターキで行われた魔導列車のパレードから早二カ月。
線路は順調に東へと延び、今は森林部に差し掛かろうとしているところだ。さすがにここまで来ると、帝国側も黙っていないだろうとこちらも軍を展開して牽制しているのだが、相手側が緩衝地帯での戦闘を望んでいるのか、緩衝地帯の東側、川を渡る前のところに拠点を設置しているようだ。まあ、すでに部隊は川を越えてこっち側に配備してきているから、いつでも動かせる状況のようだが。
ただ、当初出撃前に予想していた数よりも、アブノミューレの数がやや少ないのは事実だ。
「そうですね。二百はいると思ったんですけど、侮られている……訳ではないでしょうね」
「アブノミューレの数よりもアルミュナーレで質を上げている可能性もあるということか」
「確認できているだけでも五機。部隊の後方に傭兵と指揮官クラスがいるとすれば、まあ十機は固そうですね」
一概には言えないが、十機のアルミュナーレが出てきているとすれば、そこは立派な主戦場。下手すると、決戦になってもおかしくない量の投入率だ。
それほど評価してもらえたことを喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか――いや、悲しむべきなんだろうな。
「相手が攻めてくる可能性は?」
部隊運用に詳しいウォード隊長に尋ねれば、地図を見て少し考えた後、答えが返ってくる。
「私たちがここにいる限りは大丈夫かと。相手も、森林に潜む敵を攻撃するのは難しいでしょうし、近づけば木を盾にして一方的に撃たれかねません。私なら、砦を作るために緩衝地帯に出てくることは分かっているのですから、そこを叩くために動きますね」
「なるほど」
今回の俺たちの弱点はそれだな。目的が砦の建設なのでどうしても緩衝地帯の敵を一時的にでも撤退させなければならない。
逆に考えれば、相手は砦の建設を妨害するだけでいいのだ。それに、俺たちの後方にはここまで伸びてきている魔導列車の線路がある。これを狙われるのもまたマズい。
物資の運び込みが止まれば、計画が全部崩れてしまうからだ。
だから、こちらが動くまでは相手は動かない。動かないけど、罠を仕掛けてくる可能性はあるな。
「罠があるとしたら、どんなものになりそうですか?」
「定番は落とし穴ですね。アルミュナーレやアブノミューレの質量になれば、不意に数メートル落ちるだけでも機体を破損しかねない。膝を破壊されてしまうと、逃げることは出来ませんし」
「私たちとしては、なるべく森林側に誘い出して戦いたいと言うことだな」
敵陣に近づくほど、罠の可能性は高くなる。ならば、罠が無いことを分かっている森林付近で戦うのがベストだろう。まあ、相手がそのように動いてくれるのなら、苦労はしないのだが。
「それと、歩兵を動かす場合は地面の状況もかなり気にするのですが、アブノミューレの場合はどうですか? 水攻めの心配はなさそうですが、足元を泥にされた場合などは?」
「多少滑りやすくはなるが、そこまで大きな問題ではないのでは?」
「いえ、アブノミューレだと少し難しいかもしれません。バランサーなんかも、多少質が悪いようですから」
「ではその警戒も必要ですね。近くが川なので、水はいくらでもあります」
その上、工作用の機械はアブノミューレが代用してくれるからな。手間もそこまでかからない。
「ますます攻めにくいな」
ウォード隊長の意見を聞いて、デニス隊長は顔をしかめる。
まあ、それには俺も同意見だ。そもそも、アルミュナーレの数で劣っているうえに、こちらが攻めなければならない状況。基本的には全てが不利なのである。
この状況で勝てってのもなかなか酷な話だが、姫様が色々と策を用意してくれた。
「イネス様もこの状態になることはある程度予想していたようです。王都にアヴィラボンブの使用要請と、他の前線に増援を要請したと言っていました。アヴィラボンブに関しては、それを開戦の合図にしてほしいとのことです」
「とうとうこちらもあれを使うのか」
どこまでダメージを与えることが出来るか分からないが、少しでもかく乱できればその隙をついて一気に突撃することも考えなければならない。
「それは自分も聞いています。予定では、明後日の日の出に合わせて発射することになっていますので、早まった場合も考えて明日からは常に出撃待機状態にします。部隊の皆さんには緊張下で大変だとは思いますが、よろしくお願いします」
『了解』
ウォード隊長の言葉にたいして、俺たちは敬礼で答えた。
◇
