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たった一日だけだったが、浜辺でうんと羽根を伸ばした俺たちは、気持ちを切り替えてクロイツルへと戻ってきていた。
「では、オレールさん、カリーネさん、ブノワさん、よろしくお願いします」
「任せておけ。隊長の機体は完璧に仕上げておく」
「私が世界最高の物理演算器ライターであることを証明してあげるわ」
「ちゃんと送り届けますので、安心してください」
三人が馬車に乗り、ブノワさんの御者で王都へと戻っていく。
それを見送り、俺はそのままの脚で姫様の下へと向かった。
「姫様、こちらは無事に準備が終了したので、姫様のご予定しだいでいつでも行けます」
「分かったわ。こっちも今全部終わったところよ」
姫様はそう言いながら、まとめた書類をコンコンと机の上で纏め、側付きに渡す。
側付きはそれをもって、テントを出ていった。
「それじゃあ行きましょうか。レイターキへ」
「はい」
テントから出て、待機場所へ向かうと、そこにはすでにメンバーの全員が揃っていた。
俺は露天駐機されている機体へと乗り込み、起動させる。
「システムオールグリーン。こちらはいつでも行けます」
「では出発してください!」
姫様の合図で、俺が先頭を進みその後を馬車が続いていく。
偵察に関しても、俺の部隊のカトレアと、他の部隊から借りてきた二人の三人体制で行ってもらっている。これならば、何か危険なものを見逃すということもないだろう。
俺たちが目指す場所は、δブロックの第一防衛線レイターキ。
前回の大侵攻ではギリギリ持ちこたえることができた前線の一つだ。
俺たちはそちらに合流して、緩衝地帯への侵攻を準備する。
どうやら姫様は、あらかじめ何かしらの準備を進めていたらしく、今も王都からレイターキへ向けて大量の物資を運ぶ輸送手段、正式名称はまだ決まっていないらしいが鉄道のようなものを急ピッチで開発しているようだ。
それを聞かされたとき、たまたま俺が呟いた鉄道ですかという言葉を姫様が聞いてしまい、なし崩し的に今はそれが輸送手段を示す言葉として定着しつつあったりする。
「姫様、鉄道はどこまで伸びているのか確認できていますか?」
クロイツルを陥落させた時には、まだ第二防衛線フォックレーキまでしか完成していなかったはずだ。
あれから二週間ほど経過したが、どこまで進んでいることやら。
「連絡だとフォックレーキからレイターキに向けて開発が始まったばかりみたいよ。一旦フォックレーキに開発物資を集めていたみたいね」
「では侵攻まではだいぶ時間がかかりそうですね」
「それでもかなり早い方だけどね。本来なら、一年や一年半かけて準備して作る砦を、二、三か月で作ろうとしてるんだから」
「それもそうですね」
ただそれでもすでに準備が完了していていつでも攻め込めますと言われるよりも断然いい。正直に言って、今の機体のままでは不安が大きいのだ。
いつカンザスのような敵が出て来るともわからない。こちらも準備としては万全にしておきたかった。
まあ、オレールさんの考えだと新型機の開発となれば普通は一年近くかかると言っていた。今回は俺があらかじめベース案を出してそれに従って作ってもらっているから半年内には収まると言っていたけど、それ以上はどれだけ短縮できるか分からない。
「ただ私も状況は話を聞いているだけで、直接現場を見た訳じゃないもの。実際の現場の進捗状況が分からないと、今後のプランも立てにくいわ。その辺りは現地に着いてからかしら」
「出来ることなら新型機を間に合わせたいところです」
「それは向こうの出方とかもあるし、何とも言えないわ。ただ、こちらとしても最善の状態で戦ってもらいたいもの。多少の融通ならするつもりよ。レイターキにはデニスがいるもの。常に我が騎士に前に出てもらう必要はないと思うわ」
「デニス総隊長ですか。確かにそれなら多少は楽できそうです」
久しぶりに聞く名前に、懐かしくなる。
デニス・エジットと言えば元第一近衛アルミュナーレ大隊の総隊長で陛下の近衛騎士だった人物だ。陛下の崩御に合わせて近衛から解任されて姫様の指示で別ラインの防衛をしてると聞いていたが、δブロックにいたのか。ということは、γブロックにもう一人の元近衛であるジャン隊長がいるのだろう。
「もう総隊長じゃないから、呼ぶときは注意してね。デニスもお父様を守れなかったことをかなり気にしているみたいだから、その呼ばれ方はかなりクルはずよ」
「そうでした、気を付けます」
近衛騎士として主を守れなかったのは、最大の屈辱だろう。きっと、前線に配属された当初は陰口も言われていたはずだ。
一度失った信頼ってのは、なかなか取り戻すことができないからな。
「レイターキまではだいたい三日だったわね?」
「ええ、レイターキまでの道は安全が確認されていますし、天候も問題ないと言っていましたので、もしかするともう少し早くなるかもしれませんが」
