4
気が付けば100話突破していたようです。
「システム起動完了。起動状態へ移行。オールグリーン。リッツさん、問題なしです」
「おうよ、隊長が出るぞ! 周り気を付けろよ!」
リッツさんの声に合わせて、ハンガーのロックが解除される。
俺は機体の脚を進めて、格納庫から出た。
別に、敵襲が来たわけではない。だから、基地の中はいたって穏やかだ。
俺が機体を出した理由は、先日の約束通り、デニス隊長との訓練の為だ。
そのまま目的地である演習地まで行けば、すでにデニス隊長がスタンバイしている。
デニス隊長の機体は、パッと見たところ王都にいた時とあまり変わっていないように思える。
両腰の剣と左腕の盾。そして腰の裏に装備されたもう一本の剣。
三剣一盾の布陣は、今も健在のようだ。
まあ、魔法の組み合わせはどうなってるか分からないし、そこは要注意だな。
「お待たせしましたか?」
「いや、最終確認をしているところだ。ちょうどよかった」
「そうでしたか。こちらも確認済ませちゃいますね」
「ああ、少しギャラリーが増えてしまったが、まあお互い全力で頑張ろう」
カメラを拡大すれば、外壁の上には何人もの人影が見られる。
あれは、他の隊の隊長かな? ここに来てあまり時間が経ってないから、分からないけど服的にはそうっぽい。
「なぜギャラリーが?」
「大方私を煽りに来たのだろう。彼らも暇なのでね」
「煽りですか」
その言葉を聞いて、俺の目がスッと細くなる。
デニス隊長が影口を言われていることを、俺は基地に来てすぐに知った。というよりも聞いてしまったのだ。
デニス隊長のすぐ近くで、一部の隊長たちが、役立たずだの守れない騎士だのと言っているのを。そして、デニス隊長を貶めるためか、俺をやたら持ち上げてくる。
姫の為の騎士だの、フェイタルの英雄だの、最強騎士だのと。
だが、そんな持ち上げ方をされたところで、嬉しいはずはない。俺は隊長の実力も知っているし、あの時の敵の実力も知っている。
そもそも、アヴィラボンブで王城に直接乗り込んできているのに、どう防げというのか。
あいつらに詳しく聞いてみたいところだが、そんなことをするだけ時間の無駄だ。どうせ何も考えていないのだろう。
だから俺は、ここで隊長の実力を知らしめよう。
近衛に選ばれる存在がどういう物かを教えてやる。
「エルド隊長の機体は、こっちに来たときのままなのだな」
「ええ、下手に弄ると物理演算器から全て書き換えが必要になりますから」
カリーネさんが王都に戻っている以上、物理演算器に関することは基地所属のライターによる基本的な整備しかできない。
なので、今の機体のパーツを王国の純正品に戻してしまうと色々と不味いのだ。
おかげで、俺の機体はいまだに帝国のパーツを細部に彩っている。格納庫の整備士からは不気味だという声もあるが、左右非対称の機体だっていいじゃないか。そもそも俺の元の機体だって、左腕にでっかい鉄柱付けてたんだぞ?
要は慣れよ慣れ。
そんなことを思いつつ、最終チェックを一通り終える。
剣のロックは異常なし、各部の関節もオールグリーン。モニターの変更もスムーズだ。
左腕の動きも、カリーネさんの組んだ新システムが正常に稼働している。ラグも見られない。
これならば、この機体の全力で相手ができる。
「こちらも準備完了です」
「そうか。では」
「尋常に」
『勝負!』
俺たちの機体が同時に一歩を踏み出す。
俺の機体はハーフマニュアルコントロールで二歩めから最速へと加速し、デニス隊長の機体はそれに数歩遅れて最速へと到達する。
そのまますれ違いざまに一撃。
剣を抜き放ちながら居合切りのように振ったそれは、相手の剣にぶつかりつつこすれ合い、そのまま後方へと流れた。
そのまますれ違い方向転換。
まだこちらを向けていないデニス機に向けて振りかぶる。
するとデニス隊長は、左腕に剣を逆手で握り、背面に回して俺の振り降ろしを受け止めた。
「ほう」
勢いを止められた剣はアルミュナーレにとってただの薄い棒でしかない。
デニス隊長が即座に振り返りつつ、右手の剣を水平に振るう。
俺はそれをデニス隊長と同じように逆手でもった左手の剣で受け止めた。
相手の剣を受け止めつつ、今度は頭部を狙って右腕を振るう。
即座にしゃがまれ、その攻撃は躱される。そして右足を狙った蹴り払いが来る。
一歩下がってその攻撃を躱し、お返しとばかりに相手の脚目がけて逆手の剣を振るう。
デニス隊長は、機体をバク転させることでそれを躱しそのまま距離を取った。
「凄いですね。あの時よりも動きが軽くなってます」
「まだ完璧ではないが、私もハーフマニュアルコントロールを使っているからね。より柔軟な動きができるようになってきた」
