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俺たちがレイターキに来て三カ月。ついに、魔導列車の線路がここまで開通した。
町に魔導列車が入ってくると、町民たちがもろ手を挙げて歓迎する。
用意されていた花吹雪が駅舎の屋根からばら撒かれ、セレモニーとして姫様が駅舎に仮設された壇上でスピーチを行っていた。
「魔導列車は、本来戦争の為の兵器ではありません。皆さんを運び、物を運び、この国の経済をより良くするための存在です。しかし、今私たちの目の前には、強大な敵がいる。そう、オーバード帝国です。皆さんの中にも、その恐怖を知る人は多いでしょう。先の戦い、私たちは多くの財産を、土地を、そして家族を失いました。この悲劇は繰り返してはいけません。だからこそ、私はあえて魔導列車を戦争のために使いましょう! この悲劇を繰り返さないために、戦争をこの国の中で起こさないために、魔導列車の線路は緩衝地帯へと伸びていきます。その先に、私たちは新たな砦を建造し、私たちを守る新たな壁として、オーバードの脅威から、この国を守るのです」
姫様のスピーチに、人々は熱狂していた。
見た目華奢な姫様が、戦争を悲しみ、父親を失いながらも、必死に立ち上がってその脅威を取り除こうと必死になる姿は、観衆たちを魅了するのだろう。
たぶん、姫様はそこまで計算してやっている。
そして、スピーチが終わり降壇した姫様が、俺たちの元へと戻ってきた。
「お疲れ様でした。良いスピーチでしたよ」
「人を戦争に駆り立てるスピーチに、良いものなどありませんよ。どこまで行っても、結局は人殺しを命じるものでしかありません」
姫様は先ほどまでの真剣な表情から途端に冷めたものとなり、待機用に準備された駅舎の一室へと戻る。
俺もその後に続いて部屋に入ると、姫様は疲れたようにドサッとソファーに腰を下ろした。
側付きがすぐに紅茶を用意し姫様の前に置くと、ティーカップを持ち上げて疲れを癒すようにその香りを楽しむ。
「随分とお疲れのようですね」
「そうね、この後進む緩衝地帯用の部隊編成とか、王都との連絡とかで結構ごたごたしていたもの」
魔導列車視察時の襲撃の後、姫様の手紙によって王都では色々とごたごたがあったようだ。なんでも、大規模な商会の中では修理したアブノミューレを個人使用して護衛にする考えもあったようで、その辺りとの調整がかなり難航したらしい。
結果、民間人のアブノミューレ所持は禁止され、代わりに魔導車の貸与と魔力液の値引きによって手打ちとなったそうだ。
その後、姫様は軍部統括として各方面にアブノミューレの廃棄に関しての命令書を製作したり、現在投棄されたままのアブノミューレの残骸を回収または破壊するための指令書を製作していたりと大忙しだった。
その中で、今日のセレモニーだ。疲れないはずがない。
「少しお休みになっては?」
「そうね、次の私の出番っていつだったかしら?」
姫様の問いに、側付きの一人が答える。
「次は夜に行われるジャカータの管理貴族たちとの夜会です。それまでは何もありません」
「なら少し時間がありそうね。休ませてもらうから、我が騎士は自由行動でいいわよ。アンジュと少し遊んで来たら?」
「そういう訳にもいかないんですよね、自分のところにも王都から何通か手紙が来ているので、それの返信を書かないと」
姫様が王都とやり取りしている間に、俺も王都にいるオレールさんたちと手紙でやり取りをしていた。主な内容は新型の装備や操縦席周りに対する質問だ。
こんな感じにするつもりだがどうだ?とか、この武装をここに付けるのはありか?とかである。それに加えて、俺が後から思いついた希望も出したりしているものだから、結構な数の手紙のやり取りをしているのだ。
「たまには遊んであげないと、嫌われちゃうわよ?」
「大丈夫です。毎晩サービスはしていますから」
戦闘が無いおかげで、最近は体力も有り余ってますからね。妻へのサービスは忘れていませんよ。まあ、俺へのサービスでもあったりするわけだが。
夫婦で楽しめているから、問題ないよな。うん、問題ない。
「はいはい、お熱いことで。じゃあ、お休み」
「はい、夜にまたお迎えに上がります」
姫様が部屋を後にし、俺は俺の仕事をこなすために、レイターキにあるアルミュナーレ隊司令部へと向かうのだった。
◇
オーバード帝国帝都。帝の住む城の一室で、その会議は行われていた。
出席しているのは、皇帝ガンドロイスとその側近。そして、八将騎士で現在帝都に在中している一席、三席、四席、五席、七席の五人と、アルミュナーレ隊、陸兵隊の司令たちだ。
彼らは、今日帝国に届けられた一報により帝から緊急招集されたのである。