エルドたちが森林地帯に潜伏する二週間ほど前。
王都にあるアルミュナーレ基地の格納庫には、二人の人影があった。オレールとカリーネだ。
「完成――してしまったのう」
「完成――したわね」
二人の目元にはくっきりと隈が浮かび、整えられていたオレールの髭と艶やかだったカリーネの髪は両方とも見る影もないほどボロボロだ。
そんな二人が見上げるのは、一機のアルミュナーレ。
エルドの為の、エルドにしかまともに操縦できないであろうアルミュナーレである。
「後は起動実験なんだけど」
「それは現地でやるしかないかのう? しかし、向こうもそろそろ戦闘が始まるっちゅう話じゃ。機体のジェネレーターを移して調整なんぞ、やっとる暇はなさそうじゃが」
この機体はアルミュナーレだ。そうである以上、ジェネレーターはアルミュナーレ用のシュプレームジェネレーターを使わなければならない。しかし、戦時下でほとんどのジェネレーターは戦場にあり、こちらに戻ってきているのもすでにどこかの部隊で運用されているものばかりだ。
機体の実験のためにジェネレーターを配備してくれる余裕など、あるはずなかった。
「一応物理演算器はアブノミューレのセフィアジェネレーターで動くことは確認してあるけど」
「こっちの機体との親和性が分からんと渡せんぞ」
「それなのよねぇ」
内部の回路も既存の機体とはほぼ別物になっているエルドの機体は、ただ物理演算器が動いたからと言って安心できるものではない。
物理演算器とのリンクが上手くいっていなければ、ボタンを押しても反応しないや、操作と違う挙動が起こることなどが考えられる。
そんな機体を、アルミュナーレ隊の整備士として隊長に渡す訳にはいかない。
「誰か、貸してくれないかしら?」
「ふむ、少し回って聞いてみるか」
若干ぼやけた頭で、二人は本来ならありえないだろう提案を実行に移す。
格納庫を抜け、別の機体が収まっている格納庫へ。
そこではちょうど、機体のメンテナンスが行われていた。
「ちょっといいか? 第一アルミュナーレ大隊のオレールじゃ。少し相談があるのじゃが」
「はい、なんでしょう?」
他の隊のリーダーや、整備士頭を読んで事情を説明する。
「じゃから、ジェネレーターを一時的にでも貸してほしいんじゃ」
「そんなの無理に決まってるじゃないですか。もし、それでジェネレーターに影響が出たらどうするつもりですか?」
「むぅ、影響なんぞ出さん自信はあるのじゃが」
「無理に決まってます」
「そうか、他を当たってみよう」
すげなく断られ、別の格納庫へ。
しかし、そこでもあっけなく断られ、自分たちの格納庫へと戻って来たオレールたちは、再び機体を見上げながら立ち尽くす。
「どうしたもんかのう」
「陛下にお願いしてみるしかないかしら? けど、謁見するだけでもかなり時間が掛かりそうよね」
今から謁見依頼を出しても、実際に謁見できるのは一週間ほど先になってしまう。そんなことをしていては、戦闘が始まり、むしろ終わりかねない。
「しかし、他に手が無いからのう」
それしかないかと決まりかけた時、格納庫がにわかに騒がしくなり始めた。
そして、一機のアルミュナーレが、格納庫へと入ってくる。
そこまで激しい損傷を受けた訳ではなさそうだが、ところどころ汚れや擦り傷が目立ち、メンテナンスのために戻って来た部隊だと分かる。
「ふむ、最後にあそこに尋ねてみるか。無理なら陛下じゃな」
「そうね」
ハンガーへとロックした機体から降りてきたのは、第十五アルミュナーレ隊の隊長であるワッツだ。
「メンテナンス急げよ! イネス様から指示出てるんだ! 整備完了したらすぐに出ることになるぞ!」
『はい!』
ワッツは指示を出しながらキャットウォークを進み下へと降りてくる。
オレールとカリーネはそこに声を掛けた。
「すまん、少しいいか? 第一アルミュナーレ大隊のオレールっちゅうもんじゃが」
「ああ、なんだ?」
「機体のジェネレーターを少しだけ借りることは出来んじゃろうか? 今、うちの隊長の機体を作っておるんじゃが、隊長が前線におるせいで、機体のテストが出来んのじゃ」
ワッツはオレールの話を聞いて、隣に止まっていたエルドの機体を見上げる。
そして、その異様な機体に一歩後ずさった。
「あ、あれが新型機か?」
「そうじゃ、儂らが全力を注ぎこんで作り上げた逸品じゃ」
「そう言うことなら、俺としてもジェネレーターを貸してやりたいんだが、そういう訳にもいかないんだ」
ワッツは、オレールに一定の理解を示しながらも要望を断る。