最初の演習の時でも使っていたが、やはりデニス隊長もハーフマニュアルコントロールを習得しつつある。というよりも、ほぼ完成形だろう。
後は状況に応じた出力変化を調整するだけだろう。俺の場合は実戦が豊富でその機会には恵まれたが、近衛をやっていたデニス隊長では練習しかできなかったのだろう。その違いが今動きの違いに出てきている。
「しかしエルド隊長も強くなっているな。以前とは比べ物にならない」
「俺だって伊達に一年戦場にいた訳じゃありませんよ。それに強敵も沢山いました」
フォルツェやカンザスを初めとして、色々な敵と戦ってきたのだ。その中での経験は、確実に俺を強くしてくれている。
「そうか、ならばウォームアップはここまででいいだろう」
デニス隊長はそう言うと、両手の剣を柄の部分で連結させ右手に握る。そして腰の剣を左手に握り、構えをとる。
三剣一盾による剣劇乱舞。
機体の魔法を全て補助に回し、理論値の最高スペックに近い速度での連続攻撃技だ。
以前受けた時は全て防ぎきることができずに、確か右足と右腕を破壊されたのだったか。
なら今度はその全てを受け切り、その上で上回りましょうか。
俺は逆手に持っていた剣を元に戻し、防御の構えを取る。
剣の師匠であるルネさんに仕込まれた圧倒的な防御の剣。今見せずしていつ見せる。
「ゆくぞ!」
「来い!」
デニス隊長の機体が急接近し、右腕を突き出す。
俺はそれを盾で受け流しながら、相手の懐へと飛び込んだ。
あの技は剣舞だ。ならば、その間合いの中に入り込んでしまえば、踊ることは出来ないはず。
「甘い!」
しかしデニス隊長は、懐に飛び込んできた俺を盾で受け止めつつ、機体を足さばきで俺の背後に回り込ませるように移動し、俺を懐からはじき出した。
「チッ」
「剣舞には足さばきも必須なのだよ」
そして回転ざまに剣を振るう。
俺もそれに合わせて剣を振るい攻撃を防ぐが、これでは終わらないはずだ。
相手の剣は三本ある。残り一本が――ほら来た。
背後からの最後の剣。それは右腕の逆手側だ。
剣での防御は間に合わないと踏んで、俺はしゃがみつつ足を振るう。
相手の脚を狙った蹴り払いは、その場でジャンプすることで躱され、さらに着地際に足を踏みつぶそうとしてくる。
俺はそこを狙って盾を突き出した。
「むっ」
「足が浮いてれば、剣舞も意味ないですよね?」
「やってくれる」
盾で着地位置を逸らされたデニス機は、大股を開いた状態で地面に着地しすぐには動けない。
その隙をついて今度は俺が攻めに出る。
俺は持っていた剣を相手に向けて投げつけた。
相手はすぐさま剣を切り払い、こちらに攻撃を仕掛けようとしてくる。
けど俺の武器は剣だけじゃない。
腰裏から取り出したハーモニカピストレを至近距離から頭部目がけて乱発する。
数発の弾丸が頭部へと着弾し、演習用のペイントが付着する。これで頭部カメラは潰した。
「これは」
「どうです。銃の使い方も上手くなったでしょ?」
頭部の稼働カメラを潰されて、モニターの自由度は三割ほど削れたはずだ。
乱舞の際には、どうしても視点が激しく動くため、可動式カメラの視点は重要なはず。
一年前の時は、最初に使って無くしてしまったハーモニカピストレだが、今回は有効に使えたな。
そして俺は続けざまに至近距離からファイアランスを放つ。
マジックシールドに減衰されながらも、至近距離ということもありその魔法は相手の装甲を激しく焼いた。
「だが」
デニス隊長が、機体を焼かれながらも前へと出てくる。
当然だろう。隊長の機体には剣しかないのだ。だから必ず敵に攻撃を当てるため前に出てくる。
それを読んだうえで――
「クレイウォール」
足元から魔法で一気に土を盛り上がらせた。
突然生まれたその起伏に足を取られたデニス隊長の機体がバランスを崩しながらこちらに突っ込んでくる。
足を取られたのに、完全に倒れないのは、デニス隊長のハーフマニュアルコントロールが上手くできている証拠だろう。
だが、この状態なら剣舞は使えない。
俺は正面から受けて立つべく、左脇にホルダーしてある剣を抜き放ち、相手目がけて突き出す。
「まだ終わらんぞ!」
そんな気迫のこもった声と共に、隊長の機体が前で剣をクロスにする。
そして、俺の突きは、そのクロス部分に直撃し、受け止められた。
「マジかよ!?」
デニス隊長は、クロス部分を少し下にずらして俺の剣をハサミのように両側から挟み込み、上へとその軌道をずらす。
これで両者の操縦席ががら空きになった。
だが俺は攻撃したくとも武器が無い。しかしデニス隊長は――
軌道をずらした俺の剣を左腕の剣で受け止めたまま、右腕が引き絞られる。
そして突き出された刃が俺の操縦席目がけて放たれた。