「さて、緊急招集に集まってもらったのは他でもない。現在我が国と戦争中のフェイタルが、どうやら面白い動きをしているようだ」
ガンドロイスはそう言うと、側近に資料を配らせる。
それを見た総司令たちが、俄かに殺気立つ。
「緩衝地帯での砦建築ですか。ずいぶんと舐めたことを考えていますね」
「俺たちの攻撃を掻い潜って砦を作る? 奴らは馬鹿なのか? そもそも、物資を運ぶことすらできないだろう」
「いや、この魔導列車という物ならば可能でしょう。我が国でも南部では使っていますが、まさかいきなり実戦配備してくるとは。怖いもの知らずですねぇ」
フェイタルで魔導列車が開発されたように、同じくオーバードでも似たような物は既に実用化されていた。と言っても、今は戦争とあまり関係のない土地で、試験的な運用にとどめている程度だ。ここで問題点を洗い出して、改良品を国中に配備する予定になっている。
「それだけ追い詰められているということだろう。だが、そのせいかこちらが押し返されているのも確かだ」
帝の言葉に、司令官たちが口を閉ざす。
一度はフェイタルの王都まであと少しとまで進んだにもかかわらず、現在は最初の国境地帯にまで押し返されてしまったのだ。これは、明らかに軍部の失態である。
それを暗に示しつつ、帝は言葉を続ける。
「なに、お前たちを責めているわけではない。向こうにも、煩い奴が何人かいるようだからな」
「それぞれのラインに、元近衛が配備されたのでしたね。たしか――」
「デニス・エジット。ジャン・ローラン」
その名前を答えたのは、八将騎士第五席のヤン・ヴェルタ・リオネルだ。
会議に出席している中ではまだ二十三と一番若く、しかしその才能故に、たちまち八将騎士にまで抜擢された天才だ。
そしてそれに続くように、八将騎士の第三席ダニエス・ドーラ・オレリアンがもう一人の名を上げる。
「そしてエルド。傭兵たちの間では隻腕と呼ばれているようですね」
「んなことはどうでもいいさ。問題はこいつが、カンザスを相討ちとはいえ殺してるってことだ」
「エルド自体は他の町で確認されているので、実質カンザスが破れた形になりますね」
「末席とは言えカンザスを殺した相手だろ? 殺し合ってみてぇな」
「そうか、ならばちょうどいい」
「んあ? どういうことですか、陛下」
帝の言葉にヤンが首を傾げる。
「フェイタルは、イノシシレードとの間で砦を作る計画らしい。そして、そこにデニスとエルド二人の騎士が配備されていると情報が入っている。ヤン、お前が行け」
その命を受け、ヤンの表情に凶悪な笑みが浮かぶ。
「どこまでやっていいんですか?」
「徹底的に。敵は滅ぼせ」
「了解。楽しくなりそうだ」
「それとダニエス。お前もイノシシレードへ向かえ。ヤンと共に敵を滅ぼすのだ」
帝が続けざまに放った言葉に、会議室全体がどよめく。
ダニエスは、若干困惑した表情で帝に問いかけた。
「お言葉ですが陛下、八将騎士を二人も配備なされるのですか? 過剰戦力では? ヤンだけでも十分だと判断しますが」
「過剰でよい。敵を評価していると思われても構わない。我が家臣カンザスを討った者だ。慈悲の欠片も残さず、徹底的にすり潰せ」
「承知いたしました」
二人の八将騎士の派遣が決定し、それに伴った部隊の再編が検討される。
アルミュナーレ、アブノミューレの数、激突位置、アヴィラボンブの発射タイミング、それらが決められ、会議は終了となった。
会議から三日。帝都では大々的な出立パレードが行われていた。
その先頭を歩くのは、当然八将騎士の二人。
一機は、巨大なランスと大楯を持った、ダニエスの機体。そして、もう一機は二本の剣に盾、そして足に何本かのナイフを括り付けられたヤンの機体である。
二機の肩には当然二人が立っており、帝都の民から熱烈な声援を浴びせられていた。
しかし、当の二人はこのパレードにそこまで乗り気ではなかった。
「はぁ、面倒くせぇ。さっさと出発すりゃあいいのによ」
「仕方あるまい。カンザスの死で帝都自体の雰囲気がやや落ち込んでいること、陛下は心配しておられた。俺たち二人が出ることで、それが少しでも回復できるのならば、それに越したことはない。ただ、面倒だと言うことに異論はないがね」
民衆に手を振りつつ、ダニエスも愚痴を零す。
そんな彼らの後ろに続くのは、三機の追加アルミュナーレと、アブノミューレの部隊が三つである。
これまでのデータから、アルミュナーレ一機に対して、アブノミューレ三十機の部隊が運用効率が最もいいことが判明したため、オーバードではこの組み合わせが徐々に基本となりつつあった。
「この後ろの部隊、どうするんだ? 邪魔なだけだろ」
「露払いにはちょうどいい。それに、アヴィラボンブからの操縦者も回収しなければならないしな。彼らには基本雑務を任せればいい」