「俺たちはこの後、γブロックに戻って緩衝地帯からδへ進軍しなければならない。ジェネレーターの貸与をしている余裕はないんだ」
「δへと進軍? ちゅうことは、戦闘が始まるのか」
「そうだ」
「ますますマズいのう。隊長の今の機体は、寄せ集めパーツのハリボテじゃ。そんな機体じゃ、本格的な戦闘では耐えられんかもしれん」
ワッツが若干すまなそうな表情でその場を後にしようとしたとき、そこに新たな人物が現れた。
「ワッツ隊長」
「レオンか。どうした?」
新たに表れたのは、レオンだった。
レオンはそのまま三人へと近づき、敬礼する。
「一時的な部隊からの離脱許可をお願いします」
「どういうことだ? すぐに戦場に戻らなければならないんだぞ?」
「あれが、エルドの機体ならば、あれは必ず届けなければなりません。エルドは王国の最大戦力と言ってもいい存在です。あいつの剣が折れたままでは、下手するとδの攻防が崩壊しかねないかと」
「しかし、レオンが離脱してどうにかなるのか?」
「オーバーホール中のジェネレーターが一機あるのを整備士から聞いています。それを融通できないか、陛下に尋ねてみるつもりです」
「ふむ」
これまでのδやεブロックでの戦闘で、数多くのジェネレーターが傷つき、奪われ、また回収されてきた。
その中で、損傷の酷かった機体のジェネレーターが修理中の物があることを、レオンは先ほど整備士から小耳にはさんだのだ。
「そのジェネレーターの持ち機体も、すでに他のジェネレーターを積んで戦場に出ていますので、問題は無いかと。上級貴族の権限を使えば、陛下との謁見もすぐに行えますので」
「……分かった。一時的な離脱を認めよう」
「ありがとうございます」
「本当に良いのか? うちの隊長のために」
「あいつには色々と借りがありますからね。そろそろ返さないと」
「そうか、ではすまんが頼む」
「ええ、任せてください」
レオンはすぐに行動に出た。
格納庫からそのままの脚でアルミュナーレ隊の司令部へと向かい、そこからダリウス王への緊急謁見依頼を出したのだ。
そして、翌日にはその要望が通り、執務室での謁見が許可される。
「お忙しい中、ありがとうございます」
「なに、かなり緊急の話だと言うことだしね。それも、今回のイネスの作戦に絡んでくるなんて言われれば、聞かないはずがないさ。それで、どんな要件だい?」
レオンは、そのイネスの近衛騎士であるエルドの機体が完成しているが、ジェネレーターが無く起動実験を行えないため、渡すことが出来ないでいることを説明した。
そして、現在のエルドの機体がハリボテで、実力を発揮させることが出来ないことも。
それを聞いた陛下も、その問題に気づく。
「ふむ、イネスの近衛騎士が全力を出せないのはマズいな」
最近の戦況は確かに王国側が押している状態だ。しかしそれはどこもイネスを旗頭に、エルドが暴れまわっているおかげであり、それが無ければ再び膠着状態に戻りかねないことも、部下からの報告やイネスの手紙で分かっていた。
「そこで、オーバーホール中のジェネレーターを第一アルミュナーレ大隊のエルド隊に貸与していただきたいのです」
「なるほど、新設の部隊を作るよりも有効に使えそうだな」
新しいジェネレーターを手に入れれば、普通ならば部隊を新設し隊員を配備して訓練から始めるのだが、戦時中である現在即戦力を維持するための行動も重要だ。
そもそも、現在もすでに同じようなことは行われているので、これを拒否する理由は無い。
「いいだろう。こちらで第一大隊エルド隊へのジェネレーター貸与を許可しておく」
「ありがとうございます。自分はしばらく十五隊から離れエルド隊に協力するつもりですので、何かあれば自分が対応いたします」
ジェネレーターが貸与されたとしても、操縦士がいなければ機体の基礎動作を行うことも難しい。そこでレオンはそれも手伝うつもりだ。
「分かった」
「では失礼します」
レオンが執務室を後にし、ダリウス王は早速ジェネレーター貸与の為の指令書を取り出す。
「今あるジェネレーターは何番の物だったか」
アルミュナーレ関連の資料の中から、ジェネレーターの番号を探す。
そして、その番号にわずかに目を見開いた。
「三十四番。ほう、これも運命かもしれないな」
数年前から国政に少しずつ参加していたダリウス王は、その番号の意味に気付いて笑みを深める。
ジェネレーター番号三十四。
それは、エルドが発見し、エルドを騎士へと導いた機体のものだった。
次回から本格的に戦闘が始まります