俺は盾でその軌道を逸らし、相手の右腕を脇に挟んで受け止める。
「この攻撃も受け止めるか」
「デニス隊長、ちょっとそろそろやめないと危なくないですかね?」
今俺、一瞬本気の殺気を感じたぞ。
背中から流れる冷や汗を感じつつそう提案すれば、デニス隊長もそう感じたのか同意してくれた。
「では今日の訓練はここまでにしておこう」
「できればあまりやりたくないです」
「明日もよろしく頼むぞ」
「話聞いてくれません!?」
デニス隊長は久々に本気を出せたことが嬉しかったのか、楽しそうに笑い声を上げながら基地へと戻っていった。
俺はその背中を見送りつつ、しばらくこんな訓練を強いられるのかと、落ち込むのだった。
デニス隊長から少し遅れて基地へと戻ってくると、外壁の上で困惑したような表情を浮かべている騎士たちの姿が目に留まった。
おそらく、自分たちが今までさんざんコケにしてきたデニス隊長の実力を知って驚いているのだろう。
ならついでに少し追い打ち駆けておくか。
「みなさん、どうしたんですか?」
俺が声を掛ければ、彼らが一斉にこちらを振り返る。
「いや、なかなか凄い戦いだったの思ってさ。やっぱ全力同士の戦闘って迫力あるよな」
「だよな。参考になる動きとかあって、見入ってたわ」
「そうでしたか。少しでもお力になれたのなら何よりです」
ふむ、やはり実力の差を実感して若干ビビっている風に見えるな。
けどまだ足りない。
「そうだ。でしたら明日以降の訓練に参加されますか? 動きを参考にできるということは、皆さんもハーフマニュアルは使えるようですし、噂を聞く限りここの騎士の皆さんはデニス隊長とも張り合える実力をお持ちのようですし」
あれだけバカにしてたんだ。それぐらいできるよな? まさかハーフマニュアルすら使えずに、あの動きが参考になるとかほざいてないよな?
ハーフマニュアルコントロールの情報公開はもう一年近く前だ。もし少しでも強くなろうとする騎士なら訓練しているだろうし、デニス隊長にあんな陰口叩ける連中なら、もちろん習得してて当たり前だもんな。
そんな思いを込めて俺が提案すれば、騎士たちの表情が明らかに焦り出す。その姿は王国の騎士としてどうなの……凄い滑稽だぞ。
ここには姫様も来てるんだから、騎士として恥ずかしくない態度を取ってほしいもんだ。
「あ、俺は明日から警備の巡回があるんだよ」
「俺も少し機体の武装変更を予定しているから、慣れない武器だと危ないし遠慮しとくよ」
そんな感じに次々と断りの文句が飛んでくる。逃げる時だけと言い訳は上手いもんだ。
「そうでしたか。自分たちはしばらく訓練を続けるつもりなので、時間が合えばいつでも言ってください。少しでも強い騎士が参加されるのは、こちらもいい訓練になりますので」
まあこんなもんだろう。後は最後に釘を打ち込むだけだ。
俺は基地のゲートを通り際、ボソッと呟く。
「陰口叩く暇があるなら、少しは訓練しろ。実力もない奴が、うだうだと口だけ動かしていても鬱陶しいだけだ」
その声は彼らに届いただろうか。
たぶん届いたのだろう。門の上で俺の方を見ながら硬直してるしな。
へっ、いい気味だ。
スッキリとした気分で格納庫へと戻る。
ハンガーに機体を固定すれば、早速整備士たちが機体に取り付き整備を始めた。
俺は操縦席から降りつつ、リッツさんに声を掛ける。
「リッツさん、アンジュどこにいるか分かります?」
「アンジュちゃんなら、エイスちゃんのとこ行ってるよ。だいたいの事情聴取が終わったから、解放されるんだと」
「ああ、もう終わったんですか。早かったですね」
エイスはこちらに一緒に来たが、亡命者として基地に入って早々に事情聴取のために別れさせられた。
姫様からひどい扱いはしないようにと言ってもらってあったので、相応の扱いは受けているはずだ。
「あの子お前らには凄い協力的だからな。ペラペラしゃべったんだろ。それに一応亡命者扱いなんだし、いつまでも閉じ込めとく訳にはいかねぇさ」
「なるほど、それもそうですね。なら自分もちょっと行ってきます」
確か本部の貴賓幽閉室にいたはずだ。アンジュが迎えに行ってるなら、ロビーぐらいで待っていればいいだろう。
「おうよ、機体は任せておきな。ようやく指揮する要領もつかめてきたところだ」
「いよいよ一人前ですね」
「俺としてはおやっさんの下で直接弄ってる方が好きなんだけどな」
「それはオレールさんに言ってあげてください」
きっと笑いながら拳骨くれると思いますよ。
その言葉はあえて口にせず、俺は格納庫を後にした。
4/25日に魔導機人アルミュナーレ一巻が発売されました。
それの記念SSを投稿したので、よろしけばそちらもご覧ください。
シリーズから移動できると思います