「それもそうか。けど、進軍速度遅くなるのはやっぱ納得いかねぇな。俺たちだけで先に行っちまったらダメなのかよ」
「部隊を置いていく上官がどこにいる。上に立つ者ならば、それなりの責任は持て」
「はいはい。仕方ねぇなぁ」
互いに愚痴を零しながら、帝都の門を抜ける。そこで操縦席へと乗り込み、彼らはイノシシレードに向かって進軍を開始するのだった。
◇
「うーん、戦争の気配、近づいて来たね」
イノシシレード。その町にある一軒の宿で、フォルツェは嬉しそうにそう零す。
それを聞き取ったのは、すぐ隣に座っていたレイラだ。
「その意味不明な勘はどこで感じ取ってるのかしらね」
「人の気配、雰囲気、空の色、空気の匂い、感じ取る方法ならいっぱいあるさ。そろそろ帝都から増援が出発した頃だろうし、その感情があふれ出してるんだろうね」
「そんな遠くの感情まで見えてるの?」
「まさか、さすがにそこまで遠くは見えないよ。けど、何となく感じるんだ」
フォルツェは自分の胸を押さえながら、興奮を抑えるように大きく深呼吸する。
「血が流れる。人の感情が爆発して、戦場に綺麗な光があふれることになる。ああ、今度はどんな光が見えるんだろうね」
「はぁ、ほどほどにしておきなさいよ」
レイラはフォルツェを宥めるのを諦めて、ティーカップに手を伸ばす。
そのさらに隣で、エルシャルド傭兵団に合流した享楽のリゼットが顔をしかめていた。
「なあ、レイラ。前からおかしな奴だとは思ってたけど、フォルツェの奴、最近酷くなってきてないかい?」
「そう? 私があったときは、もうあんな感じだったけど」
「そうなのかい? あたしが前会ったときは、確かに殺し合いが好きな奴だったけど、あんな興奮はしてなかったはずだよ」
「そうなの? 団長、実際どうなのよ」
「そこで俺にふるのか」
別のテーブルでグラスを傾けながら、操縦士たちの会話に聞き耳を立てていたエルシャルドにレイラが尋ねる。
エルシャルドは少し困ったようにしながらも、自身の記憶を手繰っていく。
「確かに、ここまでおかしくなったのは最近だな。いや、隻腕のと出会ったあたりから兆候はあったのか?」
「エルドに?」
「隻腕……」
その名前が上がり、レイラは目を丸くして驚き、リゼットの表情が厳しくなる。
「初めて会ったのはもう六年近く前だが、あの時からかもしれんな」
「六年前って、そんな時になんで出会ってるのよ。エルドって辺境の田舎出身って言ってたわよ?」
「聞いていないのか? いや、言えるわけがないか」
そしてエルシャルドは、六年前。南北騒乱の跡地にアルミュナーレがあるという情報を聞きつけ、探しに行ったときのことを二人に聞かせた。
「そんなことが……エルドはそんな時から無茶してたのね」
「ありえないだろ。自分で直して、初運転であの子と相討ちになるなんて」
「あれから何度か戦ったようだが、そのたびにネジが外れていってる気がするな」
「つまりフォルツェもエルドに影響されちゃった一人ってことね」
「レイラも何か影響受けてるのかい?」
「まあ、そうかしらねぇ。操縦技術とか色々教えてもらったし、影響は受けてるでしょうね。考え方は全く別だったけど」
アカデミー時代のことを思い出し、レイラは自分の頬が緩むのを感じた。
何だかんだあったが、やはりあの頃四人で競い合うのは楽しかったのだ。その後道は分かたれたが、思い出としてはしっかりと残っている。
だが、だからと言って戦いに私情を持ち込むつもりは無い。
自分の目的のため、敵であれば容赦なく叩き潰す。
その覚悟を胸に、レイラは窓から空を見上げる。
どんよりとした空が、フォルツェではないがまるで戦いを暗示している様に感じるのだった。
今回登場人物が一気に増えたので、久しぶりに出たキャラと新キャラを少しだけまとめておきます
王国側
元近衛騎士
デニス・エジット 陛下の近衛だった。エルドと訓練してる人
ジャン・ローラン 第二王子の近衛だった。別のラインで防衛中
帝国側
皇帝 ガンドロイス・ビジルバーグ・オーバード
帝国民には優しく、それ以外には厳しいおっさん
八将騎士 ミドルネームはその席に応じて付けられている
第三席 ダニエス・ドーラ・オレリアン
エイスの情報曰く超強い人の一人
第五席 ヤン・ヴェルタ・リオネル
若いライオンみたいなタイプ。血気盛ん
第八席 カンザス・オッテ・ディルベリア
クロイツルを巡る戦いで自爆 殉職
傭兵
フォルツェ 狂戦士
レイア 裏切り姫
リゼット 享楽
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二巻も七月ごろを目途に頑張っておりますので、よろしくお願いします。