遅くなることは無いはずだ。
「早いに越したことはないわ。じゃあ後お願いね」
「はい」
姫様は馬車の窓から顔をひっこめ、何やら書類仕事をし始めた。移動中まで仕事とは、本当にやることが色々と溜まっているのだろう。
なら俺は、今やれることを全力で。
気合を新たに、俺たちはレイターキへと街道を進んでいった。
「お待ちしておりました。レイターキ基地、司令官ボッブ・バウマスであります。レイターキ基地一同イネス様のご到着を歓迎いたします」
案の定、予定より一日早く俺たちはレイターキに到着することとなった。
到着は既に夜になってしまったが、朝到着して慌ただしく動くよりも夜に睡眠をとれた方が姫様的にも仕事が楽になるはずだ。
「無茶な要望を受け入れてくれたことを感謝します」
「いえいえ、これが完成すれば我が国の防衛に大きな力となりましょう。となれば、一軍人として協力するのは当たり前のこと。それにイネス様を始め王族の方々が寝る間も惜しんで動いておられるのです。我々だけ楽をするわけにはまいりません」
「ありがとう。さっそくだけど、工事の進捗を聞きたいの」
姫様はどうやら俺たちの思惑を完全に無視して仕事を続けるつもりのようだ。
けど、相手側にもこちらの状態を知ってもらう必要もあるし、姫様には明日の朝から活動してもらうこととしよう。
「イネス様、今日はもう夜遅いです。基地側に資料を渡して、姫様はお休みください。移動中もずっと書類の整理を行われていたのです。お体も限界に近いかと」
「しかし私が動かなければ」
「動きすぎれば、下の者も動き続けなければなりません。せっかく早く着いたのですから、少しは体をいたわってください」
「……分かりました」
姫様が頷くと、心なしか周囲にたスタッフたちがホッとしたような気がする。
ここは前線ではないかもしれないが、隣のブロックからいつ戦場が移動してくるか分からない状態だっただろうからな。
ずっと警戒態勢だったのだろう。
今回クロイツルを奪還したことで、監視対象が緩衝地帯側だけに絞られたのは、レイターキにとってもかなり助かっただろう。
「では自分は機体を格納庫に入れてきますので」
「我が騎士も今日はそのまま休んでちょうだい。案内はこちらの基地の人に任せますので」
「分かりました。では失礼します」
姫様と別れ、兵士に誘導されて格納庫へと向かう。
すでに隊の整備士たちは格納庫へと到着しており、機体整備の準備に取り掛かっていた。
俺は機体をハンガーの中へと停め、ジェネレーターを停止させる。
「ふぅ」
機体から降りると、いつもはオレールさんが整備の指示を開始するのだが――
「おっしゃ、整備始めるぞ! すぐに戦闘が無いからって、手ぇ抜くんじゃねぇぞ!」
『了解!』
リッツさんが指示を出し、それに格納庫の整備士たちが従う。
なんだか新鮮だな。いつもはオレールさんに頭ひっぱたかれてたリッツさんが、こうして一人前に。あ、なんだか涙が。
「エルド君、どうしたの?」
俺が目頭を押さえていると、近づいて来たアンジュが不思議そうに首を傾げる。
「いや、隊の成長を感じてな」
「ふーん、よく分かんないけどまあいいや。事務の人が部屋を用意してくれたよ。他の皆の分も用意してもらったから、教えて来るね。エルド君は先に部屋に行ってて」
「それぐらいなら待ってくるから、一緒に行くぞ。どこの部屋?」
「西一号棟の201だって。他の人も近くの部屋にしてもらえたから」
「そうか」
「じゃあちょっと教えて来るね」
アンジュがにこやかな笑顔で俺の頬に軽くキスをすると、そのまま他の隊の連中のところへと向かっていく。
それを見送り、近くの鋼材の上に腰かけて待っていると、近づいてくる人物に気が付いた。
「デニス隊長」
「久しぶりだな。エルド隊長。活躍はこちらでもよく聞こえてくるよ」
「いえ、デニス隊長もかなり活躍されているようで」
「お世辞はいいさ。今の私は物資輸送の護衛しかできてないからな」
「それも大切な任務ですよ」
特に、鉄道の護衛は最重要任務のはずだ。何せ、それが今回の計画の要になるのだから。
「しかし、デニス隊長がなぜこちらに? てっきりフォックレーキの方にいると思っていました」
「昨日まではフォックレーキにいたのだがね。イネス様がこちらに来られると聞いて、護衛として回されたのだ。ここさえ抜かれなければ、フォックレーキ側も安全だからな」
「なるほど」
「少し歩きながら話さないか?」
「分かりました。ちょっと待ってください」
デニス隊長が外を指さして誘ってくるので、俺はアンジュに一声かけてデニス隊長と共に外に出る。
格納庫を出てしばらく歩いてみると、基地のいたるところに戦闘の後が残っていることに気付いた。
しかし、どれも最近できた物には見えない。これは――
「気付いたか? あれは前回の大侵攻の時の傷だよ。格納庫や司令部施設の復旧を最優先にしているせいで、壁まで修復が間に合っていない。一応、アヴィラボンブに対する対応策は既に設置されているが、それもアルミュナーレやアブノミューレありきのところがある。戦争としてはこちらはまだ後手に回っている状態と言わざるを得ないだろう」
もし今帝国側がアヴィラボンブをコストを無視して大量に発射してきた場合、被害こそ軽微に抑えられるかもしれないが、それでも相応の被害を被ることになる。
逆に侵攻を掛けることなど、夢のまた夢となるだろう。
それをしてこないのは、単にコストの問題と攻撃後の制圧が出来ないからだ。
あれは混乱を突いて地上部隊で制圧するまでがセットの兵器だからな。
「こちらでもアヴィラボンブは量産しているのでしょう?」
「念のためにな。しかし、イネス様を始め今の王族の方々は使わないだろう」
「相手に怪我を負わせても、治療させる時間を与えてしまってはあまり意味がありませんからね」
「そうだ。それにアブノミューレの量産もまだまだ間に合っていない」
「消費も激しいですからね」
戦争の準備としてしっかりとアブノミューレを量産し、態勢を整えてから侵攻してきた帝国と違い、こちらはその機体を手に入れて、解析し急ピッチでラインを作ったのだ。
その上今の戦争は続いているため、作るはなから消費されていく。おかげで、王都やフォートランでは昼夜を問わず製造が続けられているらしい。
そんな中新型機の開発のために職人を使い潰すことになるとは……なんかごめん
そんなことを心の中で思いながら、デニス隊長の後ろを歩いていく。
「だから今回のことはかなり驚いている。まさかイネス様が侵攻を提案するとは思ってもみなかった。しかも具体的なプランまですでに立てられており、そのための下準備も進められていたとは」
「そうですね。姫様は確かに女性ですが王族らしい考え方をお持ちです。あの考えをご兄弟の勉強を見ているだけで学んだというのですから、才能なのでしょう」
「そうか」
そうでなければ、到底説明がつかない。あんな根回しとか転移チートでも無理だって。
「それで、デニス隊長は大丈夫ですか? だいぶ苦労なされているみたいですけど」
「ふ、一度信用を失うというのはそういう事だ。苦労することは分かっていた。それでも、私は先王の仇を取ると決めたのだ。その覚悟があるからこそ、今もここに立っていられる」
「強いですね」
「弱いから守れなかったのだ。だからエルド隊長の強さが羨ましくもある」
振り返ったデニス隊長は、真っ直ぐに俺の顔を見つめてくる。
「エルド隊長、ここにいる間俺に稽古をつけてもらえないだろうか?」
「デニス隊長に稽古ですか?」
いやいや、凄い真面目な顔で頼まれてもそれは正直困るだろ。
そもそもデニス隊長だって実力が評価されて先王の近衛になったのだ。その実力をさらに鍛えてくれと言われても困る。
俺ができる稽古と言えば、一般騎士の実力を少しだけ上げる程度のものだ。
「俺じゃデニス隊長の望むような結果は出せないと思いますよ?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ここの基地にも私の訓練に付き合えるだけの騎士は無いのだ。強者同士の戦いは、それだけで学べるものもある」
「それもそうですが」
デニス隊長のいう事も一理あるのだが、ならば余計に期待には応えられないかもしれない。
「今の俺は専用機がありませんよ? 使うとなれば、出撃に備えてアブノミューレでの戦いになると思います。それでも良ければ」
「ああ、私もアルミュナーレを使う訳にはいかないからな。しかし、専用機が無いとは? あの機体は専用機ではないのか?」
「あれ、知りませんか? 自分先日の戦闘で機体が大破しているので、今の機体は応急修理で作った機体なんですよ。新型機の開発許可は貰っているので、王都で開発はお願いしていますが、完成は何時になるか」
ほんと、早く完成しないかな。
「そうだったのか。八将騎士はやはりそれほどの力を有しているのか」
「ええ、それに今後の戦いでも八将騎士が出てくる可能性はあります」
「ならば少しでも実力を上げなければ。すまないが明日からさっそく頼めるか?」
「ええ、時間ができれば」
「感謝する。連れ出してしまってすまなかったな」
「いえ、では自分は戻りますね」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
「おやすみなさい」
俺はデニス隊長に一礼し、アンジュの待つであろう部屋へと戻るのだった。
と、いうわけで久しぶりにデニス隊長の出番でした。
バティスやエレクシアはクロイツルに居残りなので、パートナー交代といった感じでしょうか?
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4/25日にアルミュナーレ一巻発売です。
記念に短編の一つでもあげられればいいなとは思っていますが、まだ構想状態なのでどうなるか